15 / 44
14. 浮気現場
しおりを挟む改めての目標が決定したことで、私は気合を入れる。
絶対にさっさと婚約破棄に頷かせてみせる!
(───よし! やるわよ!)
そんな時だった。
話が一段落したからなのかマリーアンネ様が不思議そうにリヒャルト様に訊ねる。
「ところで……浮気女のことも大変、気になりますけど……お兄様はどうして、この部屋に飛び込んで来たのです?」
「……」
「とても、コソコソしておりましたわよね?」
「……」
なぜかリヒャルト様は笑顔のまま答えようとしない。
「言うならばまるで、何かから逃げて来たよう──ハッ! そういえば……」
マリーアンネ様は自分で何かに気付いた顔になった。
「マリーアンネ様? どうされました?」
「…………お兄様、確か今日は“お見合い”のご予定……ではなかった?」
「……」
その指摘にもリヒャルト様は笑顔を崩さない。
───“お見合い”
なぜかは分からないけど、マリーアンネ様のその言葉を聞いて私の胸がチクリと痛んだ気がした。そのことに私自身が驚く。
(やだ……私ったら何を動揺しているの?)
リヒャルト様がこれまでも沢山お見合いしてきた話は聞いているのに。
なぜ今回に限ってこんな動揺を?
(分からない……分からないけれど、なぜだか面白くない)
私がそんな風に内心で戸惑っていると、マリーアンネ様がリヒャルト様をじろっと睨んだ。
「……お兄様? もう何回目のお見合いかしら? そして、これは何回目の逃走です?」
「ははは、何回目だろう?」
「もう! 笑いごとではありませんわよ!? 本当にいつもいつも、わたくしが何を聞いてものらりくらりと躱してばかりで!」
「……ははは、すまないな、マリーアンネ」
お怒りのマリーアンネ様に向かってリヒャルト様は優しく微笑むと頭を撫でた。
マリーアンネ様は「子供扱いしないでくださいませ!」なんて、憤慨しているけれど内心は嬉しそうなのが伝わって来る。
(なんだかんだで兄大好きな王女様だものね)
そんな兄妹の微笑ましい光景に思わず私も笑みが溢れた。
「でも、俺だってちゃんと考えているよ」
「……本当ですの?」
「ああ、そうだな。今はもしかして諦めなくても……いいのかな、と思うようになった」
「お兄様?」
「今度こそ俺が……この手で……」
リヒャルト様はそう呟きながら、マリーアンネ様の頭から手を離したあと、自分の手のひらをじっと見つめていた。
───諦めなくてもいい? それは長年の“片想い”の相手の……こと? この手?
そんなことを考えながら、リヒャルト様のことをじっと見つめてしまったからか、視線に気付いたリヒャルト様と私の目が再び合う。
「……っ!」
私が動揺するとリヒャルト様はそんな私の様子を見て笑った。
「ナターリエがすごく興味津々って顔をしている」
「そ、そんなことはない、です……よ?」
そう答えてみるものの、どうせリヒャルト様には筒抜けなのだろうなと思った。
それならば……!
私はグッと拳を握りしめる。
「きょ、興味津々と言うよりも、リヒャルト様の縁談の話はこう胸がモヤッとして……お、面白くない、と思いましたわ!」
「え?」
私はこのモヤモヤした気持ちを正直に明かすことにした。
だって、胸の中に溜め込んでウジウジと悩むのは私らしくないもの!
「モヤッ? お……面白……くない?」
けれど、私のこの答えはリヒャルト様にとって予想外だったようでリヒャルト様は数回、目をパチパチさせると口元に手を当ててそのまま固まってしまった。
(あ、あれぇ?)
てっきり、ははは……と軽く笑って流されるとばかり思ったのに……
思っていた反応と違いすぎるわ!
