【完結】身代わり令嬢は役目を終えたはずですが？ ～あなたが選ぶのは私ではありません～

12. 思い通りにいかない

　殿下は怒った声でそのまま続ける。

（なんで？  なんで？）

　なんでこんなに怒っているの？
　どうして嘘だなんて……

「──クリフから聞いている。彼女は喋れなくても一生懸命働いてくれているって」
「え……？」

　クリフって誰だったかしら？
　一瞬そう思ったけれど、殿下の傍についてあれこれ指示出している人のことだと思い当たる。
　使用人を統括しているのもあの男だ。

「彼女は君がこれまで働いてくれていた時と同じように、いつも気持ちいい仕事をしてくれている。そう言っていた」
「……え」

　私の顔が引き攣る。
　何よ、その言い方……まさかバレた？  やめてよ……

「彼女と会ったのは二度しかないが、すまないが僕には彼女が君の言うような人には見えないし、思えない」
「……っ」

（なんで？  どうして殿下がリネットの肩を持とうとしているの？）

　“ジュリエッタ”はあなたの恩人でしょう？
　だったら、ここは私の意見に肩を持つべきなのよ！
　あなたは手術を受ける気にさせてくれた“ジュリエッタ”に好感を抱いていたはずで……
　そのまま私を恩人として花嫁……婚約者に選んでくれるつもりなのでしょう？
　でも。

（使用人たちの間では婚約の噂だって流れているというのに……一向にプロポーズしてくれる様子がないのも事実……）

「仲の良い使用人を侍女として呼びたい──その話を聞いた時は君らしいなと思ったのに」
「……え？」
「慣れない場所で、自分のことより僕の世話ばかりしていた君だから……気を許せる人が近くにいたら安心するだろうし嬉しいだろう……そう思って許可を出したが」

　そこで言葉を切った殿下が遠い目をする。

「僕には君が彼女を貶めて楽しんでいるようにしか見えないよ」
「なっ」

（───なんですって!?）

　私は言葉を返そうにも、うまい言葉が出て来ない。
　そうして言葉を詰まらせる私に殿下は鋭い目で睨む。

《───君は誰だ？》
「え？」
《クリフを始めとした使用人たちに訊ねても、見た目は変わっていないと言う……だがおかしい》
「あ……あの？  今、なんて……？」

　殿下の発した言葉が聞き取れず、聞き返すと殿下は顔を俯けて「なんでもない」とだけ呟いた。
　ヒヤリとした冷たい汗が背中を流れる。

（やだ……何だかまずい方向にいっている気がする……）

　こんなはずじゃなかった……
　目の見えない殿下のお世話をなんていう面倒臭いところは全部リネットに押し付けて、私は無事に目が見えるようになった殿下といい感じになって過ごすはずだったのに。
　そして、ゆくゆくは王子妃に───

（どうして思い通りにならないの？） 

「───僕は、これで失礼するよ」
「あ、待っ……で、殿下……！」

　なんて答えようかと戸惑っているうちに、殿下は私に背を向けてさっさと行ってしまった。
　私はその場から動けず呆然と立ちすくんでいることしか出来なかった。



✣



（よしっ！  今度こそ！  きちんと干すわよ） 

　あれから私は落とした洗濯物と一緒に洗い場へ戻り、頭を下げて落とした洗濯物はもう一度洗ってもらった。
　洗い直しをしてもらっている間に、私は無事だった洗濯物を先に干すことにした。

（皆さん、いい人たちなのよね）

　てっきり、怒られたり嫌な顔をされたりするかと思ったのに、たくさん持たせてごめんなさいって逆に謝られてしまったわ。

（さすが殿下の元で働く使用人って感じだわ──）

　このまま、私を王宮の使用人として雇ってくれないかしら？
　そうしたらあの家から離れられるのに───
　なんてよこしまな思いをふと抱いたりもしたけれど、ジュリエッタが殿下と結婚したらジュリエッタにも仕えることになってしまうから意味が無いわね、と思い直した。 

