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7. 悪役にされた令息の素顔

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  ようやく動いたお父様は声を荒らげた。

「何を言っている!?  ドゥラメンテ公爵家のディライト殿は王女殿下の……」
「奇遇なのですけど、彼も私と同じ様に王女殿下から婚約破棄されましたの」
「なっ!?」

  お父様、私の事は耳に入れていたようだけど、ディライト様とミンティナ様の事は知らなかったみたいね。
  婚約破棄二連発だと……!?  と頭を抱えだしてしまったわ。

「そうだとして、何故そこでお前達二人が婚約という流れになるんだ……?」
「あら?  同じポイ捨てという目にあった者同士、惹かれ合ったのだとは思ってくださいませんの?」
「馬鹿なことを言うなシャルロッテ。お前は、ずっとジョーシン殿下しか目に入っていなかったではないか!」

  そんな即答されるくらい、私はジョーシン様、ジョーシン様とばかり言っていたのね。

「……」

  (お父様、ごめんなさい。ジョーシン殿下を一途に慕っていたシャルロッテはもういないのです)

「お父様、ディライト様とはもう話がついていますのよ」
「いくら何でも早過ぎるだろう……」

  (お父様。私はね、一日でも早く殿下を蹴落としてやりたいの)

「それから……そろそろワインまみれの身体を綺麗にしたいので、部屋に戻らせて頂いてもよろしいでしょうか?」
「……!」

  そこで、お父様はワインまみれになった私の姿を改めて思い出したらしい。
  さすがにバツの悪い顔になった。

「分かった……ん?  シャルロッテ、手に持っている上着それは何だ?」
「……ワインまみれの私に気を使ってディライト様が貸してくれました」
「ディライト殿が?」
「綺麗にならなかったら弁償しようと思います」
「そうか……上着を……」

  それっきりお父様は黙ってしまった。


───


「疲れた……」

  その後、ようやくワインまみれだった髪と身体を洗い流す事が出来てさっぱりした。
  そして、色々あった一日を振り返っていたその時、部屋の扉がノックされる。

「お嬢様、こちらの上着なのですがー……」

  メイドが部屋に入って来て、預けていたディライト様の上着を持ってきてくれた。
 
「今から洗ってみようとは思うのですが、これはなかなか厳し……」
「……私がやる」
「お嬢様?」

  私が遮るようにして言葉を発したのでメイドが不思議そうな顔をする。

「綺麗にするのが難しそうなら、ダメで元々。私がやる!  やり方を教えてくれないかしら?」
「え?  お嬢様が、ですか?」
「ええ。だってこれはディライト様が私の為に……貸してくれたものだから」
「……お嬢様」

  私らしくないし、公爵令嬢がする事じゃないという事は分かっている。
  今までの私なら絶対に言わなかっただろう申し出。
  完全に綺麗に出来るなら全てメイドに任せようと思ったけれど、難しいと言うのなら自分でやってみたいと思った。

  (……だって、嬉しかったの)

  ぶっきらぼうだったけれど、彼の優しさが垣間見えて嬉しかったの。
  だから、少しでも自分の手で綺麗にしてみたい。

「……分かりました。ではこちらに」
「ありがとう!」

  そうして私は人生で初めて“手洗い”というものを経験した。

  (語学、ダンス、マナー、歴史……そんな勉強ばかりしてきたけれど、本当に“生きて行く”という事に必要なのはこういう事なのよね……)

「…………ディライト様と婚約解消したら……」
「お嬢様?  今、何か?」
「あ、ううん、何でもないわ。それで?  次はどうすればいい?」

  目的を果たした後は一人で生きて行くのだから、多少の事は自分で出来るようになった方がいいのかもしれない。
  なんて思った。


◇◇◇◇ 


「ドゥラメンテ公爵家から、正式な通知が届いた」
「まあ!」

  翌日、お父様が私を呼び出して開口一番にそう言った。

「嘘でもお前の妄想でも無かった。本当だった」
「失礼ですわよ、お父様」

  (ディライト様、仕事が早いわ)

「それから、ディライト殿が挨拶に来るそうだ」
「あら?  それではこうしていられません。お出迎えの準備をしなくては!」

  私がそう言って部屋から出ようとすると、お父様が私を呼び止める。

「シャルロッテ!」
「はい?」
「……本気か?  本気でドゥラメンテ公爵家のディライト殿と……」

  お父様はここまで来てもまだ、半信半疑の様子。

  (分かっているわ。それだけ、私はジョーシン様しか見ていなかったから)

  私はにっこり笑って答える。

「本気です」
「そうか……」

  本気よ、お父様。
  私は本気でジョーシン様を引きずり下ろしてやるのよ。

  (ふふ、こんな事を考えるなんて、本当に“悪役”みたいね)

  そんな事を思った。



───



「えぇと、どちら様でしょうか?」
「……君は数日で婚約者の顔を忘れるくらいの薄情な人だったのか?」

  その日の午後、時間通り訪ねて来たディライト様を出迎えた私は、玄関そこに立っていた人を見て驚き固まった。

  (誰!?  この、ものすごく顔の整ったキレイな顔のこの人は……誰!?)

  今まで欲目もあったとは思うけれど、ジョーシン様が世の中で一番カッコいいと思っていた。だけど、今目の前に現れたこの人はジョーシン様なんて目じゃないくらいの美青年でカッコいい。

「え?  こん、やくしゃ……」 
「今日、訪問する事もアーベント公爵に伝えていたはずだ」

  そう言って目の前の美しい人は私に向けて花束を差し出した。

「えっと、これは、ガーベラ?  ……あ、ありがとうございます?」

  とりあえず戸惑いしかない。

  (ディ、ディライト様でいいのよ、ね?)

  あのもっさり前髪はどこに行ったの?
  そして、あのもっさり前髪の下にはこんな……美しい顔を隠していたなんて!

  (さ、詐欺みたい……)

「あ、あの……」
「髪型が違うな」
「え?」
 
  そう口にしたディライト様はそっと私の髪に触れる。そして、優しく笑った。

「化粧だけじゃなかったのか……ふわふわ」
「!」

  とんでもなく破壊力満点の笑顔と私の髪をくるくる弄ぶその行為に、私の心臓がバックンと大きく跳ねた。

  (何これ!  何これ、何これ……)

  ジワジワと頬に熱が集まって来るのが分かる。

「……シャルロッテ?」
「……っ」

  私はうまく返事が出来ずに下を向く。
  恥ずかしさと、ディライト様の顔の眩しさに顔が上げられない。

「そうか。今日のその可憐な格好といい、その姿が本当の“シャルロッテ”なんだな」
「かれ……ん?」
「……可愛い」
「かっ!」

  (か、か、可愛いですって!?  な、なんて言葉を口にするの!?)

  文句の一つでもと思って私が顔を上げるとパチッと目が合う。

  (き、綺麗……な青い瞳……)

  その瞳から目が逸らせなかった。
  私達はしばらく見つめ合う。

「……」
「……」

  ディライト様の頬がほんのり赤く見えるのは気のせい……よね?


  ドキドキが止まらないまま、しばらくの間、私達はお互いをずっと見つめていた。

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