「お、お兄様……?」
リヒャルト様のこの反応はマリーアンネ様にとっても予想外だったのか、びっくりした顔でリヒャルト様を見つめていた。
「───そうだった。ナターリエは昔からそんな子だった……豪速で直球を投げて来る……分かっていた、はずだったのに。完全に油断していた……」
やがて心が落ち着いたのかリヒャルト様が小さな声でそんなことを呟いた。
彼はいったい私をなんだと思っているのかしら?
「───リヒャルト様? 聞こえています」
「え? ……あ、す、すまない」
「……?」
すまない、と謝りながらもリヒャルト様の顔はなんとなく嬉しそうに見えた。
────
「───馬車までそんなに遠くないので、わざわざ見送って下さらなくても大丈夫でしたのに」
「いやいや。たとえ王宮内であってもナターリエを一人で歩かせるとマリーアンネが怖い」
帰宅するために馬車へと向かう私にリヒャルト様は馬車まで送るよと言って付き添ってくれている。
先程、自分でした発言もあって二人で歩くのは少し気恥しい。
「大袈裟ですね」
私がクスクス笑うとリヒャルト様も静かに微笑んだ。
でも、どこか寂しそうな微笑み。
「リヒャルト様?」
「あ、いや? ナターリエが思っていたよりも元気そうで安心したんだ」
「……」
そうよね……
私とヴァネッサ嬢が顔を合わせたことをマリーアンネ様は知っていた。
それならリヒャルト様だって知っていてもおかしくなかった。
(もしかして、お見合い逃走のついでに、私を心配して顔を見に来てくれた……?)
図々しいと思いながらもついつい自惚れてしまう。
つい照れてしまいそうなのをどうにか隠して私は微笑む。
「ありがとうございました」
「え?」
「……泣いたら本当に色々とスッキリ出来ましたので」
「ナターリエ……」
リヒャルト様がそっと私に向かって手を伸ばそうとする。
だけど、あと少しで私に触れようかという直前、リヒャルト様はハッとした表情になりその手を慌てて引っ込めてしまった。
「……す、すまない。むやみやたらと女性に触れるのはいけない、な」
「い、いえ……私は──」
リヒャルト様になら触れられても気にならないわ……そう言おうと思った時だった。
「───姫! 待ってくれ」
「だって……話が違うわ!」
(…………ん?)
庭園の方から、ものすごく聞き覚えのある声が私の耳に聞こえて来た。
リヒャルト様も同じだったようでピクッと反応していた。
(この声、やっぱり……やっぱりよね?)
「姫が困惑するのも分かっている……だが、僕だって驚いているんだ」
「昨日……彼女は、わたしにあなたのことなんて要らないって……どうでもいいって言っていたわ……!」
「なっ……ど、どうでもいい!?」
こんな所で堂々と会話を始めたのは、もちろんハインリヒ様とヴァネッサ嬢。
その会話はおそらく昨日の私がヴァネッサ嬢に言ったことのようで──……
「こんなの話が違うわ……」
ヴァネッサ嬢の声が涙声になる。
きっと、昨日のようにうるうるとした涙を浮かべている姿が想像出来た。
「……姫っ!」
ハインリヒ様が逃げられないようにとヴァネッサ嬢の腕を掴むと、そのまま抱きしめる。
「どうしても避けられない結婚だけど……ずっとわたしのことだけを愛してくれるって」
「ああ、そうさ! 僕はずっとあなたのことを大好きで愛していた」
「……」
頷きながら愛を告げるハインリヒ様をヴァネッサ嬢が見上げ、二人はしばし見つめ合う。
完全に二人の世界に入っている。
「でも、彼女とは子どもを作らずに、わたしとの間に出来たら……その子を侯爵家の跡取りにしてくれるって言っていたじゃない!」
「姫っ! こ、声が大きい……! 誰かに聞かれたら……」
「あ……で、でも、大丈夫そうよ?」
「そ、そうか……」
二人はキョロキョロ辺りを見回す。
どうやら二人の位置から私たちはちょうど建物の影に入っていて見えない様子。
周囲に他に人がいないのをいいことに安心した二人は堂々と不貞の会話を続ける。
(跡継ぎさえも……)
どうやら、ヴァネッサ嬢はとことん私を追い詰めたいらしい。
そして、ハインリヒ様はそんな彼女の本性をきっと分かっていない。
だって、大好きな姫だから。
「……」
ふぅ、と私はため息を吐く。
この調子でもっともっと人のいるところでやってくれたら有難いのだけど。
そう思った時、私の隣から漂ってくる怒りのオーラに気付いた。
「リ、リヒャルト……様?」
「ナターリエ。あれが例の?」
「え、ええ……そうです」
「へえ……」
(こ、怖っ! こんな顔は初めて見たかもしれないわ)
