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第9話 便利で“平凡”な令嬢

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「あいつ、フィオナは何も気付いていないんだぜ?  だから、俺はおかげでこうして好き勝手出来るわけだけどな」
「はは、本当にお前は最低だなぁ~」

 ダーヴィット様とその友人たちの会話は続く。

「まぁ、確かに?  見た感じ候爵令嬢とは思えない素朴さ?  平凡?  だもんなぁ、フィオナ嬢」
「──ああ。見た目だけじゃない、中身もつまらないぞ?」

 別に自分が平凡なのは分かっている。
 だからこそ、ああして令嬢たちにも絡まれた。

「だってさ、まともに手すらも握らさせてくれないお堅い女なんだぜ」
「へー、今どき真面目なんだなぁ」
「だが、こそが両親には受けがいいんだよ。マーギュリー候爵家の令嬢に求婚するって言ったら大喜びだったからな」

(あー……そういうこと)

 どうしてダーヴィット様が私を選んだのか。その理由がようやく分かった。

「はは、ダーヴィット。お前、散々、自分に気のある令嬢たちを好きなだけ食い散らかしているくせに、全部親に揉み消してもらっているからなー……それで、“真面目な好青年”って評判に上書きまでさせているんだから公爵家ってすごいよな」
「ははは、持つべきものはやっぱり権力だろ?」

(権力……)

 その言葉に私はグッと拳を握りしめる。
 ダーヴィット様たちは、まさか私と殿下が立ち聞きしているなどと夢にも思っていないので、散々、私のことをバカにして嘲笑っていた。

「───平凡で真面目そうなフィオナなら、両親は公爵家の嫁として安心するからな。それで、他の女も“あんな平凡な女じゃ満足出来ないのね、私の方が愛されている”と思ってくれるんだ───本当にフィオナは俺にとって最高の女、使い勝手の良い便利な女だよ」

(───こんな最低な褒め言葉、初めて聞いたわ)

「フィオナにはさ、一目惚れしたとか言っておけば簡単。チョロかったよ。まぁ、前に偶然助けられたのは本当だからな!」
「可哀想~フィオナ嬢、騙されちゃってるじゃん」
「構わないだろ?  あとは、優しさを見せて適当に愛を囁いておけばいいんだから、楽だぜ。浮気だってバレなきゃいいんだよ、フィオナにだっていい思いはさせてやるんだから」

 ダーヴィット様の最低発言は続く。
 紹介された友人が私を見て口にしていた“いい人”って、“都合のいい人”って意味だったのだとここまで言われて分かった。

「……」

 私はくるりと体の向きを変えて扉から離れて歩き出す。

「…………え、あ?  マー、マーギュリー候爵令嬢!?」

 あまりの酷い話のオンパレードの数々のせいか、ポカンとしていた殿下がハッとして私を追いかけて来る。

「い、今の話は──」 
「ええ……私は“便利な女”なんですって」
「……っ!」

 殿下がどこか辛そうな表情を浮かべると私から顔を背ける。

「平凡だの素朴だのは、これまでも耳にすることはありましたが、さすがに便利などと言われたのは初めてです」
「マーギュリー候爵令嬢……」

(……女性慣れどころではなかったわ……もっと酷かった。あれは相当不特定多数の人と遊んでいる)

 お茶会で意味深なことを言っていた伯爵令嬢や、私にギラギラした目を向けていた令嬢たち……あの辺はおそらく彼と関係を持ったことがある令嬢。
 一方で今日のパーティーで、純粋に羨ましいという目で私を見ていた令嬢たちはおそらく違う。
 公爵家の隠蔽によって作り上げられた偽の情報に騙されているだけ。

「……」

 自分の手のひらを見つめる。
 ダーヴィット様に触れられる度にゾワッとしていたあれは警告だったんだわ。
 今更、気付くなんて私は本当にバカね。

(でも、よーく分かったわ。あなたが私の素敵な恋の相手ではないってことが!)

