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7. 逃亡のチャンス
しおりを挟む私の事を見ている───?
一瞬、そう思ったけれど、彼……クォン様は、その後は何事も無かったように、案内を受けて応接間へと行ってしまった。
「……」
(何だったの……)
前回の人生には無かった殿下の側近の訪問。
ただ、気を取られ過ぎ……なだけかもしれない。
「あんな、言い方していたし単なる女性好きって事も……有り得るものね」
だけど今、殿下の関係者が接触して来た意味は何かあるのかしら───?
ガッシャーン
(また、暴れている……)
クォン様が帰られたのでお嬢様の元へ向かうと、既に部屋の中で暴れていた。
ゴテゴテに着飾った姿でのその行動は何だかとても滑稽にも見える。
「伝言も手紙の一つもないってどういう事よ!? 何しに来たの? しかもお父様と話ばかりして私は無視! 私は殿下の婚約者なのに!」
(……手紙は無かったのね)
やっぱりアレクサンドル殿下は徹底しているわね。
側近がちゃんと名乗って現れるくらいだから、アレクサンドル殿下は存在しているし生きている事は間違いないと思う。
でもずーっと昔から彼は“婚約者”には興味が無い。
(交流もないまま決められた婚約だもの。不満があって当然ではあるけれど)
あのまま、叔父様一家に乗っ取られずに、私が“ドロレス”として今も生きていてそのまま殿下と結婚していたらどうなっていたのかしら?
(それはそれで、愛されない寂しい結婚生活を送る事になったのかしら)
なんて、今も暴れ狂うお嬢様を見ながら、ふと思ってしまった。
そして、それから数日後。
またしても、前回の人生に起こらなかった事が起きた。
それは、朝食の席で叔父様から出た話。
「え? お父様とお母様、領地に行くの?」
「あぁ……」
叔父様が凄く嫌そうな顔でそう報告をした。
「どうして? この5年間、一度も行く事なんて無かったじゃないの」
「それは、まぁ……」
こんなにも歯切れが悪いのにはもちろん理由がある。
だって、叔父様はあくまでも“当主代理”だから。
王都と違って、お父様達を慕っていた領民はその意識が強い。
だから、叔父様達はこの5年間一度も領地に足を向けていない。
(下手に今のドロレスを連れて戻るわけにもいかないものね)
「領地の事はずっとあちらの使用人に任せて来たが、その、なんだ……色々と領民共の不満が溜まっているとか…………あぁ、なんて面倒な」
「まぁぁ! そんなの放っておいてはダメなの?」
お嬢様の言葉に叔父様が困った顔をする。
「そうしたいところだが、お前もこの間の殿下の側近の話を聞いていただろう?」
「え?」
「殿下はサスビリティ公爵家の事をとても気にしているようだ、と言っていただろう!」
「言ってたけど……」
その言葉に私は内心ですごく驚いた。
(気にしていたの?)
私はてっきり、アレクサンドル殿下は私にもサスビリティ公爵家にも興味なんて無いと思っていたのに。
──二度目の人生はこんな風に違う事が起きているせいか、今まで知らなかった事……主にアレクサンドル殿下の事で驚かされてばかりな気がする。
───
その日の夜、私はふと思った。
(叔父様たちが領地に向かっている時が、抜け出すチャンスかも!)
あの人達が領地に向かう時、何人かの使用人は連れて行くはず。
お嬢様は領地には行かないけれど、途中までは見送りに行って、ついでに近くを観光して来るとはしゃいでいた。
(途中までとはいえ、お嬢様も一緒に行く事で確実にこの家は手薄になる!)
「お嬢様が……いえ、叔父様が私を外に出すはずが無いから……」
確実に私は留守番組のはず!
おそらく、こんな機会は二度と無い。
前回の人生で起こらなかった事だから、どうなるかは分からないけれど私はこの日に邸を抜け出す事を決めた。
「こうして荷物の準備をしていると、つくづく思わされるけれど……」
本当に私の持っている物は少ない。
支給された服、なけなしのお金、換金予定は無いけれど貴金属数点……等をカバンに収めていく。
「……お父様とお母様の形見も持っていきたいところだけど仕方がないわよね」
乗っ取られた日にこの邸にある物は奪われてしまったので、そんな贅沢は言えない、
「あ、でも……そうよ! 今ならまだ……ある! あれは、今ならまだ奪われていないはず!!」
私はゴソゴソと部屋の中に隠すように仕舞っていたブローチを取り出す。
「あった! これだけは手元に残ったんだった……お母さまが大事にしていたブローチ」
事故の日、お母様はこれを身に付けていたという。
その報せを聞いてからずっと動けずに呆然として過ごしていた私に、当時の使用人が憔悴した様子で、
「これは、お嬢様の物です。大事にしてください」
と言ってそっと握らせてくれた。
あの人達が来た時、これだけは奪われない様にと細心の注意をはらって来たけれど、前回の人生では、ちょうど今くらいの頃にとうとう見つかってしまって取り上げられてしまった。
(これを見つけた時の叔父様は、ひどく興奮していて「こんな所に! ……これはお前が持つものじゃない! 弁えろ!!」と言って私を殴りつけ、お嬢様はそれを楽しそうに見ていたっけ)
「……そう言えば、何で使用人はあの時、これを私の物? と言ったのかしら」
お母様がつけていた物なのに“お母様の形見”とは言わなかった。変な言い方だと思う。
そんな事を考えて、そのブローチをじっと見る。
特別変わった所など感じない何の変哲もないブローチにしか見えなかった。
「あ! ……今、気付いたけれど、真ん中の宝石は私の瞳の色とそっくりなのね……そして、お父様の瞳とも同じ翡翠色。ふふ、何だか二人が側にいてくれるみたい」
お父様の瞳と同じ色の宝石が使われ、お母様が最期まで持っていた……というブローチ。
何だかうまく言葉に出来ないけれど、これからも、これが私を守ってくれる。
そんな気がした。
「……今度は奪われない。大事にするわ。だから見ていてね? お父様、お母様。そしてどうか私を守って……」
そんな祈りを捧げた、数日後。
叔父様達が領地に向かって出発した日の夜、ついに私は邸からの逃亡を図った。
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