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第十二話
しおりを挟む「僕がレラニアに声をかけたのは、単純にどうしても聞きたい事があったからなんだ」
甘い甘いキスの嵐を終えて、ジークフリート様はようやく満足したのかポツリポツリと語り出した。
膝からは降ろしてくれたけど、手だけは繋がれたまま。
それでも距離の近さにドキドキが止まらない。
私はなるべく冷静に心を落ち着かせながら聞き返した。
「お姉様に聞きたい事、ですか?」
「うん。僕は大事な友人をボロボロにして捨てた女性を探してたんだ」
「ボ……それが、お姉様?」
ジークフリート様は静かに頷いた。
話を聞いてみると、お姉様とお付き合いのあった男性にしては珍しいタイプの男性だと思ってしまった。
「リラジエのその様子だと、彼……ミカリオは紹介されなかったみたいだね?」
「そうですね……私も全員を覚えているわけではありませんが、その方の名前は記憶にありません」
そのミカリオ様がどんな方なのか私には分からない。
だけど、お姉様は敢えて私に酷い事を言いそうな男性を選んで、私に紹介という名の押し付けをして来た。私がバカにされる様子を見て楽しむ為に。
ジークフリート様もまた違う理由だと思うけれど、そのミカリオ様もきっとそういう方では無かったから除外されたんだろうなと思う。
「……あの頃のミカリオだったら、きっとリラジエを酷く言わなかったと思うよ……まぁ、それで2人が仲良くなってしまっていたら僕にとっては面白くないけど」
今、私が思った通りの事をジークフリート様が言った。
「もう! ジークフリート様ったら」
「本当だよ」
そう言いながらちょっと拗ねた顔を見せるジークフリート様が可愛く見えてしまった。妬いてくれてるみたいで嬉しい。
でも。
「……」
「リラジエ? どうかした?」
私はそっとジークフリート様の肩に寄りかかった。
「……やっぱり私はとことんお姉様に嫌われているのですね」
「リラジエ……」
分かってはいても実の姉に嫌われている……その事はただただ悲しくて。
そんな私の気持ちを汲んだのか、ジークフリート様が私の肩に手を回して優しく抱き寄せてくれたので、恥ずかしさと嬉しさが混ざって何だかとてもくすぐったい気持ちになる。
(ジークフリート様がいてくれて……出会えてよかった)
そんな気持ちでジークフリート様に微笑んだら、何故かジークフリート様の顔がみるみるうちに真っ赤に染まっていく。
「……?」
「…………可愛っ……コホンッ、と、まぁ。それで……そのミカリオの為にレラニアの事を探る過程でレラニアが僕の一目惚れした令嬢の姉だとも分かったんだ」
「一目惚れ」
「……あ! 念の為に言うけどその相手は君だよ? リラジエ。もう誤解はごめんだ!」
「え! は、はい」
念を押されてしまったわ。
さ、さすがにもう誤解なんてしないわ!
思わず頬をおさえる。きっとまだ私の顔も赤い。そんな気がした。
「だけど僕も迂闊だった。レラニアみたいなタイプの女性にはもっと慎重になるべきだったと反省している」
「ジークフリート様……」
ジークフリート様はそう口にしながら忌々しい表情を見せた。
それだけで、お姉様のしつこさが伝わって来る気がした。
「でも、まぁ……レラニアを利用してどうにかリラジエと接点を作れないかなぁ、と考えた事も確かなんだけどね」
「え!」
「やたらと近付いてくるレラニアを放っておいたのも何かリラジエの情報を得られないかな? と思ってたからだし」
驚く私にジークフリート様が笑いながら続ける。
「レラニアの事はどんなに逆立ちしても好きにはなれないけど、結果としてリラジエと会わせてくれた所だけなら感謝してもいいのかもしれないな……」
「まぁ!」
「……でも、毒薔薇のままでいられるのはやっぱり困るんだ。リラジエのこれからの為にも」
ジークフリート様は私を抱き締めながらそう言った。
何だかジークフリート様のこれまでの全部が全部、私のためだった……という風に聞こえてしまって、くすぐったくて照れくさかった。
そして、真っ赤になってるであろう顔をどうにかしようとするも、
「リラジエ」
「はい?」
「……可愛い」
そう言ってジークフリート様は再び私の唇に触れて来たので、しばらくこの熱は冷めそうに無い……そう思った。
◇◇◇
「リラジエ、ありがとう」
「? 何のお礼ですか?」
「僕の気持ちに応えてくれてありがとう、だよ」
帰り際、ジークフリート様が私の手をギュッと握りながら照れくさそうに言った。
そんな彼の全てが愛しく感じてしまって胸がキュンとなる。
「……実は、伯爵にはエスコートの申し出と同時に婚約の打診もしていたんだけど」
「え? 聞いていませんが……」
婚約の打診!? いつの間に?
そんなびっくりした思いでジークフリート様をじっと見つめた。
ジークフリート様はちょっとだけバツの悪そうな顔になる。
「……うっ! やっぱり、その話は聞いていなかったんだね……でも、リラジエが僕の気持ちを受け入れてくれたから、正式に話を進められると思う、んだけど……」
その顔は、いいかな? とちょっと不安そう。
勝手に話を進めようとしていた事を申し訳ないと思っているみたいだった。
(私の応えが何であれ、なんだかんだでジークフリート様は私を囲い込むつもりだったのでは……?)
チラッとそんな事を思ったけれど、それだけ想われているのが嬉しいと思ってしまうのだから、恋心って本当にすごい。
(グレイルに恋をしていた時とは全然違う気持ちだわ……)
「僕は早く正式に“リラジエの婚約者”という立場になって君を守りたい」
「……お姉様は怒り狂いますね」
「……」
「……」
お互い無言になったのは、怒り狂ったお姉様の事を想像したからだと思う。
「リラジエ」
「はい」
「……社交界デビューを終えたら……出来るだけ早く君を迎えたい。そう思ってる」
「迎える?」
私は意味が分からなくて首を傾げた。
「結婚はまだ先だけど、将来のフェルスター侯爵夫人としての勉強を理由に我が家に君を迎える事は出来るから」
「それって……」
もしかして、私がお姉様に嫌がらせをされないように?
「ジークフリート様、ありがとうございます……」
「うん。無理強いをするつもりは無いけど考えておいてくれると嬉しい」
「分かりました」
「リラジエ…………好きだよ」
ジークフリート様は最後にそんな甘いセリフを吐いて、チュッと触れるだけのキスをして帰って行った。
「~~!!」
残された私の顔は完全に茹だっていた。
「……何だか楽しそうねぇ、リラジエ」
見送りを終えて、火照る頬をおさえながら部屋に戻ろうとしたら、後ろから声をかけられた。
思わずビクッと肩が跳ねる。
おそるおそる振り返ると、毒薔薇の笑みを浮かべたお姉様が居た。
「私を追い出しておいてコソコソと楽しそうねぇ?」
「別にコソコソなんて……!」
「してるでしょ?」
「……」
お姉様は私を睨みながら言った。
「ねぇ、リラジエ。私、言ったわよね? 後悔させてあげるって」
「お姉、様……?」
「うふふふふ、あぁ、あなたの社交界デビューの日が楽しみだわ」
「!?」
そう口にするお姉様の笑顔も発言も不気味でゾッとする。
「あら? リラジエ。なぁにその顔。失礼な子ね。私はあなたのデビューの日を楽しみだと言ってあげているのよ? 喜んではくれないの?」
「……」
「素敵な一日になるといいわね!」
「……?」
うまく説明出来ないけれど、お姉様のその表情と言葉にさらに背筋がゾクリとした。
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