2 / 18
第二話
しおりを挟む「ようこそランドゥーニ王国へ」
「……っ!?」
その日、その人は私の予想を裏切って明るい太陽のような笑顔で私を出迎えてくれた。
(えぇ!? 歓迎されているの? 予想と違い過ぎるわ……!)
今、私の前に立ち笑顔を振り撒いているのはランドゥーニ王国の第一王子エミリオ殿下。
私の婚約者となる、その人だ。
「ようこそ、シャロン王女」
「……っ!」
黒髪にアメジスト色の瞳を持つ彼は、私を見て本当に心から嬉しそうに微笑んだ。
お父様から話を聞いてから、私とエミリオ殿下の婚約の話はとんとん拍子で進んでいった。
そして本日、正式な婚約を結ぶ為に私達はランドゥーニ王国を訪れた。
両国は今、休戦中。
とはいえ、かつては敵国だった事もある国。
決して油断してはいけない。そう思っていたのに───
(なのに、まさかこんなにも笑顔で迎えられるなんて……!)
これは考えすぎだろうけれど、笑顔で油断させようとしている?
なんて疑いたくなってしまうくらい。
そして何故かは分からない。
分からないけれど、エミリオ殿下の笑顔を見ていたら私の胸がドキドキした。
「隣同士の国とはいえ、移動するのはやはり疲れただろう?」
そんなドキドキで爆発しそうな私の気持ちも知らずに、エミリオ殿下はにこやかに話しかけて来る。
「え、ええ……」
「では、まずは身体を休めるといい。美味しいお茶があるんだ。シャロン王女が気に入ってくれると良いのだが」
「……」
うーんと首を傾げたエミリオ殿下は少し不安そうな表情を見せる。
私の好みを気にするなんて!
本当にこんな温かく迎えられてしまっていいの?
私の戸惑いはどんどん強くなった。
「どうかした? シャロン王女……あ、シャロンと呼んでもいいかな?」
「あ、は、はい」
「良かった、シャロン。ところで君とは昔一度会った事があるのだけど覚えている?」
「いえ……申し訳ございません……」
気を悪くさせてしまうかしら、と思いながらも覚えていないものを覚えているなんて嘘は言えない。
だから私は首を横に振りながら正直にそう答えた。
「そうか……それは残念。でもこれからは一緒に思い出を作っていければいいか……」
「え!」
エミリオ殿下は気を悪くした様子も無くあっけらかんとした顔でそう言った。
(愛などない政略結婚だと思って覚悟して来たのに……どうして?)
それとも、やっぱりこの歓迎には何か裏がある?
私は未だにドキドキする胸を抑えながら複雑な思いでエミリオ殿下を見つめ返した。
───ランドゥーニ王国の王子、エミリオ。
そして、レヴィアタン国の王女、シャロン。
これが、後に悲劇を迎える事になる私達……の10年振りの再会だった。
◇ ◇ ◇
──シャロン!
エミリオ殿下は少し低めの優しい声で私の名前をそう呼んでくれた。
頂いたお茶も大変、美味しかった。
(エミリオ殿下……想像と違っていてとても素敵な方だったわ)
顔合わせと婚約の手続きが無事に終わり、ランドゥーニ王国から帰国した私はそれから数日経ってもエミリオ殿下の事が頭から離れないでいた。
(あんなに素敵な人が私の婚約者になったなんて本当に幸せ!)
「シャロン……おい、シャロン!」
「……は、はい! お父様! な、何でしょうか?」
うっとりとエミリオ殿下のことを思い出していた私は、お父様の声でハッと正気に戻る。
(いけない……また、エミリオ殿下の事ばかり考えていたわ)
「はぁ、お前はまた、ボーっとして」
「す、すみません」
「ランドゥーニに行ってからずっとそんな調子だな」
「……」
その通りではあるのだけれど、何て答えたら良いものか……と思った私はお父様から目を逸らし、口ごもる。
「全く。そんなにエミリオ殿下が格好良かったか?」
「っっ!!」
その言葉でボンッと私の顔が赤くなる。
そんな私の顔を見たお父様が呆れた声で言った。
「……我が娘ながらなんて分かりやすい……」
「だ、だって!」
「喜べ! そんなシャロンに届け物だ」
「届け物?」
首を傾げる私にお父様が差し出した物は……
「手紙ですか?」
「────エミリオ殿下からシャロン宛の手紙だ」
「お、お父様! は、早く私にく、下さい!!」
私はお父様の手からひったくる勢いで手紙を奪う。
目の前の手紙に“王女らしさ”など全て吹き飛んでいた。
私は大事に大事にその手紙を胸に抱えて、お父様にじっと目で訴える。
(早く読みたい!)
