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最終話
しおりを挟む「おはようございます、お嬢様」
「……んんー……?」
寝ぼけ眼をぼんやり開けてみると、見知らぬ天井……では無く、最近ようやく見慣れた天井が目に入った。
(そうだった……ここは、侯爵家!)
あのパーティーの後、お父様に私を侯爵家に早々に迎え入れる要求をしたジークフリート様。
彼は本当にあのまま、私を連れ去るような形で侯爵家へと連れて来た。
「まるで、人攫いみたいだよね」
なんて、本人は笑っていたけれど。
屋敷に着いてみれば、ちゃっかり私の部屋の準備も整っていて、ミディア様曰く、
「毒薔薇様がやらかしてもやらかさなくてもお兄様は、リラジエ様を即日迎える気満々でしたのよ! まぁ、わたくしも準備は手伝いましたけど」
と、笑顔で言われたので笑ってしまったわ。ミディア様らしいんだもの。
「おはよう、リラジエ」
「おはようございます、ジーク様」
私が笑顔で挨拶をすると、ジークフリート様が嬉しそうに笑う。
「どうかしました?」
「いや、リラジエに朝からおはようと言える喜びと、ジークと呼ばれる喜びを噛み締めている」
「……何ですかそれ」
私が苦笑すると、ジークフリート様が「本気だってば」と笑う。
「願わくば、一日でも早く朝まで同じ部屋で過ごせる様になりたいけどね」
「!!」
ボンッ
ジークフリート様のその言葉に私の顔が一気に赤く染まる。
あ、あ、朝から何て事を言うの!!
「父上も母上も酷いよね、結婚するまでは手を出すなとかさ……同じ屋敷にいるのに何の拷問だろう?」
「……」
私は朝から何を聞かされているのかしら??
真っ赤になった頬をおさえながら考える。
ようやく“婚約者”には、なれたけれど、正式な結婚はまだ少し先なのでジークフリート様はヤキモキしているみたい。
口癖のように「早く結婚したい」と日々呟いている。
「リラジエ? 何を考えてるの?」
「え? ジーク様の事ですが?」
「……」
「ジーク様?」
何故かジーク様が黙り込む。
どうしたのかしら? と思って顔を覗き込むと、ジーク様の顔は赤かった。
「本当にリラジエはずるい……」
「え?」
そう言ってジークフリート様が私の唇を塞ぐ。
「ジーク……様、ダメ……ここ、人……」
「大丈夫……皆、見て見ぬふりしてくれるから」
私とジークフリート様が話していたのは屋敷の廊下。
我が家とは比べものにならないほどの数の使用人を抱えているフェルスター侯爵家。いつ人が通るか分からないのに!!
そういう問題では無いのよーー!!
「……リラジエ、好きだよ」
だけど、そんな甘い声と瞳で見つめられると、私も抵抗出来なくて。
結局、ジークフリート様の手のひらの上でコロコロと転がされている私。
(だけど、たまらなく幸せなの。好きな人とこうしていられる事が)
◇◇◇
「今日は様子を見に行こうと思う」
「様子って……」
ジークフリート様はニッコリ笑って言った。
「もちろん、レラニアの様子だよ」
「……!」
あのパーティーでジークフリート様は、お姉様の今後の決定権を手に入れた。
あの場でいったいお姉様をどうするつもりなのかと思って尋ねたら、ジークフリート様は黒い笑みを浮かべて言った。
「修道院? そんな甘い所には送らないよ。まぁ、伯爵家と社交界からは追放となるのは間違いないけどね」
お姉様はパーティーの日だけでなく、これまでに行ってきた数々の無礼のせいで社交界には居られないほど追い詰められてしまっていた。
(あれだけ、大勢の前で醜態を晒してしまったんだもの仕方ないわ……)
お父様はどうにか伯爵家の籍は残したかったみたいだけれど、周囲がそれを許さず、お父様自身も責任能力を追求された為、泣く泣く断念していた。
「無神経男の旅立ちは見送ったから後はレラニアの事が気になってるだろうと思ってね」
「ジーク様……」
お姉様に利用されたグレイルは、お姉様に騙されたとは言ってもあの場での発言は酷いものがあった為、ご両親が激怒した。
留学先に戻る事になり、この国の社交界で居場所を失くしたグレイルはおそらくもうこの国には帰って来ないと思う。
ジークフリート様はごねたけど、最後に見送りに行きたいと言ったら渋々だけど行かせてくれたのでお別れの挨拶は出来た。
『……悪かった。ジークフリート様との幸せを願ってる』
そう口にしたグレイルの顔はどこか、吹っ切れた様子だった。
────そして、お姉様は……
「もう、嫌ァァァァ、勘弁してよ」
「え? 駄目だよ。だってこれを緩めたら、逃げようとするでしょう?」
「逃げない、逃げないわよぉぉ」
「んー、それ聞くの何回目だろう? 無理だなぁ」
「酷いわぁぁ」
「何を言っているの? 酷いのはレラニアの方だよ?」
現在、お姉様の住んでる場所に着くと何やらお姉様の悲鳴が聞こえて来た。
「……ジーク様、これは?」
「うーん、想像以上に楽しそうな事になってるね」
ジークフリート様が愉快そうに笑う。
「こうなる事を分かっていてお姉様を差し出しましたね?」
