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4. 夫となった幼馴染

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  (夫婦に……書類上はヒューズと夫婦になってしまった)

  そこでハッと気付く。
  これまでの私はどこかお客様といった様子だったので、当然、あの夫婦の部屋も使っていなかった。
  でも、今夜は?  今夜はどうなるの??

「……」
「オリヴィア?」

  ビクッ!

  (あ……)

  肩を叩かれただけなのに、身体が思いっ切り過剰反応してしまう。
  そんな私の反応にヒューズが少し驚いた顔をした。

「……」
「あ、ごめ……」
「オリヴィア。今夜、話がある」

  謝ろうと思ったのに、真剣な顔をしたヒューズに遮られてしまった。

「は、話?」
「そうだ」

  (うっ!  やっぱり胸が……ドキドキする)

  このドキドキは何?
  自分で自分の気持ちがよく分からなくてもう戸惑いしかない。

「オリヴィア───今夜は、夫婦の寝室あの部屋に来てくれ」

  (!!)

  私の心臓、飛び出して破裂するのでは?  というくらいにバクバクしていた。



─────


「奥様、顔が怖いです」
「え?  怖い?  これでも私、笑っているつもりなのだけど?」

  ヒューズとの、よ、よ、夜の為に鏡の前で笑顔の練習をしていたら、メイドの一人がドン引きした顔で私に話しかけて来た。

「はい、子供ですとその場で大泣きして逃げてしまいそうになるくらいのお顔をされています。これは確実に夢に出て来て、その子のトラウマになるでしょう」
「そ、そんなに!?」

  それはもう、絶対に笑顔なんかじゃない。ホラーだわ。

「若君の事を気にされているのですか?」
「……作り笑いは得意だったはずなのに、ヒューズの前では上手く笑える気がしないんだもの」
「……奥様」

  ヨーゼフ殿下の前で笑顔を張り付けるのはとっても簡単だった。
  どれだけ殿下が私の目の前でシシリーさんとイチャイチャして、私も口では苦言を呈していても笑顔は崩す事なく保っていられたのに。

  (ヒューズの前では感情が剥き出しになってしまう)

「……奥様が無理に笑顔など作らなくても若君は……」
「?  何か言ったかしら?」
「あ、いいえ、何も」
「そう?」

  何か言いかけていた気がしたけれど。
  
  (もういいわ。無理に笑顔なんか作っても疲れるだけだもの)
  
  ヒューズだって笑顔なんて期待していないわよね。

「そう言えば、カルランブル侯爵夫妻は領地にいるとヒューズから聞いたのだけれど、それなら、この屋敷はずっとヒューズが一人で過ごしていたの?」

  ふと気になったので訊ねてみた。
  ヒューズは私の前から姿を消したと思っていたけれど、本当はずっとここに居たのかしら?

「違いますよ、若君は最近こちらに戻られたばかりです」
「え?」
「私達も驚きました。突然、戻って来たと思ったら“結婚する!”などと言い出したので。慌てて奥様を迎える準備をしたのですよ」
「そ、そう……」

  (戻られた?  それってやっぱり何処かに行っていた……という事よね?)

  そっか。
  本当は近くにいるのにわざと避けていた……とかそういう事では無かったんだ……

  (だけど、それなら彼はどこに行っていたのかしら?)

  気にはなったけれど、本人のいない所であまり根掘り葉掘り聞くのもどうかと思ってそれ以上訊ねるのはやめた。



  ────そして、迎えた……夜。


  私は、全身をピッカピカに磨かれた状態で夫婦の寝室でヒューズを待っていた。
  しかし、そんな私は夜はこれからだと言うのに既に疲労困憊だった……

「…………」

  (あのはりきり様は何なのーー!?)

  ───奥様、全身スッベスベにして若君を虜にしてしまいましょう!

  (しなくていいわよーー!!  あの人は私の事が嫌いなんだからー!)

  ───お召し物はこちらの悩殺用でよろしいでしょうか?

   (面積少なっ!!  あと、悩殺用って何!?)

  慌ててガウンをキッチリ着込んだわ!  恐ろしい……
  突然やって来た嫁を温かく迎えてくれた事は純粋に嬉しいし、有難いとも思っている。
  でも!
  
「つ、ついていけない……」

  私がそんな独り言をこぼした、まさにその時!

「何がついていけないんだ?」
「!!」

  その声にドクンッと心臓が大きく跳ねた。

「ヒュ、ヒュ、ヒュヒューズ!」
「……」

  声が完全に裏返ってしまった。
  それに、いつの間に入室していたのか。ぐるぐる考え事をしすぎていて全く気付かなかった。

「ヒュヒューズって何だよ……動揺しすぎだろ」
「そ、そ、そ、そんな事はな、な、な、ないわよ!」
「……呂律が回ってないじゃないか」
「うっ!」

  ぐうの音も出ない。

「とにかく、少し落ち着け。何か飲むか?」
「の、の、の、飲む……」

  ほら、と渡された果実水を受け取った瞬間、ヒューズからフワッと石鹸の香りがした。

「っ!」

  それは、私からもしている同じ香りで一気に照れ臭くなる。
  いたたまれなくなった私は一気にグイッと果実水を飲み干した。
  そして、

  ケホケホ……

  むせた。

  (く、苦しい!)
  
「オリヴィア!?  大丈夫か?  何だってそんなに勢いよく飲むんだよ」
「……ケホケホ」
「大丈夫か?  オリヴィア?」

  慌てたヒューズが、近寄って来て背中をさすってくれた。

  (嫌いな私の事なんて放っておいてくれていいのに……)

  ついつい私の中でそんな可愛くない思いが生まれてしまう。

「だ、大丈、夫だから……」
「そうは見えないぞ」
「い、いいから……ケホケホ」
「ほら、落ち着け」

  (優しさなんていらないのに……)




「……お騒がせしました」
「本当にな」
「……ありがとうございました」
「……」

  ようやく落ち着いた私は深々と頭を下げる。
  ヒューズはそんな私を少し呆れた様子で見ていた。

「それで、オリヴィア。話なんだが」
「!」

  ヒューズは先程までの事は忘れたかのように、ベッドに座っている私の隣に移動して来た。

  (ち、近いーー!!)

  何故、わざわざ座る場所まで移動して来たの!?  さっきまでの場所でも良かったじゃない!
  もはや、私の頭の中は大混乱だった。

「オリヴィア」
「……っ」

  ヒューズの真剣な瞳が私をじっと見つめる。心臓が再び大きく跳ねる。

  (ま、また胸が……)

「オリヴィア、俺は」

  そして、ヒューズが意を決したように口を開いた。
  私のドキドキも最高潮に…………


「俺はお前を愛してなどいない!」


  聞き間違えようの無いヒューズのとてもハッキリしたそんな声が部屋の中に響き渡った。


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