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第26話

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  ──僕の……?  …………エリオス殿下の……お嫁さん!?


「!?!?」

  言われた事が全く理解出来なかった私は、ポカンとした顔をエリオス殿下に向けた。

《すごい困惑しているな》
《いや……違うか。ちゃんと伝わっていない気がする》
《気のせいかも、とか聞き間違いね、と思われて流されるのは勘弁だ!》

  殿下のその心の言葉が図星でドキッとする。

「セシリナ・バルトーク伯爵令嬢」
「は、はい……」

  エリオス殿下は私の目をしっかり見つめて言った。

「どうか、私……エリオス・デュエマークの妃となってくれませんか?」

《君だけだ。僕が……妃に望むのは君だけなんだよ、セシリナ》

  聞き間違いでは無かった!?

「……え? え!?  き、妃……私が……」
「そうだよ、セシリナ。僕の妃になってくれないかな?」

  どうして?  何故??
  そんな疑問ばかりが浮かぶ。
  だって、エリオス殿下との仮の恋人契約を終えて私達は約束通り新しい仕事の話をしていて……
  それが妃になって欲しいって、どうして?

「あ、あー……つ、つまり!  こ、今度は偽物の夫婦ですか!?」
「へ?」

《違う!  何でだ!!》

  心の声に怒られた。
  分かってる。そんな話では無い事は分かってるわ……ちょっとあまりの事に脳内がパニックを……

「セシリナ」
「ふぁ、ふぁい!」

  エリオス殿下が私の両頬に手を添えてちょっと強引に顔を上げさせた。
  咄嗟の事に驚いておかしな返事になってしまった!
  けれど殿下にとってはそんな事はお構い無しのようで、私を見つめるエリオス殿下の瞳はとても真剣だった。

  ドキンッと私の胸が大きく跳ねる。
  ……そして、殿下は一度大きく深呼吸をしてから言った。


「僕は君が……セシリナの事が好きだ」

《もう、好きで好きでたまらない!》

「!!」

「……仮の恋人契約をしながらも、僕は本気でセシリナの事を好きだと思っていた」

《僕はもうセシリナの事が可愛くて可愛くて仕方ないんだ!》

「!?」

  
  ──こ、心の声と現実の声が……どっちも私の事を好きだと言って……いる?
  しかも心の声の方が何と言うか……その、ね、熱烈……?

  一気に私の顔が真っ赤になる。熱がぶり返したみたいに頬が熱い。

《あぁ……セシリナの顔が赤くなった。相変わらず可愛いな》
《これは、伝わったと思っていいのかな》

「ねぇ、セシリナ……仮でもフリでもない……僕の本当の恋人になってくれないかな?  そして、そのまま僕と結婚して欲しい」

《この申し出が結婚なんてする気が無い。そう言っていた君の意思に反してる事は分かってる》
《僕だってそうだった》
《まだ、結婚する気なんて無かった》
《でも君が……セシリナの事を好きになってそんなの全部吹き飛んだ》
《セシリナと結婚したい。これからもずっと一緒にいたい……初めてそう思ったんだ》

「ほ、本当の恋人……?  結婚?」
「そうだよ。仮の恋人の契約が終わったら思いを告げよう……ずっとそう思ってた」
「殿下……」
「さっき契約は終了と言っただろう?  だから……」

《やっと堂々と気持ちが言えるようになった!》
《セシリナが嫌がった時の事を考えて、もちろん普通の仕事先も紹介を出来るようにはしてある。それでも……》

「……僕を選んで?  セシリナ。僕は君を愛してる」
「!!」

  どこか不安そうな、でもとても真剣なエリオス殿下の表情と言葉……
  その言葉を聞いた私は、堪らなくなって思わず自分からエリオス殿下の首に腕を回して抱き着いた。

「セ、セシリナ!?」

《!?》
《こ、こ、これはどういう意味なんだ!?》
《だ、抱き締め返してもいい、のか?》

  エリオス殿下の腕が、恐る恐る私を抱き締め返す。
  あぁ、大好きな……私が一番安心する温もりだ。

「……です」
「え?」
「……私も、エリオス殿下の事が……好きなんです……」
「…………」

  照れくさいのを隠して一生懸命応えたつもりなのに、何故かエリオス殿下が黙り込んでしまう。

「エリオス殿下?」

  私が顔を覗き込むとエリオス殿下はビックリした顔のまま固まっていた。

「…………」

《……あー……これは夢かな?》
《今、セシリナも僕の事を好きだって言ってくれた気がする》
《僕にとって都合のいい夢でも見てるんじゃないかな》

「えーと、エリオス殿下……?」

  ここまで心の声も含めて、散々私の事を好きだと言って求婚までしてくれたのに、何故ここで固まってしまうの!?
  夢になんてしないで!  帰って来て!!

  (えぇい!!)

