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31. それから
しおりを挟むそれからの私は大忙しだった。
「……そなたが、サスビリティ公爵家の娘」
「ドロレスでございます」
私は深く頭を下げて挨拶をする。
“ドロレス”の社交界デビューは騒ぎのせいで流れている(もちろん、流す事が目的だった)ので、今日はそれの仕切り直し。
陛下達への挨拶。
「すまなかった。すっかり、ティナフレール伯爵の言葉を信じて全てを任せてしまった」
「……あの人達はどんな言葉を?」
「元々、アレクサンドルの事もあるし君は王家で預かろうとしたんだ。だが、伯爵は“まだ、血の繋がった家族である我々と過ごした方がドロレスも戸惑いが減るでしょう”と言葉巧みに言っておってな……」
「……」
(全然、交流なんて無かったくせに!!)
「アレクサンドルも、そなたの無邪気な屈託の無い笑顔が好きだと言っていたからな。馴染みのない王家で預かって気を使わせるのも良くないと思ったのだが……すまなかったな」
「!! アレク……サンドル様がそのような事を……?」
(アレクーーー!? あなた、まさか陛下達の前でも惚気けていたの!?)
「えぇ。“僕のお嫁さん”はとっても可愛い子なんだってあなたに会った日はいつも惚気けていたわね。最初はあなたをサスビリティ公爵家の令嬢だと知らなくて“好きな子が出来た! 僕の婚約はどうしても変えられないのか?”って鬼気迫る顔で言われた時は驚いたわ、ふふ」
王妃様が思い出し笑いをしながらそんな事を暴露する。
「“好きな子”と既に婚約していると知った時のアレクサンドルの顔は面白かったな。実に間抜けだった」
「それからは、本当に元気になって嬉しそうに王宮内を走り回って……本当は注意をしなくてはならないのにあんな姿が見られるなんて思ってもみなかったから、注意なんて出来なかったわ」
「……」
(レックス……あなた……)
「サスビリティ公爵令嬢、ドロレス」
「は、はい!」
「アレクサンドルとそなたの婚約は一応継続しておるが、アレクサンドルが新たに結び直したいと言っていてな」
「え?」
(アレク? どういう事?)
私は意味が分からず狼狽える。
「もうすぐ、そなたは成人を迎えるな」
「はい」
「その際に一旦王家で預かった“サスビリティ公爵”の爵位をそなたに襲爵する事になる」
叔父様はあくまで代理だった。
そして牢屋に入れられた後は、当然、その“代理”の地位も失い“サスビリティ公爵”は一旦王家預りとなっていた。
(私はサスビリティ公爵の名前を持ったまま、アレクの元に嫁ぐ)
「実は娘が地位を継承する時に……と、前・公爵から頼まれていた事があってな。まさか、これが遺言になるとは思わなかったが。アレクサンドルもこの事を知って、それならそなたと新たに婚約を結び直したい……と言っている」
そう言って陛下は一枚の紙を見せた。私は、そこに書いてある内容に目を通す。
「っ!! こ、これ……は」
「そなたの両親からの最後のプレゼントだな」
「…………っ!」
「よほど、思い入れがあったのだろう」
私は溢れそうになる涙を拭ってしっかり前を向く。
「ありがとうございます……謹んで拝命いたします」
「あぁ。それと、これからもアレクサンドルをよろしく頼む」
そう告げた時の陛下の顔は“父親”の顔だと思った。
アレクから陛下の話をあまり聞かなかったので親子関係はどうなのかと思っていたけれど、こんな風に父親の顔を見せるのなら“あの事”を聞いても大丈夫かもしれない。
私は更に深く頭を下げて訊ねる。
「……陛下。失礼ながら最後に一つお聞きしたい事がございます」
「うん? 何だ?」
驚いた陛下の顔は、アレクにとてもよく似ていた。
────
「……アレク!」
謁見室から出ると、アレクが壁にもたれかかるようにして私を待ってくれていた。
「待っててくれたのですか?」
「……大丈夫だとは分かっていても気になって……上の空でいたらクォンに執務室を追い出された」
「それは……」
私がふふふ、と笑うとアレクは少し不貞腐れる。
「ローラ、あの話聞いたの?」
「えぇ。お父様がそんなつもりでいたなんて知らなかったです」
私が微笑みながら答えるとアレクがそっと私の肩に手を回して抱き寄せ、額にキスをした。
「これで、誰からも不思議に思われない」
「そ、そんな事より! アレク、ひ、人が……!」
「大丈夫。皆、見て見ぬふりをしてくれるよ」
「そういう事では」
あたふたする私をアレクは楽しそうに眺めている。
「そうだね、今日も弱々しい王子が可愛い婚約者にベタ惚れだって噂が広がるだけだよ」
「~~!!」
真っ赤になる私を見たアレクはとても楽しそうに笑っていた。
◇◆◇◆◇◆◇
そんなアレクに翻弄されながらも日にちは過ぎ、叔父様夫婦とドリーの公開裁判は、何と私が成人を迎える誕生日前日に決まった。
あまりにも出来すぎな日程な気がしてアレクに訊ねると、アレクはとってもいい笑顔で言った。
「だってローラの成人の誕生日だよ? それまでに全部スッキリさせて迎えたいじゃないか」
「アレク……」
分かっている。
私が憂いなく爵位継承出来るように動いてくれたのだと。
「……ありがとうございます」
「可愛いローラの為だからね」
アレクは優しく私を抱きしめた。
そして───
「し、知らぬ! 私は兄上の事故の事など何も知らぬ!!」
「そうよ、私は無関係よ! この人が勝手にやったんじゃないのかしら!?」
「お父様……お母様……嘘でしょ」
始まった公開裁判では、アレクが事前に提出していた資料を元に進められた。
パーティーで明るみに出た、叔父様達による公爵家の乗っ取り計画。
叔父様達は「伯爵令嬢だったドリーに公爵令嬢の気分を味わせてあげたかっただけ」などと言い、傍聴者の反感を買ってしまう。
更に、私が名前も奪われ虐げられていた事に話が及ぶと、受け答えはしどろもどろになるという無様な姿を晒していた。
───その後、アレクが絶対に明らかにしなくては、と言っていたのが、前・サスビリティ公爵達の事故。
その追求の話になると、真っ青な顔で震えながら叔父様は事故への関与を否定する。
叔母様に至っては夫を売って自分だけ逃げようとしているのがバレバレだった。
そして、その事にショックを受けるドリー。
(どこまで行っても見苦しい人達……)
でも、アレクは追求をやめない。
「なかなか、残っていなかった事故の数少ない資料に実は不自然な点があるんだ」
「ふ、不自然……ですか……」
叔父様、完全に目が泳いでいる。
「報告書に明らかに後から人の手が加えられている」
「なっ!」
「当時の報告書を受理した人間に当たらせてもらったよ。そうしたら、まぁ、色々あったけど白状してくれた」
「……っっ! ま、まさか……」
脅える叔父様にとてもいい笑顔を見せるアレク。
笑顔? とんでもない。これは怒ってる……とても怒っているわ!
「そう、そのまさか。その人物は、公爵代理……つまりあなたに金を握らされて報告書に手を加えたと震えながら白状してくれたよ」
「!!」
「とっても重要な部分だ。だってあるかないかで意味合いが変わってしまうんだから。彼は真っ青な顔で言ったよ。“馬車には細工された後が残っていた”という部分を書き換えました、とね」
「!!!」
アレクのその言葉に、叔父様は真っ白になって膝から崩れ落ちた。
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