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第12話 お祖父様の教え
しおりを挟む「……私自身もよく考えずに婚約の話を受け入れてしまったことは反省しているわ。それでも……」
やっぱり、あの言い方、そして扱いは無いと思う!
「悔しい……許せないの!」
「───よく言ったぞ、フィオナ! さすが私の孫だ!」
「お祖父様……」
その言葉に一番に乗ったのは、やはりと言うかお祖父様だった。
そして、お母様の顔を見ながら言った。
「リーファ、思い出すなぁ。お前をボロボロにして棄てやがったあの小僧をボコボコにした時のこと」
「──お父様、意気揚々と伯爵家に出かけて行きましたものね……そして、ティモンは……」
「(物理的に)ボコボコにしたな!」
「私を裏切っていた親友だった彼女も………」
「(精神的に)ボコボコにしたな!」
(───えぇぇっ!?)
想像以上にお祖父様は人をボコボコにしていた過去があるらしい。
───さすがよ! やっぱりお祖父様は誰よりも最強なのだわ!!
私は目を輝かせて感動した。
「リーファ……フィオナの目がキラキラしているんだが」
「え、ええ。そのようね、カイン様……筋肉を鍛えたいと言い出した時から思っていたけれど、フィオナはやっぱりお父様に似たのかしら」
「……」
そんな会話をしている両親の横でお祖父様は私の目を見て言った。
「いいか? フィオナ、その最低な浮気小僧をボコボコにすると言っても、だ」
「はい」
「ボコボコには、二種類の方法がある」
お祖父様が私の前に二本の指を立てた。
「それは、物理的にボコボコにするのと、精神面でボコボコにすることだ」
「物理的と精神面……」
私が反芻しているとお祖父様は大きく頷いた。
「……体質なのか、フィオナはムキムキにこそならなかったが、昔から私の元でたくさん鍛えてきたからな。その辺のヒョロい男なら拳でいける!」
「拳で……?」
(女性くらいなら、捻り潰せる……そう思ってはいたけれど)
私は自分の腕を見た。どうやら見た目よりもこの腕には力があるらしい。
「もう一つの精神面ボコボコだがこれは、まぁ、言わなくても分かるだろう。社会的な抹殺だ! こちらはカイン殿の方が得意だろうな」
お祖父様はそう言ってお父様の方に視線を向けた。
(物理的なボコボコと精神面でのボコボコ……)
「───分かったわ、お祖父様! つまり、ダーヴィット様の浮気三昧の証拠を暴いて公にして、更には息子のために隠蔽工作までし続けた公爵家ごと潰しちゃえばいいということね!」
私がそう言ったら、お祖父様は最高に厳つくて(凶悪な)顔で笑いながら頷く。
そしてその横では「レイさん……そのお顔、素敵」と、お祖母様がうっとりしていた。
「フィオナ。そうなると、その浮気小僧へのボコボコは精神面へのボコボコのみとなるが、それでいいのか?」
「……あ!」
私は俯いて考える。
あの最低発言と最低な行動をしているダーヴィット様へのボコボコ……精神面だけ?
「リーファの時のように、物理的ボコボコの方は私がしても──」
「……いいえ、お祖父様」
私は顔を上げた。
そして、皆の顔を見ながらきっぱりと宣言する。
「───どちらも、私が自ら行います!」
精神面でも追い詰めておいて、やはり一発くらいは殴らせてもらわないと気が済みそうにないもの。
私がそう言ったら、お祖父様は「よし! さすがフィオナだ!」と大変満足そうに頷き、お父様とお母様は「僕らの子が逞しい……」と苦笑していた。
───こうして、私はダーヴィット様をボコボコにするために身体を鍛えつつ、浮気や不貞の証拠を集めることになった。
◆◇◆
「───ダーヴィット様、そろそろ私のことは“フィオナ”と呼んでくださいませ」
「え?」
そして、翌日。
何も知らないダーヴィット様は、いつものように薔薇の花束を抱えて相変わらず、こちらの都合を無視した突然の訪問という形で私に会いに来た。
(──あぁ、この事前連絡無しの訪問も私のことを舐めていたからこそ……なのね)
本当に大事に思われているなら、こんなことはしない。
ただ、この人は私のことを単純な女だと思っている。
だから、こうすれば“そうまでして私に会いたいと思ってくれたのね? 嬉しい!”と私が絆されると考えている……
そんな胸キュン、絶対に起こらないわよ? と思いつつ、私はダーヴィット様に言った。
「い、いいのか?」
「ええ。せっかく皆様にもご紹介頂いたのに、未だにフィオナ嬢……と呼ばれるのは……その、距離を感じてしまいますから……」
「そ、そうか……フィオナ!」
「……」
ダーヴィット様はとても嬉しそうに微笑みながら私の名前を呼ぶ。
何も知らなければ、ここはキュンッとときめきを覚える……ところなのかもしれない。
しばらく泳がせるためと言っても、なかなか気持ち悪いものなのね、と思ってしまった。
(───あ、今日も女性向けの香水の香りがするわ)
「……ダーヴィット様、今日は私に贈ってくださったお揃いの香水ではないのですね?」
「え? いや、今日は特につけた覚えは──」
「あら、そうですか? あなたから別の香りがするような気がしますけど…………これは移り香?」
「なっ……」
ギクッとダーヴィット様は肩を震わせる。
ここに来る前に密会していた令嬢から移った残り香ってところかしら?
「──い、いや、そんなことはないさ。きっとフィオナの気のせいさ」
「そうですか……?」
「そうさ!」
ダーヴィット様は甘く微笑む。
「全く……フィオナは本当にヤキモチ妬きで……しょうがないな。そんな所も可愛いが」
「……」
言葉だけなのにゾワッとした。
「───ダーヴィット様はとても人気ですから。パーティーの時だって多くの女性があなたに目を奪われておりましたもの」
「そっ……!」
私がそう告げるとダーヴィット様は満更でもない顔をした。
「……コホッコホ……そ、そうかな? だが、俺には君がいるからな。他の女性は要らないよ」
「アリガトウゴザイマス……トテモ、ウレシイデスワ」
私は曖昧に微笑む。
その言葉ほど薄ら寒いものはないと心の底から思った。
それから、三日後。
順調にダーヴィット様の浮気調査を進めている私の元に、王宮から一通の手紙が届く。
「えっと、第一王子の“ジュラール殿下”からの呼び出しでお間違いないですか? お父様」
「そうなっているよ」
「……そうですか」
(どっち? どっちが私を呼んでいるの?)
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「……」
二人の入れ替わり事情を分からない私が勝手なことは言えないので、家族にはパーティー会場で助けてくれたのは“ジュラール殿下”だと報告している。
なので、“エミール殿下”から連絡が来たらそれはそれで驚いてしまうからこれは正しいのだけど……
(この呼び出しに答えた先で……私を待っているのは? どっち!?)
どうにもこうにも落ち着かない気持ちを抱えて私は王宮へと向かった。
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