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27. 婚約破棄の成立

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 ───……
 ──────


(……アルミンはヘンリエッテの護衛騎士としてやって来た時から距離が近い人だったわ)

 だから、ヘンリエッテはアルミンのことを警戒した。
 そして、怖くて不安な時はいつもテオバルトのことを頼っていた。

 そもそも、アルミンは数人いるうちの護衛騎士の一人に過ぎなかった。
 だから、アルミンはヘンリエッテが特別視しているテオバルトに憎しみを募らせる。
 その理由の中にはテオバルトが自分より身分の低い伯爵令息だったことも関係していると思う。


「……ナターリエ、大丈夫か?」
「!」

 リヒャルト様が私の目の前で手のひらをヒラヒラさせている。
 過去に思いを馳せていた私はそこでハッと意識を戻す。

「あ、えっと、すみません。少し過去のことを……」
「そうか……一度に色々思い出そうとすると身体に負担がかかるから気を付けた方がいい」

 そう言ってリヒャルト様は私の頭に手を置くと軽くポンポンと叩いた。
 その仕草に胸がドキッとして、頬には熱が集まっていく。

(私、顔が赤くなっているんじゃないかしら?)

「……っ」
「ナターリエ?」
「~~~っっ」

 リヒャルト様は不思議そうな表情で私の顔を覗き込む。
 そのせいで、ますます私の頬が熱くなった。

「きゅ、急にこんな風に触れられたり、きょ、距離が近くなられるとドキドキしますから!」
「え?  あ……す、すまない」

 リヒャルト様が慌てて私と距離を取る。
 ずるいけれど、それはそれで少しさみしいなんて感じてしまう。

「ドキドキか……」
「え?」
「ナターリエに意識してもらえていると思うと……幸せな気持ちになるな」

 それってどういう意味───
 そう問いただそうとした所で、私たちの間に割り込む声がした。

「ちょっと、よろしいかしら?  すごーーーく、いい雰囲気のところ申し訳ないのですけれど!」
「マ……!」
「マリーアンネ?」

 間に入って来たのは、一応、本日のパーティーの主催者となっているマリーアンネ様だった。
 リヒャルト様との接触を控えていたのと同じで、今日のパーティーが策略の元で行われていることをハインリヒ様に悟られないよう挨拶以外では話さないようにと決めていたけれど……

「もう接触してもいいかしら?  と思って!」

 そう言ってマリーアンネ様は豪快に笑う。

「そんなことより、会場内がすごいことになっていますわよ?  もう、これはパーティーではなく演劇?  もしくは新しい見世物か何か?  そんな声が飛び交ってますわ」

 マリーアンネ様が周囲に視線を向ける。

「うっ……すまない……」
「ごめんなさい」 

 私とリヒャルト様は素直に謝ることしか出来ない。
 ハインリヒ様の浮気を暴露して婚約破棄に頷かせる、もしくは有利にするはずだったパーティーが、なぜか前世の話にまで及んで、ハインリヒ様とヴァネッサ嬢に至っては揉めている……

「謝らなくていいですわ。だって面白いから」
「面白いって……お前」
「本当のことですわ」

 マリーアンネ様の様子は相変らずだった。

「だって、運命だなんだと騒いでいた不貞カップル何やら揉めていて、一方でお兄様とナターリエはモジモジじれじれ……なにこれ状態なんですもの!」

 ホーホッホッ!  と、マリーアンネ様の高笑いが響く。

「マリーアンネ……」

 リヒャルト様がじとっとした目で妹を見る。
 そんな目で見られたマリーアンネ様はなんてことない顔で兄を見つめ返した。

「分かっていますわ、お兄様。お兄様が未だにあと一歩踏み出せない理由はナターリエの婚約破棄が正式に成立していないからでしょう?」
「……マ」
「このまま宙ぶらりんのままではナターリエを口説くことすら出来ませんものね!」

 ゴフッ…… 
 マリーアンネ様の言葉に私は思わず吹き出した。

(く、口説く……口説くと言った今!?  誰が?  リヒャルト様が……!?)

 何を言っているのかと追及したかったのにマリーアンネ様の勢いは止まらなかった。

「───ですから。わたくし、もぎ取って来ましたわ」
「「は?」」

 思わず私とリヒャルト様の声が重なる。
 そして二人揃ってマリーアンネ様の顔を凝視する。
 すると、マリーアンネ様は私たちの前に一枚の紙を見せた。

「皆がこの騒ぎに気を取られている間に、お父様……国王陛下の承認とナターリエのお父様の承認……そして、膝から崩れ落ちて廃人状態のベルクマン侯爵の承認、全部貰って来ましたわ!」
「「!?」」
「無事に婚約破棄成立ですわ!」

 思わず耳を疑った。
 マリーアンネ様はどうです?  と言わんばかりに胸を張っている。

「お父様にお兄様が遂にお嫁さんを貰う時が来ましたわ!  って言ったら喜んで書類を用意してくれましたわ」
「なっ!」
「ノイラート侯爵は喜んで喰い気味にサインしてくれましたわね」
「お、お父様……」

