6 / 38
6. 王子様からの手紙
しおりを挟む「これなんだが……」
そう言ってお父様は、困惑した顔を浮かべたまま私に手紙を差し出す。
差出人は、
“ランドルフ・ギュディオール”となっている。
それは間違いなく、殿下の名前。
念の為に封筒も確認したところ、ちゃんと王家の封蝋が使われている。
それなら、これは正真正銘王家の……殿下からの手紙だわ。
「……」
(遂に来たのね……この日が!)
私はお父様からその手紙を受け取りながら、過去の人生での“この時”を思い出した。
──────……
『ブリジット、これなんだが……』
『なんですの? 手紙? ……って、まぁぁ! 王家……しかもランドルフ殿下からではありませんか!』
その手紙を渡された私は、差出人の名前を見て興奮してはしゃいでしまった。
三度見くらいはしたわ。
『お、お、お父様! ま、まさか、それは殿下から私への手紙なんですの!?』
私がそう訊ねると、お父様はうーん……と悩ましい顔をしながら首を捻った。
何故そんな顔をしているのか分からない。
『それが……ブリジット宛というか……いまいち誰宛なのかよく分からんのだ。それでお前に聞こうと思ってこうして訊ねている』
『……どういう意味ですの?』
『まずは手紙の中を読んでみてくれ。話はそれからだ』
『?』
そう言われた私は封を開けて、中の便箋を取り出して書かれている内容に目を通す。
『……え! こ、これ……』
内容を理解した私は目を見張り、驚きの声を上げた。
『ブリジットはそこに書かれている事の内容に心当たり……覚えはあるのか?』
『……』
心当たりも何も……!
私の手紙を持つ手がブルブルと震える。
(これってあの日の事よね? 街で倒れていたのはランドルフ殿下だったの!?)
あの時、倒れていた男性の顔なんてまともに見ていなかった。
行き倒れている割には、まあまあ、身なりは整っているわね……とは思ったけれど。
そもそもよ?
あんな所に王子が倒れているなどと誰が思うのよって話でしょう?
『……お父様……この手紙のこと……フリージアには聞いたのですか?』
フリージアだってこの手紙を読めばすぐにあの時の事だと分かるはず。
何も出来ずにオロオロしていた私なんかより、ずっと必死に倒れていた彼に声をかけて「頑張れ」と励まし続けていたのだから。
『それが、フリージアは出掛けているようでな、まだ確認は出来ておらん』
『そう……ですか』
フリージアは、まだ、この手紙に書かれている事を知らない。
そう思った時、悪魔が私に囁いた。
───今ならこれを私のことだとお父様に言ってもバレないのでは?
殿下の手紙には
“あの日助けてくれた令嬢を探していた”そして、感謝の言葉と共にその女性を妃として迎えたい──と書かれている。
つまり、ラディオン侯爵家の娘が助けてくれた、という事までは判明したものの、私とフリージアのどちらかは分かっていない。
だからこんな曖昧な書き方になっている。
(それなら───今のうちに……)
『お父様、それ私のことですわ!』
『なに!?』
『実は、以前、街で倒れていた男性を助けましたの。てっきり身元不明の怪しい方だと思っていたので特に報告はしませんでしたけど──……まさか、あの時の方が殿下だったなんて……』
…………心の底からから驚きよ!
驚いているわ!
そして私はあの日の詳細をお父様に語る。
もちろん、自分は人を呼びに行っただけの傍観者だった……という事実は伏せて。
だって、あのランドルフ殿下よ?
このまま行けば彼の妃にもなれるのよ?
(……ランディさま)
あの日からずっとずっと夢見てた。
いつか彼の隣に立つことを……
『そうか……あぁ、ブリジット! 本当に間違いないんだな!?』
『ええ』
お父様が異様なほど興奮している。
手紙を読んでからは、何かの間違いではないかとずっと葛藤していたのかもしれない。
……興奮しているお父様は、フリージアの事はすっかり忘れているようね。
不在だから仕方がないとはいえ、私の話だけを聞いて信じてしまうとは。
(でも、それが功を奏したわ)
『そうか……お前が、殿下の妃に……ははは! よくやったブリジット!』
『……』
『あ、いや待てよ? 念の為、フリージアにもこの件は聞いておいた方がいいか? 一緒にいたのだろう?』
『……!』
私は内心で慌てた。
残念ながら、お父様は少し冷静になってしまったようでフリージアにも確認した方がいいのか? と言いながら首を捻っている。
(それはまずい!)
