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6. 王子様からの手紙

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「これなんだが……」

 そう言ってお父様は、困惑した顔を浮かべたまま私に手紙を差し出す。
 差出人は、
 “ランドルフ・ギュディオール”となっている。
 それは間違いなく、殿下の名前。
 念の為に封筒も確認したところ、ちゃんと王家の封蝋が使われている。
 それなら、これは正真正銘王家の……殿下からの手紙だわ。

「……」

(遂に来たのね……この日が!)

 私はお父様からその手紙を受け取りながら、過去の人生での“この時”を思い出した。


──────……


『ブリジット、これなんだが……』
『なんですの?  手紙?  ……って、まぁぁ!  王家……しかもランドルフ殿下からではありませんか!』 

 その手紙を渡された私は、差出人の名前を見て興奮してはしゃいでしまった。
 三度見くらいはしたわ。
   
『お、お、お父様!  ま、まさか、それは殿下からの手紙なんですの!?』

 私がそう訊ねると、お父様はうーん……と悩ましい顔をしながら首を捻った。
 何故そんな顔をしているのか分からない。

『それが……ブリジット宛というか……いまいち誰宛なのかよく分からんのだ。それでお前に聞こうと思ってこうして訊ねている』
『……どういう意味ですの?』
『まずは手紙それの中を読んでみてくれ。話はそれからだ』
『?』

 そう言われた私は封を開けて、中の便箋を取り出して書かれている内容に目を通す。

『……え!  こ、これ……』  

 内容を理解した私は目を見張り、驚きの声を上げた。

『ブリジットはそこに書かれている事の内容に心当たり……覚えはあるのか?』
『……』

 心当たりも何も……!
 私の手紙を持つ手がブルブルと震える。

(これってあの日の事よね?   街で倒れていたのはランドルフ殿下だったの!?)

 あの時、倒れていた男性の顔なんてまともに見ていなかった。
 行き倒れている割には、まあまあ、身なりは整っているわね……とは思ったけれど。
 そもそもよ?  
 あんな所に王子が倒れているなどと誰が思うのよって話でしょう?

『……お父様……この手紙のこと……フリージアには聞いたのですか?』

 フリージアだってこの手紙を読めばすぐにあの時の事だと分かるはず。
 何も出来ずにオロオロしていた私なんかより、ずっと必死に倒れていた彼に声をかけて「頑張れ」と励まし続けていたのだから。

『それが、フリージアは出掛けているようでな、まだ確認は出来ておらん』
『そう……ですか』

 フリージアは、まだ、この手紙に書かれている事を知らない。
 そう思った時、悪魔が私に囁いた。

 ───今ならこれを私のことだとお父様に言ってもバレないのでは?

 殿下の手紙には
   “あの日助けてくれた令嬢を探していた”そして、感謝の言葉と共にその女性を妃として迎えたい──と書かれている。
 つまり、ラディオン侯爵家の娘が助けてくれた、という事までは判明したものの、私とフリージアのどちらかは分かっていない。
 だからこんな曖昧な書き方になっている。

(それなら───今のうちに……)

『お父様、それ私のことですわ!』
『なに!?』
『実は、以前、街で倒れていた男性を助けましたの。てっきり身元不明の怪しい方だと思っていたので特に報告はしませんでしたけど──……まさか、あの時の方が殿下だったなんて……』

 …………心の底からから驚きよ!  
 驚いているわ!
 そして私はあの日の詳細をお父様に語る。
 もちろん、自分は人を呼びに行っただけの傍観者だった……という事実は伏せて。

 だって、あのランドルフ殿下よ?  
 このまま行けば彼の妃にもなれるのよ?

(……ランディさま)

 あの日からずっとずっと夢見てた。
 いつか彼の隣に立つことを……

『そうか……あぁ、ブリジット!  本当に間違いないんだな!?』
『ええ』

 お父様が異様なほど興奮している。
 手紙を読んでからは、何かの間違いではないかとずっと葛藤していたのかもしれない。
 ……興奮しているお父様は、フリージアの事はすっかり忘れているようね。
 不在だから仕方がないとはいえ、私の話だけを聞いて信じてしまうとは。

(でも、それが功を奏したわ)

『そうか……お前が、殿下の妃に……ははは!  よくやったブリジット!』
『……』
『あ、いや待てよ?  念の為、フリージアにもこの件は聞いておいた方がいいか?  一緒にいたのだろう?』
『……!』

 私は内心で慌てた。
 残念ながら、お父様は少し冷静になってしまったようでフリージアにも確認した方がいいのか?  と言いながら首を捻っている。

(それはまずい!) 

 フリージアにこのことを話されたら嘘がすぐにバレてしまうわ!
 だから、私は慌ててお父様を引き止めた。

『お、お父様!  フリージアには私から聞いておきますわ、ね?』
『そうか?』
『ええ!  お任せ下さい』

 私はにっこり笑って答えた。

(……フリージア、ごめんなさい)

 私、どうしてもどうしても……例え嘘をついてでも、あの人の隣に立ちたいの───……
 ずっとずっとそれを夢みていたの───……だから……


─────…… 

   
「王家……それもランドルフ殿下からのお手紙だなんて、驚きですわね、お父様」

 自分でも思う。
 白々しい言葉ね……
 でも、こればっかりは仕方がない。

「……そうなのだ」

 お父様も困惑の様子を見せながら頷く。

「それも、内容が───……」
「ねぇ、お父様?  フリージアは?  フリージアはどこかに出かけてしまっているの?」
「ん?」 

 お父様の話を遮るようにしてそんな事を言ったせいか、お父様はますます困惑気味。   
 だけど、この場に必要なのは私ではなくてフリージア。
 今度こそ、“殿下を助けた令嬢”として婚約するのはフリージアなのだから。

「ん??  どうして、この話にんだ?」
「……え?」

 お父様が口にしたその言葉に今度は私が困惑した。

「ちなみに、フリージアは部屋にいるぞ。何か用があるなら後にしてくれ」
「は……い」
  
(……どういうこと?)

 過去と違ってフリージアは部屋にいるという。
 不在ではない?
 なのに、お父様は真っ直ぐ私の元にこの手紙を持って来た。
 それに、フリージアの名前を出したらお父様が不思議そうな顔をした。
   
(なぜ?  ……何かが……変)

 それって、つまりこの“手紙”にフリージアは関係ない……ということ?
 私の手紙を持つ手が震える。

「とにかく……読んでみてくれ」
「は、は……い」

 変な緊張のせいなのか、手が震えすぎて上手く開けない。
 私は格闘しながらも、どうにか封を開け便箋を取り出す。
 そして中に書かれている内容に目を通す。

「…………えっと、ブリジット嬢へ、先日は…………あれ?」

 何故、書き出しが私の名前になっている?  
 この段階で何かが変と思いながらも私は先に目を通す。

「………………え?」

 そして、最後まで読み終えた私は、手紙を持ったままその場に硬直した。

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