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18. デリカシーのない男

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「───よし、行くわよ!」

 鏡に映る自分の姿を見ながら気合いを入れる。

「ナターリエ、準備出来たか?」
「はい!  お父様!」
「あら、気合い充分って顔ね?」
「ええ!  お母様!」

 当然よ、という気持ちで微笑む。
 リヒャルト様とマリーアンネ様が用意してくれた舞台……私は絶対に無駄になんてしない。

「我が娘ながら本当に逞しいな」
「本当にね」

 お父様とお母様が顔を見合せながらそんなことを言っている。

「それにしてもハインリヒ様……このパーティーで私の信頼回復を目指そうとしているのがバレバレね」
「ああ、昨日お前に届いた手紙か?」
「そうなの」

 昨日、ハインリヒ様から届いた手紙には、今日のパーティーはぜひ、エスコートさせてくれと書いてあった。
 てっきり、ヴァネッサ嬢をエスコートするかと思っていたから少し意外に思った。

「……本音はエスコートなんてされたくないけれど、一応まだ婚約者だと言うのが……はぁ」

 しかも、最初は家まで迎えに来るとか書いてあった。
 二人きりで馬車に乗るとかもう地獄でしかないので、そこは丁重にお断りさせてもらったわ。
 なので、ハインリヒ様と落ち合うのは王宮に到着してから。

「今更、何をされても地に落ちた信頼が回復することはないのに……」
「まぁ、どんな言い訳を大勢の前でしてくれるのかを楽しみにしようではないか!」
「ふふ……そうね」

 お父様のその言葉に私は笑った。



 そうして出発の準備が整い馬車に乗り込んだ私たちは王宮へと向かう。
 出発して少し経った頃、お父様が私に訊ねてきた。

「ナターリエ。ハインリヒの野郎との婚約破棄が成立した後のことだが……」
「はい……」

(野郎……お父様はお怒りだわ)

 それよりもお父様のその言葉にパーティー開催についての話を持ってきてくれた日のリヒャルト様を思い出してしまった。
 そして私の胸が締め付けられる。

(あの泣きそうな顔はなんだったの……)

 ハインリヒ様と結婚して幸せな花嫁になるはずだった私のことを憐れんだから?
 優しい彼は私の気持ちを察してあんな顔に……なった?

「──新たな縁談の話があった場合、受けるつもりはあるのか?」
「ん、え?  受け……?」

 いけない!  
 リヒャルト様のことを考えていたからお父様の話をちゃんと聞いていなかった!

「ナターリエ宛に縁談の話が来るかもしれないだろう?」
「あ、新たな縁談……縁談ね?  もちろん受けるつもりあるわ!」

(まぁ、話があれば……だけど)

 自分でそんなことを考えてしまい、少し落ち込む。
 ずっとハインリヒ様の婚約者だった私。
 それも婚約破棄になった私に新たな縁談の話なんて来るのかしら?
 ノイラート侯爵家と縁戚になりたい目的なら縁談の話は来るかもしれないけれど──

(って、初めからそんな後向きではいけないわね!)

 これでは幸せな花嫁の夢が遠ざかってしまう。
 私はギュッと両拳に力を入れる。

「あ、あるのか?  それもかなり前向きだな?」
「ええ!  誰でもいいってことはないけれど、もし話があれば前向きに進めたいと思っているわ」
「そうか……」
「?」

 お父様は少し意味深に頷くと、お母様とも顔を合わせて二人で頷いていた。


 ───そうこうするうちに馬車は王宮に到着。
 お父様の手を借りて馬車から降りたその時……

「……ナターリエ!」

 背後から聞こえたその声に私の身体がピクリと反応する。

(来やがったわ!!)

