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第三話
しおりを挟むそれからの私達は、頻繁に手紙を送り合い仲を深めていった。
「見てください、お父様! エミリオ殿下ってとっても字が綺麗なの!」
「そ、そうか……」
「聞いてください、お父様! エミリオ殿下って将来の為に、頻繁に大陸内の国を訪問して回っているんですって!」
「さ、さすがだな……」
「ふふ、レヴィアタンに来る時は会えるかしら……」
うっとりとした表情の私に反してお父様の顔色はどこか優れない。
「お父様? どうかしましたの?」
「いや……」
お父様が優しく頭を撫でる。
「エミリオ殿下もいい人でシャロンが幸せそうで良かったが、きっとこの先、苦労させる事になるな、と」
「お父様……」
何を言いたいかは分かる。
いくら夫となるエミリオ殿下が良い人でも、彼の周りが全員そうだとは限らない。
国民感情だってそうだ。王太子殿下のお相手がレヴィアタンの王女なんて! そんな反発の声も上がっているに違いない。
実際、この国でも私がランドゥーニの王子と婚約したとの発表後から、婚約解消を求める声も上がっていると聞く。
「それでも、これが王女としての私の“お役目”だから」
「シャロン」
(そんな顔しないで、お父様。政略結婚でも私は絶対に幸せになってみせるから!)
あんな風に温かく迎えてくれたエミリオ殿下とならきっと幸せになれる、そう思うの。
私は静かに微笑んだ。
「ランドゥーニ王国、レヴィアタン王国、イラスラー帝国、ファルージャ王国……大陸のこの四つの国の関係は微妙なのよね……」
ざっくり言えば、もともとランドゥーニとレヴィアタンが、とにかくいざこざが多くて戦争を繰り返していて、そこに何を考えているのかよく分からないイラスラー帝国……そして、完全中立のファルージャ王国が加わる。
私の持っている知識はこの程度。
だけど、ランドゥーニに嫁ぐ身としてやはり、各国の関係や情勢はもっと細かい所までしっかり頭に入れておかないといけない。
そう思った私は書庫から本を借りて読んでいた。
(家庭教師からも教わっていたけれど、どうも主観が入りがちなのよね)
言葉の節々にランドゥーニが悪い……そう思っていることが聞いているだけでも感じ取れた。
「やっぱり、ランドゥーニとレヴィアタンのいざこざの発端は領土問題なのねぇ……ファルージャは一番離れているせいで我が国とは関係が浅いわ……でも、一番不気味なのはイラスラー帝国……」
あの国には歳の近い王女がいるのだけれど、正直に言うと私は彼女が苦手だ。
以前、お父様に連れられてイラスラー帝国にお邪魔したことがあるけれど、顔を合わせた瞬間に何故かじろりと睨まれた覚えがある。
その時は、イラスラー帝国の王族が持つと言われている“紅い瞳”がすごく怖く見えた。
(ランドゥーニとイラスラー帝国の関係もちょっと……なのねぇ)
これは、私とエミリオ殿下の婚姻の話を聞いて帝国は動くのか、それともそのまま沈黙を保つのかは気になるところ……
「何であれ……私とエミリオ殿下の婚姻が大陸内の平和に繋がれば嬉しいのだけど」
私は本を広げながら一人そう呟いた。
◇ ◇ ◇
その後も私とエミリオ殿下の文通は順調に続いていた。
「……シャロン殿下、気のせいでしょうか? お送りする手紙、受け取る度にどんどん厚くなっていっている気がします」
「え? そうかしら?」
昨夜、眠る前に綴ったエミリオ殿下への手紙を朝一番に渡したら、侍女が苦笑いしながら受け取る。
これでも書きたかったことの半分くらいなのだけど?
「だって、エミリオ殿下に伝えたい事がたくさんあるんだもの! 仲良くなる秘訣は、まず相手の事を知ること! でしょう?」
「それはそうですが……限度……」
私はエミリオ殿下の事がもっともっと知りたいし、私の事も知って欲しい。
そんな思いが膨らんだ結果の私の手紙。
(まぁ、ちょっと張り切り過ぎたかしら……?)
「それに、エミリオ殿下は文句一つなく、きちんとお返事をくれるわ」
「でも、お返事の手紙はそんなに厚くないですよね?」
「彼を悪く言わないで! エミリオ殿下は私よりもお忙しい方なのよ!」
エミリオ殿下の手紙の内容は、私の体調窺いと、最近はこんな事をした……などの近況報告が多い。それを読んでいるだけで彼の忙しさが分かる。
「お忙しいのに殿下のこの熱い……厚い手紙を読んでお返事を……お優しい方なのですねぇ……」
「そうよ! それに笑顔も素敵なんだから!」
あの笑顔を思い出すだけで今も胸がドキドキする。
「早く会いたいわ。次にお会い出来るのはいつになるのかしら……」
「殿下……」
私はうっとりした顔でそう呟いた。
────思えば私は、エミリオ殿下に一目惚れしていたのだと思う。
だって、ランドゥーニを訪問して正式な婚約を結んでから、私の口から出るのは“エミリオ殿下”の名前ばかりだった。
そんなある日、お父様から聞かされたのはエミリオ殿下が我が国にやって来るという話だった。
「本当に? 本当にエミリオ殿下がやって来るの?」
「ああ。前にシャロンが言っていただろう? 各国を回る視察のついでらしい」
「そうなのね!」
ついででも何でも嬉しい!
文字ではなく直接会って話せる! それだけで私の気持ちは大きく弾んだ。
「──エミリオ殿下、ようこそいらっしゃいました」
「シャロン?」
待ちに待ったエミリオ殿下の訪問日。
私は、はしゃぎたくなる気持ちを抑えて静かに礼を取りながら彼を出迎えた。
(淑女として少しは成長した姿を見て欲しい!)
そんな私の様子にエミリオ殿下は目を丸くしてこちらを凝視している。
「……あの?」
「あっ……す、すまない……」
私が訊ねると、エミリオ殿下はそう言ってパッと勢いよく顔を逸らしてしまう。
(うーん、まだまだだったかしら……?)
仕方がないわね、だけど私はもっと成長出来るように頑張るだけよ!
…………そんな気合を入れていた私は気付かない。
この時に、顔を逸らしたエミリオ殿下の顔が耳まで真っ赤だった事を。
その後、お父様やお母様、王太子のお兄様を混じえて皆で食事を摂った後、食後の散歩と称して私はエミリオ殿下を庭園へと案内した。
「綺麗だね」
「お母様が花が好きなのです。それでたくさん植えさせたらこんな事に」
「へぇ……」
エミリオ殿下は私の隣を歩きながら興味深そうに庭園を見回していた。
そんな彼の横顔をチラチラと盗み見ていた私は心臓が飛び出すくらいドキドキしていた。
(エミリオ殿下が私の隣にいる! 夢見たい!)
「シャロンは?」
「……はい?」
急な問いかけの意図が分からず首を傾げると、エミリオ殿下は小さく笑って言った。
「もし、シャロンも花が好きなら、シャロンの輿入れまでに、ランドゥーニの王宮にシャロン用の庭園を……」
「す、好き、です!」
「え?」
私は話の途中だった事をしまった……と思いながらもそのまま続けた。
「わ、私もお花好きです……」
(ほ、本当はそこまでじゃないけれど!)
「……わ……分かった。では、国に戻ったらすぐに用意するとしよう」
「エミリオ殿下……ありがとうございます!」
私は笑顔で俺を言いながら、今日からお母様に弟子入りよ! と心に誓った。
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