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第10話 無自覚

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 自分の目が人より異常だと気付いたのは子供の時だった。
 私には遠くの物でも何でも、とにかくよく見えた。
 そのせいで周囲と会話が噛み合わないことが多々あってずっと不思議で───……

(どうして、皆にはアレが見えないの?)

 そういうことを何度か繰り返し、自分の目が人より良すぎることを知った。

 だから、そんな私の目はたとえ距離があっても人の顔の細かな特徴までよく見える。
 この双子の王子殿下たちもそう。
 確かに二人はとてもそっくりだった。だけど、よーーく見れば、些細な違いというものはやはりあるものだ。
 令嬢たちから助けられた時は私もジュラール殿下だとばかり思っていたけれど、上着を被せられた後、顔をまじまじと見た時に違和感を覚えた。

(なぜ、目の前のこの方がジュラール殿下の上着を着てジュラール殿下の振りをしているのかは分からない)

 ただ、私には分かる。
 この方は間違いなく、奔放と言われている第二王子のエミール殿下だ。
 さきほど、「エミールを待たせている」と口にしていたから、この入れ替わりは意図的に行われたのだとは思う。

(気にはなるけれど、余計なことを口にして目を付けられても困るしね)

 目の前のこの方がどちらの王子であれ、令嬢たちから助けてもらった事実は変わらない。
 だから、私も正体に気付かない振りをすることに決めた。




「───さて、だいたいの方針は決まったので、あ!  あとは、忘れないうちに先程の彼らの発言を記録に残しておかないといけませんね……」
「え?」

 私がそう口にすると殿下がなぜか驚きの声を上げた。
 いくら何でもさすがにずっと彼らの会話を覚えておくのは無理がある。
 だけど、後々追い詰める時に必要になるはず。
 忘れないうちに記録に残しておきたかった。

「殿下、紙とペンは持っていない……ですよね?」
「え?  あぁ、すまない」
「ですよね……」

 私ががっくり肩を落としていると殿下は言う。

「僕の部屋に行けばあるけど」
「え……」
「急いで取って来てもいいけど、君をこんな所で一人にはさせたくないし…………よし、一緒について来て?」

(ええ!?)

 ───そういうわけで、会場に戻るより前に、私は殿下の部屋に寄り道することになった。

(どっちの王子殿下の部屋に行くつもりなのかしら?)

 ふと、そんなことを考えながら、私は殿下のあとをついて行く。
 どちらの部屋に向かっているにせよ、私に正解は分からないし、そもそもこんな異例なことは今回限りのことだから構わないのだけれど。

 そうして暫く、私たちは無言で廊下を歩いていた。
 すれ違う使用人の数が少ないのは、パーティーに人を取られているせいかな、と思いながら歩いていると、殿下が意を決した様子で訊ねてくる。

「……マ、マーギュリー候爵令嬢!  一つ聞かせてもらっても良いだろうか?」
「は、はい?  どうぞ……」
「先程から気になっていたんだが───」

 何をそんなに改まって?  と、不思議に思いながらも頷く。

「君は扉越しにで、姿を見ていないのにダーヴィットと会話していた者たちがどこの誰なのか全員、分かったのかい?」
「……?」

 王子殿下ともあろう人が何を聞いているのかと思った。

「ええ、はい。ダーヴィット様のご友人はあらかた紹介を受けて挨拶も交わしたので、もちろん分かりますけど?」
「……あの場にいたのは何人?」
「えっと……ダーヴィット様を除くとあと、他五人ですわ」

 私は殿下に手のひらを見せて五本の指を立てる。
 彼らはダーヴィット様を中心にして五人が立ち代り入れ替わりでごちゃごちゃ喋っていた。

「リュドン候爵家、ミクセル候爵家、シャークス伯爵家、ブラダン伯爵家、モリス子爵家のご子息様たちです」 
「……そう、なのか」
「?」

 なぜか、殿下が相槌を打ちながら、不思議そうな顔で私のことをじっと見ている。

「いや?  待てよ。ああ、でもそうか。君は彼らとは以前から面識があったのかな?  だから誰が誰かなのか──」
「面識ですか?  いいえ、どの方も本日のパーティーでダーヴィット様から紹介されたので初めてお会いした人たちです」
「えっ!」

 殿下の目がゆっくりと大きく見開いた。

「初めて?  ……それで、君はたった今、彼ら五人の声を判別して聞き分けていた……のかい?」
「そうですけど……?」
「……」

 なぜかそこで殿下が黙り込む。

(そんなおかしな事かしら?)

