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10. パーティーへ
しおりを挟むそのパーティーの話はお父様からだった。
「ガーデンパーティー?」
「付き合いのある伯爵家が主催のパーティーなので、私が参加しようと思っていたのだが仕事が入ってしまったのだ」
なるほど。
我が家としては是非とも顔を出しておきたい……というわけね?
「昼間に行われるガーデンパーティーで、エスコートは不要だからナターリエでも参加はしやすい」
「……お父様」
確かに今の私だと宙ぶらりんすぎてパートナー必須の夜会などは顔を出しにくい。
ハインリヒ様とパーティーに出るとか全力でお断り。
とはいえ……
「ですが、結婚式を延期したことで今、私はかなり注目されてるそうですけど」
「……」
お父様もそこは分かっていたようで渋い表情になった。
私とハインリヒ様の結婚式がこんな土壇場で延期になったことは、社交界で今かなり話題になっているとマリーアンネ様から聞いている。
「やはり、何を言われるか分からないし、私が行けないなら今回は見送るべきか」
「……いえ、行きます」
「え?」
私は少し考えてそう口にした。
「結婚式が延期になった時点で何か言われるのは分かりきっていたし、逆にこの件が社交界でどんな噂をされているか知りたいわ」
「ナターリエ……」
「それに下手に社交界に出るのを避けている方が私に疚しいことがあると思われてしまうかも……それは嫌!」
ハインリヒ様と違って私はコソコソしなくてはいけないようなことはしていないのだから!
「いいのか?」
「ええ!」
私はドンッと胸を張る。
すると、お父様がパチパチと目を瞬かせながら言った。
「陛下に報告をしに行った日から、ナターリエ少し雰囲気が変わったな」
「…………え!?」
その言葉に胸がドキッとした。
「なんというか……スッキリした顔になった」
「……」
それはあの日、リヒャルト様のおかげでたくさん泣けたから。
泣きながらハインリヒ様への文句や不満もたくさん口にした。
(そうしたら思っていた以上にスッキリ出来たのよね……)
泣いて泣いて……ようやく泣き止んで、上着から顔を出したらリヒャルト様は、あたたかく見守ってくれていて嬉しかった。
何だか思い出すだけで胸の奥があたたかくなる。
「……色々と気持ちの整理がついたから」
「そうか」
お父様もどこか安心したように笑った。
「だから、パーティーは大丈夫よ! むしろ……」
私は個人的にヴァネッサ嬢の情報が知りたい!
彼女は本当に“お姫様”なのか。
あの日、浮かんだ疑問がどうしても消えてくれない。
だから、何か少しでも彼女に関する情報も少しでもいいから得られたらいいな、とそう思っている。
────
そして、パーティーの日。
(───じろじろ見られているわね)
チラチラチラチラ……
まだ、会場に着いたばかりだというのにすごい視線。
(ここまで来ると逆に笑ってしまうわ)
私とハインリヒ様の婚約は有名だったから仕方がないわよね。
前侯爵とおばあ様の悲恋話もそれなりに有名だったようだし。
「……ナターリエ大丈夫? すごい視線を感じるわよ」
「大丈夫よ、お母様! 私がこんな視線くらいで怯むとでも?」
今回のパーティーはお母様もついてきてくれた。
普段は必要最低限のパーティーにしか顔を出さないお母様だけれど、さすがに今回は私一人送り出すのは心配だったようで……
私が笑顔でそう答えたらお母様は苦笑した。
「ナターリエらしい答えね」
「でしょう?」
「……本当に昔から、どれだけ注目を集めても堂々としているというかなんと言うか……まるで大勢に見られることに慣れているみたいなのよねぇ……」
お母様がブツブツと小さい声で何か言っている。
よく聞こえなかったので聞き直してみた。
「お母様? どうかしました?」
「何でもないわ。我が子が逞しいと言ったのよ」
「……それは褒めているの?」
「当たり前でしょう!」
全くもう! と、照れるお母様の様子は何だか面白かった。
その後の私は呑気にパーティー料理をつまみながら会場の様子を窺う。
「ふふ、美味しそう……! パーティーはこれが楽しみなのよね!」
(そういえば、ハインリヒ様は私がパーティーで料理やデザートにはしゃぐのをあんまりいい顔していなかったわね……)
はっきりやめろとは言わなかったけれど、何となく不満そうな顔はしていたな、と思い出した。
その頃のハインリヒ様に前世の記憶は無かったようだけど、きっと彼の“お姫様”は料理やデザートを前にしても冷静に振る舞う人で無意識に比べられていたのかも……
「あーら、ご機嫌よう……ナターリエ様」
「お元気そうですわねぇ」
「何だかご無沙汰ではありません?」
そんなことを考えたいたら、数人の令嬢に声をかけられた。
ちなみに残念ながら仲の良い友人……ではなく、どちらかと言うとバチバチにライバル視して睨んでくる令嬢たちだ。
「そうですわね、忙しかったものですから」
私がそう答えると、その中の一人がクスッと鼻で笑った。
この中でも一番身分の高い私と同じ侯爵家の令嬢ビアンカ様。
「そうそう、ハインリヒ様との結婚式が延期になられたとか……心中お察ししますわぁ!」
(なんていい笑顔……)
こちらのビアンカ様はハインリヒ様に気があったようで、昔から私に対して分かりやすい嫌味を言ってくる。
そんなビアンカ様の言葉を受けて他の令嬢たちもニヤニヤと私を見て笑っていた。
(人の不幸は蜜の味……ってところかしらね)
「私、ずーっと心配していましたのよ。ナターリエ様のご様子ではいつかハインリヒ様に愛想を尽かされるのでは、と……」
「そうですか、ご心配ありがとうございました」
「……っ」
私がノーダメージで返事を返したのでビアンカ様は明らかにムッとした。
彼女がバチバチの火花を向けるべき相手は、もう私ではないのに。
それにしても、だ。
結婚式延期の件はさすがに広まっているけれど、ハインリヒ様の不貞の話は広まっている様子がない。
二人はあれだけ街中で堂々としていたけれど、案外そういう方が気付かれないのかもしれない。
これでは、ヴァネッサ嬢の情報も探りにくいかもしれない。
「ところで、ナターリエ様? 結婚式が延期になったのは───」
私がそんなことを考えていて、ビアンカ様が更なる口撃をしようと口を開きかけた時だった。
パーティー会場の入口が少し騒がしくなった。
(何かしら? 誰か来た?)
そう思って私はそちらに視線を向ける。
そしてハッと息を呑んだ。
間違いない。
あの日、馬車の中から見ただけだけど。
(────彼女だわ! ヴァネッサ・シュトール男爵令嬢!)
「あら、彼女は確か……」
「最近、男爵家に引き取られたという」
私を囲んでいた令嬢たちがヒソヒソそんなことを言っている。
やはり、ヴァネッサ嬢は色んな意味でも目立っている様子。
「頻繁にパーティーに足を運んでいるせいか、最近よくお見かけするのよね」
「でも、シュトール男爵令嬢のあの振る舞い方……マナーや教養はどこで身につけたのかしら?」
(なるほど……ビアンカ様たちも、さすが元庶民さんはマナーがなってないわねぇ、と虐めたくても虐められないでいる、と)
マリーアンネ様が言っていたのはこのことね、と思った。
それにしても……
ヴァネッサ嬢、見た目は確かに可愛らしくて守ってあげたくなる“お姫様”といった感じだわ。
(……あ!)
そんな風にじろじろと見てしまったことがいけなかったのかもしれない。
キョロキョロと辺りを見渡していたヴァネッサ嬢と私の目がバチッと合った。
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