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14. 浮気現場

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 改めての目標が決定したことで、私は気合を入れる。
 絶対にさっさと婚約破棄に頷かせてみせる!

(───よし!  やるわよ!)

 そんな時だった。
 話が一段落したからなのかマリーアンネ様が不思議そうにリヒャルト様に訊ねる。

「ところで……浮気女のことも大変、気になりますけど……お兄様はどうして、この部屋に飛び込んで来たのです?」
「……」
「とても、コソコソしておりましたわよね?」
「……」

 なぜかリヒャルト様は笑顔のまま答えようとしない。

「言うならばまるで、何かから逃げて来たよう──ハッ!  そういえば……」

 マリーアンネ様は自分で何かに気付いた顔になった。

「マリーアンネ様?  どうされました?」
「…………お兄様、確か今日は“お見合い”のご予定……ではなかった?」
「……」

 その指摘にもリヒャルト様は笑顔を崩さない。
 ───“お見合い”
 なぜかは分からないけど、マリーアンネ様のその言葉を聞いて私の胸がチクリと痛んだ気がした。そのことに私自身が驚く。

(やだ……私ったら何を動揺しているの?)

 リヒャルト様がこれまでも沢山お見合いしてきた話は聞いているのに。
 なぜ今回に限ってこんな動揺を?

(分からない……分からないけれど、なぜだか面白くない)

 私がそんな風に内心で戸惑っていると、マリーアンネ様がリヒャルト様をじろっと睨んだ。

「……お兄様?  もう何回目のお見合いかしら?  そして、これは何回目の逃走です?」
「ははは、何回目だろう?」
「もう!  笑いごとではありませんわよ!?   本当にいつもいつも、わたくしが何を聞いてものらりくらりと躱してばかりで!」
「……ははは、すまないな、マリーアンネ」

 お怒りのマリーアンネ様に向かってリヒャルト様は優しく微笑むと頭を撫でた。
 マリーアンネ様は「子供扱いしないでくださいませ!」なんて、憤慨しているけれど内心は嬉しそうなのが伝わって来る。
  
(なんだかんだで兄大好きな王女様だものね)

 そんな兄妹の微笑ましい光景に思わず私も笑みが溢れた。

「でも、俺だってちゃんと考えているよ」
「……本当ですの?」
「ああ、そうだな。今はもしかして諦めなくても……いいのかな、と思うようになった」 
「お兄様?」
「今度こそ俺が……この手で……」

 リヒャルト様はそう呟きながら、マリーアンネ様の頭から手を離したあと、自分の手のひらをじっと見つめていた。
 ───諦めなくてもいい?  それは長年の“片想い”の相手の……こと?  この手?

 そんなことを考えながら、リヒャルト様のことをじっと見つめてしまったからか、視線に気付いたリヒャルト様と私の目が再び合う。

「……っ!」

 私が動揺するとリヒャルト様はそんな私の様子を見て笑った。

「ナターリエがすごく興味津々って顔をしている」
「そ、そんなことはない、です……よ?」

 そう答えてみるものの、どうせリヒャルト様には筒抜けなのだろうなと思った。
 それならば……!
 私はグッと拳を握りしめる。

「きょ、興味津々と言うよりも、リヒャルト様の縁談の話はこう胸がモヤッとして……お、面白くない、と思いましたわ!」
「え?」 

 私はこのモヤモヤした気持ちを正直に明かすことにした。
 だって、胸の中に溜め込んでウジウジと悩むのは私らしくないもの!

「モヤッ?  お……面白……くない?」

 けれど、私のこの答えはリヒャルト様にとって予想外だったようでリヒャルト様は数回、目をパチパチさせると口元に手を当ててそのまま固まってしまった。

(あ、あれぇ?)

 てっきり、ははは……と軽く笑って流されるとばかり思ったのに……
 思っていた反応と違いすぎるわ!

「お、お兄様……?」

 リヒャルト様のこの反応はマリーアンネ様にとっても予想外だったのか、びっくりした顔でリヒャルト様を見つめていた。

「───そうだった。ナターリエは昔からそんな子だった……豪速で直球を投げて来る……分かっていた、はずだったのに。完全に油断していた……」

 やがて心が落ち着いたのかリヒャルト様が小さな声でそんなことを呟いた。
 彼はいったい私をなんだと思っているのかしら?

