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第13話
しおりを挟むお姉様の思惑が何であれ、エリオス殿下は、くれぐれも知らない人には着いて行かないように! とか、他の男と踊らないでほしい!
と更に言い残して急いで挨拶回りに向かって行った。
さすがに知らない人に着いても行かないし、ダンスに至っては誘われる事なんて無いと思うのだけれど。
と言うより、ダンスは全力でお断りしたい。
そんな事を考えながらも、エリオス殿下に心配をかけたくないので、せめて殿下の居る辺りから存在を確認出来る位置にいようと思って場所の移動をしようとしたその時、
「失礼、麗しのレディ。良かったら飲み物などいかがですか?」
「?」
飲み物を持った男性1人が微笑みながら近付いてきた。
麗しのレディなんて初めて言われたわ。
「とても美しい花が1人佇んでいたものですから声を掛けずにはいられませんでした」
その男性は微笑みながらそんな事を言う。
美しい花? この方は何を言っているの?
そして、何より心や感情を読まなくても醸し出している雰囲気そのものが怪しい。
そんな人からの飲み物なんて怖くて受け取れない。
「いえ、結構ですわ。お気遣いありがとうございます」
私はきっぱりとそう答えて断った。
「おやおや、もしや私を警戒していらっしゃる?」
「申し訳ございません、私、あなた様のこと存じ上げなくて。ですから、これで失礼させて下さい」
「あぁ、そうでしたか! 申し訳ない。それではどうか自己紹介をさせてくれませんか?」
「っ!」
そう言って目の前の男は優しく微笑みながらも逃げようとする私の腕を掴んだ。
──しつこい!
《はんっ! エリオス殿下が連れてるからと思って声をかけたが中々の態度だな! この私を知らないとは!》
《顔が見えるようになったから見た目はだいぶマシになったが、所詮、バルトーク伯爵家の薄気味悪い令嬢なのは変わらないな!》
《殿下が連れて無かったら誰が声なんてかけるものか!》
延々と流れ込んでくる心の声は聞くに耐えない酷いものばかりだった。
紳士的な顔して近付いて来たくせに。心の中は……
本当に人は裏で何を考えているのか分かったものじゃないと改めて思わされる。
(最近はエリオス殿下の心の声ばかり聞いていたものね……)
エリオス殿下の心の中は私を翻弄する事も多いけれど、いつだって真っ直ぐで綺麗だったから。
(殿下は初めて会った時から一度だって私の事をバカにした事が無いのよ)
……こんな男とは大違いだ。
「それで私の名前はー……」
目の前の男が自己紹介をしようと口を開きかけた時、
「ツゥエルン子爵、僕の連れに何か用事でも?」
「で、殿下……!」
エリオス殿下がやって来た。
ちょっと息を切らしているので、この状態を見かけて急いでやって来たのかもしれない。
そしてエリオス殿下の顔は笑っているのに目は全く笑ってない。……もしかしてこれは怒っている?
《チッ! 意外と早いお戻りだ。殿下のいない間にこの女を誘惑しておこうと思ったのに》
《これでは利用出来ないじゃないか!》
……誘惑。
あぁ、そういう目的で声をかけてきたのね。随分とゲスい考えを持った男だわ。
「いえ、こちらの令嬢が寂しそうに1人でお過ごしでしたのでちょっとお声かけをさせてもらいまして……」
「そう。それは彼女を1人にした僕の落ち度だね。なら、もう彼女に触れている手を離してくれないかな?」
「……あ、も、申し訳ございません」
《畜生!》
そう言って目の前の男……ツゥエルン子爵はしぶしぶ腕を離してくれた。
掴まれていた部分は痛かったし不快な心の声も聞こえなくなって、ホッと安堵のため息をついた。
そんな私の様子を見たエリオス殿下は、私の肩を引き寄せながら言った。
「セシリナ、1人にしてごめんね? 今日の君がいつもより魅力的な事をすっかり忘れていたよ」
「まぁ、エリオス殿下ったらお上手ですわね」
私は微笑みながら言葉を返す。
「本当の事だよ」
そう言ってエリオス殿下がそっと、私の頬にキスをする。
内心、心臓が飛び出すのでは!? と思うほど驚いた。
《……セシリナ、本当にごめん。後でたくさん謝るから今は許してくれ》
「ふふ。もう殿下ったら……こんなところで。皆が見ていますわよ」
「はは、ごめん、ごめん」
奔放な王子、エリオス殿下の恋人ならこれくらいサラッと流せないと!
そう思って内心はドキマギしながら私も慣れている振りをし続けた。
(恋人のフリって難しいし……何より恥ずかしいわ!)
しばらく目の前の男と周囲に見せつけるようにイチャイチャした後、エリオス殿下は、目の前の男……確かツゥエルン子爵と呼ばれた男に告げた。
「そういうわけだからあんまり気安く僕の大切な女性に触れないで貰いたい」
《セシリナ、少し震えていたな。きっと嫌な思いをしたんだろう》
《もっと早く助けたかった……》
《マリアン嬢の事もあるし、仕方ないとはいえ、やっぱり1人にするべきじゃなかったのに……》
エリオス殿下の心の声は私を心配する事ばかり。
なのに、心の声と違ってエリオス殿下が子爵に向けて発するその声も表情もとても冷たく、ツゥエルン子爵は肩を震わせた。
「も、申し訳ございませんでした……」
「今日はこれで許すから、今後は気をつけるように。次は無いよ」
「……はっ!」
そう言ってツゥエルン子爵は脱兎のごとくその場から走り出した。
心の声はあんなに尊大だったのに結構情けない。
「……大丈夫?」
そんな事を考えていたらエリオス殿下が、気遣わしげに声をかけてくれた。
「えぇ、大丈夫です」
「そう? 本当に? 何か不快な事でも言われたんじゃないか?」
「いえ、何も言われていませんよ。逃げようとした際に腕を掴まれたくらいです」
……心の声は酷いものだったけど。
「……嫌がる女性の腕を掴むとか、紳士のする事じゃないな」
《いくら、今日のセシリナが綺麗で可愛いと言っても、僕の許可無くセシリナに触れるとか……許せないな》
《いや、許可を求められても絶対に許さないが……》
《セシリナは僕の恋人…………なんだから》
「……っ!」
何なの……いちいち反応に困る事ばかり考えているわ。
どうしてエリオス殿下の心の声はいつもこんな感じなの!?
