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45. 私の大好きな人たち

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  なんてこと。
 
  ──では、あとで二人でたっぷり怒られましょう?

  シオン様にそう言っておいて私がすっかり存在を忘れてしまっていたわ……

「お、お父様……お兄様……」
「……可愛い可愛いフレイヤよ。気のせいだろうか?  今、お前たちは俺と父上を置いて帰ろうと……」
「気ーーのせいですわ、お兄様!」

  完全に見透かされている!  さすがお兄様!

「シオン殿下に夢中で俺たちのことすっかり忘れていたのでは……」
「そーーんなことありませんわ、お兄様!」

  ここは、どんなに不自然でわざとらしくても誤魔化さなくては!
  だってもし、認めてしまったら……
  
  (シオン様がボコボコにされてしまう!)

「うーん、本当にそうだろう───」
「おーーーー兄様、今日は本当にありがとうございました!  ベリンダ嬢の本性を皆様の前で明らかに出来たのはお兄様のおかげですわ!」

  ここはもう話を変えてしまうに限る。
  お礼、お礼よ!

「あんなにも分厚い報告書……色々な意味で凄かったです」
「ああ……調べれば調べるほど、情報が出るわ出るわ……恐ろしい女だった──ボインダは!」
「ボイ……」

  (お、お兄様ぁぁぁ!?)

  お兄様にそんな意図は無いと分かっていても私はこっそり、自分の胸をチラッと見てしまった。

「……」

  ……負けていない!  決して私は負けてなどいないわ!  
  
  (はっ!  そういえば……シオン様のお好みは結局よく分からなかったけれど、もしもお望みならどんな事をしてもこの胸、育ててみせなくては!)

  こっそりと気合いを入れてシオン様に視線を向けると、すぐに目が合った。
  どうやらシオン様、今の私をずっと見ていたらしい。

「…………フレイヤ。君のその動きで言いたい事は何となく……いや、凄く伝わって来た……でも、その話は後にしようか」
「は、はい」

  シオン様はものすごーく小さな声で、さすがに今この場でその話をしようとすると僕の命が危険だからね、と言った。

「──ああ。あれだけの醜聞……ミジンコ男爵家は没落待ったなしとなるだろうな」
「お父様!」

  お父様が、補足するように会話に加わる。
  その通り……その通りなのだけど!

  (そのうろ覚えで、ドゥランゴ男爵家にきちんと請求書を送れますか!?)

  と、言いたい。
  とはいえ、男爵家のこれからは地獄だ。
  ベリンダ嬢にも処分が待っている……

「コホンッ───そんなことより、今はもっと大事なことがある。フレイヤ、そしてシオン殿下」
「え?」

  (そんな!  お父様からポヤンの空気が……消え、た?)

  今すぐ開眼しそうな空気になっている。
  やっぱりお説教……!?

「いいか?  シオン殿下との付き合いは、いくら婚約者同士でも清く正しく節度を持った関係を!  と言ったはずだ」
「お、お父様……」
「だが、私の目には、盛大な愛の告白をしあって熱い熱い抱擁を交わしている姿が……」
「そ、それは……」

  やはり、ギューっとするのは許容範囲外だったらしい。
  手?  手を繋ぐまでしかダメなの?

  そしてお父様の視線はシオン様に移った。

「殿下!」
「は、はい」
「可愛い可愛いフレイヤに“大好きです”などと言われたのだ、その可愛さに我慢が出来なかった……その気持ちはとってもとってもよーーーーく分かります」 

  お兄様が横でうんうんと大きく頷いている。
  シオン様も負けずに大きく頷いた。

「はい、可愛くて可愛くて……とにかく可愛かったです」
「!」

  (……もう!  シオン様ったら!)

  シオン様に可愛いと言われるだけで、嬉しくて頬が緩んでしまう。

「──だが、やはりちょーーーっと距離が近かったと思うのだ!」
「!!」

  その瞬間、クワッとお父様の目が開いた!  と思ったら泣き出した!

「……くっ……ずっとフレイヤの大好きは“お父様大好き”だったのに……」
「ん?  それは違います、父上!  そこは  “お兄様大好き”です!」
「……なんだと?  ギャレット!」
「いくら父上でもこれだけは絶対に譲れません!」
「ぬ!」

  お父様とお兄様の間にバチッと火花が散った。

  (ええええ!)

  謎の“大好き”の取り合いを始めたお父様たち。
  突然、これまでどちらが私に「大好き」と言われたかの回数の競い合いが始まった。
  そんなこと本当に覚えているの?  大袈裟な二人ねぇ……と見守ろうと思っていたら……
 
「……駄目だ。僕は圧倒的に負けている」
「は?」

  なんと、私の横でシオン様まで頭を抱えだした。

「無理だ!  これまで過ごした家族の年月にはさすがに勝てない!」
「シオン様……」
「……いや、でも……これからフレイヤと共に過ごすのは僕だ……だから僕が最終的には一番になるはずだ!」

  シオン様がそう言いながら顔を上げる。

「なに?  ───それは聞き捨てなりませんな!  殿下」
「そうですよ、やはり一番は兄の俺ですから」
「いいや、父親は常に一番でないといけない!」
「──いいえ、僕もフレイヤの夫となる身として負けません!」

(ヒートアップしてる!?)

  そうして三人による不毛な争いが始まった。





「───フレイヤ」
「お父様?  どうしましたか?」

  しばらくすると不毛な争いからお父様が抜けて、そっと私の所へやって来た。

「色々あったが、フレイヤは結局“王妃”となる」
「ふふ、そうですね」

  私が笑い返すとお父様はそっと俯いた。

「フレイヤには……幼い頃から窮屈な思いをさせて来た……すまなかった」
「お父様が謝ることではないですよ?」

  王妃様が大きく動けなかったのと同じで、お父様も下手に動くことが出来なかった事くらい分かっている。
  でも、その分たくさん私に愛情をくれた。
  王宮の人たちはいつだって厳しかったけれど、私が常に前を向いていられたのはお父様とお兄様がいてくれたから。
  そして、これからはシオン様が───いる。

  (私は、大丈夫!)
 
「フレイヤ───シオン殿下……いや、新しい陛下のことを愛しているか?」
「はい!  もちろんです!」

  私が笑顔で即答するとお父様は静かに笑った。

「そうか……王妃殿下が仰っていたように、シオン殿下もフレイヤにデレデレのようだ」
「お父様まで……」

  お父様の視線が今もお兄様と言い合い?  をしているシオン様に向けられる。
  お兄様がなにか言ったのか、シオン様は少し悔しそうな表情をしていた。

「……あの日から、泣きも笑いもしなかった殿下が……あんな表情豊かになって」
「泣きも笑いもしなかった?  あの日?」

  私が聞き返すとお父様が少し悲しそうな顔をした。

「───アーリャ妃の心が壊れた日、だ」
「っ!」

  お父様は語る。

「最初にアーリャ妃の異変に気付いたのはシオン殿下だった───僕のことを知らない人のような目で見て来る、と言ってな」
「……」
「その後、医師の診察でアーリャ妃が記憶を失くしたと分かった時も、シオン殿下は泣きも笑いもせず黙ってアーリャ妃を見つめているだけだった」

  (シオン様……)

「それが、フレイヤといる時の殿下は……楽しそうだ。あんな顔で笑う方だったとは知らなかった。そして本当に強くなられた……」
「……」
「シオン殿下にはフレイヤのその明るさが必要なのだろうな」
「お父様……」

  お父様は仕方ない、と前置きして言った。

「───これからは結婚前でもギュッと抱きしめ合うことまでは許そう!」
「ほ、本当ですか!」

  私の目がキラキラと輝く。やったわ!  シオン様の温もり!

「……そんな嬉しそうな顔……くっ……だ、だが、人前ではダメだぞ!」
「え?」

  (……つまり、二人っきりならいくらでもしていいって事?)

  それなら、屋敷に帰ったあとたくさんシオン様にギュッとしてもいいって事よね?

「ん?  ……フレイヤ?  何か様子が……」
「ふふ、ありがとうございます、お父様!」

  ────愛だの恋だのに疎かった私は、男心なんてものも分からずにその夜、突っ走ることになる。
  
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