8 / 18
第8話 マリアンナ様の乱入
しおりを挟む「……」
「……殿下?」
何故か殿下が泣きそうな顔になった。
「あ、いや、すまない。はっきり言ってくれてありがとう」
「……?」
何でそんな表情するのかな、と思ったけれど、昨日は否定しなかったせいかと思い直した。
「……その頬の怪我。先程、公爵にやられたと言っていたな?」
「あ、はい」
「それは私達が君をあの場であんな風に責めたててしまったせいなんだろう? だから公爵は君を……」
そう尋ねてくる殿下の表情は申し訳なさと後悔が入り交じった様子で。
フィリオは俯いていて表情がよく見えなかったけど、何となく身体が震えているように見えた。
「どれだけ謝罪しても足りない……」
殿下とフィリオが再び私に頭を下げる。
もう本日、何度目の謝罪だろう?
ここまでされると、だんだん私の方も申し訳ない気持ちになって来て正直困る。
だって。
確かに叩かれたのは痛かったけれど、今は家から勘当される切っ掛けになったこの冤罪、むしろありがとうございますって、気持ちの方が強いんだもの。
確かに昨日のあの場では、なんて迷惑な……とも思ったわ。
王太子妃になれないと分かった私は絶対に勘当されるはず……そう信じてたから。
……だけど、違った。
帰宅する時、怒りに満ちたあの人達の会話を聞いていたら、私のその考えがどれだけ甘かったかを知った。
あの人達はそんな事では諦める人達じゃなかった。
だけど、私が冤罪をかけられ、しかも否定しなかった事で次の計画を断念せざるを得なくなったあの人達はようやく私を用済みと見なしてくれた。
(この冤罪はむしろ、私を望み通りに導いてくれた事になる。むしろこれが無かったら私は今頃……)
あの人達に私を勘当するという決定打を与えてくれてありがとうなんて思ってしまっている私にここまで謝らないで欲しい。
ただ、マリアンナ様に危害を加えた犯人の事はもちろん許せないから、そこはしっかりしてくれないと困るけど。
「……殿下、もう私などに頭を下げないでください! フィ……じゃない、……ロ、ローラン公爵子息様もです!! それに、父に手をあげられたのはこの断罪だけが理由ではありません!」
「それはー……」
殿下がどこか察したかのような顔をする。
「……王太子妃に選ばれなかった事、その事自体にそもそも父は腹を立てておりました。だからこの件があっても無くてもどちらにしても私は父に手をあげられていたと思います」
私はそう口にしながらそっと目を伏せる。
「何故だ?」
「……はい?」
突然、フィリオの鋭い声が発せられた。
慌ててフィリオに顔を向けると完全に怒りのオーラが再熱しているようにも思えた。
「君自身が王太子妃に選ばれず悔しい思いをするのは分かる。だが何故、マクロイド卿が君を殴るほど腹を立てるんだ?」
フィリオのこの言葉を聞いて、私は悟った。
あぁ、結局フィリオはずっと誤解したままだったのだと。
今、ここで本当の事を告げても良いのかしら?
いや……告げるしかないのだけど。
「……私に王太子妃の座を射止める事を望んだのは、お父様とお母様だったからです」
「は?」
「殿下には申し訳ありませんが、王太子妃の座を望んだのは私の意思ではありません」
私のその言葉にフィリオは目を見開いて驚き固まり、一方のアラン殿下は……
全く驚いていなかった。
「あの、殿下……?」
「そうだろうな。それにエリーシャ嬢、君は例え選ばれたとしても辞退するつもりだったのではないか?」
「それ、は……」
殿下は、私が密かに心に決めていた事をあっさりと見抜いていた。
「エリーシャ嬢、君は2年前から急に王太子妃教育に積極的になった。そこからの君の頑張りと周囲の評価は尊敬に値する」
「あ、ありがとうございます?」
「だけど、そんな君は全くと言って良いほど私を見ていなかった」
「ど、どうして……」
ユリアにも見抜かれていたけれど、そんなに私は分かりやすかったのかしら?