フリージアにこのことを話されたら嘘がすぐにバレてしまうわ!
だから、私は慌ててお父様を引き止めた。
『お、お父様! フリージアには私から聞いておきますわ、ね?』
『そうか?』
『ええ! お任せ下さい』
私はにっこり笑って答えた。
(……フリージア、ごめんなさい)
私、どうしてもどうしても……例え嘘をついてでも、あの人の隣に立ちたいの───……
ずっとずっとそれを夢みていたの───……だから……
─────……
「王家……それもランドルフ殿下からのお手紙だなんて、驚きですわね、お父様」
自分でも思う。
白々しい言葉ね……
でも、こればっかりは仕方がない。
「……そうなのだ」
お父様も困惑の様子を見せながら頷く。
「それも、内容が───……」
「ねぇ、お父様? フリージアは? フリージアはどこかに出かけてしまっているの?」
「ん?」
お父様の話を遮るようにしてそんな事を言ったせいか、お父様はますます困惑気味。
だけど、この場に必要なのは私ではなくてフリージア。
今度こそ、“殿下を助けた令嬢”として婚約するのはフリージアなのだから。
「ん?? どうして、この話にフリージアが出てくるんだ?」
「……え?」
お父様が口にしたその言葉に今度は私が困惑した。
「ちなみに、フリージアは部屋にいるぞ。何か用があるなら後にしてくれ」
「は……い」
(……どういうこと?)
過去と違ってフリージアは部屋にいるという。
不在ではない?
なのに、お父様は真っ直ぐ私の元にこの手紙を持って来た。
それに、フリージアの名前を出したらお父様が不思議そうな顔をした。
(なぜ? ……何かが……変)
それって、つまりこの“手紙”にフリージアは関係ない……ということ?
私の手紙を持つ手が震える。
「とにかく……読んでみてくれ」
「は、は……い」
変な緊張のせいなのか、手が震えすぎて上手く開けない。
私は格闘しながらも、どうにか封を開け便箋を取り出す。
そして中に書かれている内容に目を通す。
「…………えっと、ブリジット嬢へ、先日は…………あれ?」
何故、書き出しが私の名前になっている?
この段階で何かが変と思いながらも私は先に目を通す。
「………………え?」
そして、最後まで読み終えた私は、手紙を持ったままその場に硬直した。
45
お気に入りに追加
4,668
あなたにおすすめの小説
私達、政略結婚ですから。
黎
恋愛
オルヒデーエは、来月ザイデルバスト王子との結婚を控えていた。しかし2年前に王宮に来て以来、王子とはろくに会わず話もしない。一方で1年前現れたレディ・トゥルペは、王子に指輪を贈られ、二人きりで会ってもいる。王子に自分達の関係性を問いただすも「政略結婚だが」と知らん顔、レディ・トゥルペも、オルヒデーエに向かって「政略結婚ですから」としたり顔。半年前からは、レディ・トゥルペに数々の嫌がらせをしたという噂まで流れていた。
それが罪状として読み上げられる中、オルヒデーエは王子との数少ない思い出を振り返り、その処断を待つ。
姉と妹の常識のなさは父親譲りのようですが、似てない私は養子先で運命の人と再会できました
珠宮さくら
恋愛
スヴェーア国の子爵家の次女として生まれたシーラ・ヘイデンスタムは、母親の姉と同じ髪色をしていたことで、母親に何かと昔のことや隣国のことを話して聞かせてくれていた。
そんな最愛の母親の死後、シーラは父親に疎まれ、姉と妹から散々な目に合わされることになり、婚約者にすら誤解されて婚約を破棄することになって、居場所がなくなったシーラを助けてくれたのは、伯母のエルヴィーラだった。
同じ髪色をしている伯母夫妻の養子となってからのシーラは、姉と妹以上に実の父親がどんなに非常識だったかを知ることになるとは思いもしなかった。
完】異端の治癒能力を持つ令嬢は婚約破棄をされ、王宮の侍女として静かに暮らす事を望んだ。なのに!王子、私は侍女ですよ!言い寄られたら困ります!
