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第十三話 大根役者のヒロインと乗っ取り悪役令嬢
しおりを挟む入学してから約一ヶ月。
その日、私は掲示板の前で張り出された実力テストの結果を見て唖然としていた。
「……何で」
「さすが、僕の可愛いディアナ」
「フレデリック様……」
掲示板を見上げていたら、フレデリック様が私の横に並ぶ。
そこにはテストの結果順位が載っているのだけれど、一位の欄に何故か私の名前が書かれていた。ちなみに二位はフレデリック様。
「他者を寄せつけない程の独走っぷりだね。僕との差も凄いや。こうなる事は分かっていたけどやっぱり悔しいなぁ……」
「こ、これ……何かの間違いではないのでしょうか?」
(だって私の知っている物語の中では一位の欄に名前が載るのはライラックで……)
いくら私が特待生になってしまったとしても、ライラックだってそれに次ぐ成績保持者のはず……なのに。
何故か、ライラックの名前は上位どころかトップ30にも載っていない。
掲示板に張り出されるのは30位まで。果たしてライラックは何位なのか……
(やっぱり何かの間違いなのでは?)
私が焦って訊ねてみるけれど、フレデリック様は首を横に振る。
「ディアナは昔からちょっと基準が人とずれているよね?」
「え?」
「ディアナにとってのこれくらいは“普通”が、他の人にとっては“超人”レベルなんだよ」
「ちょ……!? 超人……」
(何それ!?)
私は心の底から驚いた。
「そんな気はしていたけど、やっぱり気付いていなかったんだね。しかもディアナが本当に凄い所は、誰が見ても本気で大真面目に勉強していた所だと僕は思う」
「え……? だって、テストってそういうものでしょう?」
私がそう答えるとフレデリック様が苦笑いをした。
「そういうところが本当にディアナらしいや」
「どういう意味ですか?」
そんなに変な事を言ったかしら?
だって、テスト前に遊び呆けてどうするの?
私はそんな目でフレデリック様を見た。
「うん……ディアナには、ずっとそのままでいて欲しいな」
「それ、答えになっていませんよね?」
私が不貞腐れるとフレデリック様は「ははは」と笑った。
「特待生で勉強しなくたってトップ確実だろうと言われていたディアナがめちゃくちゃ勉強しているんだよ? そんなディアナの姿を見ていた皆も触発されたみたいで、今回のテストは全体的に平均点が高いらしいよ」
(そんな相乗効果が……)
「昔っからディアナは何にでも一生懸命だからね」
「……そういう性格みたいです」
「本当に僕はまだまだだなぁ……情けなくてディアナに“こんなにも情けない王子は私に相応しくないわ、願い下げよ”って、捨てられてしまいそうだ……」
フレデリック様のその言葉にギョッとした。
「す、捨てません! なんて事を口にしているのですか! 私はずっとフレデリック様と……」
本来、捨てられる予定なのは私の方で……そうなる未来が嫌で呪いをかけちゃったくらいフレデリック様の事が好きなのに!
「ディアナ……」
「フレデリック様……」
掲示板の前で見つめ合う私達が二人の世界に入ろうとしたその時だった。
ドサッ、バサッ
「きゃあ!!?」
私達のすぐ近くで何かが落ちる音と小さな悲鳴がした。
誰かが何か落としてしまった?
そう思って振り返ったら……
(────ライラック!)
「や~ん、やっちゃったぁ」
そこにはライラックがいて、足元には落としたと思われる筆記具やノート、紙の束がたくさん散らばっていた。
「大変だわ~このままじゃ、風に飛ばされちゃうかも~」
(……ん?)
気の所為でなければ、ライラックはチラチラと私とフレデリック様を見ながら散らばった物を拾い集めようとしているように見えた。
「誰か私を助けてくれる人はいないかしらぁ~」
チラチラ……チラチラ……
(え? まさか、私達に助けを求めている?)
そんなはずは無いと思いつつも、先ほどからライラックがチラチラとこちらに視線を送って来ている事は間違いなさそうだった。
「私ったらうっかりしちゃったのぉ~手が滑っちゃったぁ」
「……」
「誰か助けてくれないかしらぁ~」
(な、何かしら……前世で言うところの大根役者みたいなセリフの数々は……!)
さっきから、ライラックの放つ言葉が不自然すぎて逆に私は固まってしまう。
しかも、これ私とフレデリック様に向けて言っているの? 違うわよね? 何かの罠?
(人を助けるってそういう事じゃないはずよ……困ってる人に自然と手を差し伸べるものであって……)
元々これっぽっちも近付きたくないライラックだけど、今は絶対に近付きたくなかった。
「……ディアナ?」
「っ! ち、近いですわ! フレデリック様!」
突然、黙り込んで固まった私を不思議に思ったフレデリック様が顔を覗き込んで来る。
フレデリック様の顔のアップ。目の保養にはなるけれど心臓には悪すぎる!
「え、でもこれくらい近付かないと可愛いディアナの顔がよく見えない……」
「!?」
「ディアナ……」
フレデリック様の手がそっと私の頬に触れる。
「フレデリック……様?」
私を見つめてくるフレデリック様の目が、甘くて蕩けそうでもはや私に対する愛しか感じない。
(おかしい……もう呪いたくなくて今年はあの儀式を行わなかったから、私に対する熱量は下がっていくはずだと思っていたのに……)
昨年よりもパワーアップしている気がする。どうしてこうなった……?
───ゲフンゲフンッ……あぁ、大変~誰かぁ私をーー……
フレデリック様の事で頭がいっぱいになってしまった私は、まだ何かを呟きながら視界の端でチョコチョコと動いていたライラックの事は一瞬で頭から吹き飛んでしまっていた。
◆◇◆◇◆
(そうよ、おかしいと言えば……)
すでに知らない展開がてんこ盛りとなっているこの現実だけど、他にもおかしな事はあって……
物語の中では一切説明が無かったので知らなかったのだけれど、この学園のクラス編成はどうやら成績順だったらしい。
なので、本来の特待生であり、トップ成績で入学するヒロインのライラックは、本来なら二位のフレデリック様と同じクラスになるはずだった。
一方の悪役令嬢……ディアナは下から数えた方が早い成績。だから当然、二人とはクラスが違う。
その事もディアナの嫉妬と憎しみに繋がるはずなのに───
(ライラック……違うクラスなのよねぇ……)
クラス編成を見た時も変ね、とは思ったし、テストの結果を見た時もまさか……とは思ったけれど。
(ライラックがおかしいわ!)
平民出身なのに頭脳明晰、そしてあの可愛らしい見た目! いつだって明るくて真っ直ぐで、そしてそれを鼻にかけない性格もあってか入学してからあっという間に学園中の人気者へとなっていくはずなのに。
(だって、誰もライラックの事を話題にしない……)
───本物だ、……妖精みたい、……噂以上でため息しか出ない……美しい、可憐だ……目の保養……
入学式の時に聞いたライラックへのあの数々の賛辞は何だったの?
「────ディアナ。君こそ何を言っているの?」
「はい?」
「妖精みたい、噂以上、美しい、可憐、目の保養……それ全部、最初からディアナに向けられた言葉だよね?」
「…………?」
お昼休み、入学式でフレデリック様とイチャイチャ……していたと大きな注目を集めてしまった私は、入学後、どこに行っても人からよく見られる。
それは仕方がない事だと思っていたし、何となく受け流していた……のだけど!
聞こえて来る言葉の中に、明らかに私ではなくライラックに向けられるべきはずの言葉があった為、不思議に思いフレデリック様に聞いてみた。
───妖精とか可憐とか……そういった言葉を向けられるべき相手って本当は私じゃないですよね? 皆さんどうしてしまったのでしょう?
私がそう口にした時に見せたフレデリック様のあんなに崩れた顔は、初めて見たかもしれない。
「え? 間違いでもなんでもなく、私に向けられていた……言葉?」
「そうだよ? 僕の心配が少しは分かってくれたかい?」
「…………」
───では、ヒロインは?
(え? これってまるで、悪役令嬢がヒロイン乗っ取りしたみたいじゃない?)
───そして呪い……関係ないわよね?
「…………」
ヒーローを奪われまいとしていただけのはずなのに、何故か全ての物事の話が全然違う方向に向かっている事にようやく気付いた。
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