上 下
12 / 18

第11話 新しい生活の始まりは……

しおりを挟む

「……っ、疲れた……!」

  案内された部屋に到着するなり、そう言いながら私はベッドになだれ込む。
  それくらい今日は色々あり過ぎた。

  (家を追い出されたのに、仕事を得てそのまま王宮に留まる事になるなんて)

  人生ってどう転ぶかわからないものね。
  そして……

「……フィリオ」

  とにかく色々あったけど、真っ先に浮かぶのは彼の顔。
  ここの部屋まで案内してくれる間も、フィリオは私の顔を見ようともしなかった。

「だけど、誤解は解けただけマシだと思うべきかな」

  かつて自分を裏切った恋人として私を憎む気持ちを持ちながらも、フィリオはきっと私とは違ってこの3年間で気持ちの整理をつけていたはず。

  一方の私は未だに捕われたまま。

「自分でもバカだなって思うけど……好きな気持ちが消せないんだもの……」

  さっき、あんな風に昔みたいに言い合いをして……とても懐かしくてもっとこうしていたいと思ってしまった。
  一瞬、昔に戻ったのかも……そう錯覚までしてしまった。

「これからもこの先もずっと好きでいる事くらいは許してくれないかな……」

  あなたの幸せを邪魔したりはしないから。
  
「そんな事を思いながらも、きっと私はあなたがこの先、選ぶであろう女性には嫉妬してしまう……」

  マリアンナ様の教育係兼話し相手という仕事はそんなに長く続く事は無いはず。
  この仕事についてる間は衣食住も保証されるし、給金も貰える。
  隣国に拘らなくてもいい。
  この先、どうやって生きていくかをその間にもう一度考えてみよう……
  
  
  そんな事を考えていたら私はウトウトし始めていて、気がつけば眠りに落ちていた。











「……んー」

  朝の光を浴びながら、目を覚ました。

  (何で誰も起こしてくれないの……って、違う!  ここは……家じゃない!)

  ハッと今の自分の立場を思い出す。
  今までとは違って自分に使用人が付いているわけではない。
  自分の事は自分でしなければいけない生活になったんだった。
  私は、ベッドから起き上がり朝の支度を始める。

「……これだけは感謝よねぇ。コルセットは辛いもの」

  令嬢だった頃は、毎日ドレス、ドレス、ドレス……!
  必然的にコルセット締める生活になるわけで。当然1人では着られないから、他の人の手が必要だった。
  けど、今の私はドレスを着る必要は無い。
  簡素なワンピースで充分な生活。

「あれ?  でもマリアンナ様とお会いする時もこの格好でいいの……?」

  未来の王太子妃と会うのにこの格好で構わないのか気にはなったけど、平民の自分がドレスを着ている方がおかしいわね、と思い気にするのをやめた。

  身の回りの品を殆ど持ってくる事の無かった私は、この部屋の中にある物は好きに使って良いとの話だった。
  随分と高待遇だと思う。

「……あ!  髪飾り……!」

  家を出る時にユリアがこっそり持たせてくれたあの大事な思い出の髪飾り。
  拾った後も懐に仕舞ったままだったのを慌てて取り出す。
  昨夜、そのまま寝てしまったので欠けていないか心配したけど、傷1つついてなかった事に安堵した。

「良かったぁ」

  これだけはもう絶対に失くせない。

  (……昨日はバレなかったみたいだけど、フィリオが髪飾りの事を覚えていて私が未だに未練がましくコレを持ってる事に気付かれたら、絶対に嫌がられる……最悪取り上げられたらどうしよう……)

  それだけは絶対に避けたい。
  今度こそ何があっても見つからないようにしないと。
  私はそう決意した。
 
  そんな事を考えながら湯浴みと朝食を終えて、部屋に戻った直後にドアがノックされる音が聞こえた。


「ーーはい」

  私がドアを開けると、そこに居たのはフィリオだった。

「……おはよう」
「お、おはよう……」

  ございます、と続けたかったけど、その気配を察知したのかジロリと睨まれたので何とか堪えた。
  昨日、ローラン公爵子息と呼ぶ事もやめてくれと言われたけれど、同時に敬語もやめてくれと言われたばかりだった。

「昨夜はちゃんと眠れたか?」
「え、えぇ……まぁ……」

  眠ったには眠ったけれど、気付いたら眠りに落ちてた……とは何となく言い難い。

「そうか。まぁ、エリーシャの事だからどうせ、ウトウトしているうちに寝こけてたんだろうけどな」
「っ!!」
「あぁ、図星か」
「……っっ!」

  顔色一つ変えずにそんな事を言われた。
  これは朝一番にわざわざ嫌味でも言いに来たのかな?