しかも、今日の私が綺麗で可愛い? お世辞にも程がある。
(もしかしてエリオス殿下って視力が悪かったのかしら)
そう思わずにはいられない。
いられないけど、まずはお礼を言わないと!
「……エリオス殿下」
「ん?」
「ありがとうございました、殿下が来てくださって助かりました」
「……!」
私が微笑んでお礼を伝えると殿下がまた目を瞬かせた後、固まった。
《……うっ! かわ……》
「……殿下?」
「え、あ、いや。間に合って良かったよ。僕こそ1人にしてごめん。やっぱり危険だったね」
「いえいえ、大丈夫ですから」
《はー……挨拶回りしながらも、ずっとセシリナの事は気にして見ていたけど難しいな》
それは仕方ない事だと思う。
私を連れ歩いては出来ない話もあるだろうから。
そんな中でも気にしてくれていた事が嬉しい。
(それに、あんなに息を切らして駆けつけてくれたもの)
「あ、あと、皆の前でその突然キスしてごめん」
「そ、それは……」
思い出すと恥ずかしくなる。
一気に私の顔が赤くなり、思わず頬をおさえた。
「だ、大丈夫です! それに恋人……なら、あれくらいしないとですよ!」
「うん、まぁ……ね」
《顔が赤くなった……照れてる? 怒ってるわけじゃないよな……?》
《嫌がられたら立ち直れないんだが……》
《いや、その前にこの間も額にしてしまったな……あれはどう思われたんだろう?》
《まさか誰にでもキスする軽薄な男だと思われた……? それはちょっと……》
「~~!」
大変! 殿下の思考が負の方向にループし始めたわ。
「で、で、殿下! 本当に、本当に大丈夫です! その、恥ずかしかった……だけで嫌だとかそんな事は全く思わなかったです……から」
こんな所で! とか恥ずかしい! とは思っても嫌だなんて思わなかった。
「……セシリナ」
《恥ずかしかっただけ? 嫌がられてない?》
《……なら、またしても? っていやいや、僕は何を考えてるんだ!!》
《あぁ、でも、僕はもっとー……》
「……っっ! あ、あの! そ、それで、さっきの方はツゥエルン子爵ですか?」
殿下の心の声をこれ以上聞き続けるとおかしな気持ちになりそうだったので、密着していた身体は離し、話題を変えようと思ってさっきの男性の事を訊ねた。
結局、どこの誰なのかを彼の口からは聞いていなかった。
「え? あ、そうだよ。ツゥエルン子爵家の当主だよ。最近代替わりしたばかりなんだけど」
「そうでしたか」
……代替わりしたばかり。だから、殿下に取り入りたかった?
“殿下の恋人”を誘惑して、上手く利用して便宜でも図って貰おうと思ったのかしら。
だとしたら、随分と……
「短絡的思考だわ」
「え?」
どうやら、私は口に出してしまっていたらしい。
私の突然の言葉に、殿下は目を丸くして私を凝視している。
「あ、いえ、あの方、殿下に取り入ろうとしているのが見え見えで。だから、私にも声を掛けてきたのだと……」
「……あぁ、そういう」
私の拙い説明で、どうやらご理解いただけたらしい。
「セシリナを誘惑しようとしてたんだね」
「……おそらくは」
……おそらくじゃないですけどね。バッチリそのつもりでしたよ。
「セシリナは、人を見る目があるんだね」
「え?」
「ツゥエルン子爵の態度も、君が逃げ出す素振りを見せるまでは紳士的だったんじゃない?」
「それは、まぁ……そうですね」
確かに、1人で所在なさげにポツンとしていた令嬢に声を掛けてくれた紳士だったと言えなくもない。
「何と言いますか。最初から雰囲気が怪しく感じまして」
感情や心の声など読まなくてもそう感じたわ。
実際の中身はかなり酷いものだったけれど!
「だから、人を見る目があると言ったんだよ」
「……」
「君がいてくれるのは、心強いな」
「っ!」
そう言って、エリオス殿下は手袋越しに私の手をそっと握る。
殿下から伝わってくる感情は、“信頼”だった。
うまく言葉に出来ないけれど何だかその気持ちがとても嬉しかった。
そんな気持ちでホッコリしていたら、今度は後ろから声をかけられた。
「セシリナ?」
──ん? どこか聞き覚えのあるこの声は。
私は不思議に思いながら振り替える。
「あぁ、やっぱりセシリナだ! 今日この夜会に参加するとは聞いていたけど会えてよかったよ」
その顔を見て驚いた。
「もしかしてルーベンスお兄様……?」
「何だ? 久しぶりとは言え従兄の顔を忘れてしまったのか?」
「いえ、そういうわけでは……ないのですが」
(どうしてここに……?)
振り返ったそこには数年ぶりに会う従兄が立っていた。
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