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27. 子爵家のついた嘘

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 殿下は呆れた声で三人に告げる。

「素直に非を認めて謝罪しておけばいいものを……」
「なっ!」
「謝罪ですって!?」
「絶対に嫌よ!」

 三人が口を揃えて否定する。
 殿下は大きなため息を吐いた。

「───リネットに罪を着せようとしても無駄だ。騙されたりはしない。こちらは全て把握しているからな」

 殿下のその言葉に夫妻もジュリエッタも言葉を失っている。

「これ以上見苦しい姿を見ているのもイライラするから、そろそろリネットにも登場してもらって話を聞くとしようか」
「「え?」」

 叔父と叔母の顔が驚きの表情になり、キョロキョロと部屋の中を見回す。
 ───これが合図ね?
 そう思った私は待機していた隣の部屋を出て皆のいる部屋へと向かった。




「───ご機嫌よう。メイウェザー子爵家の皆様」
「「「リネット!?」」」

 私が丁寧にお辞儀をして現れると、これまた見事に三人の間抜けな顔と驚いた声が重なる。
 思わず笑みがこぼれた。

「まあ、素敵なハーモニー。私の登場にそんなに驚いてくれて嬉しいです」
「お前!  その格好!  眼鏡はどうした!?  ……なんでだ!」
「ちょっと待ちなさい!  なんで喋っているのよ!」
「やだ!  なんで髪を戻しているの!」

 叔父、叔母、ジュリエッタの順にそれぞれ私に向かって文句を言いながら指をさしてくる。

(本当に言動も行動もそっくりな親子だこと)

 私はにっこり微笑んだ。

「なんで、とは?  先程、殿下から話があったでしょう?  私はリネット・セルウィン。セルウィン伯爵家の正当な跡継ぎです」
「「「……っ!」」」

 三人がそれぞれ息を呑んだ後、悔しそうに唇を噛む。
 やっぱりそっくり。

「もう私はメイウェザー子爵家の使用人リネットではありませんから、あなたたちの言うことを聞く義理はありません」

 しっかり前を見据えてそう口にすると、中でも叔母が誰よりも顔を歪める。

「ふざけないで頂戴!  お前はただのリネットとしてこれからも地面に這いつくばって生きていればいいのよ!  王子の妃になるのに相応しいのはお前じゃないわ。ジュリエッタなのよ!」
「嫌ですよ」
「は?」

 私が即答したからか叔母が目を丸くしたまま凝視してくる。

「全部お断りです。あなたたちの言いなりになって生きるのはもう終わりにします。レジナルド様にはジュリエッタが相応しい?  笑わせないでください。ジュリエッタには渡しません」
「なんですって!?  リネットの癖に生意気言うなんて許さないわ!」

 叔母の顔が怒りで赤くなる。
 私に反論されるのはとにかく嫌らしい。

「お前はジュリエッタの身代わりでしょう!  何を調子に乗っているの……身代わりは身代わりらしく出しゃばらずに大人しく身を引いて───」
「お忘れですか?  試験の面接を受けたのは私です。提出したプロフィールもジュリエッタではなく、ほぼ“私”のことでしたよね?  結果、レジナルド様のお世話係として認められたのは私でした!」
「……くっ!」

 私はコツコツと靴音を鳴らしながら叔母の元に近付く。

「逆に聞かせてもらいますが、ジュリエッタには何が出来るのですか?」
「え?」
「……は?」

 叔母とジュリエッタがそっくりな顔で首を傾げている。

「ジュリエッタ。私と入れ替わりを終えてからあなたは何度か殿下のためにピアノを弾いていたみたいですけど……」
「それが何?  私のピアノの実力はあんたなんかに負けないわ!」
「そうよ!  ジュリエッタのピアノの技術はすごいのよ!  先生だって文句なしって言っているんだから!」
「……」

(どうしてそこで勝ち負けになってしまうの……)

 私ががっくりしていると殿下が私の肩を叩いた。

「リネット。続きは僕が言う」
「レジナルド様……」

 殿下はジュリエッタに向かって言った。

「──はっきり言わせてもらう。ジュリエッタ……君のピアノは技術をひけらかすものであって心が全く入っていなかった」
「心?」

 ジュリエッタは意味が分からなかったようで眉をひそめた。

「病み上がりの僕のために選んだ曲がなぜあれだった?  あれは本当に僕のために弾いた曲だったか?  完全に独りよがりの演奏にしか聞こえなかった」
「ひ、独りよがり……」

