上 下
41 / 57

41. 理想の王妃

しおりを挟む

  再び、王妃様に睨まれた陛下はぐっと押し黙る。
  その表情は怒りからなのか悔しさからなのか顔は真っ赤だった。

「あなたはこれでもまだ、その玉座にみっともなくしがみつくおつもりなのですか?」
「……っ」
「周りをよくご覧になってみてはいかがです?」

  王妃様にそう言われた陛下の視線がキョロキョロと動く。
  今、陛下に向けられているのは冷たい視線、軽蔑の視線ばかり。殴られた事に同情する視線は一つもない。

「シオンは帰国する度にきっちり力をつけていました。ですが、あなたはそれを何一つ認めようともしなかった……愚かだ。本当にあなたは愚かです!」
「ぐっ……」
「愛していたはずの女性も、政略結婚で娶った私も……そして生まれた子供たち……誰のことも幸せに出来ないあなたのような人がいつまでも王の座にいることは、決して国のためにはなりません!」

  王妃様が陛下を追い詰めていく。
  陛下をとっくに見限っていた王妃様は“国のため”に生きることを決めた──その姿はこの国が求めていた理想の王妃そのもの。

  (理想の王妃……なのに肝心の陛下はその王妃様に追い詰められている……なんて皮肉なの)

  ずっと私が“王妃教育”として学んで来たものはなんだったのかしら。
  そんな気持ちにさせられた。と、同時にこうも思った。
   
「……もしかしたら、私も王妃様みたいになっていたのかもしれませんね」
「え?」

  私の小さな呟きを拾ったシオン様の目がどういう事?  と言っている。

「私がエイダン様の“妃”になっていた場合、です」
「フレイヤ……」

  婚約破棄などされずにエイダン様の正妃になっていたら。
  もしくは、今回身勝手に求められた側妃になれという件を反抗することなく黙って受け入れていたら……

  (私もエイダン様に愛想をつかし、きっと愛より“国”を選んだだろう)

  だけど思う。
  私だったら今、目の前にいる王妃様のような決断が出来るかしら、と。

「……私はまだまだ未熟ですね」
「フレイヤ──」

  シオン様が腕を伸ばしてそっと私を抱きしめた。
  温かい温もりに安心感を覚えた。けれど、ハッと気づく。

「シオン様!  み、皆の前ですよ!?」
「うん、分かってる。でも、皆、父上と王妃殿下に夢中で見てな…………」

  そう言いかけたシオン様の身体がビクッと跳ねた。
 
「シオン様?」
「……訂正。すっっっっごく、リュドヴィク公爵と兄君からの視線が痛いや」
「え?」

  そう言われて、シオン様の腕の中からチラッとお父様とお兄様に視線を向ける。
  二人はこの場で唯一、陛下と王妃様の言い争いなどそっちのけで私とシオン様の方を見ていてギラギラした視線を送って来ていた。

  (ひっ!?  お兄様はともかく、お父様の目は開いていないのに圧がすごい……)

「ギ、ギラギラしています」
「うん……すごいよね。これは絶対に後で呼び出される。覚悟しなくては…………で、えっと、フレイヤ」
「は、はい」
 
  とりあえず、お父様たちのことは置いておくことにしたのか、シオン様はそのまま話を続ける。
  どうやら身体を離す……という選択肢は無いらしい。

「未熟だと言うならそれは僕も同じだ」
「シオン様……?」
「誰だって初めから完璧な人なんていない。フレイヤだって長年の頑張りと努力があって今の君になったのだから」

  シオン様の温かい気持ちがじんわりと伝わって来る。

「若くて未熟な二人で大丈夫か?  と思われてしまうのは仕方がない事だ。でもそんな僕らには後ろから支えてくれようとしてくれる人が沢山いるだろう?」
「そう、ですね」

  私は頷く。
  そうだ。国内外含めて、たくさんの人がシオン様に国を託そうとしている──

「だから、僕はその期待に恥じない存在になりたいと思っている。そしてその為にはフレイヤ、君が必」

  シオン様がそう言いかけた時だった。

「───そ、そうは言うが!  私とシオンの何が違うと言うんだっ!」
「何ですって?」

  まだ、痛そうだけどまともに喋れるようになったらしい陛下が声を荒らげていた。

「……私が王妃、そなたを選んだのは候補者の中で最も“魔力”が強かったからだ!」
「───ええ、そうでしょうね」

  何となくそんな気はしていたけれど、やっぱり決め手はそこだったらしい。
  ここまでのブレなさが逆にすごい。

  (いったい何をそこまで……)

