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29. お兄様からの手紙
しおりを挟むあれから、実のところ執拗いエイダン様の事だから、もう一度くらい乗り込んでくるかも……
なんて思っていたけれど、そんな事にはならず至って平穏な日が続いていた。
「あら?」
「フレイヤ、どうかした?」
「お兄様から手紙が届いています」
「兄君?」
その日、届いた手紙の中にお兄様からの手紙があった。
「珍しいです」
「そうなの?」
シオン様の言葉に手紙を手にした私はクスリと笑う。
お兄様が領地で生活する事になった時、私がついうっかり「寂しくなりますね」と口にしてしまった事で毎日のように手紙を送ってくるようになった。
これにはさすがのお父様も困り果てて、お兄様から私への手紙に関しては回数制限を設けられることになっていた。
「……つまり、この手紙には兄君のフレイヤへの愛がたくさん詰まっている、のか」
「シオン様?」
「…………何だか負けたくない」
「はい?」
そう言ってシオン様はそっと私の髪を手に取りキスを落とした。
「シ、シオン……さま!?」
「フレイヤの夫になるのは僕だ!」
キリッとしたお顔でそう宣言するシオン様。
子供みたいにムキになって可愛いと思う反面、ドキドキが止まらない。
(もう! シオン様は私の心臓を破裂させる気なの!?)
「そ、そうですよ? 私の夫になるのは……あなた、です」
「フレイヤ……!」
「……あ」
───チュッ
シオン様の顔がそっと近付いて今度は額にキスをされた。
ボンッと私の顔が赤くなる。
甘い囁きは耐えられてもキスだけはダメ。慣れない。
そんな私を見てシオン様がまたまた甘く微笑む。
「───うん。フレイヤのこんな可愛い顔を見られるのは“夫”となる僕だけの特権だ」
「シオン様……」
そう呟いたシオン様の表情が甘さと共に熱っぽさもあってさらに胸がドキドキする。
そして、再び顔が近付き今度は互いの唇が───という所でシオン様の動きがピタッと止まる。
「……? あ、の?」
「…………フ、フレイヤ。さ、先に兄君の手紙、読もうか?」
「え? は、はい」
どうして……? と思いながらシオン様の顔を見ると少し青くて身体が震えていて、蚊の鳴くような小さな声で「……悪寒がした」と呟いた。
───お兄様からの手紙は、久しぶり、元気か? から始まり、婚約おめでとう! と書かれていた。
先の婚約破棄の話にも触れていてエイダン様への強い怒りと新たな婚約が決まったことへの安堵が混ざっている。
その後はいつものお兄様の私語りが続いていた。
(お兄様ったら……相変わらずね)
そう思って笑っていると、気になる一文があった。
────リコンダ・コロンコ男爵令嬢には気を付けろ! 面倒くさそうな女だ。
(……誰!?)
一瞬、そう思ったけどすぐにベリンダ嬢の事だと分かった。
お兄様までお父様みたいになっているじゃないの!
名前当てクイズをしているのでは無いのよ!
と、思いながら続きを読むと彼女は色々怪しい気がすると書いてある。
「フレイヤ、どうかしたの? お兄さんは何て?」
「あ、それがリコン……じゃない、ベリンダ嬢に気をつけろ、と」
「あれに?」
シオン様の表情が険しくなる。
「兄君はエイダンご執心の男爵令嬢の話を聞いて何か調べたのかな?」
「そうかもしれません」
私たちは目を合わせると頷き合う。
「普通なら嫌がるだろうに“フレイヤを側妃にすること”を望んでいるみたいだしね」
「……はい」
あまり深く考えてこなかったけれど、ベリンダ嬢は私とシオン様の婚約……エイダン様の側妃を断った事をどう思っているのかしら───
「!」
そんな事を思いながら手紙の続きに目を通すと、今度は別の意味での衝撃が私を待っていた。
────婚約はめでたい! とても良かったと俺も思っている。だが!!!!
(だがって、何をそんなに強調して…………あ!)
────第一王子、シオン殿下とは婚姻の日までは清く正しく節度を持った関係でいるように!
どこかで聞いたセリフが書かれていた。
頭の中にポヤンとした顔のお父様が浮かぶ。
「シオン様、お兄様ったらお父様と同じことを言っていますよ?」
「え? 何それ。やっぱり親子なんだね───……え?」
文面を見たシオン様がピシッと笑顔のまま固まる。そして直ぐに頭を抱えるとブツブツと呟きながら嘆いた。
「…………清く正しく……節度……こっちもか! 厳しい! なんでだ!」
「……」
(清く正しく節度を持って……最近のギュッと抱きしめられたり、額へのキスは……)
お父様やお兄様の基準だと許されない範囲の気がしたけれど、一度その温もりを知ってしまったらもう戻れない。シオン様がしてくれなくなるのは嫌だ。
なので、余計なことは言わないでおこうと決めた。
そして、最後に……
「あら? お兄様、王都に出てくるそうです」
「え?」
頭を抱えていたシオン様が顔を上げる。
「こんな俺でも役に立つかもしれないだろ? ──ですって」
シオン様はちょっと驚いた顔をしてすぐにニッと笑う。
「……はは、次期公爵殿はただの妹大好き! なお人ではないみたいだね。それは心強いし有難い」
「お兄様……」
「こちらに到着するのが楽しみだね」
「はい!」
私が笑顔で頷くとシオン様も嬉しそうに笑ってくれたけど、少しだけ顔が青かった。
◆◇◆
最後の大詰めの前に王宮に顔を出していた僕は、宮殿内を移動しながら朝のフレイヤを思い出していた。
(今日もフレイヤは可愛かったな……)
兄君がやって来ると聞いて凄く嬉しそうだった。
コロコロ変わる表情は見ていて飽きない。
フレイヤは公爵や兄君から大事に大事に育てられて来たんだろう。“公爵家の唯一の娘”“未来の王妃となる宿命の娘”ではなく、“ただの可愛い娘・フレイヤ”として。
(子を政略結婚の道具としか見てない親兄弟もいるというのに……珍しい)
「しかしな……清く正しく節度を持って、か────うん、無理だ」
あんな無防備で可愛いフレイヤを前にして我慢? 出来ない!
怒らせると怖いし、とんでもなく美しい微笑みで床と壁に穴を開けちゃう事も出来るくらい強いのに……可愛いとか反則だ!
「でも、兄君が訪ねて来る時はさすがに自重しないといけないよなぁ」
それはあまりにも寂しいので、早く諸々を片付けてフレイヤをお嫁さんに───
と、考えていたその時。
「きゃぁ!」
「!」
───出来れば会いたくない、嫌悪感すら抱く聞き覚えのある声がやっぱり今日も目の前に転がって来た。
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