「エリーシャの今日の予定の確認に来た」
「……予定」

  違った。どうやら嫌味を言いに来たわけでは無かったらしい。 
  悪い方向に考え過ぎたわね……

「まずは今日も医者を呼んでるから、診察を受けてくれ」
「診察?」
「………………まだ、少し腫れてるからな」

  フィリオが気まずそうな顔をしながらそう口にした。

「あ……」

  もう痛みなんて無かったから気にしてなかったな。
  フィリオからすればこの顔を見るの気まずいわよね。

  (だけど、そんな顔をするって事はどうせ、まだ自分のせいだとか思ってる?)

  そんな事を思いつつフィリオを思わず見つめてしまったら目が合った。
  フィリオはサッと私から視線を逸らした。

  (私とは目が合うのも嫌だ……と?)
  

「分かった……わ」
「あぁ。それでその後だが。エリーシャも知ってると思うが、マリアンナ嬢はまだ学生だ」
「そうね。あら?  と、いう事はマリアンナ様は放課後に王宮に来るという事?」
「そうなる」

  フィリオは静かに頷く。

「……なら、私は夕方まで何をして過ごしたらいいの?」
「アランは好きに過ごして構わないと言ってる。外に出る時は護衛をつけるから必ず許可を貰ってくれ」
「好きに過ごせって言われても……」

  する事ないなぁ。
  王宮にはずっと通っていたから今更、探検する必要も無いし。

  改めて振り返ると、ここまでの3年間はずっと王太子妃教育に注ぎ込んで来たから、それが無くなると自分には何も無いのだな、と、思わされる。
  私って空っぽね。
  
  そんな私の困惑が伝わったのか、フィリオがため息と共に言った。

「なら、俺たちの仕事を手伝うのはどうだ?」
「は?」
「知ってるとは思うがこっちは常に人手不足だ」
「……」
「何だその顔は?  すごく嫌そうだが。無理なら別にいい」

  どうやら、不満が顔に出ていたらしい。
  ……仕事を手伝う事が不満なわけじゃない。むしろ、仕事を与えてくれるならありがとうございます!!  と叫びたいくらい。
  ただ、フィリオの傍にいる機会が益々増えそうな事を気にしただけ。

  単に人手が欲しいだけなのか分からないけれど、こんな事を言い出すなんて、フィリオは私といるのが嫌じゃないのかな?

  (きっと過去の事を気にしているのも、戸惑っているのも私だけなんだわ……何だか悔しい……)

「無理だなんて言ってないわよ。そこは、むしろ“手伝って下さい、エリーシャ様”と頼み込むところよ!」
「……は?」

  私がフィリオを睨みながらそう口にすると、少し驚いた顔をしたフィリオと目が合った。
  ようやく、目が合ったわ!  なんて私が思ってると、フィリオも負けじと私を睨み返しながら言った。

「……そういう勝ち気な所は本当に変わってないんだな」
「失礼ね!」
「本当の事だろ?  分かったよ。言えばいいんだろ?  ……手伝って下さい、エリーシャ様」

  フィリオが心底嫌そうな顔をして言った。

「…………何か腹立つわね?」
「お前が言ったんだろ!?」

  フィリオが真っ赤な顔で怒り出す。

「心が足りないわ。だからもう一度」
「~~~!」

  さらにフィリオの顔が嫌そうに歪んだ。

  (そんな嫌そうな顔しなくてもいいのに。しかし、ここまで嫌いな私に頼むんだもの。これはよほどの人手不足に違いない)

  結局、その後更に3回ほどフィリオに、
「手伝って下さい、エリーシャ様」
  と言わせた後、引き受ける事にした。



  新しい生活の始まりは、何故か朝っぱらからフィリオとの言い合いに発展し、そして私は日中はフィリオの傍で仕事を手伝い、夕方からは登城して来たマリアンナ様への教育係兼話し相手という仕事をする事が決定した。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】貴方を愛するつもりはないは 私から

Mimi
恋愛
結婚初夜、旦那様は仰いました。 「君とは白い結婚だ!」 その後、 「お前を愛するつもりはない」と、 続けられるのかと私は思っていたのですが…。 16歳の幼妻と7歳年上23歳の旦那様のお話です。 メインは旦那様です。 1話1000字くらいで短めです。 『俺はずっと片想いを続けるだけ』を引き続き お読みいただけますようお願い致します。 (1ヶ月後のお話になります) 注意  貴族階級のお話ですが、言葉使いが…です。  許せない御方いらっしゃると思います。  申し訳ありません🙇💦💦  見逃していただけますと幸いです。 R15 保険です。 また、好物で書きました。 短いので軽く読めます。 どうぞよろしくお願い致します! *『俺はずっと片想いを続けるだけ』の タイトルでベリーズカフェ様にも公開しています (若干の加筆改訂あります)

私はあなたの何番目ですか?

ましろ
恋愛
医療魔法士ルシアの恋人セシリオは王女の専属護衛騎士。王女はひと月後には隣国の王子のもとへ嫁ぐ。無事輿入れが終わったら結婚しようと約束していた。 しかし、隣国の情勢不安が騒がれだした。不安に怯える王女は、セシリオに1年だけ一緒に来てほしいと懇願した。 基本ご都合主義。R15は保険です。

【完結】「お迎えに上がりました、お嬢様」

まほりろ
恋愛
私の名前はアリッサ・エーベルト、由緒ある侯爵家の長女で、第一王子の婚約者だ。 ……と言えば聞こえがいいが、家では継母と腹違いの妹にいじめられ、父にはいないものとして扱われ、婚約者には腹違いの妹と浮気された。 挙げ句の果てに妹を虐めていた濡れ衣を着せられ、婚約を破棄され、身分を剥奪され、塔に幽閉され、現在軟禁(なんきん)生活の真っ最中。 私はきっと明日処刑される……。 死を覚悟した私の脳裏に浮かんだのは、幼い頃私に仕えていた執事見習いの男の子の顔だった。 ※「幼馴染が王子様になって迎えに来てくれた」を推敲していたら、全く別の話になってしまいました。 勿体ないので、キャラクターの名前を変えて別作品として投稿します。 本作だけでもお楽しみいただけます。 ※他サイトにも投稿してます。 「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。

鈍感令嬢は分からない

yukiya
恋愛
 彼が好きな人と結婚したいようだから、私から別れを切り出したのに…どうしてこうなったんだっけ?

帰らなければ良かった

jun
恋愛
ファルコン騎士団のシシリー・フォードが帰宅すると、婚約者で同じファルコン騎士団の副隊長のブライアン・ハワードが、ベッドで寝ていた…女と裸で。 傷付いたシシリーと傷付けたブライアン… 何故ブライアンは溺愛していたシシリーを裏切ったのか。 *性被害、レイプなどの言葉が出てきます。 気になる方はお避け下さい。 ・8/1 長編に変更しました。 ・8/16 本編完結しました。

ボロボロに傷ついた令嬢は初恋の彼の心に刻まれた

ミカン♬
恋愛
10歳の時に初恋のセルリアン王子を暗殺者から庇って傷ついたアリシアは、王家が責任を持ってセルリアンの婚約者とする約束であったが、幼馴染を溺愛するセルリアンは承知しなかった。 やがて婚約の話は消えてアリシアに残ったのは傷物令嬢という不名誉な二つ名だけだった。 ボロボロに傷ついていくアリシアを同情しつつ何も出来ないセルリアンは冷酷王子とよばれ、幼馴染のナターシャと婚約を果たすが互いに憂いを隠せないのであった。 一方、王家の陰謀に気づいたアリシアは密かに復讐を決心したのだった。 2024.01.05 あけおめです!後日談を追加しました。ヒマつぶしに読んで頂けると嬉しいです。 フワっと設定です。他サイトにも投稿中です。

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

伝える前に振られてしまった私の恋

メカ喜楽直人
恋愛
母に連れられて行った王妃様とのお茶会の席を、ひとり抜け出したアーリーンは、幼馴染みと友人たちが歓談する場に出くわす。 そこで、ひとりの令息が婚約をしたのだと話し出した。

処理中です...