「私だって国のために最も優れた利用価値の高かったそなたを選んだのだ!  それならば……そこのシオンだって同じ事をしているではないか!」
「同じ?  ……どういう意味です?」
「ようやく分かったぞ!  どうせ、シオンは私やエイダンを蹴落とすためだけに、フレイヤ嬢を無理やり婚約者にしたのだ!  愛などは無く利用価値の高い令嬢を妃に据える──私としている事は同じではないか!」

  そう叫ぶ陛下の声はとても良く響いた。

  (利用価値───)

  そんな事は分かっている。シオン様が私を選んだ理由はそれだ。
  でも、シオン様は絶対に陛下とは違う。私を蔑ろになんかしない!
  何より、私はシオン様のことが好きだもの!

  そう思った私はギュッと強くシオン様の背中に腕を回した。

「面識のなかったはずの二人が突然、婚約などと言うからおかしいとは思っていたのだ!  それならばシオンだって、この先、いつか他の女性と……」
「───は?  あなたの目は節穴ですか!?  その目をかっぽじってよーーく見てご覧なさい!」

  陛下の言葉を遮って王妃様が私たちに向かって指をさす。
  一斉に皆の視線がちょうど抱きしめ合っていた私とシオン様に向けられた。

「あの親密さ!  明らかにわたくし達とは違うでしょう!  特にシオンの顔を見てご覧なさい!  デレデレですよ?  デレデレ!」
「な……!  デ、デレデレだと!?  そ、そんなことは有り得ん──……なっ!?」

  陛下は慌てて私たちに視線を向けると固まった。




  (デ、デレデレ?  シオン様が?)

  王妃様の発したその言葉に不思議に思って私は顔を上げる。
  皆の視線が凄いけれど、気になってしまった私はつい訊ねてしまう。

「えっと……シオン様、わ、私にデレデレしているんですか?」
「……デッ!」

  シオン様の頬が一気に赤くなった。
  一瞬、言葉をつまらせたシオン様は少しぶっきらぼうな口調で言う。

「僕はフ、フレイヤのことをか、可愛い!  と何度も言った……はずだ」
「……そ、それは……確かに、き、聞きましたけど!」

  シオン様の照れた顔はこれまで何度も見て来た。
  でも、それは私に……と言うよりただの照れ屋さんなのだとばかり思っていた。

  (もしかして違ったの?  シオン様……実は私に照れていた?)

  私の胸がもしかして……と勝手に期待してしまう。
  私がシオン様のことを好きなように、シオン様も少しくらいは私に特別な気持ちを抱いてくれている……と。

  ……これは聞いてもいいのかしら?  
  そう思ってしまった私はやっぱり聞かずにはいられなかった。

「シ、シオン様は……私のこと、す、少しくらいは……す、好きですか?」
  
しおりを挟む
感想 367

あなたにおすすめの小説

真実の愛のお相手様と仲睦まじくお過ごしください

LIN
恋愛
「私には真実に愛する人がいる。私から愛されるなんて事は期待しないでほしい」冷たい声で男は言った。 伯爵家の嫡男ジェラルドと同格の伯爵家の長女マーガレットが、互いの家の共同事業のために結ばれた婚約期間を経て、晴れて行われた結婚式の夜の出来事だった。 真実の愛が尊ばれる国で、マーガレットが周囲の人を巻き込んで起こす色んな出来事。 (他サイトで載せていたものです。今はここでしか載せていません。今まで読んでくれた方で、見つけてくれた方がいましたら…ありがとうございます…) (1月14日完結です。設定変えてなかったらすみません…)