「どうして、か。そうだな。私がマリアンナに恋をしたからだろうな。それまでは分からなかったが」
「あぁ……」
「エリーシャ嬢、君は公の場では私を慕っている様子や仕草を見せていたけれど、君の私を見る目にはその熱量は一切無かったし、王太子妃教育に熱心に取り組み始めた割には、その座にしがみつきたいという熱意も全く感じられなかった」
「熱意……」
「プライベートでも私との仲を深めようともしなかっただろう? 本気で王太子妃になりたいのなら、私と良好な関係を築く事も必要なのにも関わらず、な」
「……!」
殿下の指摘を受けて、思い当たる事は多い。
がむしゃらに教育には励んできたけれど、私の心の中はフィリオの事を全く忘れられていなかったので、殿下を男性として愛そうとはしていなかった。
「……いくら政略結婚を強いられても……私だって好いた人と出来れば添い遂げたかった」
……殿下の目には、きっとあの頃の私が何を考えているのか分かりづらかったのだろうな……と今更ながら思わされた。
「申し訳ございませんでした」
「いや、謝らないでくれ。エリーシャ嬢が詫びる事など一つもないのだから。むしろ謝らねばならないのはこっちの方だ」
殿下がそう話す一方で、フィリオの顔色はあまり良くなかった。
呆然としている、と言ってもいい。
(……怒ってるのかな? 怒ってるよね。自分を捨ててまで王太子妃の座を射止めたいと思っていたはずの元恋人が本当は全く目指していませんでした! なんて……)
だけど、例え私自身が王太子妃の座を望んでいようがいまいが、あの時、両親を説得出来なかった時点で私とフィリオの関係が壊れた事に変わりはなくて。
そして、その縁は切れたまま……
私が今でもフィリオの事を忘れられなくても、フィリオは違う。
真実を知ったからといってもう一度好きになってもらえるなんて思えない。
(きっと、私の事をますます腹立たしく思い、更に嫌われてしまったわね)
私はどうしてもフィリオの顔が見れなくてそっと彼から視線を逸らした。
(胸が痛いな……)
「──それで、今後の事なのだが……その荷物といいその様子といい……」
「勘当されました。二度と戻ってくる事は許さないと言われています」
「「!!」」
殿下とフィリオが息を呑んだ。その顔色は悪い。
……勘当されて喜んでます、なんて言える雰囲気では無いわね……
「……先程までの口振りから推測すると、勘当される事は前もって予想していたのか?」
「はい」
まぁ、選ばれなかっただけでは勘当されなかったかもしれないと、昨夜知ったけれど。
「……そうだったのか……罪滅ぼしにもならないだろうが、エリーシャ嬢。君の今後を支援させて欲しい」
「はい?」
どういう事?
「エリーシャ嬢、君は勘当される事を見越して今後の事も考えていたのだろう?」
「そうですね……出来る範囲で準備をしてはいました」
私の返答に殿下は「そうか……」と呟いた。
「ならエリーシャ嬢、君はこの先どうするつもりだったんだ? 手助け出来る事は無いか? あれば遠慮なく言って欲しい」
「あ、私は……」
そこまで言いかけた時、部屋の扉をノックする音が聞こえた。
「誰だ?」
フィリオが応対する為に扉に近付くと、
「エリーシャ様!!」
「!?」
すごい勢いで部屋の中に飛び込んで来たのはマリアンナ様だった。
「マリアンナ!?」
「マリアンナ様……」
アラン殿下も驚いてる事からこの訪問は予定に無かった事が窺える。
「エリーシャ様が来ていると聞いてやって来てしまいました!」
「いや、マリアンナ……」
殿下は困惑しているようで、フィリオも言葉を失ってる。
「何ですか? 殿下達は当然ですけど昨日の謝罪をしてたんですよね?」
「あ、あぁ」
「どうせ、2人共、すまなかった……しか言ってないのでしょう? しないよりはマシですけど! あぁ、優しいエリーシャ様はそれでも許しちゃうんですよね??」
そう言ってマリアンナ様は私を見る。
「って、エリーシャ様、そのお顔……」
「……」
なんて答えたらいいのかしらね。
私が困惑していると、マリアンナ様はそれだけで色々察したらしい。
「アラン殿下! フィリオ様!! これはどういう事です!?」
「え? マ、マリアンナ様?」
怒り出すマリアンナ様に私は更に困惑する。
「ふ、2人のせいで、エリーシャ様の麗しのお顔が傷付いてしまわれたではありませんか!! これは、大損害ですよ!!」
「あ、あの、マリアンナ様……??」
麗しのお顔って何だろう?