 ジュリエッタが目を大きく見開いたまま固まる。

「君に扮していた時のリネットはいつも僕の体調や気分を気遣ってくれていた、その上で曲を選んで弾いてくれた」
「……え?」
「ジュリエッタ。君は何度か僕のためにピアノを弾いてくれた時、本当に僕のことを考えて弾いてくれたことはあったか?」
「……」
「人を思いやる心すら持てないような君を僕が選ぶことはない!」

 ジュリエッタは大きなショックを受けて固まったまま動かない。
 殿下はそれを一瞥すると夫妻の方に顔を向けた。
 私はそんな殿下に声をかける。

「あの、レジナルド様」
「どうした?  リネット」

 私にはどうしてもずっと気になっていたことがある。

「あの……先程仰っていた本当は私が母方の祖父母……トリストン伯爵家に引き取られる予定だったという話ですが……」

 私がそう切り出すと殿下は、実は……と語り出した。

「この話は僕もさっき知った話なんだ」
「え?」
「午前中にリネットがもし、爵位返還の申し出をしなかった場合について調べていたんだ」
「爵位返還……」

 殿下は頷きながら言った。

「そこのメイウェザー子爵夫妻は、リネットにセルウィン伯爵家は没落したと嘘を告げただけでなく、リネット成人がしたのにその話を隠し続けただろう?」
「はい……」

 つまり、このままだったら、私は何も知らないまま子爵家でずっと虐げられて生きるところだった……?

「もし、リネットが返還に関する申し出をしなかった場合について調べてみたら……」 

 そこで殿下はジロリと子爵夫妻を睨んだ。
 夫妻はビクッと身体を震わせた。

「成人してから半年以内に申し出ることと決められていた」
「半年……」

 その事実に驚いた。
 私が十八歳になったのはお世話係になる直前。
 つまり、もう半分は過ぎている。

「そして、期間が過ぎれば当然だけど爵位は没収───夫妻はこれを狙っていたんだろう」
「私に伯爵家を継がせないため……」

 私が二人の顔を見ると、分かりやすく逸らされた。

「……っ!」
「それからもう一つ。メイウェザー子爵家はトリストン伯爵家からリネットの生活の為にと援助を貰っていた」
「え……?」
「夫人の実家が娘の嫁ぎ先の子爵家を援助しているだけ……と最初はそう思ったがその割には頻度が多く、おかしいなと思い調べたんだ。トリストン伯爵家には手紙を送っていてその返答が今朝ようやく届いた。そこで色々と判明した」
「私の生活の為に……お金の援助……」

 きっとそれらは全てジュリエッタの為に使われていた。

「それから──……」

 殿下が机の上に何通かの手紙を置いた。

「そこの子爵夫妻は、援助を打ち切られることを恐れたのだろう。リネットの名前を騙ってトリストン伯爵家にお礼の手紙も出している」
「───手紙!?」
「きっちりお礼の手紙が来るものだから、てっきりトリストン伯爵家はリネットも元気に過ごしていると思い込んでいた。これは一部を伯爵家から送ってもらった“リネット”が書いたらしい手紙だ」

 私はその手紙を手に取ってみる。

「……私の筆跡じゃありません!」
「だろうな、おそらくその手紙を書いたのはジュリエッタ」

 バレなければなんでも誤魔化せると思ってこの人たちはこんなことまで……!

「爵位の返還の申し出については、期限が過ぎた後にリネットが望まなかったとでも言って誤魔化すつもりだったのだろう」
「酷い……」

 いろんな感情が混ざって震える私の肩を殿下がそっと抱きしめてくれる。
 そして、メイウェザー子爵家の三人に向かって冷たい目を向けた。

「さて、これでメイウェザー子爵家によるたくさんの嘘が明らかになったわけだ」
「……くっ」 
「どうしてこんなことに!」
「嘘っ……」

 三人の顔は青ざめていた。
 殿下はにっこり笑って三人に告げる。

「───そうだな。では、まずは……」

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