（お給金を貯めて、この国から出ていくしかないかな）

　ジュリエッタの侍女としての給金はもちろん出ないけれど、離宮での仕事に関してはきちんと給金が出ることになっている。

（うん、そうよね！  それが一番！  お金が貯まるまではどんなことも辛抱するのよ！）

　先程は殿下とジュリエッタの間に険悪ムードが漂っていたけれど、三ヶ月の間、私だって殿下と揉めたことがあったわ。
　でも、きちんと話せばすぐに仲直り出来たから……
　殿下とジュリエッタもきっと今頃、仲直りしていると思う。
　 
　だから、この先どんなに仲睦まじい様子を見せられても。
　ゆくゆくは二人が結婚する所をこの目で見ることになっても……大丈夫。
　私は私の道を───


「───リネット！」

（え？）

　突然、覚えのある声に後ろから声をかけられて慌てて振り向く。
　そこに現れたのはやっぱりレジナルド殿下。
　しかも、気のせいでなければ私の名前……リネットと呼んだ気がする。
　“ジュリエッタ”に対しても滅多に名前を呼ばなかった方なのに。
　なぜ……？

「やっぱりここだったか」
「……」
「洗い場を訪ねたら、無事だった洗濯物を先に干していると聞いたから、ここかなと」
「……」

　突然、目の前に現れた殿下はそう言ってこちらに近付いて来る。

（……？  なぜ、殿下がここに？  ジュリエッタは？）

　こういう時、口が聞けないのは本当に面倒だ。
　ジュリエッタらしい嫌がらせよねとつくづく思う。

　それで、殿下はこんな所まで何をしに───そして気付いた。

（あ、きっと仲直り報告ね？） 

　私が気に病んでいるかと思って心配してわざわざ──……

「……すまなかった」
「？」

（あら？）

　そう思ったのに何故か謝罪されてしまう。

「君は仕事をしていただけなのに、僕のせいで主人に睨まれてしまった」
「……」
「彼女……ジュリエッタにはきつく言っておいたから」
「ッ!?」

（危な……！）

　思わず変な声が出そうになった。
　きつく言っておいた？
　仲直りではなくて？
　もしかして、殿下……私の肩を持ってしまった？

（なんてこと！）

　私は必死に首を横に振る。
　そういう時は、使用人より大事な人の味方にならなくちゃダメよ。
　そんな思いを込めて。

「……いや。申し訳ないけれどジュリエッタの肩を持つことは出来なかった」
「！」
「彼女は明らかに君を陥れるような言い方をしていたし、悪意が感じられた。すまないが相手が使用人であっても誰であっても僕は許せない……いや、使用人相手だからこそ、か」
「……？」

　私が首を傾げると殿下は寂しそうに笑った。

「僕の目が見えなかった時の彼女はもっと……僕の世話を焼きながらも、自身も使用人としての仕事までしてくれて……決してあんな態度や言い方をする人じゃなかったのに」
「……！」
「──って、すまない。そんなことを言われても、君が困るだけ…………え？」

　殿下があまりにも寂しそうな表情をしたものだから、つい私は手を伸ばして頭を撫でてしまう。

「……！」
「えっと？」

　ハッと我に返って私は固まる。

（何やってるのよぉぉ、私！）

　貴族令嬢でもアウトな行為なのに使用人が何しちゃってるのーー！

「今のは慰めようとしてくれた……のか？」
「……」

　私はコクコクと大きく頷く。
　無礼者ーー！  と怒鳴る人ではないと分かっているけれど、それでもさすがにこれは許されない行為だわ。
　どんなお叱りでもしっかり受けないと……！
　そう思いながら次の言葉を待っていると、殿下の目がじっと私の顔を見つめていた。

（な、何かしら……？）

「その妙に分厚い眼鏡のせいで表情は読み取れないし、喋れないから感情は分かりにくいけれど」
「？」
「君は優しい人なんだな」
「！」

（え、笑顔の破壊力がすごいわーーーー！）

　優しく微笑まれて、私の胸がドキドキバクバク破裂しそうになった。