仰木 あん
恋愛
マリアはエネローワ王国のライオネル伯爵の長女である。
ある日、婚約者のハルト=リッチに呼び出され、婚約破棄を告げられる。
理由はマリアの義理の妹、ソフィアに心変わりしたからだそうだ。
ハルトとソフィアは互いに惹かれ、『真実の愛』に気付いたとのこと…。
マリアは色々な物を継母の連れ子である、ソフィアに奪われてきたが、今度は婚約者か…と、気落ちをして、実家に帰る。
自室にて、過去の母の言葉を思い出す。
マリアには、王国において、異端とされるドルイダスの異能があり、強力な治癒能力で、人を癒すことが出来る事を…
しかしそれは、この国では迫害される恐れがあるため、内緒にするようにと強く言われていた。
そんな母が亡くなり、継母がソフィアを連れて屋敷に入ると、マリアの生活は一変した。
ハルトという婚約者を得て、家を折角出たのに、この始末……。
マリアは父親に願い出る。
家族に邪魔されず、一人で静かに王宮の侍女として働いて生きるため、再び家を出るのだが………
この話はフィクションです。
名前等は実際のものとなんら関係はありません。
この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが
【完結】純白のウェディングドレスは二度赤く染まる
春野オカリナ
恋愛
初夏の日差しが強くなる頃、王都の書店では、ある一冊の本がずらりと並んでいた。
それは、半年前の雪の降る寒い季節に死刑となった一人の囚人の手記を本にまとめたものだった。
囚人の名は『イエニー・フラウ』
彼女は稀代の悪女として知らぬ者のいない程、有名になっていた。
その彼女の手記とあって、本は飛ぶように売れたのだ。
しかし、その内容はとても悪女のものではなかった。
人々は彼女に同情し、彼女が鉄槌を下した夫とその愛人こそが裁きを受けるべきだったと憤りを感じていた。
その手記の内容とは…
夫達の裏切りに復讐心で一杯だった私は、死の間際に本当の願いを見つけ幸せになれました。
Nao*
恋愛
家庭を顧みず、外泊も増えた夫ダリス。
それを寂しく思う私だったが、庭師のサムとその息子のシャルに癒される日々を送って居た。
そして私達は、三人であるバラの苗を庭に植える。
しかしその後…夫と親友のエリザによって、私は酷い裏切りを受ける事に─。
命の危機が迫る中、私の心は二人への復讐心で一杯になるが…駆けつけたシャルとサムを前に、本当の願いを見つけて─?
(1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります)
言いたいことは、それだけかしら?
結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【彼のもう一つの顔を知るのは、婚約者であるこの私だけ……】
ある日突然、幼馴染でもあり婚約者の彼が訪ねて来た。そして「すまない、婚約解消してもらえないか?」と告げてきた。理由を聞いて納得したものの、どうにも気持ちが収まらない。そこで、私はある行動に出ることにした。私だけが知っている、彼の本性を暴くため――
* 短編です。あっさり終わります
* 他サイトでも投稿中
悪役令嬢に仕立て上げたいのならば、悪役令嬢になってあげましょう。ただし。
三谷朱花
恋愛
私、クリスティアーヌは、ゼビア王国の皇太子の婚約者だ。だけど、学院の卒業を祝うべきパーティーで、婚約者であるファビアンに悪事を突き付けられることになった。その横にはおびえた様子でファビアンに縋り付き私を見る男爵令嬢ノエリアがいる。うつむきわなわな震える私は、顔を二人に向けた。悪役令嬢になるために。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる