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5. 様子のおかしい王子様
しおりを挟む「そんなに畏まらなくても……顔を上げてくれ」
「は、はい……」
そう言われて、そっと顔を上げる。
リヒャルト様は真っ直ぐ私のことを見ていたのでそのまま目が合った。
最近の私は結婚式を控えて特にバタバタしていたから、こうしてゆっくり顔を見るのは久しぶりだった。
「後ろ姿を見てナターリエだろうなとは思ったが……歴史書の本を探していたのか?」
「え、あ……はい。そうです」
別に隠す必要もないけれど、紛うことなきここは歴史書のコーナーなので頷くしかない。
「そうか───何か調べたいことがあってやって来たはいいが、蔵書の多さにどうしたものか……と途方に暮れていた。そんなところか?」
「う……」
完全にその通りだった。
(───この方は昔から……何でも私のことを見透かしてしまう所があるのよね)
私は侯爵家の令嬢という立場上、子供の頃から王族との付き合いも長い。
よって、マリーアンネ様と同様、リヒャルト様とも子どもの頃からの友人という間柄……ではある。
そしてこれが昔から不思議なのだけど、リヒャルト様にはいつも私の考えや行動がすっかりお見通し……そんなことがよくあった。
(そうよ……あれは───)
昔、リヒャルト様とマリーアンネ様の兄妹と、私やハインリヒ様も含めた高位貴族の子を中心に王宮でかくれんぼをして遊んでいたことがある。
その時も……必ず私を見つけるのはいつだってリヒャルト様だったわ。
それがあまりにも悔しくて悔しくて。
なので毎回、意表をついた場所に隠れてみるけれど、やっぱり必ずリヒャルト様に見つけられてしまっていた。
おかげで、すっかりかくれんぼには自信を失くしかけたわ……
(どうしてあんなにバレバレだったのよ……)
「それで? ナターリエが探しているのは我が国の歴史書? それとも他国の歴史書? どちらだ?」
「……え?」
リヒャルト様が書架を見上げながら私に訊ねて来た。
これってもしかして、手伝うよ……と言ってくれている?
驚いた私が目を大きく見開いてじっと見つめ返すと、リヒャルト様は不思議そうに首を傾げた。
「あまり時間をかけない方がいいのでは? この後はマリーアンネとも約束があるのだろう?」
「え!」
(何も言っていないのに……なぜ?)
「えっと、私がマリーアンネ様と約束しているのをご、ご存知でしたか?」
「いや? 聞いていないが俺が勝手にそう思っただけだ」
「そ、そうですか」
私とマリーアンネ様が友人でよくお茶をしていることも知っていれば簡単に予測出来ることなのかもしれないけれど、本当に不思議な方、と改めて思った。
「それで、探しているのは……他国の歴史、になると思います」
私がそう答えると、リヒャルト様はますます不思議そうな顔をした。
「思います? 随分と曖昧な言い方をするんだな」
「すみません、現存している国の名前ではないようでしたので……」
「現存していない? ああ……つまり、その国が実在したのかも知りたいということか?」
「そうなります」
リヒャルト様は、なるほどな……と言って少し場所を移動した。
そして、いくつかの本を手に取りながらパラパラとページを捲って中を確かめている。
「国が滅んだ、もしくは吸収合併、併合、属国化されるなどして消えてしまった国の歴史について纏めた本なら、これと──これもだったか? それから……」
(す、素早い……!)
そう言ってリヒャルト様はテキパキとした動きで何冊かの本を見繕ってくれた。
「お、お詳しいのですね?」
「……まあ、俺も昔ちょっと、個人的に調べ物をしたくて、この類の本をここで探したことがあったから」
(……?)
