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第29話

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  何故か装いだけど、私が見間違えるはずが無い。
  あれは絶対にお姉様だ!

「お姉様、何で……」

  私が呆然としている間にお姉様は人混み紛れて見えなくなってしまった。
  追いかけたくても人が多すぎて難しそうだった。

「やっぱりあれはマリアン様なのね?」
「はい、間違いないと思います」
「これは……ギル様に報告しないといけないわ。二人の所に戻りましょう、セシリナ様」
「はい」

  エンジューラ様が厳しい顔でそう言う。
  どのような経緯でお姉様がここに来れたのかは分からない。

  (確実にお姉様を手引きした人がいるはず……)

  人混みの中から無理やりお姉様を探し出すよりも今は報告が先だ。
  そう思って急いで殿下達の元へと戻った。





「は?  何だって?  マリアン嬢が会場内に紛れ込んでいるだと!?」

  私達の報告にギルディス殿下が驚きの声をあげる。
  エリオス殿下も唖然としていた。

「警備は……何をやっているんだ!  招待状の無い者を通したのか!?  エンジューラ!  俺はちょっと確認してくるから君はここで待っててー……」
「いえ、ギル様。私も一緒に行きます」
「そうか……では、共に行こう。あぁ、セシリナ嬢。君はエリオスと離れないように!」
「は、はい」

  ギルディス殿下は私に気をつけるようにとだけ言って、エンジューラ様と連れ立って出て行った。
 



「はぁ……マリアン嬢のあの執念深さはどこから来るんだろう……」

  二人の背中を見送ったエリオス殿下が私の横で小さく呟いた。
  全くもって同感だわ。

「兄上も言っていたけど、セシリナも危険だから僕から離れないようにね?」
「分かっています」

  お姉様の目的が分からない以上、迂闊な行動は出来ない。
  
《本当にどこまでもしつこいな》
《だが、今日は絶対にセシリナから離れないようにしないと》

  エリオス殿下が私の左頬に触れそっと撫でてくる。

「……殿下?」

《諸々の罪に今回の件も上乗せだろうな……》
《そして、二度とセシリナを傷つけさせるような真似はさせない》
《もうすっかり腫れも引いていて跡も残っていないけど》

  (あ……)

  それはお姉様に叩かれた時の事を言っているのだと分かった。

「あ、あの……エリオス殿下……恥ずかしい……です」
「ん?  あ、ごめん!」

《しまった……ついつい触ってた!》
《人前では気をつけてと話していたのに》


  触られている頬が熱い。
  なので、私が頬の火照りを冷まそうとしていたら後ろから声がした。


「ごきげんよう、エリオス様」
「っ!」

  聞き覚えのある声に思わずビクッと私の肩が震える。
  恐る恐る振り返るとアンネマリー様が私達のすぐ側で微笑んでいた。

  (どうしてこのタイミングでやって来るの!)

「あら……セシリナ様も一緒でしたのね?  セシリナ様とお会いするのはあの日のお茶会以来ですわね」

  アンネマリー様はにっこり笑ってそう言ったけれどその目の奥は笑っていない。
  明らかな敵意を私に向けている。

  ──怯むな、私!
  私はグッと拳に力を入れて答えた。

「ご無沙汰しています。あの日は大変失礼致しました」
「そんな……何を言っているの。悪いのは私でしょう?  あなたの大事な手袋を駄目にしてしまったんですもの……本当に申し訳なくて」

  アンネマリー様はいかにも後悔してます、というような顔で言う。
  あの裏の顔さえなければ信じてしまいそう。

「……それで?  アンネマリー嬢、何か用かな?」

  エリオス殿下の声はどことなく冷たい。
  それでもアンネマリー様は怯むこと無く笑顔を向けている。

「もちろん!  だってお二人がどうやら婚約したらしいと耳にしましたから、お祝いの言葉を述べさせて頂きたいと思いましたの」
「……ふーん。お祝い、ね」
「まぁ、エリオス様ったら何でそんな顔をするんですの?  酷いわ!  ねぇ、セシリナ様、あなたからも何か言ってくださいな」

  そう言いながらアンネマリー様が私の腕に縋り付いてきた。

《祝うわけないでしょう》
《婚約ですって?  冗談じゃないわ》
《何でこんな子をエリオス様は選んだの!?》
《本当に許せない》

  ……分かってはいたけれどやっぱりアンネマリー様の心の中の声は酷いものだった。

《今に見ていなさい!  このまま黙っている私ではなくてよ!》
《その為にマリアン様を会場ここに連れて来たのだから》

  その心の声にびっくりして思わず身体が震えた。

  ──えっと?  今なんて……?
  お姉様をここに連れて来たと言わなかったかしら?
  つまり、お姉様を会場に侵入させたのは……アンネマリー様!

