上 下
1 / 40

1. 燃え尽きていたわたくし

しおりを挟む



「──そんなにこの髪が怖い……とおっしゃるなら、どうぞ今後はこれ以上わたくしに近付かないで下さいませ!」

  わたくしのその言葉と共に自慢の縦ロールの髪がぶぉんと音を立てて揺れる。
  いったいこの髪のどこが凶器?  怖いと言うんですの??
  わたくしには、さっぱり分からないわ!

「……ミュゼット嬢……」

  ふふん!
  わたくしにそう言われた彼はどこか呆然とした顔をしていますわね。
  ざまぁみろ、ですのよ!
  わたくしだっていつまでも言われっぱなしではありませんのよ!

  この言葉が出たのはあまりにも腹が立ったから。

  もちろん、この方相手に暴言である事は分かっていましたわ。
  ですが、わたくしの昔からの自慢のこの美しい縦ロールの髪を事もあろうに「凶器のようで怖い」などとこの男は言いましたのよ?   たとえ、どんなに身分の高い方でも許せるわけないでしょう?

  だから言ってやりましたのに。

  まさか、この一言がその後のわたくしの運命を変える事になるなんてこの時は全く思ってもいませんでしたわ───








  わたくしの名前は、ミュゼット・オコランド。
  由緒正しき、オコランド侯爵家の娘ですわ!
  
  公爵家に次ぐ身分の高い家の令嬢であり、清く正しく美しく育って来たわたくしは、当然ながらこの国の未来の王妃になるのだ、そう言われて来ましたの。
  わたくしも当然そうなるものと思って参りました。

  この国の王太子、ルフェルウス殿下。
  わたくしの美貌で彼もイチコロ間違いないわ!  ……と。


  ……ですのに!


「リスティ!」
「きゃっ!  ルー様、こ、こんな所で抱き着かないでください!」

  なんて事でしょう!
  神聖なる学び舎で殿方が令嬢に抱き着いておりますわ!

「構わないだろう?  可愛いリスティを前にして触れるなと言う方が無理だ」
「何を言っているんですか、もう!」
「ははは!」

  ───あぁぁ、もう!  また、この二人は!

  わたくしの内心は怒り爆発でしてよ!

  そう。わたくしが狙っていたその肝心の王太子殿下は、今、わたくしの目の前で婚約者でもある公爵令嬢とイチャイチャしていますの。

  ここは校内ですわよ!?  何をしているんですの!?
  そう言ってやりたい気持ちを抑えながら、わたくしはもう敗北を悟るしかありません。もう、王妃にはなれないのだ、と。

  (婚約者になれなかった時点でわたくしの敗けは初めから決まっていた……)



  王太子殿下は昔からなかなか婚約者をお決めにならなかったので、わたくしは焦りながらもいつかきっと……そう夢を見ておりました。
  ライバルでもあった公爵令嬢のリスティ様が王太子殿下の婚約者に決まったと耳にした時も、
  “とりあえず身分で選んだに違いありませんわ” “いつかわたくしへの愛に気付いて振り向いて貰えるはず”
  そう信じていましたのに!

  蓋を開けてみれば、王太子殿下は初めからあの公爵令嬢にベタベタに惚れていたという事実を見せつけられただけ……

「はぁ、わたくしがこれまでしてきた事は何だったのかしら?」

  今も人目を気にせず、イチャイチャする殿下と婚約者の公爵令嬢を横目にわたくしはため息をつく事しか出来ません。

  いつか自分が王太子殿下に選ばれると信じ、最初は公爵令嬢に嫌味をたくさん言わせてもらったのに、あのすっとぼけた令嬢には全く効かず……
  次に何故か身分の低い男爵令嬢のくせに王太子妃の座を狙っていたクラスメートのピンク頭が目障りで邪魔で仕方なくわたくしは戦いに明け暮れた……

  (思えばあの無神経なピンク頭は一体、何者だったんですの……)  

  わたくしと(正当な婚約者を差し置いて)王太子殿下の妃の座をかけて、毎日のように戦ったピンク頭は、何か大きな問題をやらかしたとかで、あるパーティーを境にわたくしの前からも学園からも姿を消していた。




  王太子妃になる為に、これまでしてきた事の全てが意味の無いものとなってしまったわたくしは、完全に燃え尽きていましたわ。 

  これから、何を目指して生きていけば良いのかしら?
  今からあの公爵令嬢の鼻を明かせるような良い縁談は来るのかしら?

  そんな時でしたの。
  あの男がわたくしの前に現れたのは!

  ……いえ、正確にはあの男の事はもちろん前から知ってはいましてよ?  
  話した事が無かっただけであの男もクラスメートですもの。



「オコランド侯爵令嬢、君はバカなの?」
「──は?」


  この失礼な一言!
  これがあの男……クラスメートでもあり、留学生で隣国の王子でもある、ラファエル様とわたくしの初めての会話でした──……


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】何故こうなったのでしょう? きれいな姉を押しのけブスな私が王子様の婚約者!!!

りまり
恋愛
きれいなお姉さまが最優先される実家で、ひっそりと別宅で生活していた。 食事も自分で用意しなければならないぐらい私は差別されていたのだ。 だから毎日アルバイトしてお金を稼いだ。 食べるものや着る物を買うために……パン屋さんで働かせてもらった。 パン屋さんは家の事情を知っていて、毎日余ったパンをくれたのでそれは感謝している。 そんな時お姉さまはこの国の第一王子さまに恋をしてしまった。 王子さまに自分を売り込むために、私は王子付きの侍女にされてしまったのだ。 そんなの自分でしろ!!!!!

はずれの聖女

おこめ
恋愛
この国に二人いる聖女。 一人は見目麗しく誰にでも優しいとされるリーア、もう一人は地味な容姿のせいで影で『はずれ』と呼ばれているシルク。 シルクは一部の人達から蔑まれており、軽く扱われている。 『はずれ』のシルクにも優しく接してくれる騎士団長のアーノルドにシルクは心を奪われており、日常で共に過ごせる時間を満喫していた。 だがある日、アーノルドに想い人がいると知り…… しかもその相手がもう一人の聖女であるリーアだと知りショックを受ける最中、更に心を傷付ける事態に見舞われる。 なんやかんやでさらっとハッピーエンドです。

ウェディングドレスは深紅に染まる

桜乃
恋愛
エリナとヴァイオスは子供の頃からの婚約者。 結婚間近のあの日、惨劇が起こる。 婚約者との突然の別れ。あの日、幸せは奪われた。 ※残虐な描写があります。  苦手な方はお気をつけください。 ※悲恋です。 ※8000文字程度の短編です。1ページの文字数は少な目です。   1/14に完結予定です。(1/9は休載いたします。申し訳ございません) お読みいただきありがとうございました。  

婚約破棄された侯爵令嬢は、元婚約者の側妃にされる前に悪役令嬢推しの美形従者に隣国へ連れ去られます

葵 遥菜
恋愛
アナベル・ハワード侯爵令嬢は婚約者のイーサン王太子殿下を心から慕い、彼の伴侶になるための勉強にできる限りの時間を費やしていた。二人の仲は順調で、結婚の日取りも決まっていた。 しかし、王立学園に入学したのち、イーサン王太子は真実の愛を見つけたようだった。 お相手はエリーナ・カートレット男爵令嬢。 二人は相思相愛のようなので、アナベルは将来王妃となったのち、彼女が側妃として召し上げられることになるだろうと覚悟した。 「悪役令嬢、アナベル・ハワード! あなたにイーサン様は渡さない――!」 アナベルはエリーナから「悪」だと断じられたことで、自分の存在が二人の邪魔であることを再認識し、エリーナが王妃になる道はないのかと探り始める――。 「エリーナ様を王妃に据えるにはどうしたらいいのかしらね、エリオット?」 「一つだけ方法がございます。それをお教えする代わりに、私と約束をしてください」 「どんな約束でも守るわ」 「もし……万が一、王太子殿下がアナベル様との『婚約を破棄する』とおっしゃったら、私と一緒に隣国ガルディニアへ逃げてください」 これは、悪役令嬢を溺愛する従者が合法的に推しを手に入れる物語である。 ※タイトル通りのご都合主義なお話です。 ※他サイトにも投稿しています。

生まれ変わりも楽じゃない ~生まれ変わっても私はわたし~

こひな
恋愛
市川みのり 31歳。 成り行きで、なぜかバリバリのキャリアウーマンをやっていた私。 彼氏なし・趣味は食べることと読書という仕事以外は引きこもり気味な私が、とばっちりで異世界転生。 貴族令嬢となり、四苦八苦しつつ異世界を生き抜くお話です。 ※いつも読んで頂きありがとうございます。誤字脱字のご指摘ありがとうございます。

【完結】お姉様の婚約者

七瀬菜々
恋愛
 姉が失踪した。それは結婚式当日の朝のことだった。  残された私は家族のため、ひいては祖国のため、姉の婚約者と結婚した。    サイズの合わない純白のドレスを身に纏い、すまないと啜り泣く父に手を引かれ、困惑と同情と侮蔑の視線が交差するバージンロードを歩き、彼の手を取る。  誰が見ても哀れで、惨めで、不幸な結婚。  けれど私の心は晴れやかだった。  だって、ずっと片思いを続けていた人の隣に立てるのだから。  ーーーーーそう、だから私は、誰がなんと言おうと、シアワセだ。

【完結】3度婚約を破棄された皇女は護衛の騎士とともに隣国へ嫁ぐ

七瀬菜々
恋愛
 先日、3度目の婚約が破談となったモニカは父である皇帝から呼び出しをくらう。  また皇帝から理不尽なお叱りを受けると嫌々謁見に向かうと、今度はまさかの1回目の元婚約者と再婚約しろと言われて----!?  これは、宮中でも難しい立場にある嫌われ者の第四皇女モニカと、彼女に仕える素行不良の一途な騎士、そして新たにもう一度婚約者となった隣国の王弟公爵との三角関係?のお話。

好きだった人 〜二度目の恋は本物か〜

ぐう
恋愛
アンジェラ編 幼い頃から大好だった。彼も優しく会いに来てくれていたけれど… 彼が選んだのは噂の王女様だった。 初恋とさよならしたアンジェラ、失恋したはずがいつのまにか… ミラ編 婚約者とその恋人に陥れられて婚約破棄されたミラ。冤罪で全て捨てたはずのミラ。意外なところからいつのまにか… ミラ編の方がアンジェラ編より過去から始まります。登場人物はリンクしています。 小説家になろうに投稿していたミラ編の分岐部分を改稿したものを投稿します。

処理中です...