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15. 私の運命の“赤い糸”

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  ルーシェ嬢を解任させる為の準備は着々と進んでいった。

「ラルフ様が関係しているなら私にも手伝わせて!」

  ミラージュがそう言ってくれたので、遠慮なく頼る事にした。
  私より社交的で交友関係の広いミラージュは、様々な情報を集めてくれそうだ。

「ラルフ様に迫ってた事も気に入らないけど、そもそもフランシスカに見せつけるかのようにマーカス様に絡んでた時から気に入らなかったのよね」
「ミラージュ……」
「私みたいに実は……って思ってる人は他にもいると思うわよ?  やるなら徹底的にやりましょう。あぁいう女は何処までもしつこいわよ!」
「ミラージュ!  大好き!!」

  頼もしいミラージュに私が思わず抱き着くと、

「その言葉はマーカス様だけに使って頂戴。私、魔王に殺されたくないわ。ラルフ様と長生きしたいのよ」
「へ?」

  そう言われて引き剥がされた。
  どうして、殺されるか生きるかなんて話に?
  私が首を傾げていると、

「なんて呑気な顔を……フランシスカは大物ね。魔王様マーカスさまの愛はあんなに重いのに……」

  ミラージュは私に聞こえない程の小さな声で何やら呟いていた。







  まぁ、想像はついたけれどルーシェ嬢は、高位貴族からの評判はあまり良くなかった。
  生徒会役員の男性達に色目を使っている!
  この意見はとても多かった。
  そこには妬みややっかみがあるようにも思えたけれど、それでも少々度が過ぎていると、いったところ。
  逆に下位貴族からすると、平民から貴族へ……そして生徒会役員に推薦されるなんて凄い!  と、ルーシェ嬢に憧れる傾向が強かった。


「フランシスカちゃん!」
「ジェイ様?」

  放課後、少し居残りして集めた情報をまとめる作業をしていたらジェイ様がやって来た。

「一人で居残ってると聞いたからちょっと様子を見に来たよ」
「ありがとうございます」
「進捗はどんな感じ?」
「えーと……」

  私が進捗状況を説明していると、ジェイ様は急に黙り込み静かに私の顔を見つめていた。

「どうかしました?」
「……い、いや、何でもない。ただ、フランシスカちゃん、一生懸命だなって」
「それは……マーカスの為に何か出来る事が嬉しいからです」
「!」

  私がそう答えるとジェイ様は少し寂しそうに微笑みながら言った。

「フランシスカちゃんは、本当にマーカスの事ばかりなんだね」
「……恥ずかしながら、そうですね」

  自分でも自覚はあるわ。
  どれだけ好きなのかしら、私。

「本当に……マーカスは幸せ者だね」
「ジェイ様?」
「いや、それじゃ俺は戻るよ。無理はしないように!」
「ありがとうございます」

  ジェイ様を見送りながら、
  残りもあと少しなので、頑張るぞと気合いを入れ直した。





****





「はぁ……お前達はそうまでして、解任したいのか……」
 

  ──ルーシェ・エランドール男爵令嬢は、生徒会役員として相応しくない

  ようやく完成したそんな証拠と根拠を記した資料と共に、マーカス達は件のニックス先生の元を訪ね直談判を行った。

「今度はその結論に至った根拠も用意しました。これなら検討していただけますよね?」

  マーカスが用意した資料を先生に手渡す。

「お前達……」

  ここまでするマーカス達にさすがの先生も驚いている。

「彼女は生徒会役員として働くよりも前に、まず学ぶべき事があると思います。何より彼女の普段の行動、言動は仕事していく上で支障が出ています」

  マーカスの言葉にラルフ様が力強く頷いている。
  ノイローゼと言っていたものね。

「だが、生徒会の仕事はどうする?  新しく推薦出来る候補者は今のところいないぞ?」

  先生はパラパラと資料を捲りながら内容を確認しながら尋ねる。
  
  時々、眉を顰めつつ資料を読み込む先生を見ながら、この間マーカスとジェイ様が話に行った時とは違って、即、駄目だとは言わない事から、この資料を作った意味はあったのだろう……と思った。

  (良かった……)

「それですが、生徒会役員は先生方の推薦を受けた人物しかなれませんが、正式な役員ではなく、それを補佐する人達を募集してみようかと思います。それなら構いませんよね?」
「補佐?」

  だって、おかしいんだもの。
  ここの生徒会、どう考えても仕事量に対して人数が少なすぎるのよ。
  補佐する役目の人ががいたっていいと思うのよね。

  だから、マーカスに聞いてみたの。
「補助的な手伝いをしてくれる人を作ってはいけないの?」と。
  
  どうやら、代々そういう考えは無かったようで何故か驚かれた。
  人員は会長、副会長、会計、書記の4人で回すのが基本らしい。
  ずば抜けて成績が良いとか、何かの表彰を受けたなどの一定の成果を出して認められて、先生方の信頼と推薦を得られれば4人とは別に役員入りが出来るみたい。
  今回のルーシェ嬢のように。

  凝り固まった概念って崩すのは大変なのね。

  もちろん、補佐の人選はきっちり選ぶ必要があるけれど。
  (イケメン達の集いだもの。彼らを狙った令嬢達肉食ハンターがきっと来るからね……)