 サインの筆圧の高さがお父様の興奮を現している気がした。

「ベルクマン侯爵はー……」

 マリーアンネ様がそう言ってチラッとベルクマン侯爵夫妻に視線を向ける。
 私も釣られて視線を向けると確かに膝から崩れ落ちて廃人みたいになっていた。

「軽く脅したら泣きながらサインしてくれましたわ」
「「……」」
「ちなみに“別途、話し合いによって決める金額をベルクマン侯爵家は慰謝料として支払いもします”という文言も入れてあるので安心してちょうだい?」
「「……」」

 私は驚いてしばらく言葉が出なかった。
 豪快な王女様だとは常々思っていたけれど、まさかここまで行動力が凄かったとは……

 私が驚いた表情のままマリーアンネ様を見つめていると、にっと笑顔を見せた。

「お兄様もナターリエもどうして今?  って思っているでしょうけど……」

 その通りだった。
 もうこの後、ハインリヒ様やベルクマン侯爵家がどれだけゴネようとも婚約破棄の成立は確実だったのに。

「──だって二人はこれからハインリヒとあそこの男爵令嬢にとどめを刺さないといけないじゃない?」
「とどめ……」
「その為には二人のさせておかないと!  その方がハインリヒがもっと苦しむでしょう?」
「!」

 その言葉で、なぜこんなに急いで婚約破棄を成立させたのかを理解した。
 マリーアンネ様は、気付いているんだわ。

「マリーアンネ様……」

 私と目が合ったマリーアンネ様は不敵に笑う。

「だって言ったでしょう?  ナターリエ」
「え?」

 ───それで、ハインリヒのやつに“あなたなんかより素敵な人を見つけましたわ!”と言って高笑いしてやりましょう!
 ハインリヒは、その時になって後悔しても、もう遅いんですのよ!  ホーホッホッホッ

(あの時の言葉!)

「全て、実現出来そうでわたくしは嬉しいわ!  ホーホッホッホッ!」
「……マリーアンネ様」
「ナターリエ」

 マリーアンネ様が今度は優しく笑う。

「あの時に言っていた“幸せな花嫁になりたい”……その夢、絶対に叶えましょうね?」
「……!」

 ふふっとマリーアンネ様は小さく笑うと自分の髪をバサッとかきあげる。

「それでは、お兄様にナターリエ。阿呆で間抜けな男に最後のとどめを刺す時間ですわ!」

 盛大に高笑いをしたマリーアンネ様がサイン済みの婚約破棄の成立書を私に渡す。
 これはただの紙。されども大きな意味を持つ紙だった。

(これで……婚約破棄は成立した)

「ナターリエ」
「……っ!」

 リヒャルト様が私の手を取ってギュッと握り込む。
 私が戸惑っていると彼は言う。

「ナターリエは強いけど時々、弱いところもあるから。この方が安心出来るだろう?」
「…………あ、りがとう、ございます……」

 なんとかお礼を口にしたものの、恥ずかしくてリヒャルト様の顔は真っ直ぐ見られなかった。





(まだ、やっている……)

 リヒャルト様と手を繋いで、未だに揉めているハインリヒ様とヴァネッサ嬢の元に向かう。

「───アルミン様!  あんなお転婆姫よりわたしの方がずっと……」
「うるさい!  僕の大事な姫の顔で近付くな!」

 迫るヴァネッサ嬢からハインリヒ様が必死に逃げようとしていた。

「畜生……全部嘘だったなんて……僕の……姫。再会出来たと思った……のに」

 ハインリヒ様は頭を抱えて悔しそうに唇を噛む。

(……よく言うわ)

 大事な姫、僕の姫……
 前世を思い出したからこそ、ハインリヒ様のこの言葉に寒気がする。

「───ハインリヒ様」

 私は後ろからハインリヒ様に声をかける。
 その際、ヴァネッサ嬢がすごい顔で睨んで来たけれど無視をした。

「その声はナターリエ……」

 そして後ろを振り向いたハインリヒ様は凄い勢いで捲し立ててくる。

「そうだ、ナターリエ!  姫はいなかったんだよ!  うん、まだ、僕たちの婚約破棄は成立していないはずだ!  だから僕とまた一からやり直そう!  そうすれば…………え?」
「……」
「なんで殿下と手を繋いで……え?  何をして、る?」

 私に迫ろうとしていたハインリヒ様は、私の手がリヒャルト様と繋がれていることに気付き止まった。

「ナターリエ?  これは僕への当て付けで殿下と浮気かい?」
「いいえ」
「でも、まだ婚約……」

 私のことをまだ婚約者だと主張しそうなハインリヒ様に向かって、私はマリーアンネ様から渡された紙を目の前に突きつける。
 そして、はっきりと告げた。

「ハインリヒ様。私とあなたの婚約破棄が先ほど、正式に認められました」
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