「ぐっ! シャロン……そ、そんなにも幸せそうな表情なのに、そんなに強く圧をかけてくるとは……」
「……」
(早く読みたい!)
「はぁ……わ、分かった。こっちはいいから早く開封して読むといい……」
「わーい、ありがとうございます!」
お父様が深ーいため息とともにそう言ってくれたので、私は大喜びでその場で手紙を開封した。
───シャロンへ
そんな書き出しで始まるエミリオ殿下からの手紙。
とても丁寧に書かれているその字はとても読みやすい。
───元気にしていますか?
まだ、帰国して数日しか経っていないのに……何だかその表現がおかしくて思わず笑いが溢れる。
───君が帰国してまだたった数日なのに僕はまた、早く君に会いたい。毎日、そんな事ばかり考えています。
「ま!」
エミリオ殿下も同じ気持ちを抱えてくれていると思うと嬉しくなる。
手紙を読んでいる私の顔は傍から見ても怪しいくらいニヤニヤしていた。
「シャロン……なんて顔を……」
「───何か言いましたか? お父様」
「いや……お前が幸せならそれでよい」
お父様が静かに首を振りながらそう言った。
「エミリオ殿下がお相手で私は幸せです!」
「そうか……これで無事に二人が結婚しイラスラー帝国への牽制になればいいのだが……」
「お父様?」
私が満面の笑みで答えた後のお父様の言葉はよく聞こえなかった。
ただ、お父様のどことなく険しく見える表情が何となくだけど印象に残った。
「早速、お返事書かないと!」
今、15歳の私が正式にランドゥーニ王国に輿入れするまであと3年はある。
その間はこうして手紙のやり取りが主となるのだろう。
(エミリオ殿下! 待っていて下さい! 私、あなたの隣に立つのに相応しい人に必ずなって見せるわ!)
これからは苦手な勉強も力を入れて頑張らないといけないわ!
だって、お馬鹿だと嫌われてしまうかもしれない。そんなのは嫌だ。
(頑張るわよ、私!)
まだ、この時の私はこれから先の未来は明るい……そう信じていた。
35
お気に入りに追加
2,260
あなたにおすすめの小説
最愛の婚約者に婚約破棄されたある侯爵令嬢はその想いを大切にするために自主的に修道院へ入ります。
ひよこ麺
恋愛
ある国で、あるひとりの侯爵令嬢ヨハンナが婚約破棄された。
ヨハンナは他の誰よりも婚約者のパーシヴァルを愛していた。だから彼女はその想いを抱えたまま修道院へ入ってしまうが、元婚約者を誑かした女は悲惨な末路を辿り、元婚約者も……
※この作品には残酷な表現とホラーっぽい遠回しなヤンデレが多分に含まれます。苦手な方はご注意ください。
また、一応転生者も出ます。
婚約破棄寸前だった令嬢が殺されかけて眠り姫となり意識を取り戻したら世界が変わっていた話
ひよこ麺
恋愛
シルビア・ベアトリス侯爵令嬢は何もかも完璧なご令嬢だった。婚約者であるリベリオンとの関係を除いては。
リベリオンは公爵家の嫡男で完璧だけれどとても冷たい人だった。それでも彼の幼馴染みで病弱な男爵令嬢のリリアにはとても優しくしていた。
婚約者のシルビアには笑顔ひとつ向けてくれないのに。
どんなに尽くしても努力しても完璧な立ち振る舞いをしても振り返らないリベリオンに疲れてしまったシルビア。その日も舞踏会でエスコートだけしてリリアと居なくなってしまったリベリオンを見ているのが悲しくなりテラスでひとり夜風に当たっていたところ、いきなり何者かに後ろから押されて転落してしまう。
死は免れたが、テラスから転落した際に頭を強く打ったシルビアはそのまま意識を失い、昏睡状態となってしまう。それから3年の月日が流れ、目覚めたシルビアを取り巻く世界は変っていて……
※正常な人があまりいない話です。
【本編完結・番外編追記】「俺は2番目に好きな女と結婚するんだ」と婚約者が言っていたので、1番好きな女性と結婚させてあげることにしました。
As-me.com
恋愛
ある日、偶然に「俺は2番目に好きな女と結婚するんだ」とお友達に楽しそうに宣言する婚約者を見つけてしまいました。
例え2番目でもちゃんと愛しているから結婚にはなんの問題も無いとおっしゃりますが……そんな婚約者様はとんでもない問題児でした。
愛も無い、信頼も無い、領地にメリットも無い。そんな無い無い尽くしの婚約者様と結婚しても幸せになれる気がしません。
ねぇ、婚約者様。私は他の女性を愛するあなたと結婚なんてしたくありませんわ。絶対婚約破棄します!
