22 / 31
22. 悪女
しおりを挟む✣
(ほ、本当にジュリエッタがいた……)
怒鳴りながら殿下の寝室から飛び出して来たジュリエッタ。
ジュリエッタはガウンを羽織っている。
けれど、本人は気付いていないようだけれど、少しはだけていて中の格好がチラッと見えていた。
その姿にギョッとさせられる。
(す、透けているわ!)
もう、これだけでジュリエッタは寝室に忍び込んで、そのスケスケのはしたない格好で殿下を誘惑する気だったと分かる。
モヤッとした気持ちと、ここまでするなんて許せないという気持ちが私の中に湧き上がってきた。
───
殿下の発言が寝室に向けられていた気がする。
そう感じていたら殿下は次に古代語を使って話しかけて来た。
《───リネット。落ち着いて聞いて欲しい》
「?」
《今、僕の寝室にジュリエッタが潜んでいる》
「!?」
私は目を大きく見開いて殿下の顔を見返す。
でも彼は無言で頷くだけ。
潜んでいる? 嘘でしょう!?
そう思ったけれどそのまま殿下は真剣な表情を崩さずに言った。
《さっきの使用人の報告はこれなんだ。ジュリエッタが夜の支度を済ませて部屋から姿を消した。向かった行先は僕の部屋の前だった》
《……なっ!》
《そんな彼女は、もうこの後は眠るだけのはず……なのに、なかなか刺激の強い格好を本日は求めていたそうなんだ》
《え! し、刺激……?》
それってまさか……と思った。
目が合った殿下は、小さく頷くとチュッと私の額にキスをする。
《でも部屋に入っても姿がない。となると、十中八九、寝室だろうなと思っていたら案の定、あっちから人の気配がする》
《分かるのですか? す、凄いですね……》
感心したら殿下はフッと微笑んだ。
《三ヶ月間、視力を失っていたせいで、人の気配とか感覚に鋭くなったんだと思うよ》
《なるほど……》
殿下にとって目が見えなかった三ヶ月は色々と彼の中に変化をもたらせたらしい。
《このまま今すぐ寝室に乗り込んでもいいのだけど》
《けど?》
私が聞き直すと目が合った殿下はにっこり笑った。
《せっかくだから、見せつけてみようかなって》
《え? 見せつける……?》
殿下はそう言うと、そっと私の頬に触れる。
そして、優しく撫でられた。
それだけで私の胸がキュンとなる。
《そうだ。だって僕が愛しているのはジュリエッタじゃなくて君だよ? リネット》
《レジナルド……さま》
チュッと甘いキスが唇に降ってくる。
《そうすれば僕が誰を愛しているのかは一目瞭然だし、耐え切れずに飛び出してくる》
《で! ですけど、わ、私、演技なんて出来ません》
そんなわざとらしくジュリエッタが嫉妬するような見せつけなんて出来る気がしない。
《大丈夫だよ、演技なんて必要ない》
《え?》
《僕だって演技なんかしないよ? ただ、このまま愛しいリネットに伝えたいと思う気持ちを言葉にして触れるだけだから───》
──それであとは勝手に嫉妬してくれるよ!
殿下のあっけらかんとした言葉の後は、古代語ではなく現代語での会話に戻った。
そして、再び蕩けそうなくらいの甘い時間がやって来た。
───
そうして、目論見通り? この雰囲気に耐え切れなかったらしいジュリエッタは本当に寝室から飛び出して来た。
殿下は私を抱きしめたまま離さずにジュリエッタに視線を向けた。
「ようやくお出まし、か……思っていた以上に辛抱強くて驚いたよ」
「え……」
「こっちは早く、本当にリネットと二人きりになって、もっともっと思う存分触れ合いたいと思っていたのに」
(え! もっと!?)
ジュリエッタに対して“待っていた”とかっこよく出迎え宣言している殿下の言葉を聞きながら私は内心で狼狽えていた。
(もっとって……)
もう、充分すぎるほど頭の中がデロデロに蕩けそうなくらい愛された気がするのに!
もっと触れ合いたいですって?
まさか、さっきの今夜は帰したくない発言も……ほ、本気だった!?
そう思って殿下の顔をおそるおそる覗き込んだら、にこっと微笑まれた。
(この目! ……ほ、本気だわ……)
殿下の目は肉食獣を思わせた。
「リネット? 誤解しないで欲しいが、さっきまでのこと……確かにそこの嘘つき女のジュリエッタに見せつけるとは言ったけど」
「?」
「言葉にした気持ちに全て偽りはないし、ただただ僕は君にたくさん触れたかっただけだよ?」
「!」
ボンッと私の顔が赤くなる。
そのままお互い見つめ合っていると、当然のようにジュリエッタが怒鳴った。
「み、見せつけたですって!? やっぱりわざと……いえ、それよりリネット! あんたは、どういうつもりなのよ! 裏切ったわね!?」
(裏切ったって……)
王子の部屋……しかも寝室に、スケスケしたはしたない格好で無断侵入しておいてジュリエッタはとんでもなく強気だった。
よくこの状況でそんなことが言える……と思ったけれど、目が血走っているから単純に嵌められていたことが分かって頭の中が混乱しているだけなのかもしれない。
(これはもう明らかに罪なのに……)
「っっっ! どきなさいよ、リネットのくせに! そこは私! 私の居場所になるのよ!」
そう言って私と殿下を引き離そうとまでして来た。
もう全部バレていることは分かっているはずなのに往生際が悪すぎる。
「違う。僕の隣に必要なのはリネットだ。“ジュリエッタ”ではない」
「っっ!」
「……君は、いや、メイウェザー子爵家は共謀してリネットのことをジュリエッタと偽らせて僕の元に送り込んだ──」
「いいえ! そうではありません、違うのです。殿下!」
この期に及んでジュリエッタはそのことまでも否定した。
そして殿下に縋りつこうと手を伸ばす。
その伸ばされた手を振り払った殿下は眉をひそめる。
「確かに……わ、私ではなく、そこのリネットが三ヶ月間、殿下のお傍にいたのは、じ、事実ですわ」
「……」
「ですが、これは仕方がなくて……私も被害者、なのです」
「被害者?」
「そうです。殿下はそこのリネットに騙されています!」
ジュリエッタは、そこと言って私に指さすとお得意の目をウルウルさせながら殿下への訴えを始めた。
「ええ。本当は私……本物のジュリエッタがあなた様のお傍には行くはずでした……ですが、それをそこのリネットが無理やり私から奪ったのです……!」
「へぇ……奪った。それは、なぜ?」
「!」
殿下が否定せずに相槌を打ったからか、ジュリエッタの顔がパッと華やぐ。
「そんなのもちろん! 殿下に見初められるためですわ!」
「僕に?」
「ええ! 付きっきりであなた様のお世話をする──それはもう花嫁に選ばれたも同然! ですからそこの卑しい性格のリネットはそれを狙って私からお世話係の座を奪って飛びついたのです!」
「……へぇ」
「そして遅くなりましたが、今になって、ようやく私がその座を奪い返せました。ですから殿下! 騙されてはいけません! とても巧妙に隠していますけどリネットは……そこの女の本性はとんでもない悪女なのです……」
(えーーーー)
「私はその警告のためにここにいるのです!」
ジュリエッタはかなり無茶苦茶な話をでっち上げると、泣き落としで私のことを悪女に仕立てあげようとしてきた。
184
お気に入りに追加
4,352
あなたにおすすめの小説
人生の全てを捨てた王太子妃
八つ刻
恋愛
突然王太子妃になれと告げられてから三年あまりが過ぎた。
傍目からは“幸せな王太子妃”に見える私。
だけど本当は・・・
受け入れているけど、受け入れられない王太子妃と彼女を取り巻く人々の話。
※※※幸せな話とは言い難いです※※※
タグをよく見て読んでください。ハッピーエンドが好みの方(一方通行の愛が駄目な方も)はブラウザバックをお勧めします。
※本編六話+番外編六話の全十二話。
※番外編の王太子視点はヤンデレ注意報が発令されています。
【完結】どうかその想いが実りますように
おもち。
恋愛
婚約者が私ではない別の女性を愛しているのは知っている。お互い恋愛感情はないけど信頼関係は築けていると思っていたのは私の独りよがりだったみたい。
学園では『愛し合う恋人の仲を引き裂くお飾りの婚約者』と陰で言われているのは分かってる。
いつまでも貴方を私に縛り付けていては可哀想だわ、だから私から貴方を解放します。
貴方のその想いが実りますように……
もう私には願う事しかできないから。
※ざまぁは薄味となっております。(当社比)もしかしたらざまぁですらないかもしれません。汗
お読みいただく際ご注意くださいませ。
※完結保証。全10話+番外編1話です。
※番外編2話追加しました。
※こちらの作品は「小説家になろう」、「カクヨム」にも掲載しています。
貴方もヒロインのところに行くのね? [完]
風龍佳乃
恋愛
元気で活発だったマデリーンは
アカデミーに入学すると生活が一変し
てしまった
友人となったサブリナはマデリーンと
仲良くなった男性を次々と奪っていき
そしてマデリーンに愛を告白した
バーレンまでもがサブリナと一緒に居た
マデリーンは過去に決別して
隣国へと旅立ち新しい生活を送る。
そして帰国したマデリーンは
目を引く美しい蝶になっていた
そんなにその方が気になるなら、どうぞずっと一緒にいて下さい。私は二度とあなたとは関わりませんので……。
しげむろ ゆうき
恋愛
男爵令嬢と仲良くする婚約者に、何度注意しても聞いてくれない
そして、ある日、婚約者のある言葉を聞き、私はつい言ってしまうのだった
全五話
※ホラー無し
十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!
翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。
「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。
そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。
死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。
どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。
その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない!
そして死なない!!
そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、
何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?!
「殿下!私、死にたくありません!」
✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼
※他サイトより転載した作品です。
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢
岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか?
「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」
「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」
マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる