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第8話 マリアンナ様の乱入

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「……」
「……殿下?」

  何故か殿下が泣きそうな顔になった。

「あ、いや、すまない。はっきり言ってくれてありがとう」
「……?」

  何でそんな表情するのかな、と思ったけれど、昨日は否定しなかったせいかと思い直した。

「……その頬の怪我。先程、公爵にやられたと言っていたな?」
「あ、はい」
「それは私達が君をあの場であんな風に責めたててしまったせいなんだろう?  だから公爵は君を……」

  そう尋ねてくる殿下の表情は申し訳なさと後悔が入り交じった様子で。
  フィリオは俯いていて表情がよく見えなかったけど、何となく身体が震えているように見えた。

「どれだけ謝罪しても足りない……」

  殿下とフィリオが再び私に頭を下げる。
  もう本日、何度目の謝罪だろう?  
  ここまでされると、だんだん私の方も申し訳ない気持ちになって来て正直困る。

  だって。

  確かに叩かれたのは痛かったけれど、今は家から勘当される切っ掛けになったこの冤罪、むしろありがとうございますって、気持ちの方が強いんだもの。
  確かに昨日のあの場では、なんて迷惑な……とも思ったわ。
  王太子妃になれないと分かった私は絶対に勘当されるはず……そう信じてたから。

  ……だけど、違った。
  帰宅する時、怒りに満ちたの会話を聞いていたら、私のその考えがどれだけ甘かったかを知った。

  

  だけど、私が冤罪をかけられ、しかも否定しなかった事でを断念せざるを得なくなったあの人達はようやく私を用済みと見なしてくれた。

  (この冤罪はむしろ、私を望み通りに導いてくれた事になる。むしろこれが無かったら私は今頃……)

  あの人達に私を勘当するという決定打を与えてくれてありがとうなんて思ってしまっている私にここまで謝らないで欲しい。
  ただ、マリアンナ様に危害を加えた犯人の事はもちろん許せないから、そこはしっかりしてくれないと困るけど。

  
「……殿下、もう私などに頭を下げないでください! フィ……じゃない、……ロ、ローラン公爵子息様もです!!  それに、父に手をあげられたのはこの断罪だけが理由ではありません!」
「それはー……」

  殿下がどこか察したかのような顔をする。

「……王太子妃に選ばれなかった事、その事自体にそもそも父は腹を立てておりました。だからこの件があっても無くてもどちらにしても私は父に手をあげられていたと思います」

  私はそう口にしながらそっと目を伏せる。

「何故だ?」
「……はい?」

  突然、フィリオの鋭い声が発せられた。
  慌ててフィリオに顔を向けると完全に怒りのオーラが再熱しているようにも思えた。 

「君自身が王太子妃に選ばれず悔しい思いをするのは分かる。だが何故、マクロイド卿が君を殴るほど腹を立てるんだ?」

  フィリオのこの言葉を聞いて、私は悟った。
  あぁ、結局フィリオはずっと誤解したままだったのだと。

  今、ここで本当の事を告げても良いのかしら?
  いや……告げるしかないのだけど。

「……私に王太子妃の座を射止める事を望んだのは、お父様とお母様だったからです」
「は?」
「殿下には申し訳ありませんが、王太子妃の座を望んだのは私の意思ではありません」

  私のその言葉にフィリオは目を見開いて驚き固まり、一方のアラン殿下は……
  全く驚いていなかった。

「あの、殿下……?」
「そうだろうな。それにエリーシャ嬢、君は例え選ばれたとしても辞退するつもりだったのではないか?」
「それ、は……」

  殿下は、私が密かに心に決めていた事をあっさりと見抜いていた。

「エリーシャ嬢、君は2年前から急に王太子妃教育に積極的になった。そこからの君の頑張りと周囲の評価は尊敬に値する」
「あ、ありがとうございます?」
「だけど、そんな君は全くと言って良いほど私を見ていなかった」
「ど、どうして……」

  ユリアにも見抜かれていたけれど、そんなに私は分かりやすかったのかしら?

「どうして、か。そうだな。私がマリアンナに恋をしたからだろうな。それまでは分からなかったが」
「あぁ……」
「エリーシャ嬢、君は公の場では私を慕っている様子や仕草を見せていたけれど、君の私を見る目にはその熱量は一切無かったし、王太子妃教育に熱心に取り組み始めた割には、その座にしがみつきたいという熱意も全く感じられなかった」
「熱意……」
「プライベートでも私との仲を深めようともしなかっただろう?  本気で王太子妃になりたいのなら、私と良好な関係を築く事も必要なのにも関わらず、な」
「……!」

  殿下の指摘を受けて、思い当たる事は多い。
  がむしゃらに教育には励んできたけれど、私の心の中はフィリオの事を全く忘れられていなかったので、殿下を男性として愛そうとはしていなかった。

「……いくら政略結婚を強いられても……私だって好いた人と出来れば添い遂げたかった」

  ……殿下の目には、きっとあの頃の私が何を考えているのか分かりづらかったのだろうな……と今更ながら思わされた。

「申し訳ございませんでした」
「いや、謝らないでくれ。エリーシャ嬢が詫びる事など一つもないのだから。むしろ謝らねばならないのはこっちの方だ」

  殿下がそう話す一方で、フィリオの顔色はあまり良くなかった。
  呆然としている、と言ってもいい。

  (……怒ってるのかな?   怒ってるよね。自分を捨ててまで王太子妃の座を射止めたいと思っていたはずの元恋人が本当は全く目指していませんでした!  なんて……)

  だけど、例え私自身が王太子妃の座を望んでいようがいまいが、あの時、両親を説得出来なかった時点で私とフィリオの関係が壊れた事に変わりはなくて。
  そして、その縁は切れたまま……

  私が今でもフィリオの事を忘れられなくても、フィリオは違う。
  真実を知ったからといってもう一度好きになってもらえるなんて思えない。

  (きっと、私の事をますます腹立たしく思い、更に嫌われてしまったわね)

  私はどうしてもフィリオの顔が見れなくてそっと彼から視線を逸らした。

  (胸が痛いな……)







「──それで、今後の事なのだが……その荷物といいその様子といい……」
「勘当されました。二度と戻ってくる事は許さないと言われています」
「「!!」」

  殿下とフィリオが息を呑んだ。その顔色は悪い。
  ……勘当されて喜んでます、なんて言える雰囲気では無いわね……

「……先程までの口振りから推測すると、勘当される事は前もって予想していたのか?」
「はい」

  まぁ、選ばれなかっただけでは勘当されなかったかもしれないと、昨夜知ったけれど。

「……そうだったのか……罪滅ぼしにもならないだろうが、エリーシャ嬢。君の今後を支援させて欲しい」
「はい?」

  どういう事?

「エリーシャ嬢、君は勘当される事を見越して今後の事も考えていたのだろう?」
「そうですね……出来る範囲で準備をしてはいました」

  私の返答に殿下は「そうか……」と呟いた。

「ならエリーシャ嬢、君はこの先どうするつもりだったんだ?  手助け出来る事は無いか?  あれば遠慮なく言って欲しい」
「あ、私は……」


  そこまで言いかけた時、部屋の扉をノックする音が聞こえた。

「誰だ?」

  フィリオが応対する為に扉に近付くと、


「エリーシャ様!!」
「!?」

  すごい勢いで部屋の中に飛び込んで来たのはマリアンナ様だった。

「マリアンナ!?」
「マリアンナ様……」

  アラン殿下も驚いてる事からこの訪問は予定に無かった事が窺える。

「エリーシャ様が来ていると聞いてやって来てしまいました!」
「いや、マリアンナ……」

  殿下は困惑しているようで、フィリオも言葉を失ってる。

「何ですか?  殿下達は当然ですけど昨日の謝罪をしてたんですよね?」
「あ、あぁ」
「どうせ、2人共、すまなかった……しか言ってないのでしょう?  しないよりはマシですけど!  あぁ、優しいエリーシャ様はそれでも許しちゃうんですよね??」

  そう言ってマリアンナ様は私を見る。

「って、エリーシャ様、そのお顔……」
「……」

  なんて答えたらいいのかしらね。
  私が困惑していると、マリアンナ様はそれだけで色々察したらしい。

「アラン殿下!  フィリオ様!!  これはどういう事です!?」
「え?  マ、マリアンナ様?」

  怒り出すマリアンナ様に私は更に困惑する。

「ふ、2人のせいで、エリーシャ様の麗しのお顔が傷付いてしまわれたではありませんか!!  これは、大損害ですよ!!」
「あ、あの、マリアンナ様……??」

  麗しのお顔って何だろう?

  それよりも、マリアンナ様って可愛い顔に似合わずなかなか辛辣な事を言う方だ。
  諸々の件を殿下に頼らなかったのも分かる気がした。


「いいんですよ、これくらいは言っておかないと!  殿下もフィリオ様も反省しませんから。だって今回の事だって、いくらめー……」
「マリアンナ、分かった……分かったから。頼むからもう少しトーンを抑えてくれ……」
「あら」

  タジタジのアラン殿下を見てマリアンナ様は満足気に微笑む。
  マリアンナ様はこれまで見てきた姿や昨日の婚約発表の瞬間とだいぶ印象が違う。

「それで、マリアンナは何しに来たんだ?」
「もちろん、エリーシャ様に会いにですよ。それと直談判してしまおうと思いまして!」
「直談判?」

  マリアンナ様は私達を見てニッコリ笑いながら言った。

「エリーシャ様に、私の教育係になってもらいたいと言うお願いです!」
「はい?」


  思っても見なかったお願いに私の声は裏返った。

 
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