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7. 拒否された婚約破棄
しおりを挟むお父様とお母様から、婚約破棄の申し出と慰謝料請求に関する手紙をベルクマン侯爵家に送ったものの、なかなか返信が来ない……という話は聞いていた。
私はてっきり、この縁談を強く望んだ前侯爵家当主……つまり、ハインリヒ様のおじい様の説得に時間がかかっているのかと思っていた。
そして、待ちに待ってようやく届いたこの手紙───
信じられなくて三度見したけれど、何度読んでも内容は変わらない。
(どうして!? 私と婚約破棄すれば、前世で大好きだったお姫様と結ばれるのに!)
私にはハインリヒ様が婚約破棄の拒否をしてくる理由が全く分からなかった。
「はぁ……これは両家での縁談の決めごとのせいか? それとも慰謝料を払いたくないからか? いや、侯爵家が金に困っているという話は特に聞かないな……」
手紙を読んだお父様が大きなため息を吐くと頭を抱えていた。
ちなみに届いた手紙はお父様の手の中でグッシャグシャにされている。
「……これだけ関係が拗れてしまってるから、今後は両家としていい付き合いもナターリエとも幸せな結婚も出来るはずがないのに。何を言っているのかしらね」
お母様も嘆いた。
たとえ、縁談のきっかけは互いの祖父母からの強引な話でも、幼い頃からハインリヒ様と共に過ごしてきたことで、私はこの人と生きていく……そう思えたから婚約を続けていたのに。
それを壊したのはハインリヒ様。
なのに拒否をするの? 理解出来ない。
「ナターリエ、ハインリヒ殿が運命の再会とかほざいて浮気した姫とやらだが……確か今は男爵令嬢だったか?」
「ええ、そうです」
「だとすると、ベルクマン侯爵家の嫁としてはちょっと……というのも理由としてあるのかもしれん」
「そんな……!」
私の目の前が暗くなった。
もし、このまま私がハインリヒ様の元に嫁いでも、彼が前世のお姫様のことを大切に想う気持ちはきっと消えない。
お姫様の彼女が望めば、また平気な顔でしれっと私に嘘をついて、いそいそと会いに行くだろう。
私はそう思っている。
(だって……)
あれから、リヒャルト様のおかげで見つけられた王宮の図書室で借りた本を読んでみた。
リヒャルト様が言っていたようにパルフェット王国に関して載っている情報は少なかった。
けれど、その本の中には確かにこう記されていた。
───パルフェット王国、最後の王女の名前はヘンリエッテ。
そんなヘンリエッテ王女は結婚が決まっていたという。
(さすがに相手のことは載っていなかったわ……残念)
つまり、ハインリヒ様が叶わない恋だったのは身分差もあるけれど、一番の理由はきっとヘンリエッテ王女の結婚が決まっていたからだと思う。
それでも彼は姫に忠誠を誓っていた。
そんな幸せ絶頂にいたはずのヘンリエッテ王女は、他国による侵略戦争によって結婚は延期となった。
結局、結婚することが出来ないまま敵国に捕まり、王女を含めたパルフェットの王族は全員処刑されてしまっている。
そんな悲しい最期を迎えたヘンリエッテ王女はちょうど今の私と同じ歳だったそう。
記載されていたその部分を読んでいた時は胸がとても苦しかったし、頭痛もして来るわで大変だったわ。
どんなに悲しかっただろう? 苦しかっただろう?
ヘンリエッテ王女はどんな思いで最期の時を迎えたのだろう───?
ハインリヒ様の前世とやらのアルミンという名の騎士がいつまで生きていたかはもちろん分からない。
戦争中に王女を守って亡くなったのか、それとも生き延びて処刑される姫を助けられなかったことを悔いてその先の人生も生きたのか──……
前世で幸せな結婚を目前にして全てを奪われ幸せになれなかったお姫様。
元護衛騎士としての記憶を持つハインリヒ様としては今世こそは! と幸せを願う気持ちは強いはず。
恋をしていたなら尚更よ。
だから、前世の記憶を思い出してしまったハインリヒ様は、私と結婚してもお姫様のことは絶対に忘れられない。
(それなら今世では思う存分二人で幸せになればいいじゃない!)