嘘つきな唇〜もう貴方のことは必要ありません〜

みおな
恋愛
 伯爵令嬢のジュエルは、王太子であるシリウスから求婚され、王太子妃になるべく日々努力していた。  そんなある日、ジュエルはシリウスが一人の女性と抱き合っているのを見てしまう。  その日以来、何度も何度も彼女との逢瀬を重ねるシリウス。  そんなに彼女が好きなのなら、彼女を王太子妃にすれば良い。  ジュエルが何度そう言っても、シリウスは「彼女は友人だよ」と繰り返すばかり。  堂々と嘘をつくシリウスにジュエルは・・・

これ以上私の心をかき乱さないで下さい

Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユーリは、幼馴染のアレックスの事が、子供の頃から大好きだった。アレックスに振り向いてもらえるよう、日々努力を重ねているが、中々うまく行かない。 そんな中、アレックスが伯爵令嬢のセレナと、楽しそうにお茶をしている姿を目撃したユーリ。既に5度も婚約の申し込みを断られているユーリは、もう一度真剣にアレックスに気持ちを伝え、断られたら諦めよう。 そう決意し、アレックスに気持ちを伝えるが、いつも通りはぐらかされてしまった。それでも諦めきれないユーリは、アレックスに詰め寄るが “君を令嬢として受け入れられない、この気持ちは一生変わらない” そうはっきりと言われてしまう。アレックスの本心を聞き、酷く傷ついたユーリは、半期休みを利用し、兄夫婦が暮らす領地に向かう事にしたのだが。 そこでユーリを待っていたのは…

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

私は側妃なんかにはなりません!どうか王女様とお幸せに

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のキャリーヌは、婚約者で王太子のジェイデンから、婚約を解消して欲しいと告げられた。聞けば視察で来ていたディステル王国の王女、ラミアを好きになり、彼女と結婚したいとの事。 ラミアは非常に美しく、お色気むんむんの女性。ジェイデンが彼女の美しさの虜になっている事を薄々気が付いていたキャリーヌは、素直に婚約解消に応じた。 しかし、ジェイデンの要求はそれだけでは終わらなかったのだ。なんとキャリーヌに、自分の側妃になれと言い出したのだ。そもそも側妃は非常に問題のある制度だったことから、随分昔に廃止されていた。 もちろん、キャリーヌは側妃を拒否したのだが… そんなキャリーヌをジェイデンは権力を使い、地下牢に閉じ込めてしまう。薄暗い地下牢で、食べ物すら与えられないキャリーヌ。 “側妃になるくらいなら、この場で息絶えた方がマシだ” 死を覚悟したキャリーヌだったが、なぜか地下牢から出され、そのまま家族が見守る中馬車に乗せられた。 向かった先は、実の姉の嫁ぎ先、大国カリアン王国だった。 深い傷を負ったキャリーヌを、カリアン王国で待っていたのは… ※恋愛要素よりも、友情要素が強く出てしまった作品です。 他サイトでも同時投稿しています。 どうぞよろしくお願いしますm(__)m

性悪のお義母様をどうしても許せないので、ざまぁします。

Hibah
恋愛
男爵令嬢アンナは伯爵令息オーギュストと婚約する。結婚にあたって新居ができる予定だったが、建築現場から遺跡が発掘されてしまい、計画は白紙に。アンナはやむを得ず夫オーギュストの実家に住むことになり、性悪の義母ジョアンナから嫁いびりを受ける生活が始まる。アンナは使用人同然の扱いを受け、限界まで我慢してしまうが、ある日義母の黒い噂を耳にする。そしてついに、義母への仕返しを決意した。

不遇な王妃は国王の愛を望まない

ゆきむらさり
恋愛
稚拙ながらも投稿初日(11/21)から📝HOTランキングに入れて頂き、本当にありがとうございます🤗 今回初めてHOTランキングの5位(11/23)を頂き感無量です🥲 そうは言いつつも間違ってランキング入りしてしまった感が否めないのも確かです💦 それでも目に留めてくれた読者様には感謝致します✨ 〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。 ※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり。ハピエン🩷

貴方に私は相応しくない【完結】

迷い人
恋愛
私との将来を求める公爵令息エドウィン・フォスター。 彼は初恋の人で学園入学をきっかけに再会を果たした。 天使のような無邪気な笑みで愛を語り。 彼は私の心を踏みにじる。 私は貴方の都合の良い子にはなれません。 私は貴方に相応しい女にはなれません。

処理中です...