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10. ドキドキの日々
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「ルチア、君は連日勉強ばかりしている、と聞いたが、もしかして今日もだろうか?」
「旦那様?」
ユリウス様……の花嫁になる決心をしてから数日。
その日、帰宅した旦那様を出迎えたら突然そんな事を言われた。
その通りなのだけど、誰に聞いたのかしら? トーマスさん?
「はい、そうですね。えっと、今日は公爵家の……」
「ルチア……そんなに急いで勉強しなくても……」
旦那様が申し訳なさそうな顔になってしまった!
公爵夫人になる予定の私に勉強を強要しちゃったと思っているのかもしれない……
私は慌てて否定する。
「あ、いいえ! そうではないのです。好きに過ごしていいと言われても思いつく事が他に無かっただけなんです。それならいっその事、旦那様の為になる事をしたくて私が勝手に言い出したのです」
「ル、ルチア……!」
私がそう答えると旦那様が驚いた表情になって、見る見るうちに顔が赤くなっていく。
「え? 旦那様!? 大丈夫ですか?」
こんな一気に赤くなるなんて! 熱を出してしまったのかもしれない!
どうしたらいいの? えっと、熱を測ればいい?
軽くパニックになった私は旦那様の額にえいっと、とりあえず手を伸ばす。
「……っっっ!」
え? 更に赤くなった!?
「旦那様! とっても熱いです! これは絶対に熱がありますよ!?」
「う……あ、いや。これは……多分、違っ……」
大変、言葉まであやふや! うまく喋れなくなっているじゃないの!
「トーマスさーん、旦那様の顔が真っ赤で熱があるんですーー! 呂律もおかしいんですーー」
「ル、ルチア!?」
私一人では手に負えないと思ってトーマスさんを呼ぶ。
トーマスさんは慌てて玄関にやって来たけど、私と旦那様を交互に見てから「ふむ」と頷いて旦那様に向かって言った。
「若君、気持ちはお察ししますぞ。だが、今は……大人しく部屋へ行かれる事をオススメしますな」
「うう……」
何のお気持ちを察したのかは知らないけど、トーマスさんはちゃんと旦那様をお部屋に連れて行ってくれたので安心した。
「旦那様、具合はどうですか?」
「……ルチア!」
暫くしてから、トーマスさんが私の元に来て「そろそろ若君も落ち着いた頃だと思うので、顔を見に行ってやってくだされ」と言うので様子を見る為に旦那様の部屋を訪ねた。
なんと旦那様はベッドの上で仕事をしていた。
こんな時まで仕事なの?
「……あ、うん。全然、大丈夫……」
「本当ですか?」
「……うん、と、いうか最初から大丈夫……病気じゃない……」
「?」
よく分からないけれど、大丈夫そうなら良かったと微笑んだ。
「ルチア……」
旦那様が私の名前を呼んだ? と思ったら、旦那様の手が私に向かって伸ばされ、そのまま頭を撫でられた。
私は思わずふふっと笑みがこぼれる。
だって旦那様に頭を撫でられると、とっても温かくて嬉しい気持ちになるの。
「……っっっ!」
「旦那様?」
だけど、何故か旦那様がパッと顔を逸らしてしまう。
「あー…………もう……何だってこんなに……かわ」
「?」
「はぁ……なぁ、ルチア。少しだけ聞いてもいいだろうか?」
旦那様が少し気まずそうな表情で訊ねてくる。何の話かしら?
「はい?」
「ルチアと君の姉……リデル嬢はさ、正直言って……」
「あ、似ていませんよね? 知っています。お姉様はとても美しいですから」
見た目だけは、という言葉は飲み込んだ。
だって、旦那様は本当に私の事をとても大事にしてくれている。
お姉様の事を諦めて私に誠実であろうとしてくれているのよ? そんな人に夢を壊すような事は言いたくない。
お姉様の本性なんて知らなくてすむなら知らない方がいいに決まっている!
