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5. お見舞いに来てくれました

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「この世界が乙女ゲームだと思い出してようやく納得したわ……子爵令嬢のフランシスカが公爵令息のマーカスの婚約者だった理由」

  ゲームをプレイしている時から不思議だった。
  何故、マーカスの婚約者がしがない子爵令嬢だったのだろうか、と。

  マーカスはヒロインとの仲を深めていくと、婚約者……つまり、私、フランシスカへの想いを語るシーンがある。

『フランシスカの事は嫌いじゃない。嫌いじゃないけど好きかと問われると違う。でも、僕は彼女に負い目があって見捨てる事が出来ないんだ……』

  この言葉の詳細がゲーム内で語られる事は無かった。
  負い目って何かしらと思っていた。

「今なら分かるわ。この怪我のせいね……」

  ヒロインは、そんな事であなたを繋ぎ止めるなんて間違ってるわ!
  ……と、憤慨するのよね。

  ヒロインのあの口振りから、ゲームのフランシスカは怪我を盾にマーカスとの婚約を強行したのかもしれない。
 
「それでもマーカスのルートに入れば最後は結局、婚約破棄しちゃうのよ……」

  ゲームのフランシスカのこの怪我はマーカスを繋ぎ止めるものにはならなかった。
  きっと、現実もマーカスとヒロインの仲が深まれば、傷痕の責任も無かった事にして私は婚約破棄されるのかもしれない。

  ゲームと現実が違う所もあるから決めつけは良くないと思いながらも、私はその考えがどうしても消えてくれなかった。






****




  熱も下がりようやく身体が動かせる様になった頃、ついに避けられない“その時”がやって来てしまった。

  私の熱が下がったらしいと聞いたマーカスが私を訪ねて来たからだ。


  出来る事ならこのまま逃げて逃げて逃げ続けたかった……
  だけど、当然そんな事は出来ない。
  それに私は、まだマーカスにお礼が言えていない。

  (ちゃんとお礼は言いたいもの……)



「フランシスカ。熱は下がったと聞いたけど大丈夫?」
「マ、マーカス……」

  こうしてお見舞いに来てくれるのはとても嬉しい事のはずなのに。
  今までの私なら飛び上がるくらい喜んだと思う。

  なのに今の私は素直にそれを喜べない……
  そんな事もあってか、私はマーカスの顔が見られず何となく彼から目を逸らしてしまう。

「……フランシスカ?  ごめん、もしかしてまだ具合が悪かった?  お見舞い……迷惑だったかな?」

  マーカスの申し訳なさそうな声が余計に私の胸を締め付ける。

「違うわ!  そんな事は……っ!」

  俯いていた私が顔を上げてマーカスの方を見ると彼は少しびっくりした顔をしたけれど、「なら、良かった」と、優しく微笑んだ。

  (あぁ、マーカスのこの笑顔……好きだわ……大好きなのに)

「大丈夫ならいいんだけど。ごめんね……辛かったら言って?  すぐに帰るから。君を無理させたいわけじゃないんだ」
「マーカス……」

  そう言って優しく笑いながら、マーカスは私の頭をそっと撫でた。
  その瞬間、思わずハッとしたけれど、彼は右手で私の頭を撫でたので糸は見えない。
  リナとフラッツの様子から、赤い糸は左手の小指から出ているものだ。

  (怖い……マーカスの左手を見るのが……とても怖い)

「突然、悲鳴が聞こえて。何事だろうと思って駆け付けたら、フランシスカが倒れていた。本当にびっくりしたよ……心臓が止まるかと思った」
「ごめんなさい……」
「謝らないでよ。元気になったなら本当に良かった」

  マーカスは安心したって顔で笑う。
  不謹慎だけど、そんな風に心配して貰えた事を嬉しく思ってしまった。

「リ、リナからマーカスが私を家に運んでくれたと聞いたわ。ありがとう」
「当たり前だよ。大事な君を放っておく事なんて出来るわけないじゃないか!」
「……っ!」

  そう口にするマーカスの顔も声も真剣だ。
  私は彼のこういう真っ直ぐな所が好き。大好きなの。

  そして、マーカスはこんな風にいつも私を大事にしてくれるから……
  だから、私は少しだけ……少しだけ自惚れてしまったの。

  彼のその優しさの中には、怪我に対する責任……だけでは無く、私への愛情もあるんじゃないかしらって。

「……フランシスカ、どうしてそんな泣きそうな顔をしてるの?」
「え?」
「今にも泣き出しそうな顔をしているよ」
「……それ、は」

  どうしよう?  どうしたらいい?  説明なんて出来ないし……

「……僕のせい?  いや、僕のせいだよね」
「っ!」

  その言葉に胸がドキンッとした。

「学院での忙しさを理由に、最近はフランシスカとの時間が取れてなかった」
「あ……」
「これじゃ、君の婚約者失格だ……」

  マーカスが寂しそうに笑う。

「そんな、そんな事は無いわ!  だって、マーカスは!!」

  本当に忙しい人なのだ。
  きっと今だって忙しい時間を割いてこうして訪ねて来てくれた!
 
「うん、フランシスカがそう言ってくれる事に僕はずっと甘えすぎていたんだと思う、ごめん」
「マーカス……」
「ねぇ、フランシスカ。お詫び……違うな?  罪滅ぼし……んー、これも何だかな……この際、何でもいいや……何か僕に出来る事やして欲しい事があったら言ってくれないかな?」
「え?」

  マーカスは突然何を言い出したのかしら?
  私は意味が分からず、きょとんとしてしまう。

「いや……その、フランシスカには笑っていて欲しいんだよ。だ、だから……!」
「……ふっ」

  何だか必死なマーカスの様子が可笑しくて、笑いが込み上げてきた。

「フランシスカ?」
「もう!  ふふ、マーカスったら……」
「……笑いすぎだよ。笑って欲しいとは言ったけどさ……」
「だって!」

  落ち込むマーカスが可愛くて私は自然と笑っていた。


  (あぁ、私はマーカスとのこんな時間が好きだったのに……)


「……なら、マーカス。私を抱き締めて?」
「え!?」
「マーカスが言ったのよ?  して欲しい事はあるかって。だから私を抱き締めて?」
「な、な……!」

  マーカスが動揺している。
  みるみるうちに顔が赤くなっていく。

「ほら、早く!」
「…………~~!!  わ、分かった……」
「ふふ」

  マーカスは照れながらも私を優しく抱き締めてくれた。

  その優しい温もりに涙が出そうになる。
  強要して申し訳ないけど、これくらいは許して欲しいわ。


  だって、話しながら気付いてしまったんだもの。


  ──あなたの左手からは、赤い糸が出ている事を。

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