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11. 愛しの妻(ユリウス視点)

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「……ユリウス」
「何でしょうか、殿下」

  先程から何か言いたそうにこちらを見ていた殿下がようやく口を開いた。

「…………その、どうだ?」
「何がでしょう?」
「お前……」

  俺が何の事かと聞き返すと、殿下は軽く睨んで来た。
  そんな顔をされても。

「し、新婚生活に決まってるだろう!」
「……」
「今までは、こっちが帰れと言っても、平気で遅くまで仕事をしていたくせに……今はきっちり時間通りに帰るし……いや、いい事なのではあるが……」 
「……可愛い妻と過ごす時間は大切なので」

  遅くなるから夕食を先に食べていてもいい───そう口にしたあの日、ルチアは寂しいって顔をしていた。あんなにもいじらしくて健気な様子を見せられたら、何がなんでも夕食までには絶対に帰りたいと思うのが普通だろう。

「お前本当にユリウスか?」
「……何を言っているんですか。いいから仕事しましょう。俺は今度、休みが欲しいのでさっさと片付けてしまいたいんですよ」
「今度は……休み、だと!?   今まで散々休みを取るようにと言っていたのに、まったくというほど話を聞かなかったお前が……か?」

  殿下がショックで震えている。
  余計なお世話だ!
  と言いたいが、その通りだ。俺は仕事くらいしかする事は無かったし。
  だが今は……

「なるべく側にいたいんですよ」
「ユリウス……?」

  今、トーマスに全力で調べさせているが、ルチアは明らかに伯爵家で酷い目にあって来ている。
  幸い、身体に傷のようなものは無いと報告は受けたが、長年精神的にいたぶられてきたのは間違いないと思う。

  ───おそらく姉ばかりを可愛がって、ルチアの事は見向きもしなかったのだろう。

  ルチアは愛情を知らない。
  頭を撫でられる事も抱きしめられる事もなく……そこで自分とは違いひたすら愛情を与えられ続ける姉をずっと見て来たのだろう。
  そんなルチアを想像するだけで胸が痛む。

「一人で寂しい思いをさせたくないんです」
「ユリウス……」

  俺にはルチアがこれまで受けてきた痛みを理解する事は出来ない。
  それでも、孤独に慣れてしまったルチアに“愛情”を知ってもらいたい。
  もうあんな風に寂しそうに笑ったり泣いたりして欲しくないんだ。

「……」
  
  だが俺にはどうしても分からない。
  確かに、あの日俺が命令を受けて接触したルチアと名乗った、リデルはその辺の令嬢達の中では誰よりも顔の整った女性だった。あれなら確かに両親も可愛がりチヤホヤするだろう。

「ルチアはあんなのとは別次元で美しくて綺麗なんですよ……そして、性格は素直で可愛いくて……」
「急に惚気けるな!  そしてそれはさすがに言い過ぎではないか?」

   ルチアは完全に無自覚だし、両親を始め、今までルチアに関わって来たであろう人達が誰も彼女の事を話題にしないのが不思議なくらいルチアは素で美しい。特に笑顔の破壊力は言葉に出来ないほどだ。
  ルチアへの想いを自覚してからは、まっすぐ見れないくらいあの笑顔は眩しい。

「いや、嘘じゃないですよ」

   初めて顔を見た時は本当に驚いたんだ。
  ……こんなに美しくて綺麗な女性は見たことがない、と。

  言うならば姉は作られた美しさ。
  ルチアは天然の美しさ。全然違う。
 
「パーティーにはルチアも参加するそうです。その時に紹介しますよ」
「ああ……お前がそこまで惚れ込む女性……楽しみにしているよ。それより、パーティーだが……」
「……」

  殿下の婚約者問題は昔から大きく議論されていた。
  子供のうちから一人に決めておいて王妃教育を行うべきだ!  という意見と適齢期になった時に政治的背景等を考えその時に相応しいと思われる令嬢を選ぶべきだという意見……等々。
  結局、後者の意見が採用されて今に至る……が。
  そろそろ、本格的に決めなければならない時がやって来た。    
  しかし、ここに来て水面下でリストアップされていた殿下の婚約者候補達から辞退の申し出が相次ぐ。
  二、三名くらいならそこまで気にならなかっただろう。しかし、その数は数十人にも及び、辞退を申し出る時期も皆、近いとなればさすがに何者かの関与が疑われる。
  そして裏にいるのは何者かと調べてみれば“スティスラド伯爵家の令嬢”に繋がった。
  伯爵家には二人の娘がいたが、調べていると出てくる名前が混在しており、よく分からない点が多々あり不思議には思っていた。

  (きっと、あの時以外にも“ルチア”の名を騙っていた時があるのだろうな……)

  美貌を売りにしていたという伯爵令嬢は裏で「殿下の婚約者はもう決まっている」と吹聴して回っていた。
  その女の小狡いところは、それがは曖昧にしか言わない所だった。
  しかし、身分は伯爵令嬢でも、あれだけの美貌を持つ令嬢に釘を刺された令嬢達はみんな勘違いをしてしまう。
  それがこの大量辞退へと繋がっていた。
  
「……ユリウスが求婚する事で私の“婚約者候補”から強引に外れてもらう予定だったのだが……」
「……」

  殿下は今度のパーティーに参加しない者は、候補者にはなれないとする、と決めた。
  それが認められた時にはもうあまり時間が残っていなかったので、急いで接触をはかり、求婚まで持っていかなくてはならなくなった俺は、慌ててスティスラド伯爵令嬢が参加すると聞いたとある夜会に出向き、無事にあの女との接触に成功した。

『はじめまして、トゥマサール公爵家のユリウス様。スティスラド伯爵家のルチア・スティスラドと申します』

  一目で分かる。
  清楚なフリをしていたが、滲み出る“狡猾な部分”が全く隠しきれていない。
  態度や言葉の節々に違和感があった。
  殿下の命令には従うが、この女と本当に結婚する事だけは絶対に有り得ないという嫌悪感を抱いただけだった。

  ルチアと名乗ったところで、いざ計画通りに求婚───内容は今すぐにでも結婚したいそんな内容にした。
  これは釣るための嘘で、もし承諾されて公爵家にやって来たらパーティーまで理由をつけて正式な婚姻は引き伸ばしながら留めるはずだったが……
  
  承諾の返事を貰い、やって来たのはあの女とは似ても似つかないくらい可愛くて美しくて綺麗な“ルチア”で、公爵家の者達には事情を説明していたから、やって来た“ルチア・スティスラド伯爵令嬢”の違いに大きく戸惑わせてしまった……
  
「どうせ、あの女の事ですからパーティーでも騒ぎを起こすに決まっています」
「……」 
「殿下、申し訳ございませんが、パーティーで俺はルチアを守ります」
「お前……」
「あの女は必ずやルチアをも攻撃してくるはずですから」

  俺の求婚相手が間違っているとわかった上で、平気な顔をしてルチアを送り出したあの女は、理由は知らないがきっとルチアが幸せになる事を妬むに違いない。

「それから、出来ればルチアには本当の事を話したいのですが?」
「……それは」

  何を好き好んで、ルチアに俺があんな女を好きだと思っていると誤解されなくてはならない?
 
「すまないがパーティーが終わるまでは待ってくれ……」

  分かってはいたが、やっぱり許可は出ないようだ。
  ルチアに嘘なんかつきたくないのに……

「…………そういう事なら、殿下は殿下でどうにかあれを排除して下さい」
「あ、おい!  ユリウス……!」

  やっぱり殿下が何かを喚いていたけど、もう俺の頭の中は可愛いルチアとのデートの事でいっぱいだった。

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