6 / 28
第五話
しおりを挟む「あら? ジークフリート様、あれは何でしょう?」
「うん?」
街の一角に人混みで溢れている場所があった。
何かの催しかしら?
「行ってみる?」
「はい!」
私達はその人混みに向かって歩き出した。
「これは……劇……でしょうか?」
「みたいだね」
人混みの先で行われていたのは、演劇だった。
「少し観ていく?」
「いいのですか?」
「もちろん、リラジエ嬢の顔に観ていきたいって書いてあるからね」
「……!」
ジークフリート様が笑いながらそんな事を言う。
私ってそんなに分かりやすいのかしら?
ちょっと恥ずかしくなって顔を伏せた。
劇は、身分を隠した王子様が下町の娘と恋に落ちる……というまぁ、定番中の定番なお話だった。
『……いつか、君を迎えに行く』
『待っています』
だけど、そんな身分差の恋がうまく行くはずも無く……2人は周りの陰謀に巻き込まれて引き裂かれてしまう。
王子は愛した初恋の彼女の為に奮闘するも……
「~~……!」
私は物語に引き込まれすぎていて、ボロボロ泣いてしまった。
あまりにも感情移入し過ぎてしまい、ジークフリート様がそんな私を優しく見守っていた事にすら気付けなかった。
「すごい夢中で見てたね?」
「……お恥ずかしい限りです」
私はあまりにも恥ずかしくて、顔を覆いながら俯いてしまう。
顔にはまだ涙の跡が残ってるかもしれないから、見られるのは恥ずかしい。
「そんな事ないよ。劇に一喜一憂するリラジエ嬢は可愛かったよ」
「か、可愛!?」
私はますます恥ずかしくなってしまう。
本日2度目の可愛い……
ジーク様はそんな風に言ってくださるけど、本当の所はどうなんだろう?
やっぱり単なるお世辞……?
…………お世辞に違いない。そう思う事にした。
「初恋は叶わないって言うしね」
ジークフリート様が寂しそうに呟く。
「……そうですね」
あの劇は悲恋ものだった。
陰謀により引き裂かれ、それでも下町の娘を諦められなかった王子の奮闘も虚しく2人の再会は永遠に叶わなかった。
でも、現実はそんなものなのかもしれない。
初恋とか身分差の恋とか──……
私の初恋……
今朝見たグレイルとお姉様との嫌な苦い記憶が甦ってしまい、思わず顔を顰めてしまう。
「リラジエ嬢?」
ジークフリート様の声でハッと意識を戻す。
そうだったわ、話の途中だった!
「ごめん、もしかして僕は何か変な事を言ってしまった……のかな?」
「あ、気にしないで下さい! ちょっと実らなかった初恋を思い出してしまっただけです……」
「! ……それは、ごめん!」
ジークフリートが驚いた表情になり、その後は申し訳ないという顔に変わったと思ったらそのまま平謝りされてしまった。
ど、ど、どうしましょう!?
困ったわ。
何だか気まずい空気が出来上がってしまった!
今朝、ちょうどあんな夢を見たから余計に思い出してしまったんだわ……
うぅ、私ったら!
「本当にごめん」
「い、いえ! 私の方こそ申し訳ございません……」
「いや、僕が!」
「私が!」
「僕!」
「私!」
…………ますます困ったわ。
お互いが謝り合う事になってしまった。
これでは収拾がつかないじゃないの。
「…………」
「…………」
……プッ
お互いしばし無言で見つめ合った後、どちらからともなく笑ってしまった。
「私は気にしていませんし、本当に大丈夫です。だからこの話はここまでにしましょう?」
「……だね」
ジークフリート様も小さく笑う。
良かった。雰囲気が戻ったわ。
「それにしても、リラジエ嬢は思ったより頑固なんだね?」
「え!?」
「大人しそうに見えて譲らない」
「そ、それは!」
今度のジークフリート様は、アハハと大きく笑う。
もう! この方は私をからかっているのかしら?
「……可愛いと思ってるよ?」
「は、い?」
「リラジエ嬢のそういう所。本当に可愛いと思ってる」
「……!!」
こ、今度は口説……!?
しかも、また可愛い……!?