  そんな事を考えていたら、マーカス達が声を揃えて全員で頭を下げていた。



「ですから先生!  今度こそお願いします!」






****







「今度は承諾してもらえて良かったわね!」
「あぁ、フランのおかげだよ」



  先生との交渉を終えて、私とマーカスは手を繋いで生徒会室に戻る為の廊下を歩いていた。
  あれからニックス先生はしばらく黙り込んだ後、長い長いため息をつきルーシェ嬢の解任を承諾してくれた。

  (ルーシェ嬢の他の攻略対象者への様子から大丈夫だろうと思ってはいたけれど、先生との赤い糸が繋がっていなくて良かったわ)

  万が一、先生だけでも攻略されていたら、この交渉は絶対に無理だったと思う。

  (生徒会役員の皆の好感度はマイナスに見えるけど、先生の場合は初期から変わってない印象ね……)

  先生の攻略は相手が教師という事もあって、余計に進めづらかったのかもしれない。




「私?  私はマーカス達の手伝いをしただけよ?」
「フラン……」
「あとは、何がなんでも本人に納得させないといけないわね?」
「…………あぁ」

  ルーシェ嬢がこの決定を素直に受け入れるとは思えない。
「なんで私が!」
  と、噛み付いてくるはず。

  ルーシェ嬢には、明後日の長期休暇に入る前の集会の場で通達する事になった。
  全校生徒に周知させるには一番手っ取り早いしね、とマーカスは言っていた。
  ……ちょっと黒い笑みで。


  

「……フラン」
「?」

  チュッ

「!?!?」

  不意打ちの一瞬だけ触れる様なキスに赤くなった私の顔を見てマーカスが笑う。

「隙だらけだなぁ……」
「マ、マ、マーカスがっ!  ここ学……!」
「可愛い。フランのそんな顔が見れるのは僕だけの特権だ」

  なんて狡いの。そんな嬉しそうに甘い顔で微笑まれたら何も言えなくなるじゃないの。

「ねぇ、フラン」
「どうしたの?」
「最近はさ、僕の悲しい顔をしなくなったね?」
「え?」

  マーカスが、ゴソゴソとポケットを探り何かを取り出した。

「……それ!」
「赤い糸。フランが悲しい顔をした時にいつでも結べるようにって常に携帯してたんだけど」
「……!!」

  そう言って笑うマーカスの左手からは途切れた赤い糸が、今日も変わらず出ていてふよふよと浮いている。

「……今日は私が結んでも……いい?」
「もちろん!」

  マーカスが破顔した。そんな彼の様子に私の顔も自然と綻ぶ。

  赤い糸を巻付けようとそっとマーカスの左手の小指に手を伸ばす。
  そして…………気付いた。

「!?」

  (この感触……これ、赤い糸?  まさか私、赤い糸に触れている……?)

  何故か、手に握っている現物の赤い糸ではない方の、私にだけ見えているあの赤い糸の感触がする。

  (赤い糸って見えるだけでなく触れられるものだったんだ……)

  触ろうなんて思いもしなかったから気付かなかった。マーカスと手を繋ぐ時も専ら彼の右手と繋いでいたから。

  ちょっと驚きながらも、手にした赤い糸でマーカスの小指に糸を巻き付け、その反対側を自分の小指に巻き付けようとしてまた違和感を覚える。

  (……?  私の小指に何かある?)

  は全く見えないけれど、確実に感触がする。

  ドクンッと大きく心臓が跳ねた。


  (まさか、まさか……これ!)


  …………私、馬鹿みたいにずっと思い込んでいた。


  


  ───いつからあったのだろう?  
  もしかしたら、本当はずっとあったのかもしれない。
  私が見えない事にばかり囚われて気付こうとしなかっただけで。
  だって、私はマーカスの事がこんなにも大好きなんだもの。

  (違った……本当はちゃんとあったんだ……私の赤い糸)

  自分の糸は見えない。
  もしかしたらそういう事だったのかもしれない。
  私の糸はもう見えなくても構わない……そう思ったし、その気持ちは今も変わらないけれど……

  (何となく心強い……かな)

  それに見えないけど分かる。
  この見えない赤い糸の先に繋がっているのは…………マーカス。彼しかいないのだと。

「……」

  油断すると溢れそうになる涙を堪えながら、私はマーカスとの見える方の赤い糸を結んだ。

「僕達の“運命の赤い糸”だね」

  マーカスが赤い糸が繋がった私達の手を見ながら嬉しそうに言う。

「……そうよ。絶対に切れない私達の赤い糸よ」

  ──だって、二重なのよ。最強じゃない?  こんなのちょっとやそっとでは切れないわ。

「フランが嬉しそうだ」
「えぇ、嬉しいの」

  そんな事を話しながら私達は微笑み合った。

  (だから大丈夫……ルーシェ嬢が私達に何をしようとしても)









  そして────




「…………どういう事ですかっ!?」


  全校生徒の前でルーシェ嬢の生徒会役員の解任の発表があったその瞬間、
  突然の発表にしーんと静まり返っていた会場内にルーシェ嬢の大きな怒鳴り声が響き渡った。

 

 
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