───関係ない私のことは巻き込まないでよ!
心の底からそう思った。
そして手紙では埒が明かないので、両家の親と私とハインリヒ様での話し合いの場が持たれることになった。
「申し訳なかった、ハインリヒもこの通り反省している!」
「この度のことは本当に本当に申し訳ないとは思っているわ。まさか、ハインリヒが自分の前世の話なんかを持ち出して他の令嬢と親しくしていたなんて……! でもちゃんと反省しているから」
「もちろんこいつの言う前世の姫の生まれ変わりだという男爵令嬢とは縁を切らせた!」
「そうよ、だから安心してちょうだい?」
(反省……?)
どうやら、ハインリヒ様は前世の記憶のことも含めて両親に話はきちんとしていたらしい。
しかし、ベルクマン侯爵家としても、やはり婚約破棄には頷けないようで侯爵夫妻が必死になって説得にかかってくる。
私はわざとらしく大きなため息と共に口を開いた。
「お言葉ですが、反省していると言ってもハインリヒ様はただ頭を下げているだけにしか見えませんが?」
先程からハインリヒ様は置物のように両親の隣で頭を下げているだけだった。
まさか、ベルクマン侯爵家としてはこれで無かったことに出来るとでも?
私はそんな目で侯爵家の三人を見た。
(ちなみに縁談のきっかけとなった前当主は具合が悪いとかで不在)
「そ、そんなことはないぞ!」
「そうよ! ちゃんと反省しているわ。ハインリヒはずっと思い悩んでここ数日は食事も喉を通らなかったのだから」
夫妻はここでも必死だ。
だからこそ余計に私の心はどんどん冷えていく。
「……それは、運命の再会をしたお姫様と縁を切らされたショックのせいではありませんか?」
「う……?」
「ま、まさか、そんなことは……」
侯爵夫妻は顔を見合わせる。
どうやら侯爵夫妻はハインリヒ様の前世でのお姫様への想いを随分と軽く見ているみたいだ。
「──ハインリヒ様」
「……っっっ!」
私が声をかけると頭を下げ続けているハインリヒ様の身体が盛大に震えた。
「私は前世の記憶がどうとかよりも、あなたに嘘をつかれたことが一番ショックなのです」
「それは、す、すまない……」
「話しにくかった気持ちは分かります……が、嘘をつかれたことで、私からあなたへの信頼は地に落ちました!」
「……」
「私は信頼出来ない相手とは結婚出来ません」
そこでハインリヒ様がガバッと顔を上げる。
「かつて忠誠を誓った姫のことを大切に思うのは自然なことだろう? それに姫は気の毒な人だったから放っておけなかったんだ!」
「……」
気の毒な人というのが気になったけど今はそれどころではない。
「けど、やっぱり結婚となると違う! 僕はやっぱりナターリエ、君と……」
「無理です!」
私はきっぱりと拒否の言葉を口にした。
「ナターリエ──」
「ですから無理です!」
ここは絶対に変な隙を見せては駄目だ。
ハインリヒ様も侯爵夫妻も私が隙を見せたら絶対に確実にそこを突いてくる。
しかし、ハインリヒ様の方も引いてくれなかった。
「だが! このまま婚約破棄すれば僕のおじい様もそうだが、君のおばあ様だって悲しむだろう?」
「ふざけないで! それをハインリヒ様が言うのですか!?」
私のおばあ様はもう故人……その話を持ち出すのは──卑怯だわ!
私は語気を強めて声を荒らげる。
「確かにおばあ様はベルクマン侯爵家との縁組を強く望んでいました! でもそれは、こんな風に私を悲しませて苦しめてまで進めたい話だとは思っていなかったはずです!」
「そ、れは……」
「───ハインリヒ様。もう、私の中にあなたとの婚約を継続して結婚するという選択肢は一切、ありません! 早急な婚約破棄を求めます」
「……ナターリエ。お願いだから、そんなこと言わないで考え直して欲しい」
「……!」
これで少しは響いてくれるかと思ったのに、ハインリヒ様は全然納得してくれなかった。
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