上 下
19 / 36

19. 私の我儘

しおりを挟む


「ルチア、大丈夫?」

  お姉様が帰った後、放心状態でソファに座っている私に旦那様が優しく声をかけてくれて、そのまま隣に腰を下ろす。
  
「だ、大丈夫です!」

  自覚してしまった恋心がジワジワと胸の中に広がっていく。
  そのせいで、途中から何だか恥ずかしくなってしまい顔をあげていられなかった。
  だから、嘘泣きを終えた後のお姉様の様子は私の中でぼんやりしている。
  
「本当に?  でも、顔が赤いよ?」
「そ、それは……!」
「……!  まさか、熱でもあるんじゃ……」

  そう言って旦那様は、素早い動作で私の前髪をそっと除けるとそのままコツンと額を合わせてきた。

「……っ!?」

  ───近っ!!
  旦那様の顔のドアップに息が止まりそうになる。
  と、同時に心臓が今までにないくらいバクバク鳴り始めた。口から飛び出そう!

「うーん……ちょっと熱い……かな?」
「~~っっ!!」
「……って、ん?  ルチア!?  さっきよりすごい顔が真っ赤になっている!」

  旦那様のドアップに耐えきれなくなった私の目がグルグル回る。
  好きだと自覚したばかりの人の顔(しかも、かっこいい!)をこんな間近で見て平常心でいられるはずがない!
  私はフラっと倒れ込む。

「ルチア……!  大丈夫か?」
「…………です……」
「ルチア!?」

  支えてくれた旦那様の心配する声が聞こえる。
  旦那様のせいです……
  という言葉は声にならなかった。


────

──


  ───夢を見た。
  まだ、子供だったの頃の夢。

  私以外の皆───お父様とお母様とお兄様とお姉様が楽しそうに笑っている。
  中心にいるのはやっぱりお姉様。

『リデルは何を着せても可愛いな』
『ふふ、ありがとう!』

  お父様が鼻の下を伸ばしながらお姉様に向かってそう褒めると、お姉様も嬉しそうに満面の笑みで答えている。

『こっちのドレスも、似合うんじゃないかしら?』
『僕はこっちも可愛いと思う』

  お母様やお兄様もそれに続く。
  今度、子供たちを集めたお茶会があると言っていたから、その為のドレスを選んでいるみたいだった。
   
  (いいなぁ……)
 
  私は新しいドレスなんて買って貰った事が無い。
  私が持っているドレスは全部お姉様のお下がり。新しいドレスを買って貰えるお姉様が羨ましくて仕方が無かった。

『あら?  ルチア、どうかしたの?』
『え……あ……』

  羨ましい目で見ていた事がお姉様に気付かれてしまった。
  
『お父様、お母様、ルチアが何か言いたい事があるみたい!  聞いてあげましょ?』

  お姉様に言われてお父様とお母様が私に視線を向ける。
  私は勇気を振り絞って声にしてみた。

『あ……のね、私も、お姉様みたいなドレス……欲しい』

  そんな私に向けて返ってきた言葉は……

『え?  リデルのお下がりで充分でしょう?  何が不満なの?』
『そうだぞ!  我儘言うな!』
『わ、我儘……?』

  たった一着でもいい。自分の為だけに選んでもらったドレスが欲しかっただけなのに。
  我儘だと一蹴された。

『酷いわ……ルチア……そんなに私のドレスは気に入らなかったのね?  くすん……もう、あげたくないわ』
『え、お姉様……違っ……』

  そこでお姉様が泣き出してしまい、私は皆に冷たい目で見られた。
 
  私が何かを欲しがる事は“我儘”なんだと知った。
  じゃあ、“我儘”言わなかったら私にもお姉様みたいに笑ってくれるのかな?
  頭を撫でて抱きしめてくれるのかな?

  “我儘”を言わない“いい子”になったなら、きっと────……


────

──
  

「…………っ!」

  ハッと目が覚める。私はベッドに寝かされていた。

「…………ルチア?」

  旦那様がベッドの脇で心配そうな顔をしながら私を見ていた。
  もう、この光景は何回目かしら?

「旦那様……」
「覚えてる?  ルチア、目を回して倒れちゃったんだよ」
「あ……」

  そうだった!
  旦那様の顔がとても近くてドキドキし過ぎて───

「やっぱり、あのおん……リデル嬢にはもっと早く帰ってもらうべきだった、ごめん」

  旦那様が私の手を取り、優しく握りながらそう話す。

「いえ、お姉様の事は……大丈夫です」
「ルチア……?」
「……旦那様が……私の事を信じてくれましたから」
「え?」
「それだけで充分なのです。ありがとうございます、旦那様」

  私がそう言ったら旦那様は柔らかく笑ってくれた。
  私は旦那様のこの笑顔が好き。

「……ルチアは本当に……」
「?」

  旦那様が苦笑しながら優しく私の頭を撫でてくれる。
  この手も好き。

  そう思ったら自然と口にしていた。

「私、これからも……旦那様とずっと一緒にいたいです……」
「ルチア?」

  旦那様が不思議そうな顔して私を見る。その顔を見てハッとした。
  これは“我儘”なのかな?
  望まれた花嫁じゃなかったくせに、ずっと一緒にいたいと口にする事は“我儘”?
  だから、そんな顔をするの?

