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第五話

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「あら?  ジークフリート様、あれは何でしょう?」
「うん?」

  街の一角に人混みで溢れている場所があった。
  何かの催しかしら?

「行ってみる?」
「はい!」

  私達はその人混みに向かって歩き出した。


「これは……劇……でしょうか?」
「みたいだね」

  人混みの先で行われていたのは、演劇だった。

「少し観ていく?」
「いいのですか?」
「もちろん、リラジエ嬢の顔に観ていきたいって書いてあるからね」
「……!」

  ジークフリート様が笑いながらそんな事を言う。
  私ってそんなに分かりやすいのかしら?
  ちょっと恥ずかしくなって顔を伏せた。


  劇は、身分を隠した王子様が下町の娘と恋に落ちる……というまぁ、定番中の定番なお話だった。

『……いつか、君を迎えに行く』
『待っています』

  だけど、そんな身分差の恋がうまく行くはずも無く……2人は周りの陰謀に巻き込まれて引き裂かれてしまう。
  王子は愛した初恋の彼女の為に奮闘するも……

「~~……!」

  私は物語に引き込まれすぎていて、ボロボロ泣いてしまった。
  あまりにも感情移入し過ぎてしまい、ジークフリート様がそんな私を優しく見守っていた事にすら気付けなかった。




「すごい夢中で見てたね?」
「……お恥ずかしい限りです」

  私はあまりにも恥ずかしくて、顔を覆いながら俯いてしまう。
  顔にはまだ涙の跡が残ってるかもしれないから、見られるのは恥ずかしい。

「そんな事ないよ。劇に一喜一憂するリラジエ嬢は可愛かったよ」
「か、可愛!?」

  私はますます恥ずかしくなってしまう。
  本日2度目の可愛い……

  ジーク様はそんな風に言ってくださるけど、本当の所はどうなんだろう?
  やっぱり単なるお世辞……?

  …………お世辞に違いない。そう思う事にした。


「初恋は叶わないって言うしね」

  ジークフリート様が寂しそうに呟く。

「……そうですね」


  あの劇は悲恋ものだった。
  陰謀により引き裂かれ、それでも下町の娘を諦められなかった王子の奮闘も虚しく2人の再会は永遠に叶わなかった。


  でも、現実はそんなものなのかもしれない。
  初恋とか身分差の恋とか──……


  私の初恋……
  今朝見たグレイルとお姉様との嫌な苦い記憶が甦ってしまい、思わず顔を顰めてしまう。


「リラジエ嬢?」

  ジークフリート様の声でハッと意識を戻す。
  そうだったわ、話の途中だった!

「ごめん、もしかして僕は何か変な事を言ってしまった……のかな?」
「あ、気にしないで下さい!  ちょっと実らなかった初恋を思い出してしまっただけです……」
「!  ……それは、ごめん!」

  ジークフリートが驚いた表情になり、その後は申し訳ないという顔に変わったと思ったらそのまま平謝りされてしまった。

  ど、ど、どうしましょう!?
  困ったわ。
  何だか気まずい空気が出来上がってしまった!
  今朝、ちょうどあんな夢を見たから余計に思い出してしまったんだわ……
  うぅ、私ったら!


「本当にごめん」
「い、いえ!  私の方こそ申し訳ございません……」
「いや、僕が!」
「私が!」
「僕!」
「私!」

  …………ますます困ったわ。
  お互いが謝り合う事になってしまった。
  これでは収拾がつかないじゃないの。

「…………」
「…………」

  ……プッ

  お互いしばし無言で見つめ合った後、どちらからともなく笑ってしまった。

「私は気にしていませんし、本当に大丈夫です。だからこの話はここまでにしましょう?」
「……だね」

  ジークフリート様も小さく笑う。
  良かった。雰囲気が戻ったわ。

「それにしても、リラジエ嬢は思ったより頑固なんだね?」
「え!?」
「大人しそうに見えて譲らない」
「そ、それは!」

  今度のジークフリート様は、アハハと大きく笑う。
  もう!  この方は私をからかっているのかしら?

「……可愛いと思ってるよ?」
「は、い?」
「リラジエ嬢のそういう所。本当に可愛いと思ってる」
「……!!」

  こ、今度は口説……!?
  しかも、また可愛い……!?

  一体、どんなからかいの表情を見せているのかと思い、顔を上げてジークフリート様を見たら、まさかの真剣な表情だったので私の胸がドキンッと大きく跳ねた。

「……リラジエ」
「え?」
「リラジエ……と、呼んでもいいかな?」

  う……!  そんな真っ直ぐな目で見られるとダメです!  なんて言えない。

「もし、良ければ僕の事はジークと」
「ジー……」

  そこまで言いかけてハッと思い出した。

  ───お姉様は彼を“ジーク様”と呼んでいたわ。

  何となくお姉様と同じ呼び方をするのは嫌。そう思ってしまった。

「いえ……ジークフリート様でお願いします……」
「そう?」

  ジークフリート様は首を傾げたけど、それ以上の要求も追求も無かったのでホッとした。

  (私ったら、何でそんな風に思ってしまったのかしら……)









「少し歩き疲れたかな?  どこかで休もうか。確かこの辺にちょうど良いお店がー……あ、あった!  あそこだ」

  辺りをキョロキョロと見回したジークフリート様が見つけたお店は、いかにも女性が好きそうな可愛いカフェだった。

「人気のメニューは季節の果物をふんだんに使ったタルトなんだって。リラジエは甘い物は好き?」
「大好きです!!」

  私は笑顔で即答した。甘い物は大好きなの!

「…………っ!  それは良かった。そ、それじゃ入ろうか……コホッ」

  ジークフリート様が私にそっと手を差し出す。
  ……今、変な間が無かったかしら?  気の所為?

  私はおそるおそるその手に自分の手を重ねる。
  ジークフリート様はそんな私を見て優しく微笑んだ。
  その微笑みを見てまた胸がドキンッとしたけれど、同時にモヤっとしたものも生まれた。


  (外にあまり出ないと言っていた割にはお店には詳しいのね……)


  またちょっとした黒い気持ちが湧き上がってきてしまい、そんな自分の心に戸惑ってしまった。










「リラジエは何にする?  やっぱり1番人気のタルト?」
「い、いえ!  実はこちらの苺のケーキも捨て難いのです!」

  お店に入る時までは、どこか黒いモヤッとした気持ちを抱えてしまっていた私だけれど、甘い物を前にすると自他ともに認める単純な私は、お店のケーキにあっという間に気持ちを持っていかれていた。

  (やーー、どれも美味しそう!  悩む!  悩むわ!!)

「はは、それじゃ両方頼む?」

  メニューと睨めっこしたまま決められない私を見てジークフリート様が笑いながら言った。

「いえ!  さすがにそれは太るので困ります!」
「そっか、女性はデリケートなんだねぇ……」

  ジークフリート様がしみじみした顔でそんな事を言う。

「……」

  この方はどこか女性の気持ちに疎そうだわ。
  これで、よくお姉様とお付き合いが出来ていたわね……失礼ながらそんな事を思ってしまった。
  だから顔もお姉様好みだし高位貴族なのにも関わらず捨てられてしまったの……?
  もし、そうなら何だか気の毒だわ……


「よし!  それなら両方頼んで僕と半分こにして食べようか?」
「へ?」
「それなら、リラジエも両方食べられるし、ね!  よし決まりだ!」

  ジークフリート様はとっても爽やかな笑顔でそう言い切った。






  なのに!







「もう!  どうして最初に言ってくれなかったのですか!!」
「……だってさ」

  ジークフリート様はちょっと情けない顔をして項垂れていた。
  私はそんなに彼に水の入ったグラスを手渡す。
  ジークフリート様はそれを受け取り一気に飲み干したあと、拗ねたように言った。

「カッコ悪いじゃないか。あれだけの事を言っておいて実は甘い物が苦手なんだ、なんてさ……」
「何のカッコつけですかっ!!」

  私は怒っていた。

  あれから、運ばれて来たタルトとケーキ。
  ジークフリート様の提案通りに半分こにして食べる事になったわ。
  ちょっと恥ずかしかったけれど!

  どちらも凄く美味しくて私は幸せ~って思って食べていたけれど、何故かあまりジークフリート様が食べていなかったのでどうしたのかと聞いてみた。


─────……


「ジークフリート様?  どうかされましたか?」
「いや、うん……」

  どうにも歯切れの悪い返答。
  どこか具合でも悪いのかしら?  それとも私が付き合わせてしまったから疲れてしまった!?

  なんて心配をしたのに!

「実は……」

  そう神妙な顔をしたジークフリート様から語られたのは、まさかの「甘いものが苦手なんだ」という言葉で。

「リラジエが嬉しそうだったから、僕もどうにかいけるんじゃないかと思ったんだけど、さすがに全部は厳しかったみたいで」

  と、さらに続けられた謎の理論。
  そんなはずないでしょう!?  と、私の怒りが爆発した。


──────……



「でも、リラジエの嬉しそうな顔が見られたから満足なんだ」
「~~!?」

  私は怒っているのに!

  ジークフリート様ったら、ヘニョっとした可愛い顔でそんな事を言うものだから、私の心臓はドキドキで止まってしまうのではないかと思った。

  
  
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