 振り返るとハインリヒ様が私の元に駆けて来るところだった。
 顔を見るのは、あのヴァネッサ嬢とのキスを目撃して以来。
 それで会話をするのは───……いつ以来だったかしら?
 どうでもいい人との会話って、とことんどうでもよくなるのね、と悟った。

「……こんばんは、ハインリヒ様」

 私が静かに礼を取ると、じろじろとした不躾で不愉快な視線を感じた。

「なかなか手紙の返事をくれないから、今日も来てくれるのだろうかと心配していたんだ。来てくれて良かったよ」
「……そうでしたか。それは失礼しました。どうしても受け入れ難い内容の手紙ばかりでしたので返事に戸惑っておりました」
「なっ……」

 屈辱か怒りかは知らないけれど、ハインリヒ様の顔が赤くなる。
 その向こうで話が聞こえていたらしいベルクマン侯爵夫妻も同じような顔をしていた。

「ナターリエ!  君はまだそんなことを……!」
「そんなことより、こんな所でずっと立ち話させる気ですか?」

 私が話を遮りつつ指摘するとハインリヒ様は悔しそうに唇を噛んだ。
 どこか不満そうに手を差し伸べてきたハインリヒ様の手を取って私たちは歩き出す。

「……ナターリエ。君はどんどん性格に可愛さがなくなっていくな」
「そうですか?」

 何を言っているのかしら?
 昔から変わっていないと思うのだけど?

「ああ、姫ならもっと…………あっ」
「……」

 ハインリヒ様はそう言いかけて慌てて自分の口を押さえる。

「あ、今のは違う……な、なんでもないんだ……はは、失礼」
「……」

 この人の頭の中は常に“お姫様”のことで頭がいっぱいなのだとよーーく分かった。
 でも、せっかくなので聞いてみようと思った。

「……ヘンリエッテ王女はどんな方だったのですか?」
「ぅえ?」

 まさか私がそんな話を振るとは思っていなかったらしいハインリヒ様が変な声をあげた。
 そして動揺しながらも答える。

「いや、それ、は姫の様子を見ていたら……」
「“ヴァネッサ様”のことではなく、あなたが……あなたの前世のアルミンが見ていたヘンリエッテ王女のことを聞いているんですが?」
「え……あー……」

 ハインリヒ様は遠い過去を見つめるように語り出す。

「ヘンリエッテ王女は……あんなに可愛らしいのに、常に明るくて太陽みたいな方だった。ちょっとお転婆だったから護衛騎士としては目が離せず…………」
「……」
「記憶を取り戻したのは、姫が僕の名前を呼んだ時だったけど、その後に姫の顔を見て驚いたよ」
「驚いた?」

 ハインリヒ様は“大好きなお姫様”の話なのでかなり饒舌だった。
 また、私の方から彼女の話を振っているので“許された”とでも思っているのかかなり上機嫌。

「そうさ!  だって、外見は当時の姫と変わっていないんだ!」
「……え?」

 その言葉に心臓がドクンッと鳴った。

「僕もわりと当時の面影があるにはあるんだけど、さすがに姫ほどじゃないよ」
「……」

 性格……はともかくとして外見はヴァネッサ嬢がそっくりで変わっていない……?
 何故かそのことに私の心がざわつく。

(落ち着くのよ、私……!)

 だけど、ハインリヒ様がどうしてあそこまで一気にヴァネッサ嬢に夢中になったのかは理解した。
 理解はしたから───

(あとは勝手に二人でやればいいわ!)

 そんな話をしていたら会場となる扉の前に到着した。
 扉を見上げたハインリヒ様がポツリと呟く。

「何だかナターリエとこうして入場するのは久しぶりだ」
「……」

 それも今日が最後。
 そして、これから私に恥をかかされる予定となっている貴方は、果たしてその後も社交界にいられるかしらね?
 私はそんな冷めた目でハインリヒ様のことを見る。

「ナターリエ?」
「あ、いえ……」

 私の視線を感じたハインリヒ様と目が合う。
 そしてなぜか笑われた。

「……ナターリエもその瞳だけなら“姫”を彷彿とさせるんだけどなぁ」
「!」

 そのデリカシーの欠けた言葉を聞いた瞬間、私は絶対に容赦しないと決めた。

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