「似ていない……それは確かにその通りだと思うが……俺が言いたいのはそうではなくて」
「?」
「本当に美しいのは…………どうしてなのかと」
「旦那様?」
私は首を傾げる。
「……すまない。ちなみにだが両親のどちらに似ているとかはあるのだろうか?」
「お姉様とお母様はよく似ていますよ! お母様も昔は社交界で美貌を売りにしていたそうですから。私は特にどちらにも……」
そういえば、どちらに似ているとか考えた事が無かったわ。
「……」
私がそう答えると何故か旦那様が黙ってしまった。
「変な話をして……す、すまなかった。…………そうだ、話を変えよう! ルチア。実は今度、王宮主催のパーティーがある」
「……パーティー……ですか?」
私の顔が一瞬、曇った事を旦那様は見逃さなかった。
「……ルチアは、社交界が苦手だろう?」
「私、その話を旦那様にしましたか?」
その通りだけど口にした記憶は無いわ。
「話してはいない……が、俺が勝手にそう思った。間違っていたら申し訳ない」
「いえ、旦那様の言う通り苦手です…………ですが」
今までは“行きたくない”それで良かったけれど、これからはダメなんだと自分に言い聞かせる。
「ルチア、もし嫌なら」
「いいえ、旦那様……ユリウス様の妻としてちゃんと参加します」
「ルチア……?」
旦那様が驚いた顔で私を見た。
───旦那様には言えないけれど、きっとそのパーティーにはお姉様も来るはずだから。
だから、私が泣いて帰ってくると信じていたお姉様に見せたいの。
旦那様は一度も私の事を責めずに迎え入れてくれた懐の深い人だって。
お姉様はそんな人の気持ちを踏みにじる最低な事をしたのよ? って。
私は今、そう決めた。
「……なぁ、ルチア。それなら今度の休み一緒に出かけようか」
「はい?」
「パーティー……ドレスを新調するには時間が足りないが、装飾品は贈らせてくれないか?」
「……え!」
お出かけ!? 装飾品!?
私は驚いた。
「いえいえ、ドレスもですが装飾品だって、すでに充分すぎるくらい頂いてます!」
さすが、公爵家。
何もかもが一級品で私はクラクラした。
その殆どが恐れ多くて触れてもいないけど。
「いや……」
旦那様は首を横に振る。
「ですが……」
「俺が! 自分の手でルチアの為にルチアに似合う物を選びたい! …………んだ」
「えっ!?」
まさかそんな事を言われるなんて思わなかった。
「……わ、私?」
「ああ、ルチアの」
「私に似合う物……?」
「そうだ。俺がこの手で選ぶ。だから、頷いてくれ」
そう言って旦那様は今度はそっと私の頬に触れて優しく撫でる。
「……夫から可愛い妻への贈り物だよ、ルチア」
「……!」
その言葉に胸がドクンッと大きく跳ねて、涙が出そうになった。
うまく言葉に出来ないけれど、“幸せ”ってこういう事を言うのかしら?
漠然とそう思った。
たとえ、可愛いがお世辞でもとても嬉しいの。
こんな時がずっと続いて欲しい────……
そう思った。
✣✣その頃のリデル✣✣
「いい? どれだけお金を積んでも構わない。急いで私の為の最高のドレスを作ってもらうように注文してくれるかしら?」
「は、はい……ですが、そうなるとかなりのお金が……当主様はこの事は?」
「ふふ、大丈夫よ。お父様はもちろん良いと言うに決まってるもの! だから、お願い」
今度のパーティーは、私が王太子殿下に見初められる日なんだから、その辺のドレスでは駄目なのよ!
最高級の素材を使った最っ高のドレスでなくてはね!
そう気合を入れて指示を出していたら、向こうから使用人達の声が聞こえて来た。
噂話の好きな人達ねぇ……
「今度のパーティー、リデル様はさすがに気合いが入っているわね」
「まぁ、万が一ここで見初められなかったら大変だもの」
「でも、あの美しさなら……」
ふふん、そうでしょう、そうでしょう!
「ただ、私……思うのよね」
「何が?」
「ルチア様よ……私、以前からずっと密かに思っていたのだけど、実はルチア様って……」
───ルチアですって!?
その名前が話題に出た事に私は黙っていられず、使用人達の元に向かう。
「あら~~? みんな揃って何の話をしているのかしら?」
「あ、リデル様!」
「い、いえ! なんでもないです……!」
「そうかしら? 楽しそうだったけど……?」
私が首を傾げると使用人達はますます慌てる。
「ただの、ざ、雑談です。とてもリデル様に聞かせるような話ではありません!」
「し、仕事に戻りますーー!」
使用人達は足早に仕事に戻って行った。
「……チッ」
使用人達はなんでもない雑談と言っていたけれど、あの発言は聞き捨てならない……
「……誰よりも美しいのは……私よ……私なんだから!」
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