  チュッ

  そう思った私は抱き着いたまま、エリオス殿下の頬に自分からキスをした。

「!?!?」

《え!?  今のって!?》
《セシリナの柔らかい唇が僕の頬に……?》
《今の感触は夢なんかじゃない!  ……って、うわぁぁぁ》

  ようやくこっちの世界に戻って来たらしいエリオス殿下の顔がみるみるうちに赤くなっていく。

「セ、セシリナ?  今、君は……」
「大好きです、エリオス殿下。私がこんなに好きなのも、これからもずっと傍にいたい……いて欲しいと願うのもあなただけです」

  私は殿下の目をしっかり見つめて言葉にする。
  この気持ちが確実に伝わるように。

「セシリナ……」
「私を見つけてくれて……選んでくれてありがとうございます」

  私が微笑みながらそう口にすると、今度は苦しくなるくらい抱き締められた。

《それは僕のセリフだ!》
《あの日、僕の上に降ってきてくれてありがとう》

「…………セシリナ」
「?」

  優しい声で名前を呼ばれたので顔をあげると、思っていたよりもエリオス殿下の顔が近くにあって驚いた。

「!!」
「……愛してるよ」
「え?  あっ……」

《君だけをずっとこれからも……》

  そう言ってエリオス殿下の顔が近付いてきてそっと私達の唇が重なった。


  ───!!


  思い返してみれば額や頬、顔にはこれまでもたくさんキスをされてきた。

  (でも、唇へのキスは……初めてだわ)

  そう、あの日……夢に見た妄想が今、現実となっている。
  信じられない。まさか、こんな日が来るなんて!

「ん……」

  優しいキスは一旦離れたものの、すぐに「足りない……もう一度」と言われて再び触れてくる。

《……ずっと、ずっとこうして触れたかった》
《あぁ、どうしよう。この上なく幸せだ……》

  エリオス殿下の心の声が本当に幸せだと言ってくれて私も嬉しくなる。

  (殿下、私もです……私もこの上なく幸せです)

  私のこの気持ちもあなたに届きますように……
  そんな気持ちを込めて私もキスで応えた。



────……



「セシリナ…………好きだよ」
「……!  わ、分かってま……んっ!」

  もう何度目の愛の告白かしら?
  と、問いたくなるくらいエリオス殿下は何度もキスをしながら、その合間合間に私に好きだと言ってくる。

  愛の言葉もキスもさっきから全然止まってくれない。

《何でかな?  ずっと言えなかった反動なのかな?》
《どんなに言葉にしても言い足りないんだ》
《それにセシリナをずっとこうして抱き締めていたいし、キスももっとしたい》
《セシリナの唇、柔らかくてずっと触れていたくなる……》
《あぁ、それに出来るならもっとー……》

「~~~!!」

  殿下の欲望が流れ込んで来る。
  こ、こ、これ以上は恥ずかしくてまともに聞いていられない。

  ──ん?  そこでふと気付く。

  (あぁ、もしかしなくても今まで聞いてしまっていた恥ずかしいくらいの殿下からの甘い言葉の数々。あれは全部もしかして……)

  ……エリオス殿下が私の事を好きだったから?

  (なんて事!)

  分かってしまうとただただ恥ずかしい。
  あの困惑の日々は、全部愛されていた証拠だったのだとようやく私は知った。



****



「セシリナ」
「はい」

  満足したのかようやく唇を離してくれたエリオス殿下は、軽く私を抱き寄せ左頬に軽いキスをしながら言った。

「それで、マリアン嬢はどうしてるの?」

《僕はセシリナを叩いた事が許せない》

「え?」
「マリアン嬢に知られてしまったんだろう?  仮の恋人契約の事。あの契約書は奪われてしまった?」
「あ、いえ。契約書は取り返したので私の手元にあります! それとお姉様は……お父様の命令で今は謹慎中です」
「ん?  謹慎中?  何だそれ」

《どういう事だ?  何でマリアン嬢が謹慎してるんだ?》
《僕はまだ何もしていないぞ?  むしろこれから……》

「あっ!」

  そうだった。お姉様に仮の恋人契約の事がバレてしまった事は話をしたけれど、事の顛末までは話していなかったわ。

「えっと……実は……」

  私はお姉様に契約書を奪われた経緯とそれを取り返すまでの話をエリオス殿下にした。
 
  (心の声を利用した点を抜きにして話すと難しいわ)

「それは……セシリナって……時々思いもよらない行動に出るね」
「そ、そうですか?」
「ありがとう。頑張ってくれて」

《セシリナが家族や使用人とあまり上手くいっていないのは知っている》
《それでも、全員の前で……》
《あぁ、見たかったな。その場面》
《きっと、惚れ直しただろうな》
《セシリナのそういう所も大好きだ》

「……っ」

  惚れ直す……とか言われると照れくさい。
 

「それで謹慎中なのか。成程ね。だけど、まさかセシリナの方が先にマリアン嬢に手を下すなんて思わなかったよ」
「どうしても、許せなくて無我夢中だったんです……」

  私が恥ずかしくなって俯くと殿下がクスリと笑った。

「でも、もうマリアン嬢はその事を盾にしてセシリナも僕の事も脅す事は出来ないね」
「え?」

  私が顔を上げるとバチッと殿下と目が合う。殿下はニッコリ笑って言った。

「だって、セシリナはもう仮の恋人では無いだろう?」
「あっ……」

《僕の可愛い可愛い恋人で……婚約者になる人なんだから》

  そう言うなり再び優しいキスが降ってきた。

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