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第二話 素っ気ない婚約者
しおりを挟む私の名前はディアナ・クワドラント。
クワドラント侯爵家の令嬢。
そんな私はこの国の王子、フレデリック様とつい先日、典型的な政略結婚のもと婚約した。
(ずーっと憧れていたフレデリック様と婚約出来たと浮かれていたのに……!)
まさか、思い出さなくてもいい事を思い出してしまうなんて思わなかった。
「お嬢様? 本当に大丈夫ですか?」
「……大丈夫よ。ちょっと変な夢を見て頭が混乱してしまったみたい」
心配するメイドには、そう言って誤魔化しておく。
まさか、突然、前世の記憶を思い出してしまい、自分がいずれ婚約破棄されて悲惨な最期を迎える“悪役令嬢”だなんて、口にした所で信じてもらえるはずがないもの。
私はギュッと拳を握る。
(───どうにかしなくては!)
破滅して悲惨な最期を迎える未来なんて御免よ。
それに、せっかく憧れのフレデリック様と婚約出来たのに破棄されるなんてそれも冗談じゃないわ。
(だけど……)
婚約が正式に決定してフレデリック様との顔合わせをした日……
『殿下、改めて、これからもよろしくお願いしますわ。殿下のお力になれるような立派な妃を目指して頑張ります!』
そう言った私にフレデリック様が返してくれた言葉は、
『ああ……』
これだけだった。
……まぁ! フレデリック様ったら照れているのね~? ふふ! なんて浮かれていたのに……!
違う……違った……全然違ったんだわーー……
だって、物語の中で悪役令嬢ディアナはフレデリック様にはっきり言われたのよ……
“最初から君の事は気に入らなかったんだ!”って。
つまり、フレデリック様のあの態度は……そういう事。
私は、はぁ……とため息しか出なかった。
(どうしよう? どうしたらいい?)
物語の開始までは、まだあと6年くらいある。
どうすれば私は彼と婚約破棄しないで済む?
私は一生懸命考えた。
けれど、何だかもうすでに嫌われているかもしれないというのに希望はあるの?
だけど、ここはやるしかない!
殿下に私の事を好きになってもらう! そうすれば、婚約破棄もしないし破滅もしないもの!
(と、意気込んだはいいけれど……)
「……殿下、今日はいい天気ですわね!」
「ああ……」
「……殿下、このお菓子美味しいですわね! さすが王家の御用達ですわ」
「そうだな……」
「……殿下、あそこにキレイなお花が咲いてますわ! なんて名前の花でしょう? ご存知ですか?」
「……いや」
か、か、会話が続かなーーーーい!
え? 何だかこれ、私、一人バカみたいじゃない?
部屋に控えている使用人達まで哀れみの目を私に向けているじゃないの……
婚約者との交流を目的に設定されたフレデリック様とのお茶会。
今日は正式に婚約してからの初めてのお茶会だった。
私は目一杯自分をアピールして頑張るわ! と決めていた。
なのに……
まさかの返答は「ああ」「そうだな」「いや」のみ!
(目線すら合わせて貰えないなんて!)
何がダメなの? 好みじゃないから?
ピンク色の髪の毛でフワフワしていて、くりっとした大きな目では無いから?
困った事に悪役令嬢はヒロインとは真逆に書かれてしまう宿命にある。
(ライラックは可愛い系のヒロインだったわ……つまり、私はおそらく綺麗系……)
綺麗なのは嬉しいわ。でも、そんなのはフレデリック様の好みでないと無意味なのよ!
今からでもフワフワした可愛い系の女性になれないかしら?
「……」
遺伝的なものを考えてみた。
(ダメだわ……私のお母様は完全に綺麗系! しかも私はそっくりと言われている! 可愛いは無理!)
外見からフレデリック様の好みの人になるのは諦めるしか無さそう。
そして、結局その日のお茶会はフレデリック様から五語以上の言葉を引き出す事が出来ずに終わってしまった。
◇◆◇◆◇
「殿下、私、一生懸命刺繍しましたの! 受け取って下さい!」
「……ありがとう」
「!」
別の日、私はフレデリック様の為に刺繍したハンカチをプレゼントした。
なんと、ありがとうを引き出したわ! 五文字よ五文字!
と浮かれて内心小躍りしたものの、フレデリック様の顔は無表情のまま。
(全然、嬉しそうじゃなーーい!)
後々ヒロインがフレデリック様に刺繍入りのハンカチを贈っていた時は嬉しそうに笑って受け取っていたのに。
今はまだ幼少期だし、私はヒロインでは無いと言っても、喋らない、笑顔も見せてくれない……これ、好かれるどころか嫌われ度が上がっているのでは……?
(悪役令嬢という立場になってようやく知ったわ)
この世界の話に限らずだけど、ヒーローとヒロインの間に入って仲を引き裂こうとするお邪魔虫の悪役令嬢って幼少期からこんな目に合っているものだったのね……
それは性格も歪むはずだわ……
(もうこの先、悪役令嬢をバカになんて出来ないわね……同情しちゃうもの)
そして、その後も何をやってもフレデリック様の反応は思わしくなく、私の心はどんどん荒んでいくばかりだった。
───そんなある日。
「あら? しまった!」
お妃教育の帰り、馬車に乗り込もうとしていた私は王宮の図書室から借りていた本を返却していない事に気付いた。
「ごめんなさい、ちょっと本を返して来るわ!」
御者にそう告げて私は慌てて図書室へと向かう。
「危ない、危ない……泥棒になってしまう所だったわ。ただでさえ、私の未来は危ういのにこんな所で窃盗歴は作りたくないわ……」
なんて独り言を呟きながら書棚に本をしまおうとしたその時、
バサッ
「あ……やってしまったわ」
書棚に無理やり押し込もうとしたせいか、別の本が落下してしまった。
私は慌ててその本を拾う。
「大丈夫かしら? 今の衝撃でどこか破れたり……」
念の為に確認をしなくては、と思いその本をパラパラと捲っていると……
「え? “好きな人を自分の虜にする方法”ですって?」
とある一点が私の目に止まった。
(あ、怪しい……! でもすっごく気になるわ……!)
フレデリック様との関係が思うようにいっていなかった私は、どうしても中身が気になってしまい、そのページに戻ってじっくり目を通す事にした。
「……!」
───これこそ、私が後にフレデリック様にかける事になる“呪い”について知った瞬間だった。
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