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34. 正妃になれ!
しおりを挟むあら?
勢いよく扉を開けすぎてしまったかしら?
お父様を除く皆様がポカンとした表情でこちらを見ているわ。(お父様はポヤン)
私はチラッと横にいるシオン様に視線を向ける。
「……? (私、勢いつけすぎました?)」
「……!(いや、これくらい派手でいいと思う!)」
シオン様から大丈夫というお墨付きを貰ったので堂々と開き直ることにした。
私は室内全体を見渡してからにっこり微笑んだ。
「皆様。突然、失礼いたしました。わたくし、リュドヴィク公爵家が長女、フレイヤ・リュドヴィクは、本日どうしても皆様にお話したいことがありまして、婚約者であるシオン殿下と共に参りました」
部屋はしんっと静まり返っていて、まだ皆様はポカンとした表情を浮かべている。
「皆様、どうかこれから少しのお時間をわたくし達に下さいませ?」
そうお願いし、一礼しながら顔を上げた時、驚いたのか少し強ばった表情のエイダン様と目が合った気がした。
(あら、エイダン様ったらいたのね?)
いったい何があって引きこもっていたのかは知らないけれど、無理やり部屋から連れ出されたのかしら?
顔色が良くないのは元からなのか、それとも私たちの登場のせいなのか。
──まぁ、どちらでも構わないわね。
(エイダン様。どちらにせよ、あなたがこの国の“王太子”を名乗れるのもここまでよ!)
「……シ、シオン。それにフレイヤ嬢……な、何をしに来た……のだ」
あら?
国王陛下もエイダン様なみに顔の色が良くない。声も少し震えているわ。
しかも、皆様にお話がありまして、ときちんと説明したはずなのに何をしに来た……って。
私の話を聞いていなかったの?
私は陛下に呆れて、こっそり小さくため息を吐いた。
そこに、お父様がすかさず陛下に声をかけた。
「……陛下、これはちょうどよろしいタイミングなのではありませんか?」
「よいタイミング? どういう意味だ?」
陛下の眉が怪訝そうにひそめられる。
「今、まさに私が口にしたシオン殿下が娘と共にやって来ました。これはシオン殿下をお呼びする手間がはぶけましたね」
お父様は随分と呑気な声で陛下にそう告げた。
「……うっ」
ポヤンとしたお父様の雰囲気のせいで陛下は気付いていなさそうだけど、これは全部私たちの計画通り。
すでにシオン様側についてくれた貴族達との話し合いの中で、誰が陛下に側妃の子……つまりシオン様への王位継承の話に誘導させるかとなった時、公爵という身分に加えて娘の私がシオン様の婚約者であることから満場一致でお父様が適任だろうとなった。
(さすが、私のお父様!)
そんなお父様、今度は目を薄ら開けながら陛下に迫る。
「陛下……せっかくの機会ですからどうでしょう? 今この場で、予定よりも早く側妃の子にも王位継承権を与えるか否かの──」
「────待て! かかかか勝手なことを言うな!!」
リュドヴィク公爵の目が……!
と、室内が一瞬ざわついたその瞬間、お父様の言葉を遮るように反論の声を上げたのはエイダン様だった。
「王太子は私だぞ! すでに立派な跡継ぎの私がいるのになぜ、そんな話になる! 必要ないだろう!?」
「……立派な?」
お父様は、小さくそう呟くと目を開かせることなくいつものポヤン顔に戻った。
あ、残念……開眼が見られなかった! そんな声が聞こえそうな空気の中、お父様はやれやれと肩を竦めてエイダン様に訊ねる。
「そうは仰いますが、殿下が正妃は絶対にあのドロンダとかいう名の泥棒令嬢がいいと譲らなかったのですよ? ですから皆が不安視しておるのです」
「ドロ!? 泥棒!? ベリだ! ベリンダだ! リュドヴィク公爵! そういえば先程もおかしな事を言っていたな!?」
止めておけばいいのに、エイダン様が真っ赤な顔でお父様の言い間違えに文句をつけた。
「……ふぅ、ドロでもベリでもどれでもいいではありませんか。えっと? とにかくそのベリ嬢がいいと言って、我が娘フレイヤに婚約破棄宣言までした殿下が立派……これは笑えますな! ハッハッハ!」
「……ぐっ」
「それで私の可愛い娘に泣いて縋って今度は側妃の話を持ちかけて振られた殿下が立派……ハッハッハ」
「な、泣いて縋ってなどいない!! わ、笑うな!」
「ハッハッハ」
エイダン様は真っ赤になって抗議したけど、お父様は全て笑って流していた。
「……っ! そ、それにだ! 私は……ベリンダを正妃にはしない! そう決めた!」
(え?)
意外な言葉がエイダン様の口から飛び出した。
この発言には陛下も始め、この場にいる誰もが驚いた。
「シオン様……まさかの発言が飛び出しましたよ?」
「うん……これはあれかな? 女狐の本性をどこかで知ったのかな?」
お兄様が言っていた“結婚詐欺”の話が頭に浮かぶ。
もしベリンダ嬢のこういった本当の顔をエイダン様が知ったのなら……彼女が純粋な天使だと信じていた分、ショックは大きかったはず。
「もしかして、エイダン様が引きこもっていたのは……」
「そのせいかもしれないね」
私とシオン様が頷き合っていたら、爆弾発言をしたエイダン様がクルリと身体の向きを変えて私を見た。
「──フレイヤ!」
「?」
「そういう事だから、私の正妃になるのはやっぱり君だ! そこのシオンとの婚約は今すぐ無かったことにして戻って来い! 私の正妃になれ!」
「───は?」
エイダン様は今、なんて言ったのかしら?
シオン様との婚約は無かったことに?
エイダン様の元に戻って来い?
そして───正妃になれ!?
エイダン様は、それを笑いながら言ってのけた。
「先程、皆も言っていただろう? ベリンダでは不安なのだと。だが、フレイヤ! 君なら……本来の婚約者である君が私の正妃となるならば誰からも不満の声は出ない!」
聞き間違いだと思いたかったのに。
どこまでこの王子様は阿呆なのかしら。人を舐めすぎでは?
「……」
プツッと私の中で何かが切れる音がした。
「……シオン様、私、ちょっとエイダン様のところに行って来ますわ」
「フレイヤ?」
心配そうな声を出したシオン様に“大丈夫です”という思いを込めた微笑みを浮かべて私はエイダン様の元に向かった。
「ご機嫌よう、エイダン様」
「ああ、フレイヤ! 良かった……君なら分かってくれると思っていた!」
シオン様を置いて自分の近くに寄って来た事が了承の意だと思ったのか、エイダン様は嬉しそうに私に笑いかけた。
「……分かってくれる、とは、どういう意味ですの?」
「もちろん、この国の未来のためにも、どうするのが最適かということだ!」
「へぇ?」
「なぜなら君は長年の王妃教育で“この国のために生きること”を学んできたはずだからな!」
「……」
ええ、その通りですわよ? エイダン様。
夫となるエイダン様に側妃を娶ると言われた際の心構えだとか、代々の王妃が言われてきたであろう話とは違う細かい部分は色々あったでしょうけれど、そもそもの王妃教育は“何があっても国のために”それを念頭に置かれ施されたもの。
私への教育も勿論、そうだったわ。
でもね? それ……
「……エイダン様」
「なんだ? フレイヤ」
「その言葉……」
私はにっこり微笑んでから、すっと自分の右手を振り上げて拳を握る。
「……ん?」
「────あなたにだけは言われたくないわっっ!」
「えっ」
その瞬間、私の右手の拳がエイダン様の左頬に綺麗に決まった。
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