「───リヒャルト様?  聞こえています」
「え?  ……あ、す、すまない」
「……?」

 すまない、と謝りながらもリヒャルト様の顔はなんとなく嬉しそうに見えた。


────


「───馬車までそんなに遠くないので、わざわざ見送って下さらなくても大丈夫でしたのに」
「いやいや。たとえ王宮内であってもナターリエを一人で歩かせるとマリーアンネが怖い」

 帰宅するために馬車へと向かう私にリヒャルト様は馬車まで送るよと言って付き添ってくれている。
 先程、自分でした発言もあって二人で歩くのは少し気恥しい。

「大袈裟ですね」

 私がクスクス笑うとリヒャルト様も静かに微笑んだ。
 でも、どこか寂しそうな微笑み。

「リヒャルト様?」
「あ、いや?  ナターリエが思っていたよりも元気そうで安心したんだ」
「……」

 そうよね……
 私とヴァネッサ嬢が顔を合わせたことをマリーアンネ様は知っていた。
 それならリヒャルト様だって知っていてもおかしくなかった。

(もしかして、お見合い逃走のついでに、私を心配して顔を見に来てくれた……?)

 図々しいと思いながらもついつい自惚れてしまう。
 つい照れてしまいそうなのをどうにか隠して私は微笑む。

「ありがとうございました」
「え?」
「……泣いたら本当に色々とスッキリ出来ましたので」
「ナターリエ……」

 リヒャルト様がそっと私に向かって手を伸ばそうとする。
 だけど、あと少しで私に触れようかという直前、リヒャルト様はハッとした表情になりその手を慌てて引っ込めてしまった。

「……す、すまない。むやみやたらと女性に触れるのはいけない、な」
「い、いえ……私は──」

 リヒャルト様あなたになら触れられても気にならないわ……そう言おうと思った時だった。

「───姫!  待ってくれ」
「だって……話が違うわ!」

(…………ん?)

 庭園の方から、ものすごく聞き覚えのある声が私の耳に聞こえて来た。
 リヒャルト様も同じだったようでピクッと反応していた。

(この声、やっぱり……やっぱりよね?)

「姫が困惑するのも分かっている……だが、僕だって驚いているんだ」
「昨日……彼女は、わたしにあなたのことなんて要らないって……どうでもいいって言っていたわ……!」
「なっ……ど、どうでもいい!?」

 こんな所で堂々と会話を始めたのは、もちろんハインリヒ様とヴァネッサ嬢。
 その会話はおそらく昨日の私がヴァネッサ嬢に言ったことのようで──……

「こんなの話が違うわ……」

 ヴァネッサ嬢の声が涙声になる。
 きっと、昨日のようにうるうるとした涙を浮かべている姿が想像出来た。

「……姫っ!」

 ハインリヒ様が逃げられないようにとヴァネッサ嬢の腕を掴むと、そのまま抱きしめる。

「どうしても避けられない結婚だけど……ずっとわたしのことだけを愛してくれるって」
「ああ、そうさ!  僕はずっとあなたのことを大好きで愛していた」
「……」

 頷きながら愛を告げるハインリヒ様をヴァネッサ嬢が見上げ、二人はしばし見つめ合う。
 完全に二人の世界に入っている。

「でも、彼女とは子どもを作らずに、わたしとの間に出来たら……その子を侯爵家の跡取りにしてくれるって言っていたじゃない!」
「姫っ!  こ、声が大きい……!  誰かに聞かれたら……」
「あ……で、でも、大丈夫そうよ?」
「そ、そうか……」

 二人はキョロキョロ辺りを見回す。
 どうやら二人の位置から私たちはちょうど建物の影に入っていて見えない様子。
 周囲に他に人がいないのをいいことに安心した二人は堂々と不貞の会話を続ける。

(跡継ぎさえも……)

 どうやら、ヴァネッサ嬢はとことん私を追い詰めたいらしい。
 そして、ハインリヒ様はそんな彼女の本性をきっと分かっていない。
 だって、大好きな姫だから。

「……」

 ふぅ、と私はため息を吐く。
 この調子でもっともっと人のいるところでやってくれたら有難いのだけど。
 そう思った時、私の隣から漂ってくる怒りのオーラに気付いた。

「リ、リヒャルト……様?」
「ナターリエ。あれが例の?」
「え、ええ……そうです」
「へえ……」

(こ、怖っ!  こんな顔は初めて見たかもしれないわ)

 リヒャルト様は静かに、でも確実に怒っていた。


 また、この時の私は知らなかったけれど、まさにちょうどこの時刻。
 なんと我が家にはハインリヒ様から“ご機嫌伺い”と称して私宛に、『婚約破棄は考え直して欲しい』などというふざけた内容の手紙と共に宝石類プレゼントが届いていた……

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