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第11話 新しい生活の始まりは……
しおりを挟む「……っ、疲れた……!」
案内された部屋に到着するなり、そう言いながら私はベッドになだれ込む。
それくらい今日は色々あり過ぎた。
(家を追い出されたのに、仕事を得てそのまま王宮に留まる事になるなんて)
人生ってどう転ぶかわからないものね。
そして……
「……フィリオ」
とにかく色々あったけど、真っ先に浮かぶのは彼の顔。
ここの部屋まで案内してくれる間も、フィリオは私の顔を見ようともしなかった。
「だけど、誤解は解けただけマシだと思うべきかな」
かつて自分を裏切った恋人として私を憎む気持ちを持ちながらも、フィリオはきっと私とは違ってこの3年間で気持ちの整理をつけていたはず。
一方の私は未だに捕われたまま。
「自分でもバカだなって思うけど……好きな気持ちが消せないんだもの……」
さっき、あんな風に昔みたいに言い合いをして……とても懐かしくてもっとこうしていたいと思ってしまった。
一瞬、昔に戻ったのかも……そう錯覚までしてしまった。
「これからもこの先もずっと好きでいる事くらいは許してくれないかな……」
あなたの幸せを邪魔したりはしないから。
「そんな事を思いながらも、きっと私はあなたがこの先、選ぶであろう女性には嫉妬してしまう……」
マリアンナ様の教育係兼話し相手という仕事はそんなに長く続く事は無いはず。
この仕事についてる間は衣食住も保証されるし、給金も貰える。
隣国に拘らなくてもいい。
この先、どうやって生きていくかをその間にもう一度考えてみよう……
そんな事を考えていたら私はウトウトし始めていて、気がつけば眠りに落ちていた。
「……んー」
朝の光を浴びながら、目を覚ました。
(何で誰も起こしてくれないの……って、違う! ここは……家じゃない!)
ハッと今の自分の立場を思い出す。
今までとは違って自分に使用人が付いているわけではない。
自分の事は自分でしなければいけない生活になったんだった。
私は、ベッドから起き上がり朝の支度を始める。
「……これだけは感謝よねぇ。コルセットは辛いもの」
令嬢だった頃は、毎日ドレス、ドレス、ドレス……!
必然的にコルセット締める生活になるわけで。当然1人では着られないから、他の人の手が必要だった。
けど、今の私はドレスを着る必要は無い。
簡素なワンピースで充分な生活。
「あれ? でもマリアンナ様とお会いする時もこの格好でいいの……?」
未来の王太子妃と会うのにこの格好で構わないのか気にはなったけど、平民の自分がドレスを着ている方がおかしいわね、と思い気にするのをやめた。
身の回りの品を殆ど持ってくる事の無かった私は、この部屋の中にある物は好きに使って良いとの話だった。
随分と高待遇だと思う。
「……あ! 髪飾り……!」
家を出る時にユリアがこっそり持たせてくれたあの大事な思い出の髪飾り。
拾った後も懐に仕舞ったままだったのを慌てて取り出す。
昨夜、そのまま寝てしまったので欠けていないか心配したけど、傷1つついてなかった事に安堵した。
「良かったぁ」
これだけはもう絶対に失くせない。
(……昨日はバレなかったみたいだけど、フィリオが髪飾りの事を覚えていて私が未だに未練がましくコレを持ってる事に気付かれたら、絶対に嫌がられる……最悪取り上げられたらどうしよう……)
それだけは絶対に避けたい。
今度こそ何があっても見つからないようにしないと。
私はそう決意した。
そんな事を考えながら湯浴みと朝食を終えて、部屋に戻った直後にドアがノックされる音が聞こえた。
「ーーはい」
私がドアを開けると、そこに居たのはフィリオだった。
「……おはよう」
「お、おはよう……」
ございます、と続けたかったけど、その気配を察知したのかジロリと睨まれたので何とか堪えた。
昨日、ローラン公爵子息と呼ぶ事もやめてくれと言われたけれど、同時に敬語もやめてくれと言われたばかりだった。
「昨夜はちゃんと眠れたか?」
「え、えぇ……まぁ……」
眠ったには眠ったけれど、気付いたら眠りに落ちてた……とは何となく言い難い。
「そうか。まぁ、エリーシャの事だからどうせ、ウトウトしているうちに寝こけてたんだろうけどな」
「っ!!」
「あぁ、図星か」
「……っっ!」
顔色一つ変えずにそんな事を言われた。
これは朝一番にわざわざ嫌味でも言いに来たのかな?
