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6. やっぱり運命は残酷だ

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「フランシスカ?  どうして、またそんな顔になってるの?」
「……」

  見えてしまった赤い糸の事を考えてしまったからか、私はまた落ち込んだ顔を見せてしまっていたみたい。

  (駄目ね……こんなんじゃ)

「マーカス、もう大丈夫よ……我儘を聞いてくれてありがとう」
「我儘って……」

  お礼を伝えて私はそっと彼から離れる。
  そんなマーカスは私に悲しそうな顔を向けたけれど、私は無理やり笑顔を作って彼に向かって微笑んだ。

「フランシスカ……」

  マーカスは悲しそうな顔のままだった。
  どうしてそんな顔をするのだろう?





  マーカスの赤い糸は、確かに彼の指から出ていた。

  だけど、今この場ではは分からなかった。
  何故なら

  実は、ほんの少し……ほんの少しだけ私は期待していた。

  マーカスと会ったら、私の赤い糸も見えるようになるんじゃないかって。
  そして、それが彼と繋がっているんじゃないかって。

「……儚い夢だったわ」
「?  フランシスカ……本当に何があったの?  何だか様子が変だ」

  私の独り言を拾ったマーカスが再び心配した顔を私に向ける。

「もしかして熱でもぶり返したんじゃ……」

  そう言ってマーカスが私の額に手を当てる。
  そのせいで前髪がかきあげられた拍子にあの傷痕が見えてしまったのか、マーカスの顔が一瞬だけ強ばったのが分かった。

  (あぁ、ごめんね……マーカス)

  私は心の中で謝罪する。
  マーカスは婚約して以来、この傷に関する事を一切口にしない。
  だから今、彼がこの傷痕に関してどう思っているのか私は知らない。


「……熱は無さそうだ。でも、顔色は悪い……今日はもう休んだ方がいいね、ごめん、無理させて」

  マーカスは一瞬見せた固い表情などまるで無かったかのように言った。

「そうするわ。今日は来てくれてありがとう、マーカス」

  私はまた、無理やり笑顔を作りながら彼を見送った。

 



  


  マーカスを見送った私は改めてマーカスの赤い糸について考えようと思ったのだけど……
  
  両親、お兄様、屋敷の使用人達を観察しながら赤い糸について考えてみたものの、結論としてはよく分からない……だった。
  糸は出ているけれど、それが繋がっている人、途切れてる人……皆バラバラだった。
  ちなみに両親は繋がっていたわ。ホッとした。
  あと、無駄に使用人の恋愛関係を知ってしまったわ。リナ達だけでは無かったのね……


  結論として分からなくても、彼の指からは赤い糸が出ているのに私の指には赤い糸が出ていない。
  だから、当然私達の赤い糸は繋がっていない。
  これだけは、はっきりしていた。

「やっぱり私じゃなかったんだ……」

  ゲームでも言われてた。だから、分かっていたのに。覚悟はしていたのに……それを目の当たりにするとやっぱり悲しい。
  だけど、マーカスの糸が途切れていた事が何を意味するのかは、まだよく分からない。お兄様もそうだったし、屋敷の使用人の殆どもそうだった。


「もし、途切れてるマーカスの赤い糸がこれから誰かと繋がるという意味なら……まだ私にも可能性はあるのかしら?  ……なんてね」

  自分の左手を見つめる。
  だけど、そこには何も無い。何度見てもそれは変わらない。

  今、繋がっていないのにこれから繋がるとはとても思えない。
  その事だけが悲しくて悲しくて。

「……うぅ」

  泣きたくなんかないのに、涙が勝手にこぼれてくる。



  そしてその夜、私はたくさん泣いた。





 
  