どこか遠くを見ながらそう語るリヒャルト様の様子が妙に気になった。
けれど、王子ともなれば各国の歴史を学ぶのは必要なことなので、そんなに不思議なことでもないわね、と思い直す。
色々な国を調べていくうちに、個人的に興味を惹かれる国があったら調べたいと思うのも当然だ。
「それで? ナターリエはなんて名前の国を調べようとしているんだ? 俺も知っているかな?」
「えっと、パルフェット王国という名前の国です。と言っても、いつの時代の国かは分からないのですが……」
───バサッ
「きゃ?」
「うわっ! す、すまない……!」
ちょうど私が国の名前を口にしたと同時にリヒャルト様の手から本が何冊か滑り落ちてしまった。
(び、びっくりした!)
「本当にすまない! 大丈夫だったか? 本がどこかに当たったりしていないか?」
「だ、大丈夫です……」
身体のどこかに当たったりはしていない。
ただ、驚いただけ。
「すまなかった。失敗した……一度に何冊も持つのではなかったな」
そう言いながら、リヒャルト様は落ちた本を拾っている。
「そ、そうですね……私も気を付けます」
「ああ。そうしてくれ」
「……」
(わ、私の気のせい、よね?)
一瞬、私の口にした“パルフェット王国”という名前にリヒャルト様の身体が動揺したように見えたのは。
それで、手から本が落ちたように見えた気がしたけれど。
きっと気のせい。でも……
なんとなくそのままにしておきたくなかったので訊ねてみる。
「リヒャルト様は……パルフェット王国という名前を聞いたことありますか?」
「え?」
リヒャルト様の声にはかなりの驚きが混ざっているように感じた。
そんなに驚くこと?
「えっと……色々、各国の歴史を調べていてお詳しそうだったので……」
「……」
私がそう口にすると、リヒャルト様は少し間を置いて切なそうに笑った。
どうしてそんな表情を? と、疑問が浮かぶ。
「…………知っているよ」
「え!」
リヒャルト様は一言だけそう口にすると拾い集めた本の中から一冊抜き出した。
「その国は、確かこの本には載っていたはずだ」
そう言ってどんどんページを捲っていく。
「パルフェット王国は今から遡るとかなり昔に存在していた国なんだ……そして、小さな国だから詳細が載っている本は少ないと思う」
「そうなのですか?」
「うん。この本でも見ての通り、さほどパルフェット王国にページは割かれていない」
リヒャルト様がパルフェット王国について載っているページを指しながらそう説明してくれる。
ただ、その顔がどこか悲しそうにも見えた。
「それで、中身を読むと分かると思うけど───ちょっと悲劇的な最期を迎えている国なんだ」
「……え?」
──なぜかは分からない。
でも、その“悲劇的な最期”という言葉に胸が締め付けられた。
そしてリヒャルト様はそのまま悲しそうな顔で説明を続ける。
「侵略戦争に負けて滅んでしまった国だから……仕方ないと言えば仕方ないのだろうけど」
「……侵略戦争」
確かにそれは歴史上、仕方のないことなのかもしれない。
頭ではそう分かっていても胸が痛む。
ただ、今はそのことよりも私の頭の中を占めているのは…………パルフェット王国は実在したんだ、ということの方が強かった。
歴史書を探してもそんなに多くを語られることのないという小国。
ハインリヒ様がたまたまこの国を知っていて言い訳に使ったのではないとするのなら……
(彼の前世の記憶とやらは本当の話……なのでしょうね)
「……」
ただ、どうして?
ハインリヒ様が浮気の言い訳に使ったに過ぎないはずの“前世の記憶”
その話に出て来たこの国のことが、なぜか私の頭の中から離れてくれない───
「ナターリエ? どうかした?」
「え? いえ……ありがとうございました。助かりました」
私は慌てて笑顔を作ってリヒャルト様にお礼を言う。
「うん、ナターリエの役に立てたなら良かったよ」
「……」
そして、リヒャルト様もそう言ってくれて、いつもと同じ笑顔を見せてくれたけれど、どこかぎこちないようにも感じた。
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