あなたはあなたで、1番好きな人と結婚してくださいな。
番外編追記しました。
スピンオフ作品「幼なじみの年下王太子は取り扱い注意!」は、番外編のその後の話です。大人になったルゥナの話です。こちらもよろしくお願いします!
※この作品は『「俺は2番目に好きな女と結婚するんだ」と婚約者が言っていたので、1番好きな女性と結婚させてあげることにしました。 』のリメイク版です。内容はほぼ一緒ですが、細かい設定などを書き直してあります。
*元作品は都合により削除致しました。
【完結】「俺は2番目に好きな女と結婚するんだ」と言っていた婚約者と婚約破棄したいだけだったのに、なぜか聖女になってしまいました
As-me.com
恋愛
完結しました。
とある日、偶然にも婚約者が「俺は2番目に好きな女と結婚するんだ」とお友達に楽しそうに宣言するのを聞いてしまいました。
例え2番目でもちゃんと愛しているから結婚にはなんの問題も無いとおっしゃっていますが……そんな婚約者様がとんでもない問題児だと発覚します。
なんてことでしょう。愛も無い、信頼も無い、領地にメリットも無い。そんな無い無い尽くしの婚約者様と結婚しても幸せになれる気がしません。
ねぇ、婚約者様。私はあなたと結婚なんてしたくありませんわ。絶対婚約破棄しますから!
あなたはあなたで、1番好きな人と結婚してくださいな。
※この作品は『「俺は2番目に好きな女と結婚するんだ」と婚約者が言っていたので、1番好きな女性と結婚させてあげることにしました。 』を書き直しています。内容はほぼ一緒ですが、細かい設定や登場人物の性格などを書き直す予定です。
泣き虫令嬢は自称商人(本当は公爵)に愛される
琴葉悠
恋愛
エステル・アッシュベリーは泣き虫令嬢と一部から呼ばれていた。
そんな彼女に婚約者がいた。
彼女は婚約者が熱を出して寝込んでいると聞き、彼の屋敷に見舞いにいった時、彼と幼なじみの令嬢との不貞行為を目撃してしまう。
エステルは見舞い品を投げつけて、馬車にも乗らずに泣きながら夜道を走った。
冷静になった途端、ごろつきに囲まれるが謎の商人に助けられ──
婚約破棄を目指して
haruhana
恋愛
伯爵令嬢リーナには、幼い頃に親同士が決めた婚約者アレンがいる。美しいアレンはシスコンなのか?と疑わしいほど溺愛する血の繋がらない妹エリーヌがいて、いつもデートを邪魔され、どっちが婚約者なんだかと思うほどのイチャイチャぶりに、私の立場って一体?と悩み、婚約破棄したいなぁと思い始めるのでした。
婚約破棄ですか? ならば国王に溺愛されている私が断罪致します。
久方
恋愛
「エミア・ローラン! お前との婚約を破棄する!」
煌びやかな舞踏会の真っ最中に突然、婚約破棄を言い渡されたエミア・ローラン。
その理由とやらが、とてつもなくしょうもない。
だったら良いでしょう。
私が綺麗に断罪して魅せますわ!
令嬢エミア・ローランの考えた秘策とは!?
恋愛に興味がない私は王子に愛人を充てがう。そんな彼は、私に本当の愛を知るべきだと言って婚約破棄を告げてきた
キョウキョウ
恋愛
恋愛が面倒だった。自分よりも、恋愛したいと求める女性を身代わりとして王子の相手に充てがった。
彼は、恋愛上手でモテる人間だと勘違いしたようだった。愛に溺れていた。
そんな彼から婚約破棄を告げられる。
決定事項のようなタイミングで、私に拒否権はないようだ。
仕方がないから、私は面倒の少ない別の相手を探すことにした。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる