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1. 誕生日───前日

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 ガーネットがヤケ酒をしていた理由、
 二人がちょっと痛々しい出会いをすることになった理由は、その前日まで遡る─────……



───────
───……



 この国の成人は十八歳。
 お酒も飲めるようになり結婚も可能となる大事な節目の年齢。
 よって十八歳の誕生日を迎えたあたりで、長年の婚約者とついに結婚となるカップルは多い。

 そんな私、ガーネットも───……

(───明日の誕生日が過ぎたら私もいよいよ、王宮生活の始まりかぁ……)

「ふっ、王子の妃?  ……この私にやれないことなどこの世に存在しないわ!  ────とことんやってやるわよ!!」


 侯爵家の娘である私の婚約者はこの国の第一王子のエルヴィス。
 明日、十八歳を迎えたら私は住まいを王宮に移していよいよ本格的に彼との結婚にむけて妃教育が開始する。
 緊張?  不安?  
 そんな情けない言葉は私の中には存在しない。
 ───やってやろうじゃない!
 私の中にあるのはそんな前向きな気持ちのみ。


 そんな気合を入れていると部屋の扉がノックされた。
 顔を出したのは私の侍女。
 少し困った表情をしている。

「どうかしたの?」
「えっと、あの、ガーネットお嬢様。今、ラモーナ様がお見えになっています」
「え?  ラモーナが?」

 今日、訪ねて来るという約束はしていなかったと思う。
 私は首を傾げた。

 ラモーナ・イザード。
 私と同じで侯爵家の令嬢。
 歳はラモーナの方が一つ下になる。
 年齢の近かった私たちは、世間にはよくライバルという目で見られがち。
 だけど、そんなことはない。
 彼女は幼なじみでもあり、大切な私の友人だ。

(連絡無しの訪問ねぇ……全く、ラモーナらしいわ)

 イザード侯爵家の年の離れた末っ子かつ唯一の娘のラモーナは、家族や兄たちに溺愛されて育ったせいか甘え上手な所がある。

(まあ、あの子はそういう所が可愛いのだけれど)

「───いいわ、迎え入れて」
「承知しました」

 頭を下げて部屋を出て行く侍女の背中を見ながら思う。
 明日のパーティーで顔を合わせるのにわざわざ何の用かしら、と。

 私の誕生日当日でもある明日は王宮主催のパーティーが開かれることになっている。
 エルヴィス殿下が主催のパーティーらしいから、
 名目上は婚約者である私の誕生日を祝うパーティーなのだと囁かれていた。

(政略結婚だし、殿下からの愛なんて期待していなかったけど……)

 これは、少しくらいなら期待してもいいのかもしれない。
 そんな気持ちがほんのり生まれる。

 今から一年ほど前。
 ラモーナを含め、数々の殿下の婚約者候補だった令嬢の中から私がエルヴィス殿下の婚約者にと選ばれた理由はたった一つ。

 ────金!

 我が、ウェルズリー侯爵家にはたんまり金がある。
 それだけ。
 昔から、王宮からの使者が何度も何度も我が家にやって来ては金を貸してくれと頭を下げていたことは知っている。

(まあ、お金目的だろうと理由はなんであれ、私は私に与えられたお役目を果たすだけよ!)

 将来、どこに嫁いでもやっていけるだけの努力はこれまでしてきたつもり。
 その結果が、王子の妃という立場ならこの私ほど相応しい人は他にいないとさえ思っている。

(ホーホッホッホッ!  王子の妃の座、ドンと来やがれ、よ!!)

 私は、内心で高笑いしながらラモーナが部屋にやって来るのを待った。

  

「───ガーネット!  突然、ごめんね?」
「ラモーナ!」

 私とは正反対の雰囲気を持った小柄でフワフワした可愛いラモーナが部屋に駆け込んで来た。

「連絡も無しにわざわざ、何の用なのかしら?」
「……えへへ」

 ラモーナは可愛くペロッと舌を出して笑った。

「だって明日はガーネットの十八歳のお誕生日でしょう?」
「ええ、そうね」
「でも、明日は王宮で大きなパーティーが開かれるでしょう?」
「ええ、そうね」

 ラモーナはモジモジしながら言う。

「明日のガーネットは皆に注目されちゃって囲まれてゆっくり話が出来ないかも……そう思って今日のうちに先にプレゼントを渡しておこうと思ったの!」
「え!」

 そう言ってラモーナは私にプレゼントと思われる箱を差し出した。
 なるほど……
 確かに、言われてみれば明日はゆっくり話す時間はあまり持てないかもしれない。
 納得した私は頷く。

「そういうことだったのね?  ありがとう」

 私がプレゼントを受け取るとラモーナは嬉しそうに微笑んだ。

「プレゼントはね、ネックレスとイヤリングなのよ。きっとガーネットに似合うと思うわ!」
「あら、素敵ね」
「早く早く!  開けてみて?」

 言われた通りに箱を開けて見ると明日のパーティーで着る予定のドレスに似合いそうな色のネックレスとイヤリングだった。
 ただ……

(……これ結構、値が張ってそうだけど大丈夫だったのかしら?)

 無駄に羽振りのいい我が家と違って、同じ侯爵家でもラモーナのイザード侯爵家はここ数年、事業の失敗が響いて資金繰りが厳しくなっているという話は聞いている。
 つい怪訝そうな表情をしたせいで、そんな私の戸惑いが伝わってしまったのか……
 ラモーナはハッとして慌てて首を振った。

「ガーネットったら、もしかしてお金のこと気にしてるの?  大丈夫だから心配しないで?」
「えっと、ごめんなさい……」

 やっぱり筒抜けだった。
 慌てて謝るとラモーナはふふ、と笑った。

「うふふ、平気よ。気にしないで?  確かに、ここ数年色々とお金には悩まされ続けてきた我が家だけど近々、解消される目処が無事にたったから心配要らないのよ?」
「え?  そうなの?」

 それは、初耳。
 でも、そこでふと思い出した。

(そういえば、イザード侯爵家は長男がもうすぐ結婚予定だったはず……)

 相手のご令嬢は私と同い年で先月、誕生日を迎えて成人した伯爵令嬢。
 一回り離れているイザード侯爵家の長男とは政略結婚だと聞いている。

(持参金かしら……それとも事業提携?)

「だから、これは気にせず受け取ってくれると嬉しいわ!」
「ラモーナ……」
「だって、ガーネットの十八歳の誕生日のプレゼントだもの!」

 その言葉が嬉しかったので、お礼に来年のこの子の十八歳の誕生日にはプレゼントを奮発しようと心に決める。

「それで、ね?  もし、色合いがあえば……なのだけど。ぜひ、ガーネットには明日のパーティーにでもこれを身に着けてくれたら嬉しいなって思ってるの」

 そう言っていつもと変わらない明るい顔で笑うラモーナ。
 私もふふっと微笑んだ。

「……ありがとう、ラモーナ。それならぜひ、お言葉に甘えて使わせてもらうわね?」

 私のその言葉にラモーナは嬉しそうにはしゃいだ。

「やったぁ!  うふふ、明日のパーティーが楽しみだわ!  一日早いけど十八歳、おめでとうガーネット!」
「ええ、ありがとう」

 ラモーナの気持ちが嬉しくて私も微笑み返した。

 …………そんないつものなんてことのない会話。
 とっても大事な誕生日の前日、大切な友人とのやり取り。


 ────だったのに。


 “明日のパーティーが楽しみだわ!”

 この言葉の本当の意味を私は、明日の誕生日当日に知ることになる────

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