「セシリナ?  どうかした?」

  私の身体が変な反応をした事に気付いたエリオス殿下が心配そうな顔を向ける。

「い、いえ……」

  あぁ、説明出来ないのが辛いわ。
  だけど、やっぱりお姉様は何か企んでいる。そしてそれはアンネマリー様もだ。

  (この二人は何をしようとしているの……)

「嫌ですわ、エリオス様ったら。もうすぐ二人の婚約発表の時間ですから!  セシリナ様ったら緊張されてるのよ!」

《なんてね》
《……無事に発表出来れば……ね。ふふっ》
《きっとそれどころでは無くなるもの》


  ──?
  どういう意味かしら?  発表出来れば……とは?  
  その言い方だとまるで婚約発表が出来ないみたいなー……

  心臓が嫌な音を立てる。

  私がそんな疑問を抱いた時、ちょうどギルディス殿下が戻って来た。


「エリオス、セシリナ嬢」
「兄上」

  何故かギルディス殿下はお一人だった。
  エンジューラ様はどこに行かれたのかしら?

「なぁ、エンジューラはこっちに戻って来ていないか?」
「……エンジューラ嬢が?」
「警備の者達に聞き込みしている間に姿を消してしまったんだ」
「「え!?」」

  私とエリオス殿下の驚きの声が重なる。
  エンジューラ様が姿を……消した?

「てっきり先に会場に戻ったのかと思ったんだが……どこにもいないんだ」
「いや、僕達ずっとここにいたけど戻って来ていないと思うよ。会っていない」
「私もお会いしていません……」
「そう、か」

  私とエリオス殿下の言葉にギルディス殿下は肩を落とす。

「……」

  何故かしら?  すごく嫌な予感がする。

《ふふふ、計画通りね!  マリアン様上手くやったみたい》

  ──え!?
  アンネマリー様の心の声に驚く。

  計画通り……?
  それってまさか……

《マリアン様はうまくエンジューラを連れ出せたみたいね》

「っ!?」

《マリアン様ったら、エンジューラに復讐したいとか言い出すから最初は何事かと思ったけれど……》
《ふふふ、上手くいっているなら何よりだわ》
《邪魔なエンジューラを退けたら、その次は私がセシリナ様を蹴落とす手伝いをマリアン様にはしてもらうのだから、ここは上手くやってもらわないと困るのよ》


  まさかお姉様はエンジューラ様の失踪に関わっている……!?
  そしてそれはここにいるアンネマリー様も?



「……アンネマリー様」
「何かしら?」
「……お姉様と企んでエンジューラ様をどこに連れて行ったのですか……?」

  私は我慢出来なくてそう口にしていた。
  今この場でこんな事を口にするのが何をもたらすかは分かっている。
  それでも知ってしまったからには黙っていられない。

  だって、これは悠長になんてしていられない。遅くなればなるほど厄介な事になる。
  こうしている間もエンジューラ様の身が心配なんだもの。


「え?」
「セシリナ?」
「……は?」

  ギルディス殿下、エリオス殿下、アンネマリー様。
  三者三様、それぞれの驚きの声が上がる。

「まぁ、嫌だわ。セシリナ様ったら……いったい何を言っているの?」

《ちょっとどうしてバレてるのよ!?》
《何でよ!》

「誤魔化しても無駄です……分かっているんです。お姉様を会場に手引きしたのもアンネマリー様だって事もです」
「ちょっ……!」
「お姉様はエンジューラ様を恨んでいます。だからエンジューラ様を拐って危害を加えてやろうという計画ですよね?」

《そうよ、王太子妃になれないように男達に襲わせる計画よ!》
《セシリナ様。もちろんこの後あなたも同じ目に……》
《ではなくて!  本当に何でなの。私は一切その事を口になんてしていないのに!》
《どうしてよ……》


  アンネマリー様の顔はみるみるうちに青く変わっていった。

 
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