「エリーシャの今日の予定の確認に来た」
「……予定」
違った。どうやら嫌味を言いに来たわけでは無かったらしい。
悪い方向に考え過ぎたわね……
「まずは今日も医者を呼んでるから、診察を受けてくれ」
「診察?」
「………………まだ、少し腫れてるからな」
フィリオが気まずそうな顔をしながらそう口にした。
「あ……」
もう痛みなんて無かったから気にしてなかったな。
フィリオからすればこの顔を見るの気まずいわよね。
(だけど、そんな顔をするって事はどうせ、まだ自分のせいだとか思ってる?)
そんな事を思いつつフィリオを思わず見つめてしまったら目が合った。
フィリオはサッと私から視線を逸らした。
(私とは目が合うのも嫌だ……と?)
「分かった……わ」
「あぁ。それでその後だが。エリーシャも知ってると思うが、マリアンナ嬢はまだ学生だ」
「そうね。あら? と、いう事はマリアンナ様は放課後に王宮に来るという事?」
「そうなる」
フィリオは静かに頷く。
「……なら、私は夕方まで何をして過ごしたらいいの?」
「アランは好きに過ごして構わないと言ってる。外に出る時は護衛をつけるから必ず許可を貰ってくれ」
「好きに過ごせって言われても……」
する事ないなぁ。
王宮にはずっと通っていたから今更、探検する必要も無いし。
改めて振り返ると、ここまでの3年間はずっと王太子妃教育に注ぎ込んで来たから、それが無くなると自分には何も無いのだな、と、思わされる。
私って空っぽね。
そんな私の困惑が伝わったのか、フィリオがため息と共に言った。
「なら、俺たちの仕事を手伝うのはどうだ?」
「は?」
「知ってるとは思うがこっちは常に人手不足だ」
「……」
「何だその顔は? すごく嫌そうだが。無理なら別にいい」
どうやら、不満が顔に出ていたらしい。
……仕事を手伝う事が不満なわけじゃない。むしろ、仕事を与えてくれるならありがとうございます!! と叫びたいくらい。
ただ、フィリオの傍にいる機会が益々増えそうな事を気にしただけ。
単に人手が欲しいだけなのか分からないけれど、こんな事を言い出すなんて、フィリオは私といるのが嫌じゃないのかな?
(きっと過去の事を気にしているのも、戸惑っているのも私だけなんだわ……何だか悔しい……)
「無理だなんて言ってないわよ。そこは、むしろ“手伝って下さい、エリーシャ様”と頼み込むところよ!」
「……は?」
私がフィリオを睨みながらそう口にすると、少し驚いた顔をしたフィリオと目が合った。
ようやく、目が合ったわ! なんて私が思ってると、フィリオも負けじと私を睨み返しながら言った。
「……そういう勝ち気な所は本当に変わってないんだな」
「失礼ね!」
「本当の事だろ? 分かったよ。言えばいいんだろ? ……手伝って下さい、エリーシャ様」
フィリオが心底嫌そうな顔をして言った。
「…………何か腹立つわね?」
「お前が言ったんだろ!?」
フィリオが真っ赤な顔で怒り出す。
「心が足りないわ。だからもう一度」
「~~~!」
さらにフィリオの顔が嫌そうに歪んだ。
(そんな嫌そうな顔しなくてもいいのに。しかし、ここまで嫌いな私に頼むんだもの。これはよほどの人手不足に違いない)
結局、その後更に3回ほどフィリオに、
「手伝って下さい、エリーシャ様」
と言わせた後、引き受ける事にした。
新しい生活の始まりは、何故か朝っぱらからフィリオとの言い合いに発展し、そして私は日中はフィリオの傍で仕事を手伝い、夕方からは登城して来たマリアンナ様への教育係兼話し相手という仕事をする事が決定した。
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