「ルチア」
「……は、い」 

  旦那様がそっと私を起こすとそのまま優しく抱きしめてくれた。

「当然だろう?  ルチアは俺の可愛い可愛い奥さんなんだから。これからもずっと一緒だ」
「……」
「可愛すぎてルチアのお願いは何でも聞きたくなっちゃうなぁ」
  
  私の耳元で旦那様はそんな事を言う。

「そ、そんな事を言ったら、と、とんでもない我儘……を言うかもしれません……よ?」
「ルチアが我儘を?」
「そう、です……我儘です」

  旦那様が少し身体を離して私の顔をじっと見る。
  そしてすぐに、嬉しそうに笑った。

「ルチアの我儘なら喜んで!」
「え!」
「え?」

  思っていた反応と違って驚いた私の声が裏返った。そして旦那様も驚いて何故か、お互いにきょとんと見つめ合う。

「わ、我儘ですよ?」
「ああ」
「嫌……じゃないのですか?」
「まさか!」

  まさか?
  そんな返答が来るなんて……

「だってそうだろう?  可愛い妻の我儘を叶えてみせることが俺の役目なんだから」
「旦那様……」
「だから」

  旦那様は私の頬を両手で掴み、顔をそっと上を向かせる。
  私の事を真っ直ぐ見てくれる真剣な瞳と目が合った。
 
「ルチアは、もっと俺に我儘を言ってもいいんだよ」
「……!」
「俺は決してルチアを嫌ったりしないから」
「あ……」

  どうしてこの方は……
  旦那様はいつも私の欲しい言葉をくれるの?

「ルチア……何か俺に言いたい“我儘”ある?」
「……」
「遠慮しないで?」
「……ほ、本当に……言ってもいいのですか?」

  私がおそるおそる聞き返すと、旦那様は「もちろん!」と笑った。

「…………それなら、一つだけ」  
「うん」

  私は、ギュッと目をつぶり、自分自身に気合を入れながら言った。

「こ、こ、今夜!  私と一緒に寝て下さい!!」
「!?」

  ズリッと旦那様がベッドから落ちる気配がしたような気がした。

  
しおりを挟む
感想 313

あなたにおすすめの小説

いくら政略結婚だからって、そこまで嫌わなくてもいいんじゃないですか?いい加減、腹が立ってきたんですけど!

夢呼
恋愛
伯爵令嬢のローゼは大好きな婚約者アーサー・レイモンド侯爵令息との結婚式を今か今かと待ち望んでいた。 しかし、結婚式の僅か10日前、その大好きなアーサーから「私から愛されたいという思いがあったら捨ててくれ。それに応えることは出来ない」と告げられる。 ローゼはその言葉にショックを受け、熱を出し寝込んでしまう。数日間うなされ続け、やっと目を覚ました。前世の記憶と共に・・・。 愛されることは無いと分かっていても、覆すことが出来ないのが貴族間の政略結婚。日本で生きたアラサー女子の「私」が八割心を占めているローゼが、この政略結婚に臨むことになる。 いくら政略結婚といえども、親に孫を見せてあげて親孝行をしたいという願いを持つローゼは、何とかアーサーに振り向いてもらおうと頑張るが、鉄壁のアーサーには敵わず。それどころか益々嫌われる始末。 一体私の何が気に入らないんだか。そこまで嫌わなくてもいいんじゃないんですかね!いい加減腹立つわっ! 世界観はゆるいです! カクヨム様にも投稿しております。 ※10万文字を超えたので長編に変更しました。

【完結】やり直しの人生、今度は王子様の婚約者にはならない……はずでした

Rohdea
恋愛
侯爵令嬢のブリジットは、大きな嘘をついて王太子であるランドルフの婚約者の座に収まっていた。 しかし、遂にその嘘がバレてしまう。 ブリジットの断罪の場で愛するランドルフの横にいたのは異母妹のフリージア。 そのフリージアこそがかつて本当にランドルフが婚約に望んだ相手だった。 断罪されたブリジットは、国外追放となり国を出る事になる。 しかし、ブリジットの乗った馬車は事故を起こしてしまい───…… ブリジットが目覚めると、なぜか時が戻っていた。 だけど、どうやら“今”はまだ、ランドルフとの婚約前。 それならば、 もう二度と同じ過ちは犯さない! 今度は嘘もつかずに異母妹フリージアをちゃんと彼の婚約者にする! そう決意したはずなのに何故か今度の人生で、ランドルフから届いた婚約者の指名は、 フリージアではなく、ブリジットとなっていて───

7年ぶりに私を嫌う婚約者と目が合ったら自分好みで驚いた

小本手だるふ
恋愛
真実の愛に気づいたと、7年間目も合わせない婚約者の国の第二王子ライトに言われた公爵令嬢アリシア。 7年ぶりに目を合わせたライトはアリシアのどストライクなイケメンだったが、真実の愛に憧れを抱くアリシアはライトのためにと自ら婚約解消を提案するがのだが・・・・・・。 ライトとアリシアとその友人たちのほのぼの恋愛話。 ※よくある話で設定はゆるいです。 誤字脱字色々突っ込みどころがあるかもしれませんが温かい目でご覧ください。

姉と妹の常識のなさは父親譲りのようですが、似てない私は養子先で運命の人と再会できました

珠宮さくら
恋愛
スヴェーア国の子爵家の次女として生まれたシーラ・ヘイデンスタムは、母親の姉と同じ髪色をしていたことで、母親に何かと昔のことや隣国のことを話して聞かせてくれていた。 そんな最愛の母親の死後、シーラは父親に疎まれ、姉と妹から散々な目に合わされることになり、婚約者にすら誤解されて婚約を破棄することになって、居場所がなくなったシーラを助けてくれたのは、伯母のエルヴィーラだった。 同じ髪色をしている伯母夫妻の養子となってからのシーラは、姉と妹以上に実の父親がどんなに非常識だったかを知ることになるとは思いもしなかった。

(完結)妹の婚約者である醜草騎士を押し付けられました。

ちゃむふー
恋愛
この国の全ての女性を虜にする程の美貌を備えた『華の騎士』との愛称を持つ、 アイロワニー伯爵令息のラウル様に一目惚れした私の妹ジュリーは両親に頼み込み、ラウル様の婚約者となった。 しかしその後程なくして、何者かに狙われた皇子を護り、ラウル様が大怪我をおってしまった。 一命は取り留めたものの顔に傷を受けてしまい、その上武器に毒を塗っていたのか、顔の半分が変色してしまい、大きな傷跡が残ってしまった。 今まで華の騎士とラウル様を讃えていた女性達も掌を返したようにラウル様を悪く言った。 "醜草の騎士"と…。 その女性の中には、婚約者であるはずの妹も含まれていた…。 そして妹は言うのだった。 「やっぱりあんな醜い恐ろしい奴の元へ嫁ぐのは嫌よ!代わりにお姉様が嫁げば良いわ!!」 ※醜草とは、華との対照に使った言葉であり深い意味はありません。 ※ご都合主義、あるかもしれません。 ※ゆるふわ設定、お許しください。

【完結】転生したぐうたら令嬢は王太子妃になんかになりたくない

金峯蓮華
恋愛
子供の頃から休みなく忙しくしていた貴子は公認会計士として独立するために会社を辞めた日に事故に遭い、死の間際に生まれ変わったらぐうたらしたい!と願った。気がついたら中世ヨーロッパのような世界の子供、ヴィヴィアンヌになっていた。何もしないお姫様のようなぐうたらライフを満喫していたが、突然、王太子に求婚された。王太子妃になんかなったらぐうたらできないじゃない!!ヴィヴィアンヌピンチ! 小説家になろうにも書いてます。

王太子様には優秀な妹の方がお似合いですから、いつまでも私にこだわる必要なんてありませんよ?

木山楽斗
恋愛
公爵令嬢であるラルリアは、優秀な妹に比べて平凡な人間であった。 これといって秀でた点がない彼女は、いつも妹と比較されて、時には罵倒されていたのである。 しかしそんなラルリアはある時、王太子の婚約者に選ばれた。 それに誰よりも驚いたのは、彼女自身である。仮に公爵家と王家の婚約がなされるとしても、その対象となるのは妹だと思っていたからだ。 事実として、社交界ではその婚約は非難されていた。 妹の方を王家に嫁がせる方が有益であると、有力者達は考えていたのだ。 故にラルリアも、婚約者である王太子アドルヴに婚約を変更するように進言した。しかし彼は、頑なにラルリアとの婚約を望んでいた。どうやらこの婚約自体、彼が提案したものであるようなのだ。

お前など家族ではない!と叩き出されましたが、家族になってくれという奇特な騎士に拾われました

蒼衣翼
恋愛
アイメリアは今年十五歳になる少女だ。 家族に虐げられて召使いのように働かされて育ったアイメリアは、ある日突然、父親であった存在に「お前など家族ではない!」と追い出されてしまう。 アイメリアは養子であり、家族とは血の繋がりはなかったのだ。 閉じ込められたまま外を知らずに育ったアイメリアは窮地に陥るが、救ってくれた騎士の身の回りの世話をする仕事を得る。 養父母と義姉が自らの企みによって窮地に陥り、落ちぶれていく一方で、アイメリアはその秘められた才能を開花させ、救い主の騎士と心を通わせ、自らの居場所を作っていくのだった。 ※小説家になろうさま・カクヨムさまにも掲載しています。

処理中です...