****



「フランシスカ、おはよう」
「!?!?」

  泣きすぎて翌朝とんでもない顔になっていた私を使用人総出でどうにかしてくれて、朝の支度を終えても、私は学院に行きたくない……そんな気持ちを抱えていた。

  だけど、いい加減怒られそうだったので仕方なく家を出ようとしたら、何故かマーカスが迎えにやって来た。
  こんな事は初めてで大いに戸惑う。

「……な、んで??」
「今日から学院に行くと昨日言ってただろう?  やっぱり心配で」
「それで迎えに……?」
「うん、ちょっと強引かな?  とは思ったけれど」

  そう言いながら、「行こう?」と、マーカスが私に手を差し出す。
  条件反射のように私は自然とその手を取っていた。

  (手を出されたから取っちゃった……習慣って怖いわ)

「それに朝ならフランシスカと、少しでも一緒にいられる時間が作れるかなと思って」
「マーカス……」

  マーカスはそんな事を言いながら、私の頬にそっと手を触れた。
  その仕草にドキンッと心臓が跳ねた。

「マ、マーカス!?」
「うーん、ちょっと顔色が悪いかな?  ……目もちょっと腫れてるし……寝不足かな?」
「……」

  それは泣いたから……
  皆、頑張ってくれたけど……やっぱり完全に隠す事は出来なかったみたい。

  私が俯きながらそんな事を考えていたら、何故かふわりと抱き締められた。

「!?」
「……あれ?  ダメだな。今日は笑ってくれない」
「どう、いう意味……??」
「昨日は笑ってくれたから」
「……!」

  昨日は照れて真っ赤になってたくせに、今日のマーカスは意地悪だ。
  そして、逆に私の方が赤くなる。

「……あ、笑うより赤くなっちゃったね?」
「っっ!  誰のせいだと……」
「はは、そんなフランシスカも可愛いよ」
「かっ!」

  その言葉に私の心臓はますます大きく跳ねる。
  いったい、マーカスはどうしてしまったの!?
  優しさがいつもと違うわ!  なんて言うか…………甘い?

  まさかとは思うけど、私をキュン死にさせたいのかもしれない……なんて思ってしまった。

  驚きのせいでパクパクと言葉を失った私に対して、マーカスが優しく微笑み私の頭を撫でながら言った。

「……昨日も言ったけど反省したんだよ」
「反省……?」
「反省と……後悔だね。フランシスカが倒れてたのを見てようやく気付いたんだ。これまでに色々頑張って来たけど、そのせいで大事なフランシスカを失ったら意味が無いって」
「……?」

  えっと?  言われてる事の理解が追いつかない……
  大事? 私が??  それにー……

「だから、これからは思ってる事も口にしないとと思ったんだ……だから、君は可愛いよ?  フランシスカ」
「~~!!」

  こ、こ、これは、昨日の仕返しなのかしら!?
  ますます赤くなった私にマーカスが嬉しそうに笑いながら言った。

「あぁ、ようやく、フランシスカのそんな顔が見れたなぁ」

  ……と。


   嬉しい……嬉しいのに。


  同時にどうして、と悲しくなる。
  何で今なんだろう?
  この世界が乙女ゲームの世界だって知らず、あなたが攻略対象者でなかったら。
  運命の赤い糸なんてものも見えるようにさえならなければ。

  全部、全部、素直に喜べたかもしれないのに。










「足元に気を付けて」
「えぇ、ありがとう」

  マーカスに支えられて馬車から降りる。
  ちらっと見えたマーカスの左手からは、変わらず赤い糸が出ていた。

  (この糸はどこに繋がっているの……?)


  その事に胸を痛めた時、後ろから声が聞こえた。

「あら?  おはようございます、マーカス様。ご一緒にいるのはー……」

  ビクッと、私の肩が大きく跳ねた。
  怖くて振り向けない。

  (こ、この声は……!)

「あぁ、おはよう。ルーシェ嬢」

  (やっぱりそうだわ!!)

  ──私が今、もっとも会いたくない人物。
  ルーシェ男爵令嬢。
  彼女がそこに居た。

  まだ、覚悟が出来ていなかったのに!!
  早速だなんて酷すぎる。
  


  ──あぁ、やっぱりこの世界は……運命は私に残酷だわ。

  
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