上 下
3 / 39

第3話

しおりを挟む


  (結局、エリオス殿下は現れないのね)

  てっきり王妃様と一緒に登場するのかと思ったけれど、噂の王子様は会場には現れなかった。

  そしてお茶会は時間が進むにつれ、仲の良い者同士で談笑するなど、だんだん自由な時間となっていった。
  ちなみに、ひとりぼっちの私にはもちろん談笑する相手はいない。
  お姉様の様子を見ると、王太子殿下の婚約者に決まった令嬢が来ていなかった事に気を良くしたのか友人達の輪の中でご機嫌に振舞っている。 

  (このままこうしていてもね……お腹がタプタプよ……)

  もはや何杯目かも分からないお茶を飲みながら思う。

  せっかく王宮に来たのだ。どうせなら庭園の散策をしてみたい。
  立ち入り禁止の場所でもないし誰でも入れる場所なのだから、ちょっと行ってみても……いいわよね?


  そう思って、私はそっとお茶会の会場から抜け出した。









「わぁ、さすがだわ!!」

  庭園に足を踏み入れると、そこは色とりどりの花達。
  さすが王宮!
  珍しい花がたくさんある!

「凄いわ~」

  お茶会なんて面倒で仕方なかったけれど、ここに来れただけでも満足だわ。
  そんな風に上ばかりを見て感激していた私は、足元を全く見ていなかった。

 

  ガッ




「へ?」

  何かに躓いた私は、思いっ切り身体のバランスを崩してしまう。

「ひゃぁぁ!?」
「え?  うわ、何だっ!?」

  バランスを崩し倒れかけた私の目の前には…………人がいた。

  そして、私はその人めがけて思いっきり倒れ込んでしまい、その見知らぬ誰かの上に覆い被さってしまう。


  (ひぃぃ、やってしまったわ!!)


「~~っっ!!  ごめんなさいっ!!」
「………」
「だ、大丈夫ですか!?  本当にごめんなさい!  その……まさか人がいるなんて思いもせず……あ、足元も見ていなくて……!」

  私は慌てて身体を起こすも、そこで気付く。
  しまった!
  身体が接触してしまっているじゃないの!

「……っ」
  
  幸い直に触れていなかったので、声は聞こえない。
  それでも、私が覆い被さってしまったその相手から伝わって来た感情は“混乱”だった。
  とりあえず“怒り”ではなさそう?  ……その事にほんの少しだけ安堵する。

「うーん。寝てたらまさか、令嬢が降ってくるとはね……さすがにビックリした」

  そう言いながら、相手も身体を起こす。
  本当に申し訳ない事をしてしまったわ。怪我が無ければ良いのだけど。

「け、怪我はありませんか……?」
「うん、大丈夫みたい。君は?」
「私も大丈夫です。本当に申し訳ございません」

  とりあえず、相手には怪我が無さそうでこれまた安堵する。
  そして、頭を上げてようやく相手の顔を初めて見た。

「………!」

  目の前の彼はものすごく顔の整った美男子だった。
  歳は私より少し上の20代前半くらい?

  榛色の瞳に少しくすんだ金髪。
  ちょっと長めの前髪に後ろは短く切り揃えられた髪。

  (こんな綺麗な顔をした男の人がいるのね)

  私は自分の顔を覆う長めの前髪の隙間からこの美男子を思わず凝視してしまう。

「ねぇ……君、それで前が見えてるの?」
「はい?」

  急にふられた話に何事かと思い首を傾げる。

「いや、その前髪……重たくない?  目に良くないと思うんだけど。もしかしてそのせいで転んだんじゃないの?」
「え?  あぁ、これですか?  ずっと昔からなのでもう慣れています。なので転んだのは違う理由です……本当にすみません……」
「ふーん……でも、それ不便じゃない?」

  不思議そうに尋ねてくる。
  まぁ、こんな前髪をしていたらそう思われるのも当然よね。

「いいえ。この長さは確かに視界も悪く邪魔な時もありますが、見られたくないものを隠せて便利なんです」
「え?  見られたくないもの?」
「あ……いえ」

  美男子は何だそれって顔をした。
  私もつい余計な事まで口走ってしまったなと反省する。

「私、珍しい瞳の色をしているらしく……じろじろと人に顔を見られる事も多くて嫌な思いをたくさんして来まして」

  って、初対面の人相手に私ってば何を話しているのかしら?
  ついつい口に出してしまった。
  

「そんなに珍しい色なの?  ふーん……」

  そう言ってその美男子は、私に向かって手を伸ばした。

  (……え?)
 
  そしてそっと私の前髪をかきあげて瞳を覗き込んで来た。

「……琥珀色?」

  ───しまった!  いけない……美男子が私に触れている!!
  私は焦るも時すでに遅し。彼の心の声が聞こえて来る。

《綺麗な瞳じゃないか。隠してるの勿体ないくらい》

「……!?」

  頭の中になだれ込んできたその心の声に驚いてしまい私は思わず固まってしまう。

  (……綺麗?  今、綺麗って言った?)

「……っ、あ、の!」
 
  私が戸惑いの声を出すと、美男子は笑顔を浮かべながら言った。

「ん?  あぁ、失礼。女性に許可なく触れるものじゃなかったね。君が魅力的だったから、つい……ごめんね?」

《あぁ、しまった!  つい気になって触ってしまった。大丈夫だろうか?  不快な思いをさせてしまっただろうか。気分を害していないといいのだが……》

「…………??」

  えっと?
  私は今までもつい触れてしまった人の心の中を読んでしまった事は何度もあるけれど。
  今のは何だったの?
  ……何で心の中は紳士的なのに口から出ている言葉はこんなに軽いのかしら。意味が分からない。


  ここまで凄い人は初めてで。私はあまりの事に暫し呆然としてしまった。
  その間に目の前の美男子は私に触れていた手を離しながら口を開いた。
 
「ねぇ、君の名前を聞いても?」
「…………」
「ちょっと?  おーい、お嬢さん?」

  私の反応が無かったからか、美男子が首を傾げながら再度呼びかけてくる。

「……はっ!  い、いえ。私は名乗る程の者ではございません!」
「え?」

  美男子は私の返答に目を丸くして驚いている。

  我ながら何を言っているのだろうとは思う。
  でも、私はその隙に逃げる事にした。
  だって何だかこれ以上この人と話しているとおかしくなりそうなんだもの!

「えぇぇと、怪我も無さそうで良かったです。本当に申し訳ございませんでした!!  ……それでは私はこれで失礼させて頂きます!」
「へ?」


  私はそれだけ言って申し訳ないと思いながらも、ポカンとした顔の彼を置き去りにしてその場から走り出した。

 

   ───のだけど……

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ぽっちゃりな私は妹に婚約者を取られましたが、嫁ぎ先での溺愛がとまりません~冷酷な伯爵様とは誰のこと?~

柊木 ひなき
恋愛
「メリーナ、お前との婚約を破棄する!」夜会の最中に婚約者の第一王子から婚約破棄を告げられ、妹からは馬鹿にされ、貴族達の笑い者になった。 その時、思い出したのだ。(私の前世、美容部員だった!)この体型、ドレス、確かにやばい!  この世界の美の基準は、スリム体型が前提。まずはダイエットを……え、もう次の結婚? お相手は、超絶美形の伯爵様!? からの溺愛!? なんで!? ※シリアス展開もわりとあります。

新婚なのに旦那様と会えません〜公爵夫人は宮廷魔術師〜

秋月乃衣
恋愛
ルクセイア公爵家の美形当主アレクセルの元に、嫁ぐこととなった宮廷魔術師シルヴィア。 宮廷魔術師を辞めたくないシルヴィアにとって、仕事は続けたままで良いとの好条件。 だけど新婚なのに旦那様に中々会えず、すれ違い結婚生活。旦那様には愛人がいるという噂も!? ※魔法のある特殊な世界なので公爵夫人がお仕事しています。

妻と夫と元妻と

キムラましゅろう
恋愛
復縁を迫る元妻との戦いって……それって妻(わたし)の役割では? わたし、アシュリ=スタングレイの夫は王宮魔術師だ。 数多くの魔術師の御多分に漏れず、夫のシグルドも魔術バカの変人である。 しかも二十一歳という若さで既にバツイチの身。 そんな事故物件のような夫にいつの間にか絆され絡めとられて結婚していたわたし。 まぁわたしの方にもそれなりに事情がある。 なので夫がバツイチでもとくに気にする事もなく、わたしの事が好き過ぎる夫とそれなりに穏やかで幸せな生活を営んでいた。 そんな中で、国王肝入りで魔術研究チームが組まれる事になったのだとか。そしてその編成されたチームメイトの中に、夫の別れた元妻がいて……… 相も変わらずご都合主義、ノーリアリティなお話です。 不治の誤字脱字病患者の作品です。 作中に誤字脱字が有ったら「こうかな?」と脳内変換を余儀なくさせられる恐れが多々ある事をご了承下さいませ。 性描写はありませんがそれを連想させるワードが出てくる恐れがありますので、破廉恥がお嫌いな方はご自衛下さい。 小説家になろうさんでも投稿します。

