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22. わたくしの婚約

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  お父様の顔色はどんどん悪くなっていき、目も合わせようとしません。

「……お父様……?  まさか、本当にわたくしの承諾も得ずに婚約を結んだのですか?」
「……」
「お相手は75歳のおじい……コホンッ……ガイール侯爵、ですの?」
「……」

  何と言うことでしょう!
  お父様は目も合わせないどころか視線すらも逸らしてしまいます。
  まさにやましい事のある人の行動ですわ!

「っっ!  お父様はゆっくり選べと仰ったではありませんかっっ!!」

  ぶぉぉん! ぶぉんぶぉんぶぉん!  ぶぉおぉん!

「くっ!  止めろミュゼット!  痛い、痛いぞ!  ぐはぁっ!」

  ふんっ!  痛くて当たり前ですわよ!  縦ロールもお怒りでしてよ?
  先程のラファエル様へのペチペチ攻撃なんて可愛いものでしたわ。

「お父様の痛みなんて知った事ではありませんわ!  そんな事より説明して下さいませ!!」
「ぐぉっ!  ちょっと待て、ミュゼット!  な、なんでそのお前のロール髪は首を絞めるような動きに変わったんだ!?  ぐぅ……!」
「さぁ?  わたくしの腸が怒りで煮えくり返っているからかもしれませんわね!」

  なんと、わたくしの縦ロールの一部がシュルシュルとした動きを始めましたわ!
  今はその一部がお父様の首に絡みついております。
  正直、ぶぉん以外の動きは初めて見た気がしますけれど、こんな動きも出来るものだったなんて知りませんでしたわ!

  (凄いですわ。やっぱりわたくしの自慢の縦ロールは最強でしてよ!)

「お前は、ち、父親を殺す気か!?」
「……そうですわね、こんな勝手な事をするような方をお父様だなんて思いたくもありませんし……」
「止めろ、止めてくれ!  こんな死に方は後世にまで笑われる!」
「笑われてしまえばいいですわ!!」
「ぐはっ!」

  このまま首を絞めてしまいたい気持ちもありますが、とりあえず、べシッと重たい一撃をくらわせて縦ロールは一旦お父様から離れます。
  このままでは話が聞けませんからね。仕方なくですわ。

  そして、ラファエル様がこの流れを引き継ぐようにお父様へと声をかけました。

「……それで侯爵殿?  俺の可愛いミュゼットの婚約事情がどうなってるのか聞かせてもらおうか?」
「……」
  
  お父様は、ぜーはーぜーはーと肩で息をしながら「俺の……可愛い……ミュゼットぉ!?」などと驚愕しております。
  なんて失礼なんでしょう!

「そのガイール侯爵とかいう75歳の老……ケホッ……男と、俺の可愛いミュゼットの婚約を了承したのか?」
「……」

  コクリ。
  お父様が静かに頷きます。
  わたくしも黙ってはいられません。

「いつからですの!?」
「3日程前……承諾の返事を……送った」
「何故ですの!!」

  お父様は項垂れながら答えます。

「……婚約の返事を保留にしていたら、他にも自分好みのめぼしい令嬢を見つけたから、ミュゼットへの婚約の申し込みは取り下げたい……と連絡があり、慌てて……諾の返事を」
「っ!  そのまま取り下げてくだされば良かったのに!」

  自分好みの……って何ですの……
  ゾワゾワしますわ。

  ───うんと年上の女好きの侯爵の元に無理やり嫁がされるんだったわ~すっごい変わった性癖の持ち主でねぇ、ふふ。

  アマンダ様の言葉が頭の中で甦ります。
  女好き……変わった性癖……

「嫌!  絶対に嫌ですわ!!  この間とは事情も違いますのよ!  わたくしはラファエル殿下と……」
「ミュゼット、我儘を言わないでくれ!  これは家の為でもあるんだ!  政略結婚とはそういうものだと分かっているだろう?」

  お父様は必死に説得しようとしますが、わたくしは納得する事など出来ません。

「分かりたくありません!  わたくしはわたくしを愛してくれる方と生きて行きたいのです!  その相手はガイール侯爵ではありませんわ!」
「ガイール侯爵も侯爵なりにお前を愛してるそうだぞ?  一目で見初めたと!  傲慢な性格なお前を跪かせたいとか何とか言ってたが……」

  (何ですって!?)

「そんなもの愛ではありませんわ!!」
「そんなもの愛では無い!!」

  わたくしとラファエル様の声が重なります。

「今すぐ婚約を白紙に戻せ!」
「で、ですが……ガイール侯爵は……その、本日ミュゼットを迎えに……」

  ラファエル様に詰め寄られて、しどろもどろになったお父様が爆弾発言を投下しました。

「迎え!?  聞いてませんわよぉぉぉ!?」
「婚約が整ったからには、早く嫁として迎えてちょうきょ……いや、連れ帰りたいと言う話で……ミュゼットには帰宅したら話すつもりでいたんだが……」
「!?!?」

  これは、わたくしが本日帰宅した際に顔合わせをさせて、そのまま引き渡すつもりだった……そう聞こえますわ!!
  ラファエル様も同じ事を思ったようで、ギリギリと歯を食いしばっておりましたが、ふと、何かに気づいた顔をしてお父様に訊ねます。

「ん?  本日?  つまりそのガイール侯爵とやらはこれからここに来るのか?」
「はい……」
「……そうか。ならば、快く出迎えて気持ちよくお帰りいただくしかなさそうだな。なぁ、そうだろう?  ミュゼット」
「殿下……?」

  ラファエル様はとてもとても素敵な笑顔でそう仰いました。
  対してお父様の顔は真っ青を通り越して真っ白になっておりました。

 


  そして、本当にいそいそと我が家にやって来たガイール侯爵は、見慣れない男性……ラファエル様を見て誰だ?  という顔をされました。

「……あなたがガイール侯爵ですか」
「はて、そなたは?  見かけない顔だが」

  この反応。75歳のガイール侯爵は隣国の王子様の顔を知らなそうですわ。

「これは、失礼しました。初めまして。私はラファエル・ベニテンツと申します」
「……?  知らぬ名だな」
 
  ラファエル様が名乗ってもお父様とは違って、まさか王子……とはならないようです。

「今日は侯爵にお願いがあってあなたの到着をお待ちしていました」
「……儂を?」
「えぇ、貴方とこちらのオコランド侯爵令嬢との婚約を白紙に戻して欲しいと思いまして」
「何だと?」
「彼女には私の妻になって頂きたいので。侯爵には大変申し訳ない話ではありますが」
「ふぉっふぉっふぉっ!  若造よ。それは無理な相談だな」

  ラファエル様の申し出をガイール侯爵は一蹴してしまいます。
  そして、ニヤニヤとした笑いを浮かべて言いました。

「オコランド侯爵令嬢は儂が見初めた何とも調教のしがい…………いや、教育のしがいがありそうな令嬢でね。誰も嫁になどと望まないと思っておったが、これはまた変わった趣味の持ち主がいたもんだのう」
「……」
「だがな、高飛車で傲慢で……こんなじゃじゃ馬令嬢はそなたのような若造には無理だろうよ。儂がきっちり教育してやるから今回は諦めるがいい。ふぉっふぉっふぉっ!」
「……」



   ──あぁ!  
  ガイール侯爵(75)  
  本当に本日で天に召されてしまうかもしれません。
  わたくしは……隣でとんでもない冷気を発するラファエル様の様子を見てそう思わずにはいられませんでした。
  
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