「うん。まぁね、でも思ったより歪んでたみたいだな……ミカリオは」
ジークフリート様はそう言うけど、たぶんジークフリート様はこうなればいいと思っていた気がするわ。
ジークフリート様が決めたお姉様の今後は、かつてお姉様が弄びボロボロにして捨てて、現在は平民となっていたミカリオ様の所に嫁がせる事だった。
「ミカリオさ、全くレラニアの事を忘れてないんだよね……」
と言ったので、そんなにもお姉様の事を真剣に……と感動したのに実際はちょっと違ったみたいで。
「はっ……! リラジエじゃないの! いい所に来たわね! ミカリオを説得して頂戴!」
私の姿を認めたお姉様がそんな事を言い出した。
チラリと私がミカリオ様を見ると彼はニコニコ微笑んでいた。
(あ、ダメだわ。この微笑み。太刀打ち出来ないわ)
「無理です」
「は!? 何簡単に諦めてんのよ? 仮にもアンタの姉が、か、監禁されてるのよ!?」
「それは見て分かりますけど、無理です」
私はキッパリとそう言った。
だって無理よ、お姉様。ミカリオ様の笑顔、触れちゃいけない気がするんだもの。
ジークフリート様の友人のミカリオ様は、お姉様に捨てられた後、心を病んでしまったようで……お姉様への思慕なのか恨みなのかよく分からない想いを完全に拗らせてしまったそう。
(そこに、お姉様を差し出したのだからジークフリート様って怖いわ)
結果、お姉様は彼から歪んだ愛を向けられているらしい。
ちなみに今のお姉様は足に鎖が付いている……
「結婚出来ただけ良かったと思え。愛されてるじゃないか」
ジークフリート様が冷たく言い放つ。
「いいわけないでしょう!? どこをどう見たらコレが愛されてると思えるのよーー!!」
「いや? どこからどう見ても愛されてるぞ? ちょっと重いかもしれないが」
「はは、そうだよ! もちろん君を愛してるよ、レラニア」
ジークフリート様とミカリオ様の声が重なる。
お姉様は「嘘よーー!」と嘆いていた。
思う事は色々あるけれど、
…………これも一つの幸せな形なのだと思う事にした。
「お姉様、元気そうではありましたが、大丈夫でしょうか?」
お姉様とミカリオ様の住む家からの帰りの馬車の中で私はそんな疑問を投げかけた。
「……本当にリラジエは優しいな」
そう言いながらジークフリート様が私を抱き寄せる。
「ジーク様?」
「大丈夫だよ、ミカリオがあんなだから心配かもしれないけど。意外と相性は良いんじゃないかな?」
「えー?」
「……何だかんだでレラニアが本当に求めていたものは“自分を愛してくれる人”だっただろうから。そういう意味では歪んでるけどミカリオはレラニアを愛してると思うよ?」
「!!」
あの時、聞いたお姉様の本音を思い出した。
あぁ、無性にお父様とも話がしたいな……
あれからまともに話が出来ていないから。
「……伯爵……お父上に会いに行く?」
「ジーク様、どうして分かるのです?」
まるで私の心の中を読んだかのように言う。本当に凄いわ。
「リラジエの事だから。いつもリラジエの事ばかり考えてるからかな?」
「何ですか、それ」
「それだけ、僕はリラジエの事が好きって事だよ」
ジークフリート様がそう言いながら軽くチュッとキスをする。
「~~!」
何だか悔しいわ。私も負けないくらい大好きなのに。
「お父様」
「……リラジエ! それに、ジークフリート殿まで」
私が声をかけるとお父様が驚いたように振り返った。
「屋敷を訪ねたら、ここにいると聞きまして」
「そうか……ルミアと話したくてな……」
お父様が寂しそうに笑う。
今、私達がいるのはお母様のお墓の前。
お父様はあれから、時間ができる度にこうしてお母様のお墓参りをしているらしい。
「リラジエ……すまなかった」
「お父様?」
「私は、リラジエの事もレラニアの事も何一つ分かっていなかった。レラニアがあんな扱いをリラジエにしている事すら……気付いていなかった。そして、レラニアの事も……」
お父様はあの場で聞いたお姉様の本音がショックだったみたい。特にお母様の件が。
「小さかったリラジエの方に構いがちなルミアの様子がレラニアには、愛情の差に思えたんだろう……そして、そんな事にも気付かなかった私は更にレラニアを……」
「お父様……」
「……リラジエ、今は幸せか? ジークフリート殿の事だからお前を大切にしてくれているとは思っているが、その侯爵家での生活とか……」
お父様が心配そうに尋ねてくる。
そんな心配をするのは“毒薔薇様のご乱心”の騒ぎのせいかしら。
「勿論です! とっても幸せです。侯爵家の皆様もあたたかく迎えてくれました!」
ジークフリート様はもちろん、ミディア様、そして侯爵夫妻も使用人もみんな優しく私を迎えてくれた。
そこには、ジークフリート様が暗躍した結果があるような気がしたけれど。
私が笑顔で答えるとお父様は泣きそうな顔で「そうか……良かった。幸せになってくれ」とだけ言って笑った。
そうして、時間の許す限りお父様と私は話をした。
お母様の事、お姉様の事。
もっと早くこうして話をしていれば何かが変わっていたのかな?
そう思わずにはいられない。
なんて、今更よね。
私もお姉様もお父様も、今はそれぞれの道を歩んでいるんだもの。
お父様に別れを告げ、帰りの馬車に向かう途中、ジークフリート様に尋ねた。
「私がお父様と話をしている間、何をされていたのですか?」
「ん?」
私がお父様と話している時、ジークフリート様は側から離れて別の事をしていたので実は気になっていた。
「お母上に挨拶だよ、リラジエは僕が一生幸せにしますってね」
「……ジーク様!」
「新しい“社交界の薔薇”は大切に大切に守りますと誓っていた」
「? 私は社交界の薔薇じゃないですよ?」
私が不思議そうに答えるとジークフリート様が可笑しそうに笑った。
「社交界の薔薇……って名前でなくてもリラジエのその可愛さは、絶対に社交界で名前がつくと思うよ?」
「やだ、大袈裟ですね」
ジークフリート様ったら、お世辞が上手だわ。
「本気なのにな……あぁ、でもそうなる前に早く結婚したい」
「ふふ、もう口癖ですね」
「そりゃね……もう、横槍は勘弁だ」
「ふふふ」
そんな事を言いながら肩を竦めるジークフリート様。
「リラジエ……改めて言うよ。君を一生大切にする……ずっと愛してるよ」
「ジーク様…………私もです。私もあなたを愛してます!」
私がジークフリート様に抱き着くと、彼は笑って優しく抱きとめてくれた。
──あぁ、幸せだわ。
あの日、お姉様のいつもの言葉、「飽きたからアンタにあげる」そんないつもの嫌がらせと称した押し付け。
そこからこんな事になるなんて予想もしていなかった。
いつもみたいに嘲笑われバカにされて……それで終わるはずだったのに。
だけど、あの日やって来たお姉様に捨てられていたはずのこの人は、お姉様に捨てられてなんかいなくて、そして私の事をこんなにも愛してくれている人だった。
だから、これからもこの先も……私はジークフリート様と一緒に幸せに生きていく。
そんな気持ちを胸に私達は微笑み合った。
~完~
✼✼✼✼✼✼✼✼✼✼✼✼✼✼✼✼✼✼
これで完結です!
ここまでお読み下さり、本当にありがとうございました!
こんなにも反響が貰えるとは……本当にびっくりです。
だいぶ増えた私の作品ですが、お気に入りが5000を超えたのは初めての事でして。この更新直前で5800超えたくらい?
うわぁ、こんな事あるんだな、と驚いてます。
ありがたい事にHOTランキングにも長いこと居座ってくれていました!
あれもこれもそれも、読んでくださった皆様のおかげです!
毒薔薇様の処遇に関しては、ざまぁが足りない等、色々思う方もいるかと思います。
ですが、最初から付けていたタグも ざまぁ? だった事や、
感想の返信でも書きましたが、そもそも私が書きたいのはざまぁの話では無い事から、こんな形とさせて頂きました。
ただ、個人的にこういう人は見下していた相手に責められるのではなく、許されるのが一番堪えるのでは? という思いもありました。ご容赦ください。
お気に入り登録、感想、いつもの事ですが、本当にありがとうございました。
毎日の励みとなりました!
もちろん、そんな事しなくても読んでくださっただけでも充分嬉しいです。
未熟な私ですが、これからも皆様の少しでも暇つぶしとなれるような話をお届け出来たらなと思っています。
って所で、(毎度の事ながら)新しい話もスタートさせています!
『大好きな婚約者の運命の“赤い糸”の相手は、どうやら私ではないみたいです』
前世を思い出して乙女ゲームの世界だと認識したら、何故か赤い糸が見えるようになってしまった転生令嬢のお話。
相変わらずの私の話です……多分。
もし、ご興味があればですが、またお付き合いいただけたら嬉しいです!
本当に本当にありがとうございました(*ᴗˬᴗ)⁾
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ありがとうございます(*゚▽゚*)!
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ミカリオさんが、やべぇ奴って事で(*´艸`)
あれだけ結婚は無理と言われて来ましたが、結婚出来ちゃいましたね 笑
病んでないミカリオさんの奥様もいいけど、きっと今の方が深く愛されてると思いますよ(ノ≧ڡ≦)☆
最後までお付き合い下さりありがとうございました!
いつも、感想嬉しかったです!(*^^*)