「…………こ、これからどうするんだい?」

 殿下は心配そうな表情で私に訊ねてくる。
 私は苦笑しながら答えた。

「もちろん、婚約は解消しますけど───……」

 そう言いかけて思った。
 ただ、そんな簡単に行くかしら?
 息子のやらかしていることを簡単に揉み消してしまう公爵家も、私のことを便利な女扱いするダーヴィット様もそう簡単には頷いてくれない気がする。

(何より、立ち聞きだけでは確実な証拠には出来ない)

 単なる言った言わない論争になるだけなのは見に見えている。
 私とダーヴィット様が揉めたら彼の友人たちは確実にダーヴィット様のことを庇うだろう。
 確実な証拠を集めなくては。

(そういう意味では、唯一の救いは“殿下”が話を聞いてくれていたことだけれど)

 王族であり、公爵家のダーヴィット様よりも地位も上。
 殿下は、公爵令息のダーヴィット様とは旧知の仲のはずなので正直、彼の味方についてもおかしくはないけれど、この表情を見る限りは私の心配をしてくれているように見える。
 さすが、の殿下───と言いたい所だけれど。

 私は上着の隙間からチラリと殿下の顔を覗く。

(───残念ながら今は、殿下この方をどこまで信用していいのかが分からないのよね……)

 私は静かにため息を吐く。

(本当に嫌だわ……私の周りはばかり──)

 そんなことを思いながら自嘲の笑みを浮かべて、ため息を吐き続ける私を殿下は不思議そうな顔で見ていた。

「殿下?  どうかしましたか?」
「いや……てっきり泣いているのかと……思ったんだが、違うようだな、と」
「──今は、泣きたいと言うよりも……どちらかと言うと怒りを覚えていますね」
「怒り……?  ダーヴィットに?」

 殿下がじっと私を見つめてくる。
 私は静かに首を横に振った。

「いいえ。上辺の情報だけを鵜呑みにして、まぁ、いいかと簡単に婚約を決めてしまった自分に、です」

 迷惑をかけたくなかったはずなのに、結局もっと迷惑をかけてしまうことになるのだから本当に情けない。
 だからと言ってこのままダーヴィット様と婚約を継続するつもりもさらさら無い。

(お母様たちみたいな“素敵な恋”なんて、私には最初から無理だったのかも……)

 そう思うと残念でならないけれど、今は素敵な恋よりもダーヴィット様を闇に屠る方が先だと思い直した。
 私は殿下が被せてくれていた上着を脱ぐ。

(……“ジュラール殿下”の色の上着……)

「──上着……ありがとうございました」
「あ、ああ……本当に大丈夫、か?」

 私は殿下に上着を返しながら微笑む。

「はい、むしろ婚約の段階で知れて良かったと思っています」
「───証言が必要な時は、僕を呼んでくれて構わない」
「……え?  それは……ど」

 つい、?  と言いそうになってしまい口を噤む。

「ありがとうございます───その時は……ぜひお願いしますね、殿下」
「……あまり力になれなくてすまない」

 殿下はそう言って申し訳なさそうにするけれど、国王ならまだしも、一王子に貴族の婚姻にあれこれ口を出す権利は無いのだから、こればかりは仕方がない。

「大丈夫です。とりあえず、言い逃れが出来ないようにダーヴィット様の不貞の証拠を集めます」
「だが、それは大変な作業では?  あの口振りではかなり多くの令嬢を相手にしていそうだったから、特定するには時間が──」
「あ、いえ。もうほぼ絞れているので大丈夫です」
「え?」

 私の発言に殿下が少し間抜けな表情になる。

「先程、殿下に助けて頂いた時に絡んで来ていた彼女たち──それから、会場で私に敵意の目を向けていた令嬢たち──」
「ん?  待ってくれ。先程の令嬢たちはまだ分かるが、会場で君に敵意の目?  を向けていた令嬢たちとやらのことまでは誰が誰なのかなどそう簡単に───」
「いいえ?  分かりますよ。私には全ての顔……端の端までから」
「は……?」

 私の言葉に殿下は意味が分からないという顔をした。
 私も私で、どこまで目の前の“殿下”を信用したらいいのか分からないので、これ以上は口にしないで曖昧に微笑んでおく。

「……」

(……私は人より目がいいようなのです。だから、ちょっとした細かい所も全て見えていて判別出来るんですよ……)

 ────ね?  理由は知りませんが、ジュラール殿下の振りをしている殿

 私は口には出さずに心の中だけで、目の前の“殿下”にそう語りかけた。
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