 “声”は皆、それぞれ違うわけだし、一度でも聞いた声なら聞き分けるのって普通のことだと思うのだけど……違うの?

 そういえば、双子の殿下たちって顔だけでなくやっぱり声も似ているのかしら?
 入れ替わりに周囲が気付いていないとなると、顔も声もそっくりなのでしょうね。
 聞き分けてみたいわね~

 ───そんなことをぼんやり考えていた私は、(ジュラール殿下の振りをした)エミール殿下が驚愕の表情で私を見ていることに全く気付いていなかった。



 その後、紙とペンをお借りして、あの腹立たしい発言の数々を書き取った私は、パーティー会場へと戻る。

「──本当に色々とありがとうございました」

 共に会場に入ると変な注目を集めてしまうので、殿下とは扉の前で別れることにした。

「マーギュリー候爵令嬢……えっとこんな事になってしまったけど……その、元気……いや、違うな……」
「……」

 おそらく、殿下は“元気を出してくれ”と言いたいのかもしれない。
 気を使わせてしまったわ、と申し訳なく思う。

「殿下、ありがとうございます。ですが、私は大丈夫ですから」
「マーギュリー候爵令嬢……」

 殿下の顔は未だに私を心配してくれている。けれど、私は笑顔でそう応えた。
 もはや今、私の頭の中はショックよりも、これからダーヴィット様をどう殺……ケホッ……始末……ゲフンゲフン……するかでいっぱいだった。

(こういう時は、やっぱりお祖父様が頼りになるのよねー……)

 お祖父様に頼めば、あの、ムッキムキの身体できっとダーヴィット様をボコボコにしてくれるけれど、可能なら私が自分でやりたいし……でも、どう攻めていくかは相談させてもらって──あぁ、やることがたくさん!

「それでは、(これから色々とやることがあるので)私はこれで失礼しま……」
「あ、待っ……」

 私が笑顔のままそう言いかけたら、殿下が私に向かって手を伸ばして頭を撫でた。
 その瞬間、また身体にピリッと電流が走った。

(────へ?)

 謎の刺激と謎の行動の意味が分からず、ポカンとした顔で見上げると、殿下は頬を少し赤くしながら言った。

「む、無理して笑わなくても大丈夫だ。何かあれば僕と……そうエミールも!  エミールも頼ってくれて構わない!」
「え……?」
「あ、あいつも多分、きっと君の力に──なる、と……思う」
「……」
 
(な、何それ……!)

 私が何も気付いていないと思って、必死に“自分”を売り込む殿下が可笑しく見えてしまう。

「ふ、ふふ……」
「マーギュリー候爵令嬢……?  な、なんで笑う?」

 思わず、私は笑いが込み上げてくる。
 エミール殿下は奔放などと言われているけれど、実際は違うのかもしれない。
 なんてこっそり思った。

「ありがとうございます、その時はぜひ、よろしくお願いしますね……エ、エミール殿下、にもよろしくお伝え下さい」
「あ、ああ」

 私はもう一度笑顔を見せて会場へと戻った。


────


「フィオナ嬢!」
「……ダーヴィット様?」

 コソッと会場に戻ると、私の姿を見つけたダーヴィット様が駆け寄って来る。

「姿が見えないから心配したよ?  どこに行っていたんだい?」
「───そうでしたか?  ダーヴィット様が適当に過ごしていてくれと仰られていたので、適当に過ごしていただけなのですが」
「……ゔっ」

 ダーヴィット様は自分で口にした言葉を思い出したのか、声を詰まらせていた。

「──この先、色々とお付き合いがありそうな令嬢たちとお話して過ごしておりましたわ」
「うん……?」

 私はダーヴィット様に笑顔でそう口にしながら、もう一度、私にギラギラの敵意を向けてくる令嬢たちの顔を一人一人こっそり確認しておいた。

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