一体、どんなからかいの表情を見せているのかと思い、顔を上げてジークフリート様を見たら、まさかの真剣な表情だったので私の胸がドキンッと大きく跳ねた。
「……リラジエ」
「え?」
「リラジエ……と、呼んでもいいかな?」
う……! そんな真っ直ぐな目で見られるとダメです! なんて言えない。
「もし、良ければ僕の事はジークと」
「ジー……」
そこまで言いかけてハッと思い出した。
───お姉様は彼を“ジーク様”と呼んでいたわ。
何となくお姉様と同じ呼び方をするのは嫌。そう思ってしまった。
「いえ……ジークフリート様でお願いします……」
「そう?」
ジークフリート様は首を傾げたけど、それ以上の要求も追求も無かったのでホッとした。
(私ったら、何でそんな風に思ってしまったのかしら……)
「少し歩き疲れたかな? どこかで休もうか。確かこの辺にちょうど良いお店がー……あ、あった! あそこだ」
辺りをキョロキョロと見回したジークフリート様が見つけたお店は、いかにも女性が好きそうな可愛いカフェだった。
「人気のメニューは季節の果物をふんだんに使ったタルトなんだって。リラジエは甘い物は好き?」
「大好きです!!」
私は笑顔で即答した。甘い物は大好きなの!
「…………っ! それは良かった。そ、それじゃ入ろうか……コホッ」
ジークフリート様が私にそっと手を差し出す。
……今、変な間が無かったかしら? 気の所為?
私はおそるおそるその手に自分の手を重ねる。
ジークフリート様はそんな私を見て優しく微笑んだ。
その微笑みを見てまた胸がドキンッとしたけれど、同時にモヤっとしたものも生まれた。
(外にあまり出ないと言っていた割には女性が好きそうなお店には詳しいのね……)
またちょっとした黒い気持ちが湧き上がってきてしまい、そんな自分の心に戸惑ってしまった。
「リラジエは何にする? やっぱり1番人気のタルト?」
「い、いえ! 実はこちらの苺のケーキも捨て難いのです!」
お店に入る時までは、どこか黒いモヤッとした気持ちを抱えてしまっていた私だけれど、甘い物を前にすると自他ともに認める単純な私は、お店のケーキにあっという間に気持ちを持っていかれていた。
(やーー、どれも美味しそう! 悩む! 悩むわ!!)
「はは、それじゃ両方頼む?」
メニューと睨めっこしたまま決められない私を見てジークフリート様が笑いながら言った。
「いえ! さすがにそれは太るので困ります!」
「そっか、女性はデリケートなんだねぇ……」
ジークフリート様がしみじみした顔でそんな事を言う。
「……」
この方はどこか女性の気持ちに疎そうだわ。
これで、よくお姉様とお付き合いが出来ていたわね……失礼ながらそんな事を思ってしまった。
だから顔もお姉様好みだし高位貴族なのにも関わらず捨てられてしまったの……?
もし、そうなら何だか気の毒だわ……
「よし! それなら両方頼んで僕と半分こにして食べようか?」
「へ?」
「それなら、リラジエも両方食べられるし、ね! よし決まりだ!」
ジークフリート様はとっても爽やかな笑顔でそう言い切った。
なのに!
「もう! どうして最初に言ってくれなかったのですか!!」
「……だってさ」
ジークフリート様はちょっと情けない顔をして項垂れていた。
私はそんなに彼に水の入ったグラスを手渡す。
ジークフリート様はそれを受け取り一気に飲み干したあと、拗ねたように言った。
「カッコ悪いじゃないか。あれだけの事を言っておいて実は甘い物が苦手なんだ、なんてさ……」
「何のカッコつけですかっ!!」
私は怒っていた。
あれから、運ばれて来たタルトとケーキ。
ジークフリート様の提案通りに半分こにして食べる事になったわ。
ちょっと恥ずかしかったけれど!
どちらも凄く美味しくて私は幸せ~って思って食べていたけれど、何故かあまりジークフリート様が食べていなかったのでどうしたのかと聞いてみた。
─────……
「ジークフリート様? どうかされましたか?」
「いや、うん……」
どうにも歯切れの悪い返答。
どこか具合でも悪いのかしら? それとも私が付き合わせてしまったから疲れてしまった!?
なんて心配をしたのに!
「実は……」
そう神妙な顔をしたジークフリート様から語られたのは、まさかの「甘いものが苦手なんだ」という言葉で。
「リラジエが嬉しそうだったから、僕もどうにかいけるんじゃないかと思ったんだけど、さすがに全部は厳しかったみたいで」
と、さらに続けられた謎の理論。
そんなはずないでしょう!? と、私の怒りが爆発した。
──────……
「でも、リラジエの嬉しそうな顔が見られたから満足なんだ」
「~~!?」
私は怒っているのに!
ジークフリート様ったら、ヘニョっとした可愛い顔でそんな事を言うものだから、私の心臓はドキドキで止まってしまうのではないかと思った。
82
お気に入りに追加
5,239
あなたにおすすめの小説
この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが
【完結】何故こうなったのでしょう? きれいな姉を押しのけブスな私が王子様の婚約者!!!