リヒャルト様は静かに、でも確実に怒っていた。
また、この時の私は知らなかったけれど、まさにちょうどこの時刻。
なんと我が家にはハインリヒ様から“ご機嫌伺い”と称して私宛に、『婚約破棄は考え直して欲しい』などというふざけた内容の手紙と共に宝石類が届いていた……
230
お気に入りに追加
5,889
あなたにおすすめの小説
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
酒の席での戯言ですのよ。
ぽんぽこ狸
恋愛
成人前の令嬢であるリディアは、婚約者であるオーウェンの部屋から聞こえてくる自分の悪口にただ耳を澄ませていた。
何度もやめてほしいと言っていて、両親にも訴えているのに彼らは総じて酒の席での戯言だから流せばいいと口にする。
そんな彼らに、リディアは成人を迎えた日の晩餐会で、仕返しをするのだった。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
性悪という理由で婚約破棄された嫌われ者の令嬢~心の綺麗な者しか好かれない精霊と友達になる~
黒塔真実
恋愛
公爵令嬢カリーナは幼い頃から後妻と義妹によって悪者にされ孤独に育ってきた。15歳になり入学した王立学園でも、悪知恵の働く義妹とカリーナの婚約者でありながら義妹に洗脳されている第二王子の働きにより、学園中の嫌われ者になってしまう。しかも再会した初恋の第一王子にまで軽蔑されてしまい、さらに止めの一撃のように第二王子に「性悪」を理由に婚約破棄を宣言されて……!? 恋愛&悪が報いを受ける「ざまぁ」もの!! ※※※主人公は最終的にチート能力に目覚めます※※※アルファポリスオンリー※※※皆様の応援のおかげで第14回恋愛大賞で奨励賞を頂きました。ありがとうございます※※※
すみません、すっきりざまぁ終了したのでいったん完結します→※書籍化予定部分=【本編】を引き下げます。【番外編】追加予定→ルシアン視点追加→最新のディー視点の番外編は書籍化関連のページにて、アンケートに答えると読めます!!
不遇な王妃は国王の愛を望まない
ゆきむらさり
恋愛
稚拙ながらも投稿初日(11/21)から📝HOTランキングに入れて頂き、本当にありがとうございます🤗 今回初めてHOTランキングの5位(11/23)を頂き感無量です🥲 そうは言いつつも間違ってランキング入りしてしまった感が否めないのも確かです💦 それでも目に留めてくれた読者様には感謝致します✨
〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。
※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり。ハピエン🩷
「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。
あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。
「君の為の時間は取れない」と。
それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。
そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。
旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。
あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。
そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。
※35〜37話くらいで終わります。
嘘つきな唇〜もう貴方のことは必要ありません〜
みおな
恋愛
伯爵令嬢のジュエルは、王太子であるシリウスから求婚され、王太子妃になるべく日々努力していた。
そんなある日、ジュエルはシリウスが一人の女性と抱き合っているのを見てしまう。
その日以来、何度も何度も彼女との逢瀬を重ねるシリウス。
そんなに彼女が好きなのなら、彼女を王太子妃にすれば良い。
ジュエルが何度そう言っても、シリウスは「彼女は友人だよ」と繰り返すばかり。
堂々と嘘をつくシリウスにジュエルは・・・
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる