上 下
18 / 28

第十五話

しおりを挟む

  ──お姉様がそんな事を……?

  そう思った時、扉をコンコンとノックする音が聞こえた。


「話は終わった?  そろそろリラジエが足りないんだけど」

  ノックの音と共にジークフリート様が顔を出した。

「あらまぁ、お兄様。もう戻って来ましたの?  我慢が足りなくてよ?」
「いや、だってもう無理。これでも我慢したんだ!」

  そう言いながら、ジークフリート様が私の目の前まで来たと思ったらギュッと私を抱き締めた。
「ジ、ジークフリート様!?  ミディア様が見てますよ!!」
「気にしない」

  ミディア様の目など気にならないと言わんばかりに抱き締めてくる。
   恥ずかしいけれど、嬉しかったので私もそっと抱き締め返した。

「まぁ!  隙あらばイチャイチャしたいだけにしか見えませんわ!」
「当然だ!」
「即答ですわ……」

  ミディア様が呆れた目をジークフリート様に向ける。
  あぁ、本当に仲良し兄妹だわ。素敵ね!
  

 


「まぁ、ちょうど良いタイミングでしたから、良しとしますわ。今、ちょうどリラジエ様にをした所ですの」
「……え?  あぁ、あれか?  レラニアが言ってたという義理の姉妹がってやつか?」
「それですわ」

  ミディア様の言葉にジークフリート様が大きなため息を吐いた。
  そして、少し身体を離しながら私の目を真っ直ぐ見ながら言った。

「リラジエ」
「は、はい」
「はっきり言うよ。僕とレラニアがどうこうなる事は絶対に無い」
「ジークフリート様……」

  ジークフリート様が少し寂しそうに微笑みながら、私の頬にそっと手を触れる。

「だから、そんな不安そうな顔をしないで?」
「……私、そんな不安そうな顔をしていますか?」
「うん……どんな顔をしたリラジエも可愛いけど、どうせなら笑顔がいいな」
「ジークフリート様……」

  そんな事を言いながらジークフリート様がチュッと私の額にキスを落とす。

「でも、レラニアのその発言はお茶会の時の話ではあるけど、きっと今もその気持ちを抱いていると思うんだ」
「それって……」
「だから、僕はきっとレラニアは今も何か画策しているんじゃないかと思ってる」
「……!  もしかしてジークフリート様の婚約の打診が私に伝えられていないのは……」

  私が震える声でそう尋ねると、ジークフリート様が頷きながら言った。

「十中八九、話を進めないようにレラニアが止めてる……僕はそう思ってる」
「!」

  あぁ、ここに向かう時のジークフリート様が何かを気にしていた様子だったのはこの事だったのね?

「リラジエには不安にさせるだけだから、本当は確信が持てるまでは黙っておきたかったけど」
「そんなの嫌です!  私達……私とジークフリート様の事なんですから、1人で抱え込まれるのは嫌です!!  わ、私は頼りないし、出来る事なんて無いかもしれないですけど、そ、それでも……!」

  ジークフリート様はきっと私を傷付けたくなくて、守ろうとしてそう思ってくれたのかもしれないけれど、私は何も知らずにぬくぬくと守られているだけなのは嫌。

  こんな感情が生まれたことに自分自身でも驚いてしまった。

  (だって、ジークフリート様の事だけはお姉様の思い通りになんてさせたくない!)

  私が抗議すると、ジークフリート様はちょっと驚いた顔をしたけれどすぐ微笑んだ。

「ごめん、そうだよね。ついつい守りたくて隠そうとしてしまった」
「そのお気持ちは嬉しいですが何でも話して欲しいです」
「うん、ちゃんと話す事は大事だって学んだばっかりだったのにね」
「そうですよ!」
「はは、怒ってるリラジエも可愛い」

   ジークフリート様はそう言いながら今度は頬にキスを落とす。

「ま、また、そんな事を言って……あ、ほら、ミディア様が見て、ます!」
「いいんだよ、ミディアは気にしない。むしろ喜ぶさ」
「え!  あ、よろっ!?」

  何で!?

  そう言ってしばらくの間、ジークフリート様は私を堪能していた。

  ちなみに、そのすぐ側でミディア様が、

「甘々ですわぁ……あのお店の1番人気のタルトとケーキを一度に口の中に突っ込まれたような気分ですわね……!」

  と興奮していたのだけれど、当の私はジークフリート様に翻弄されすぎてちゃんと聞き取る事は出来なかった。










「あの、ミディア様……ごめんなさい、そのミディア様の前で……色々と」

  ようやくジークフリート様から解放された私は、ミディア様に申し訳なくなってしまい真っ赤な顔のまま謝った。

「いえ!!  美味しかったですわ!」
「へ?」

  ミディア様が何故か満面の笑みでそう答えた。

「タルトとケーキの上に更にたっぷりの蜂蜜がかかってるような甘さでしたけど、大変美味しかったですわ!  そしてご安心くださいませ。わたくし甘党なんですの!」
「は、あ……?」

  ミディア様はとても興奮しながら言う。

  ただでさえ、タルトとケーキは甘いのに蜂蜜をかけたら、かなりの甘さになるけれど……甘党ですむ話なのかしら……?  健康が心配。
  って、違うわ。そもそも何の話なの??

  私が首を傾げる横でジークフリート様が「ね?」と、苦笑いしていた。





◇◇◇




「大丈夫?  疲れていないかな?」
「大丈夫です」

  帰りの馬車の中、隣に座っているジークフリート様が心配そうに私の顔を覗き込む。

「ミディアはどうだった?」
「!  とっても楽しい方でした!  なのに可愛くて。私、大好きになりました!!」

  私が興奮しながらそう口にすると、ジークフリート様がちょっと驚いていた。

「可愛いか……?  いや、どう考えても可愛いのはリラジエの方だろう……??」
「もう!  分からないのは兄妹だからですかね!?  ミディア様はとっても可愛いですよ!」
「……うーん?  まぁ、仲良くなれたなら良かったよ」

  ジークフリート様は笑いながらそう言った。

「ところで、本当は私の為……ですか?」
「ん?」
「ミディア様は何かあれば力になる、そう言ってくださいました。そして今度、マディーナ様ともお会いする機会をくれるそうです」
「ミディアが?」



  ──そう。
  ミディア様は、何かあれば頼ってと言った後、更にこう言ってくれた。

『マディーナ様や、他の令嬢とも会える時間を作りますわ。リラジエ様は今まで表に出てこなかったから、レラニア様の妹という印象が強いですからね。デビューの前までにレラニア様とは違うという所をたくさん見せつけておきましょう!』

  お姉様に対して反感を持っている令嬢は多い。
  今の私は“毒薔薇の妹”そんな名前だけが独り歩きしていると、ミディア様は語った。

『リラジエ様を知ってもらえれば、皆、レラニア様と違う事は分かりますもの。だから公の場でレラニア様が何か言って来たとしても心強いでしょう?』


  嬉しかった。
  マディーナ様を始め、他の令嬢の方々……しかもお姉様に反感を持っている人達と会うのは少し怖い気持ちもあるけれど、ミディア様の言うように私の力になってくれるのなら、こんなに心強い事は無い。

  (特にお姉様は何を考えているか分からないから……)
  

「確かにミディア様も私に会いたいと言ってくださったみたいですが、本当はジークフリート様が……」
「リラジエ」

  その続きは言えなかった。

「…………んっ! 」

  ジークフリート様からのキスで唇を塞がれてしまったから。
  さすがに私でも分かるわ!
  これ、絶対誤魔化して来た!!

  そう抗議したかったけれど、ドロドロに甘やかされてそれ所では無くなってしまった……
  ジークフリート様、ずるい人!!






  ようやく満足したのか、唇を離してくれたジークフリート様が口を開く。


「リラジエは大丈夫。マディーナ嬢にも他の令嬢にも気に入られるよ」
「……むぅ。何を根拠に……」
「素直で真っ直ぐで……こんなに可愛いからね。君はいつだって僕の癒しなんだよ」
「!!」

  ジークフリート様が甘くて蕩けそうな瞳でそんな事を言ったせいで、私の心臓のドキドキはいつまでたってもなりやんではくれなかった。

  多分これだけはいつまでたっても慣れないと思う。



◇◇◇



「デートにでも行って来たのかしら?」
「……お姉様」

  屋敷に帰るなりお姉様と出くわした。

  (まるで帰ってくるのを待ってたかのようなタイミング……)

「ねぇ、リラジエ。ジーク様って本当にあなたの事が好きなのかしら?」
「…………何が言いたいのですか?」
「だって、訪ねてくる度に持ってくるのは花一輪だけって何それ。今だって何か買って貰ってる様子も無いじゃない?」
「……」

  お姉様には分からないんだわ。
  ジークフリート様はお花一輪にも、たくさんの想いを込めてくれている。

  私の事を考えて考えて、その中で選んでくれた贈り物なのに。

「物が全てでは無いですから。気持ちの方が大事です」
「はぁ?  リラジエのくせに生意気な事を言うのね!  あんたなんかが愛されるわけないでしょう!?」

  お姉様は、私を小馬鹿にしたように笑いながら言った。

「私はジークフリート様に愛されてます!!  ジークフリート様が愛してるのは私で、お姉様では無いわ!!」
「ふんっ!  そんな事を言っていられるのも今のうちよ!」
「……」
「アンタにとっておきのプレゼントを用意しているわ」
「プレゼント……?」

  嫌な予感しかしない。
  お姉様は、ちょっと怯んだ私を見てほくそ笑む。

「リラジエ、あなたはきっと泣いて喜ぶはずよ。だから楽しみにしていてね?」


  全然楽しみと思えない発言だけ残してお姉様は部屋に戻って行った。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛する貴方の愛する彼女の愛する人から愛されています

秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
「ユスティーナ様、ごめんなさい。今日はレナードとお茶をしたい気分だからお借りしますね」 先に彼とお茶の約束していたのは私なのに……。 「ジュディットがどうしても二人きりが良いと聞かなくてな」「すまない」貴方はそう言って、婚約者の私ではなく、何時も彼女を優先させる。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 公爵令嬢のユスティーナには愛する婚約者の第二王子であるレナードがいる。 だがレナードには、恋慕する女性がいた。その女性は侯爵令嬢のジュディット。絶世の美女と呼ばれている彼女は、彼の兄である王太子のヴォルフラムの婚約者だった。 そんなジュディットは、事ある事にレナードの元を訪れてはユスティーナとレナードとの仲を邪魔してくる。だがレナードは彼女を諌めるどころか、彼女を庇い彼女を何時も優先させる。例えユスティーナがレナードと先に約束をしていたとしても、ジュディットが一言言えば彼は彼女の言いなりだ。だがそんなジュディットは、実は自分の婚約者のヴォルフラムにぞっこんだった。だがしかし、ヴォルフラムはジュディットに全く関心がないようで、相手にされていない。どうやらヴォルフラムにも別に想う女性がいるようで……。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

【完結】何故こうなったのでしょう? きれいな姉を押しのけブスな私が王子様の婚約者!!!

りまり
恋愛
きれいなお姉さまが最優先される実家で、ひっそりと別宅で生活していた。 食事も自分で用意しなければならないぐらい私は差別されていたのだ。 だから毎日アルバイトしてお金を稼いだ。 食べるものや着る物を買うために……パン屋さんで働かせてもらった。 パン屋さんは家の事情を知っていて、毎日余ったパンをくれたのでそれは感謝している。 そんな時お姉さまはこの国の第一王子さまに恋をしてしまった。 王子さまに自分を売り込むために、私は王子付きの侍女にされてしまったのだ。 そんなの自分でしろ!!!!!

家出した伯爵令嬢【完結済】

弓立歩
恋愛
薬学に長けた家に生まれた伯爵令嬢のカノン。病弱だった第2王子との7年の婚約の結果は何と婚約破棄だった!これまでの尽力に対して、実家も含めあまりにもつらい仕打ちにとうとうカノンは家を出る決意をする。 番外編において暴力的なシーン等もありますので一応R15が付いています 6/21完結。今後の更新は予定しておりません。また、本編は60000字と少しで柔らかい表現で出来ております

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。

あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。 「君の為の時間は取れない」と。 それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。 そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。 旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。 あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。 そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。 ※35〜37話くらいで終わります。

妹に傷物と言いふらされ、父に勘当された伯爵令嬢は男子寮の寮母となる~そしたら上位貴族のイケメンに囲まれた!?~

サイコちゃん
恋愛
伯爵令嬢ヴィオレットは魔女の剣によって下腹部に傷を受けた。すると妹ルージュが“姉は子供を産めない体になった”と嘘を言いふらす。その所為でヴィオレットは婚約者から婚約破棄され、父からは娼館行きを言い渡される。あまりの仕打ちに父と妹の秘密を暴露すると、彼女は勘当されてしまう。そしてヴィオレットは母から託された古い屋敷へ行くのだが、そこで出会った美貌の双子からここを男子寮とするように頼まれる。寮母となったヴィオレットが上位貴族の令息達と暮らしていると、ルージュが現れてこう言った。「私のために家柄の良い美青年を集めて下さいましたのね、お姉様?」しかし令息達が性悪妹を歓迎するはずがなかった――

お妃候補を辞退したら、初恋の相手に溺愛されました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のフランソアは、王太子殿下でもあるジェーンの為、お妃候補に名乗りを上げ、5年もの間、親元を離れ王宮で生活してきた。同じくお妃候補の令嬢からは嫌味を言われ、厳しい王妃教育にも耐えてきた。他のお妃候補と楽しく過ごすジェーンを見て、胸を痛める事も日常茶飯事だ。 それでもフランソアは “僕が愛しているのはフランソアただ1人だ。だからどうか今は耐えてくれ” というジェーンの言葉を糧に、必死に日々を過ごしていた。婚約者が正式に決まれば、ジェーン様は私だけを愛してくれる!そう信じて。 そんな中、急遽一夫多妻制にするとの発表があったのだ。 聞けばジェーンの強い希望で実現されたらしい。自分だけを愛してくれていると信じていたフランソアは、その言葉に絶望し、お妃候補を辞退する事を決意。 父親に連れられ、5年ぶりに戻った懐かしい我が家。そこで待っていたのは、初恋の相手でもある侯爵令息のデイズだった。 聞けば1年ほど前に、フランソアの家の養子になったとの事。戸惑うフランソアに対し、デイズは…

処理中です...