りまり
恋愛
きれいなお姉さまが最優先される実家で、ひっそりと別宅で生活していた。
食事も自分で用意しなければならないぐらい私は差別されていたのだ。
だから毎日アルバイトしてお金を稼いだ。
食べるものや着る物を買うために……パン屋さんで働かせてもらった。
パン屋さんは家の事情を知っていて、毎日余ったパンをくれたのでそれは感謝している。
そんな時お姉さまはこの国の第一王子さまに恋をしてしまった。
王子さまに自分を売り込むために、私は王子付きの侍女にされてしまったのだ。
そんなの自分でしろ!!!!!
家出した伯爵令嬢【完結済】
弓立歩
恋愛
薬学に長けた家に生まれた伯爵令嬢のカノン。病弱だった第2王子との7年の婚約の結果は何と婚約破棄だった!これまでの尽力に対して、実家も含めあまりにもつらい仕打ちにとうとうカノンは家を出る決意をする。
番外編において暴力的なシーン等もありますので一応R15が付いています
6/21完結。今後の更新は予定しておりません。また、本編は60000字と少しで柔らかい表現で出来ております
「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。
あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。
「君の為の時間は取れない」と。
それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。
そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。
旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。
あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。
そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。
※35〜37話くらいで終わります。
妹に傷物と言いふらされ、父に勘当された伯爵令嬢は男子寮の寮母となる~そしたら上位貴族のイケメンに囲まれた!?~
サイコちゃん
恋愛
伯爵令嬢ヴィオレットは魔女の剣によって下腹部に傷を受けた。すると妹ルージュが“姉は子供を産めない体になった”と嘘を言いふらす。その所為でヴィオレットは婚約者から婚約破棄され、父からは娼館行きを言い渡される。あまりの仕打ちに父と妹の秘密を暴露すると、彼女は勘当されてしまう。そしてヴィオレットは母から託された古い屋敷へ行くのだが、そこで出会った美貌の双子からここを男子寮とするように頼まれる。寮母となったヴィオレットが上位貴族の令息達と暮らしていると、ルージュが現れてこう言った。「私のために家柄の良い美青年を集めて下さいましたのね、お姉様?」しかし令息達が性悪妹を歓迎するはずがなかった――
お妃候補を辞退したら、初恋の相手に溺愛されました
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のフランソアは、王太子殿下でもあるジェーンの為、お妃候補に名乗りを上げ、5年もの間、親元を離れ王宮で生活してきた。同じくお妃候補の令嬢からは嫌味を言われ、厳しい王妃教育にも耐えてきた。他のお妃候補と楽しく過ごすジェーンを見て、胸を痛める事も日常茶飯事だ。
それでもフランソアは
“僕が愛しているのはフランソアただ1人だ。だからどうか今は耐えてくれ”
というジェーンの言葉を糧に、必死に日々を過ごしていた。婚約者が正式に決まれば、ジェーン様は私だけを愛してくれる!そう信じて。
そんな中、急遽一夫多妻制にするとの発表があったのだ。
聞けばジェーンの強い希望で実現されたらしい。自分だけを愛してくれていると信じていたフランソアは、その言葉に絶望し、お妃候補を辞退する事を決意。
父親に連れられ、5年ぶりに戻った懐かしい我が家。そこで待っていたのは、初恋の相手でもある侯爵令息のデイズだった。
聞けば1年ほど前に、フランソアの家の養子になったとの事。戸惑うフランソアに対し、デイズは…
お飾りの側妃ですね?わかりました。どうぞ私のことは放っといてください!
水川サキ
恋愛
クオーツ伯爵家の長女アクアは17歳のとき、王宮に側妃として迎えられる。
シルバークリス王国の新しい王シエルは戦闘能力がずば抜けており、戦の神(野蛮な王)と呼ばれている男。
緊張しながら迎えた謁見の日。
シエルから言われた。
「俺がお前を愛することはない」
ああ、そうですか。
結構です。
白い結婚大歓迎!
私もあなたを愛するつもりなど毛頭ありません。
私はただ王宮でひっそり楽しく過ごしたいだけなのです。
妹に醜くなったと婚約者を押し付けられたのに、今さら返せと言われても
亜綺羅もも
恋愛
クリスティーナ・デロリアスは妹のエルリーン・デロリアスに辛い目に遭わされ続けてきた。
両親もエルリーンに同調し、クリスティーナをぞんざいな扱いをしてきた。
ある日、エルリーンの婚約者であるヴァンニール・ルズウェアーが大火傷を負い、醜い姿となってしまったらしく、エルリーンはその事実に彼を捨てることを決める。
代わりにクリスティーナを押し付ける形で婚約を無かったことにしようとする。
そしてクリスティーナとヴァンニールは出逢い、お互いに惹かれていくのであった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる