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第二話

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「ようこそランドゥーニ王国へ」
「……っ!?」

  その日、その人は私の予想を裏切って明るい太陽のような笑顔で私を出迎えてくれた。

  (えぇ!?  歓迎されているの?  予想と違い過ぎるわ……!)

  今、私の前に立ち笑顔を振り撒いているのはランドゥーニ王国の第一王子エミリオ殿下。
  私の婚約者となる、その人だ。

「ようこそ、シャロン王女」
「……っ!」

  黒髪にアメジスト色の瞳を持つ彼は、私を見て本当に心から嬉しそうに微笑んだ。


  お父様から話を聞いてから、私とエミリオ殿下の婚約の話はとんとん拍子で進んでいった。
  そして本日、正式な婚約を結ぶ為に私達はランドゥーニ王国を訪れた。
  両国は今、休戦中。
  とはいえ、かつては敵国だった事もある国。
  決して油断してはいけない。そう思っていたのに───

  (なのに、まさかこんなにも笑顔で迎えられるなんて……!)

  これは考えすぎだろうけれど、笑顔で油断させようとしている?
  なんて疑いたくなってしまうくらい。
  そして何故かは分からない。
  分からないけれど、エミリオ殿下の笑顔を見ていたら私の胸がドキドキした。

「隣同士の国とはいえ、移動するのはやはり疲れただろう?」

  そんなドキドキで爆発しそうな私の気持ちも知らずに、エミリオ殿下はにこやかに話しかけて来る。

「え、ええ……」
「では、まずは身体を休めるといい。美味しいお茶があるんだ。シャロン王女が気に入ってくれると良いのだが」
「……」

  うーんと首を傾げたエミリオ殿下は少し不安そうな表情を見せる。
  私の好みを気にするなんて!
  本当にこんな温かく迎えられてしまっていいの?
  私の戸惑いはどんどん強くなった。

「どうかした?  シャロン王女……あ、シャロンと呼んでもいいかな?」
「あ、は、はい」
「良かった、シャロン。ところで君とは昔一度会った事があるのだけど覚えている?」
「いえ……申し訳ございません……」

  気を悪くさせてしまうかしら、と思いながらも覚えていないものを覚えているなんて嘘は言えない。 
  だから私は首を横に振りながら正直にそう答えた。

「そうか……それは残念。でもこれからは一緒に思い出を作っていければいいか……」
「え!」

  エミリオ殿下は気を悪くした様子も無くあっけらかんとした顔でそう言った。

  (愛などない政略結婚だと思って覚悟して来たのに……どうして?)

  それとも、やっぱりこの歓迎には何か裏がある?
  私は未だにドキドキする胸を抑えながら複雑な思いでエミリオ殿下を見つめ返した。

 
  ───ランドゥーニ王国の王子、エミリオ。
  そして、レヴィアタン国の王女、シャロン。


  これが、後に悲劇を迎える事になる私達……の10年振りの再会だった。


◇    ◇    ◇


  ──シャロン!

  エミリオ殿下は少し低めの優しい声で私の名前をそう呼んでくれた。
  頂いたお茶も大変、美味しかった。

  (エミリオ殿下……想像と違っていてとても素敵な方だったわ)

  顔合わせと婚約の手続きが無事に終わり、ランドゥーニ王国から帰国した私はそれから数日経ってもエミリオ殿下の事が頭から離れないでいた。

  (あんなに素敵な人が私の婚約者になったなんて本当に幸せ!)

「シャロン……おい、シャロン!」
「……は、はい!  お父様!  な、何でしょうか?」

  うっとりとエミリオ殿下のことを思い出していた私は、お父様の声でハッと正気に戻る。

  (いけない……また、エミリオ殿下の事ばかり考えていたわ)

「はぁ、お前はまた、ボーっとして」
「す、すみません」
「ランドゥーニに行ってからずっとそんな調子だな」
「……」

  その通りではあるのだけれど、何て答えたら良いものか……と思った私はお父様から目を逸らし、口ごもる。

「全く。そんなにエミリオ殿下が格好良かったか?」
「っっ!!」

  その言葉でボンッと私の顔が赤くなる。
  そんな私の顔を見たお父様が呆れた声で言った。

「……我が娘ながらなんて分かりやすい……」
「だ、だって!」
「喜べ!  そんなシャロンに届け物だ」
「届け物?」

  首を傾げる私にお父様が差し出した物は……

「手紙ですか?」
「────エミリオ殿下からシャロン宛の手紙だ」
「お、お父様!  は、早く私にく、下さい!!」

  私はお父様の手からひったくる勢いで手紙を奪う。
  目の前の手紙に“王女らしさ”など全て吹き飛んでいた。
  私は大事に大事にその手紙を胸に抱えて、お父様にじっと目で訴える。

  (早く読みたい!)

「ぐっ!  シャロン……そ、そんなにも幸せそうな表情なのに、そんなに強く圧をかけてくるとは……」
「……」

  (早く読みたい!)

「はぁ……わ、分かった。こっちはいいから早く開封して読むといい……」
「わーい、ありがとうございます!」

  お父様が深ーいため息とともにそう言ってくれたので、私は大喜びでその場で手紙を開封した。

  ───シャロンへ

  そんな書き出しで始まるエミリオ殿下からの手紙。
  とても丁寧に書かれているその字はとても読みやすい。

  ───元気にしていますか?

  まだ、帰国して数日しか経っていないのに……何だかその表現がおかしくて思わず笑いが溢れる。

  ───君が帰国してまだたった数日なのに僕はまた、早く君に会いたい。毎日、そんな事ばかり考えています。

「ま!」

  エミリオ殿下も同じ気持ちを抱えてくれていると思うと嬉しくなる。
  手紙を読んでいる私の顔は傍から見ても怪しいくらいニヤニヤしていた。

「シャロン……なんて顔を……」
「───何か言いましたか?  お父様」
「いや……お前が幸せならそれでよい」

  お父様が静かに首を振りながらそう言った。

「エミリオ殿下がお相手で私は幸せです!」
「そうか……これで無事に二人が結婚しイラスラー帝国への牽制になればいいのだが……」
「お父様?」

  私が満面の笑みで答えた後のお父様の言葉はよく聞こえなかった。
  ただ、お父様のどことなく険しく見える表情が何となくだけど印象に残った。

「早速、お返事書かないと!」

  今、15歳の私が正式にランドゥーニ王国に輿入れするまであと3年はある。
  その間はこうして手紙のやり取りが主となるのだろう。

  (エミリオ殿下!  待っていて下さい!  私、あなたの隣に立つのに相応しい人に必ずなって見せるわ!)

  これからは苦手な勉強も力を入れて頑張らないといけないわ!
  だって、お馬鹿だと嫌われてしまうかもしれない。そんなのは嫌だ。

  (頑張るわよ、私!)

  まだ、この時の私はこれから先の未来は明るい……そう信じていた。

 
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