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第10話

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「あのー……」
「うん?  どうかした?」

  今、私の目の前にいる王子様はキラキラしい笑顔で胡散臭い笑みを浮かべている。
  だけど、私はどうしても聞かずにはいられない。

「王子様って暇なんですか?」

  私がそんな事を口走ったのにはもちろん理由がある。

  私とエリオス殿下の関係を周りに周知する為に、お出掛けして手袋を買ってもらった日から、この殿下は頻繁に我が家に訪ねて来る。
  そしてちょっとその頻度がおかしい。

「まさか!  忙しい公務の合間をぬって愛しい恋人に会いに来てるに決まってるじゃないか!」
「………」
「ははは、冷たいな。その目は全く信じてない目だね?」
「当然です!」

  我が家に訪ねて来ても、お茶をしながら私と話をして帰るだけ。
  正直、何の為かさっぱり分からない。

「僕は今、愛しい恋人に夢中なんだよ」
「はぁ……」

  つまり、時間を見つけては“愛しい恋人”に会いに行っているという世間へのアピール続行中って事でいいのかしら?
  大変なのね。

「……セシリナは凄いなぁ」
 
  殿下が感心した様に呟いた。

「何がでしょう?」
「その僕に全く興味の無い感じだよ」
「?」

  私が首を傾げていると殿下は笑顔で言った。

「セシリナは、仮の恋人が自分ではなく姉のマリアン嬢や他の人じゃ駄目なのかと聞いたよね?」
「はい」
「他の人だと、皆……あわよくば僕の本当の恋人になろうと目論んだりする。だから駄目なんだよ」

  エリオス殿下は、王族だから権威もあるし顔もカッコイイ……惚れ惚れするほどの美男子っぷり。
  つまり、恋人のフリなんてしていて本気になられたら困るって事なのだろう。

「エリオス殿下はモテますものね」
「モテ……?  あぁ、そう見えるなら僕が“王子”だからだよ」
「そんな事は……」
「あはは。そんな事あるよ。だってそうでなきゃ、普通はこんな奔放な男なんて嫌がられるでしょ?」
「……」

  殿下はおどけたように言った。
  もう心を読まなくても分かるわ。
  これも、わざと言っている。そう分かるくらいには一緒に過ごしてしまっている。

「……どうして、奔放な振りをしているのですか?」
「え!」

  そんな事を考えたからか、私は思わずそう口走っていた。

  (しまった!  余計な事を口走ってしまったわ)

「どうやら、セシリナには何か思う事があるみたいだね?」
「いえ、その……」

  それまで口にしていた紅茶のカップを置いて静かにこちらを見てくる殿下にさっきまでの軽薄な様子は一切無い。
  今の殿下の雰囲気は心の声で何度も聞いてきた殿下だわ。

「お、おそれながら、ここまで殿下と過ごさせて頂いて……殿下は噂にあるような方だと私にはどうしても思えませんでした。だから……」

  私の返答に殿下は肩を竦めながら言った。

「セシリナだって聞いてた噂と違う」
「いえ、私の場合は……」
「うん。君の噂は手袋が原因かもしれないけど、君とちゃんと会話をすればそんな人じゃないって分かる」
「ですから、殿下も!」

  私の必死な声に殿下は、小さく首を横に振る。

「僕の場合は少し違う。噂に流れてるは君の言うようにわざとだよ。わざと見せて周りにそう思わせてるんだから」
「やっぱり……そうなんですね?」
「参ったな。見抜かれる予定じゃなかったんだけど」

《おかしいな。何で気付かれてしまったんだ?》
《セシリナといるとちょっと調子が狂うから、自分でも気付かない内に素が出てしまっていたのだろうか》

「っ!?」

  また、心の声が聞こえてきた!
  何で!?  と思ったらまた、エリオス殿下はまた私の頭を撫でていた。

   ──うぅ!  エリオス殿下って頭を撫でるの好きなの?  ……恥ずかしい。
  それと調子が狂うからって何?  私、何かしたかしら。
 
《僕とは違って、セシリナは噂なんかに負けずにちゃんと幸せになって欲しいな》
《って、こんな事に巻き込んでる僕が言うのも違うか……》
《ごめん、セシリナ……それでも、一緒に過ごす相手はやっぱり君がいいんだ》

「……っ!?」

  私は余りにもいたたまれなくなって叫んだ。

「私、誰かに言ったりしません!」
「え?」

《え?》

「殿下のその様子は、き、きっと、私に恋人のフリを頼んだのと同じ様に理由があるんですよね?」
「セシリナ?」

《それは……まぁ、その通りではあるけど……》

「殿下が言いたくないなら理由は聞きません!  ですけど」
「?」
「私の前では“本当の殿下”でいて下さい!」

  心の声と口に出されてる声が違い過ぎて私の脳内は混乱ばかり。
  それに。
  この様子だと殿下は長年、自分を偽って過ごして来ている。

  (何でもない事のように言っているけれど、それって辛い事だと思うの)

  ましてや、この方……絶対中身は真面目なのに軽薄で奔放な振りをしているんだもの。疲れないはずが無いわ。

「え……?」

  私のその言葉に殿下が呆気にとられている。

《そんな事を言われるなんて思ってもみなかった……》
《てっきり非難されるものとばかり思ってた》

  殿下の心の声も驚いていた。

「セシリナの前では本当の僕で……いい?」
「そうです!  だって、もう私の前ではそんな振りをしても無駄なんですから」
「……」
「私の前ではもう意味が無いですよ」
「……」

《……》

  殿下が心の声と共に黙り込んでしまったわ。
  余計なお世話だったかな?
  そう思った瞬間、突然エリオス殿下に抱き締められた。

「ふぇ!?」

  驚いて思わず変な声が出てしまった。

《知らなかったな……本当の自分でいいって言われるのはこんなに嬉しい事だったんだ》
《ははは。こんな気持ち、初めてだ》

「ねぇ、セシリナ……」
「何でしょう?」
「本当の僕ってなんの面白みもないつまらない人間だよ?」
「何ですかそれ。別に私は殿下に面白さを求めていないですよ?」
「あはは、そっか」

《そっか、そうなんだ……》
《あぁ、セシリナのそういうキッパリした所がいいなぁ》
《…………ありがとう、セシリナ。自ら始めた事とはいっても本当は女性に軽い男を演じるのはどこか辛かったんだ》

「……」
  
  少しだけ。ほんの少しだけど殿下の本音が知れたわ。
  その事が嬉しかった。
  きっと殿下は私には分からない色々な事を抱えているんだと思う。

  (そんなエリオス殿下にこそ幸せになって欲しい)

  私を抱き締めながら、微かに震えている殿下を感じ取って私は心から強くそう思った。







「あら、殿下」

  話を終えて帰ろうとする殿下をお見送りしようとしていたら、お姉様と鉢合わせた。
  びっくりして身体が思わず震えた。

「どうも、お邪魔していたよ。マリアン嬢」
「……仲良く過ごしている様ですわね」

  お姉様がチラリと私を見る。

「うん、そうだね」
「それは良かったですわ。私、てっきりセシリナの事だから絶対殿下に迷惑かけてるのではないかと思って心配してましたの」

  うふふ、と笑うお姉様。
  だけど、そんなお姉様の目の奥は笑っていない。そんな気がした。

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