大好きだった旦那様に離縁され家を追い出されましたが、騎士団長様に拾われ溺愛されました

Karamimi
恋愛
2年前に両親を亡くしたスカーレットは、1年前幼馴染で3つ年上のデビッドと結婚した。両親が亡くなった時もずっと寄り添ってくれていたデビッドの為に、毎日家事や仕事をこなすスカーレット。 そんな中迎えた結婚1年記念の日。この日はデビッドの為に、沢山のご馳走を作って待っていた。そしていつもの様に帰ってくるデビッド。でもデビッドの隣には、美しい女性の姿が。 「俺は彼女の事を心から愛している。悪いがスカーレット、どうか俺と離縁して欲しい。そして今すぐ、この家から出て行ってくれるか?」 そうスカーレットに言い放ったのだ。何とか考え直して欲しいと訴えたが、全く聞く耳を持たないデビッド。それどころか、スカーレットに数々の暴言を吐き、ついにはスカーレットの荷物と共に、彼女を追い出してしまった。 荷物を持ち、泣きながら街を歩くスカーレットに声をかけて来たのは、この街の騎士団長だ。一旦騎士団長の家に保護してもらったスカーレットは、さっき起こった出来事を騎士団長に話した。 「なんてひどい男だ!とにかく落ち着くまで、ここにいるといい」 行く当てもないスカーレットは結局騎士団長の家にお世話になる事に ※他サイトにも投稿しています よろしくお願いします

婚約破棄でみんな幸せ!~嫌われ令嬢の円満婚約解消術~

春野こもも
恋愛
わたくしの名前はエルザ=フォーゲル、16才でございます。 6才の時に初めて顔をあわせた婚約者のレオンハルト殿下に「こんな醜女と結婚するなんて嫌だ! 僕は大きくなったら好きな人と結婚したい!」と言われてしまいました。そんな殿下に憤慨する家族と使用人。 14歳の春、学園に転入してきた男爵令嬢と2人で、人目もはばからず仲良く歩くレオンハルト殿下。再び憤慨するわたくしの愛する家族や使用人の心の安寧のために、エルザは円満な婚約解消を目指します。そのために作成したのは「婚約破棄承諾書」。殿下と男爵令嬢、お二人に愛を育んでいただくためにも、後はレオンハルト殿下の署名さえいただければみんな幸せ婚約破棄が成立します! 前編・後編の全2話です。残酷描写は保険です。 【小説家になろうデイリーランキング1位いただきました――2019/6/17】

最初から勘違いだった~愛人管理か離縁のはずが、なぜか公爵に溺愛されまして~

猪本夜
恋愛
前世で兄のストーカーに殺されてしまったアリス。 現世でも兄のいいように扱われ、兄の指示で愛人がいるという公爵に嫁ぐことに。 現世で死にかけたことで、前世の記憶を思い出したアリスは、 嫁ぎ先の公爵家で、美味しいものを食し、モフモフを愛で、 足技を磨きながら、意外と幸せな日々を楽しむ。 愛人のいる公爵とは、いずれは愛人管理、もしくは離縁が待っている。 できれば離縁は免れたいために、公爵とは友達夫婦を目指していたのだが、 ある日から愛人がいるはずの公爵がなぜか甘くなっていき――。 この公爵の溺愛は止まりません。 最初から勘違いばかりだった、こじれた夫婦が、本当の夫婦になるまで。

【完結】何故こうなったのでしょう? きれいな姉を押しのけブスな私が王子様の婚約者!!!

りまり
恋愛
きれいなお姉さまが最優先される実家で、ひっそりと別宅で生活していた。 食事も自分で用意しなければならないぐらい私は差別されていたのだ。 だから毎日アルバイトしてお金を稼いだ。 食べるものや着る物を買うために……パン屋さんで働かせてもらった。 パン屋さんは家の事情を知っていて、毎日余ったパンをくれたのでそれは感謝している。 そんな時お姉さまはこの国の第一王子さまに恋をしてしまった。 王子さまに自分を売り込むために、私は王子付きの侍女にされてしまったのだ。 そんなの自分でしろ!!!!!

【完結】勤労令嬢、街へ行く〜令嬢なのに下働きさせられていた私を養女にしてくれた侯爵様が溺愛してくれるので、国いちばんのレディを目指します〜

鈴木 桜
恋愛
貧乏男爵の妾の子である8歳のジリアンは、使用人ゼロの家で勤労の日々を送っていた。 誰よりも早く起きて畑を耕し、家族の食事を準備し、屋敷を隅々まで掃除し……。 幸いジリアンは【魔法】が使えたので、一人でも仕事をこなすことができていた。 ある夏の日、彼女の運命を大きく変える出来事が起こる。 一人の客人をもてなしたのだ。 その客人は戦争の英雄クリフォード・マクリーン侯爵の使いであり、ジリアンが【魔法の天才】であることに気づくのだった。 【魔法】が『武器』ではなく『生活』のために使われるようになる時代の転換期に、ジリアンは戦争の英雄の養女として迎えられることになる。 彼女は「働かせてください」と訴え続けた。そうしなければ、追い出されると思ったから。 そんな彼女に、周囲の大人たちは目一杯の愛情を注ぎ続けた。 そして、ジリアンは少しずつ子供らしさを取り戻していく。 やがてジリアンは17歳に成長し、新しく設立された王立魔法学院に入学することに。 ところが、マクリーン侯爵は渋い顔で、 「男子生徒と目を合わせるな。微笑みかけるな」と言うのだった。 学院には幼馴染の謎の少年アレンや、かつてジリアンをこき使っていた腹違いの姉もいて──。 ☆第2部完結しました☆

処理中です...