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第一話 思い出しました

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  その日、私は夢を見ていた。


────

──────……



「ディアナ様!  いい加減にフレデリック様を解放して差し上げて下さい!」
「……」
「フレデリック様がお可哀想です!」

  フワフワしたピンク色の髪を靡かせつつ、大きな目には薄ら涙を浮かべて自分よりも格上の身分の令嬢に立ち向かっているのは平民の少女、ライラック。
  平民でありながらも、王立の学校の入学試験で優秀な成績を収めて特待生としての入学が認められた天才少女。
  そんな彼女は当然の事ながら、入学した時から何かと注目の的だった。

「何の話かしら?  ライラックさん」
「わ、私、フレデリック様から聞きました……ディアナ様には何度も何度も婚約解消の意志を伝えているのに一向に話を聞いてくれなくて毎日疲れ果てているのだ、と」
「……まぁ!  殿下が?  本当にそのような事を貴女に?」

  ディアナは扇で口元を隠しながら、鋭い目線を彼女……ライラックに向ける。
  彼女は一瞬、怯んだものの負け時と格上の令嬢を見返した。

  (なんて、生意気な目をするのかしら!  平民女のくせに……私の愛するフレデリック様のお心を奪っておいて!  図々しいわ!)

  侯爵令嬢ディアナと平民ライラックの睨み合いは続く。
  そんな中、ライラックはディアナに向かって叫んだ。

「……お願いです、ディアナ様!  早くフレデリック様と婚約を解消して彼を自由にしてあげて下さい!」

  さすがのディアナも平民ごときにそこまで言われてしまっては黙っていられない。

「ふざけないで!  平民ごときが!  私の婚約者の殿下に手を出しておいて何様のつもりなの!」
「きゃっ!」

  ディアナはそう叫んでライラックを思いっ切り突き飛ばす。一方、突き飛ばされたライラックは小さな悲鳴を上げてその場に転んだ。
  ディアナがいい気味だわと心の中で笑ったその時、後ろから声がした。

「───な、何をやっているんだ!」

  その場に現れたのは陽の光に透けるとキラキラ輝く金髪が眩しい男性──……

「あ、フレデリック、様……」
「……殿下!」

  ディアナの婚約者でもある王子、フレデリックだった。 
  フレデリックは騒ぎを聞いて慌てて駆けつけて来たのか、ハァハァと肩で息をしている。

「……ディアナ、これはどういう状況かい?」
「まぁ、殿下……まさか怒っているんですの?  私は無礼な泥棒猫がいたから静かにしてもらっただけですわ!  それの何がいけないんですの?」
「……泥棒猫?」

  フレデリックの眉が顰められる。

「そこの平民の女の事ですわ。事もあろうにこの私に向かって口答えを──」
「ライラック!」
「フレデリック様……!」
「なっ……!」

  ディアナの言葉を無視したフレデリックはライラックの元に駆け寄って彼女を助け起こす。
  そして見つめ合う二人……
   その様子がまた、ディアナの嫉妬心と闘争心に火をつけた。

「……っ!  殿下!  あ、あなたという人は!」
「ディアナこそ。何度言ったら分かってくれるんだ?  それにこうして彼女にまで怪我を負わせるなんて……もう許されないよ」
「それはそこの無礼な女が──……!」

  ディアナは空気が不味い方向に向かっている気がしたが後には引けなかった。

「残念だよ、ディアナ。素直に僕の話を聞いて頷いてくれていれば、こんな事にはならなかったのに」
「で、殿下……?  こんな事……?」

  殿下の様子がいつもと違う事にようやくディアナは気付いた。

「……ディアナ。ようやく父上の許可が降りたんだ。だから、今日を持って君と僕は────」


────────

────……



「婚約破棄は嫌ァァァァーー!」

  (…………って、あれ??)

  私は、自分で自分の叫び声で目を覚ました。

「お嬢様!  目を覚まされたんですか!?」
「え?」

  そう言って私の顔を覗き込んでくる女性。一瞬誰だっけ?  そう思ったもののすぐに自分付きのメイドだったと思い出す。

「ずっと魘されていて……心配しました」
「魘されていた?」
「はい……ずっと苦しそうで、その……殿下、と……何度も口にされていて」
「……え」
  
  殿下って……婚約者でもある、私の大好きなフレデリック様の事、よね?

「それから、“ライラック”とも……あのお嬢様……“ライラック様”とは何処のご令嬢ですか?」
「え?  ライラック?」
「……お嬢様の交友関係に“ライラック”……そういったお名前のお嬢様は居なかったと記憶しております」
「……それは……」

  ライラックが誰かですって?  そんなの私の方が知りたいわ。  
  でも、今見た夢……あれは。
  今よりちょっと成長した姿と思われる私が、ライラックと呼ばれていた女性を突き飛ばしていたわ。そして、やっぱり今よりちょっと成長したと思われる姿の婚約者でもあるフレデリック様が現れて───……

  ───……ディアナ。ようやく父上の許可が降りたんだ。だから、今日を持って君と僕は────

「……うっ!」

   ……ズキンッ
  そこまで考えたら私の頭が痛んだ。

  それと同時に私の頭の中に何やら大量の記憶が流れ込んで来た。

  (……!?  な、何?  何なのこれは……!)

  ライラック、フレデリック王子、ディアナ……そうよ、私、知っているわ。
  ──ディアナ?
  待って、ディアナって私の事よね?

  ディアナ・クワドラント。クワドラント侯爵家の令嬢……この間10歳になったばかり。
  そんな私はこの国の王子、フレデリック様の婚約者で……
  
  (…………はっ!)
  
「どういう事よ!  私、悪役令嬢ディアナになってるじゃないのーー!」
「あくや……?  お嬢様!?  どうされました!?」
「~~~!」

  ヒロイン、ライラック。 
  ヒーロー、フレデリック。
  そして、悪役令嬢ディアナ……間違いない、あの夢の内容といい、これはあの小説だわ!


  ───どうやら、私は物語の世界の悪役令嬢として転生していたようだった。


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