それよりも、マリアンナ様って可愛い顔に似合わずなかなか辛辣な事を言う方だ。
諸々の件を殿下に頼らなかったのも分かる気がした。
「いいんですよ、これくらいは言っておかないと! 殿下もフィリオ様も反省しませんから。だって今回の事だって、いくらめー……」
「マリアンナ、分かった……分かったから。頼むからもう少しトーンを抑えてくれ……」
「あら」
タジタジのアラン殿下を見てマリアンナ様は満足気に微笑む。
マリアンナ様はこれまで見てきた姿や昨日の婚約発表の瞬間とだいぶ印象が違う。
「それで、マリアンナは何しに来たんだ?」
「もちろん、エリーシャ様に会いにですよ。それと直談判してしまおうと思いまして!」
「直談判?」
マリアンナ様は私達を見てニッコリ笑いながら言った。
「エリーシャ様に、私の教育係になってもらいたいと言うお願いです!」
「はい?」
思っても見なかったお願いに私の声は裏返った。
60
お気に入りに追加
2,869
あなたにおすすめの小説
【完結】「幼馴染が皇子様になって迎えに来てくれた」
まほりろ
恋愛
腹違いの妹を長年に渡りいじめていた罪に問われた私は、第一王子に婚約破棄され、侯爵令嬢の身分を剥奪され、塔の最上階に閉じ込められていた。
私が腹違いの妹のマダリンをいじめたという事実はない。
私が断罪され兵士に取り押さえられたときマダリンは、第一王子のワルデマー殿下に抱きしめられにやにやと笑っていた。
私は妹にはめられたのだ。
牢屋の中で絶望していた私の前に現れたのは、幼い頃私に使えていた執事見習いのレイだった。
「迎えに来ましたよ、メリセントお嬢様」
そう言って、彼はニッコリとほほ笑んだ
※他のサイトにも投稿してます。
「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」
表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。
【完結】私の婚約者は妹のおさがりです
葉桜鹿乃
恋愛
「もう要らないわ、お姉様にあげる」
サリバン辺境伯領の領主代行として領地に籠もりがちな私リリーに対し、王都の社交界で華々しく活動……悪く言えば男をとっかえひっかえ……していた妹ローズが、そう言って寄越したのは、それまで送ってきていたドレスでも宝飾品でもなく、私の初恋の方でした。
ローズのせいで広まっていたサリバン辺境伯家の悪評を止めるために、彼は敢えてローズに近付き一切身体を許さず私を待っていてくれていた。
そして彼の初恋も私で、私はクールな彼にいつのまにか溺愛されて……?
妹のおさがりばかりを貰っていた私は、初めて本でも家庭教師でも実権でもないものを、両親にねだる。
「お父様、お母様、私この方と婚約したいです」
リリーの大事なものを守る為に奮闘する侯爵家次男レイノルズと、領地を大事に思うリリー。そしてリリーと自分を比べ、態と奔放に振る舞い続けた妹ローズがハッピーエンドを目指す物語。
小説家になろう様でも別名義にて連載しています。
※感想の取り扱いについては近況ボードを参照ください。(10/27追記)
妖精隠し
棗
恋愛
誰からも愛される美しい姉のアリエッタと地味で両親からの関心がない妹のアーシェ。
4歳の頃から、屋敷の離れで忘れられた様に過ごすアーシェの側には人間離れした美しさを持つ男性フローが常にいる。
彼が何者で、何処から来ているのかアーシェは知らない。
【完結】記憶喪失になってから、あなたの本当の気持ちを知りました
Rohdea
恋愛
誰かが、自分を呼ぶ声で目が覚めた。
必死に“私”を呼んでいたのは見知らぬ男性だった。
──目を覚まして気付く。
私は誰なの? ここはどこ。 あなたは誰?
“私”は馬車に轢かれそうになり頭を打って気絶し、起きたら記憶喪失になっていた。
こうして私……リリアはこれまでの記憶を失くしてしまった。
だけど、なぜか目覚めた時に傍らで私を必死に呼んでいた男性──ロベルトが私の元に毎日のようにやって来る。
彼はただの幼馴染らしいのに、なんで!?
そんな彼に私はどんどん惹かれていくのだけど……
【完結】そんなに嫌いなら婚約破棄して下さい! と口にした後、婚約者が記憶喪失になりまして
Rohdea
恋愛
──ある日、婚約者が記憶喪失になりました。
伯爵令嬢のアリーチェには、幼い頃からの想い人でもある婚約者のエドワードがいる。
幼馴染でもある彼は、ある日を境に無口で無愛想な人に変わってしまっていた。
素っ気無い態度を取られても一途にエドワードを想ってきたアリーチェだったけど、
ある日、つい心にも無い言葉……婚約破棄を口走ってしまう。
だけど、その事を謝る前にエドワードが事故にあってしまい、目を覚ました彼はこれまでの記憶を全て失っていた。
記憶を失ったエドワードは、まるで昔の彼に戻ったかのように優しく、
また婚約者のアリーチェを一途に愛してくれるようになったけど──……
そしてある日、一人の女性がエドワードを訪ねて来る。
※婚約者をざまぁする話ではありません
※2022.1.1 “謎の女”が登場したのでタグ追加しました
婚約破棄寸前だった令嬢が殺されかけて眠り姫となり意識を取り戻したら世界が変わっていた話
ひよこ麺
恋愛
シルビア・ベアトリス侯爵令嬢は何もかも完璧なご令嬢だった。婚約者であるリベリオンとの関係を除いては。
リベリオンは公爵家の嫡男で完璧だけれどとても冷たい人だった。それでも彼の幼馴染みで病弱な男爵令嬢のリリアにはとても優しくしていた。
婚約者のシルビアには笑顔ひとつ向けてくれないのに。
どんなに尽くしても努力しても完璧な立ち振る舞いをしても振り返らないリベリオンに疲れてしまったシルビア。その日も舞踏会でエスコートだけしてリリアと居なくなってしまったリベリオンを見ているのが悲しくなりテラスでひとり夜風に当たっていたところ、いきなり何者かに後ろから押されて転落してしまう。
死は免れたが、テラスから転落した際に頭を強く打ったシルビアはそのまま意識を失い、昏睡状態となってしまう。それから3年の月日が流れ、目覚めたシルビアを取り巻く世界は変っていて……
※正常な人があまりいない話です。
殿下が恋をしたいと言うのでさせてみる事にしました。婚約者候補からは外れますね
さこの
恋愛
恋がしたい。
ウィルフレッド殿下が言った…
それではどうぞ、美しい恋をしてください。
婚約者候補から外れるようにと同じく婚約者候補のマドレーヌ様が話をつけてくださりました!
話の視点が回毎に変わることがあります。
緩い設定です。二十話程です。
本編+番外編の別視点
取り巻き令嬢Aは覚醒いたしましたので
モンドール
恋愛
揶揄うような微笑みで少女を見つめる貴公子。それに向き合うのは、可憐さの中に少々気の強さを秘めた美少女。
貴公子の周りに集う取り巻きの令嬢たち。
──まるでロマンス小説のワンシーンのようだわ。
……え、もしかして、わたくしはかませ犬にもなれない取り巻き!?
公爵令嬢アリシアは、初恋の人の取り巻きA卒業を決意した。
(『小説家になろう』にも同一名義で投稿しています。)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる