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25. 振られた王子
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「……この国で一番敵に回してはいけないのはフレイヤなんだと思わされたよ」
「えっと、シオン殿下……何を言っているんですか?」
「いやいや、フレイヤ。君は(色んな意味で)最強だ」
「え? 最強?」
なんの事か分からず首を傾げる私の右手を、シオン殿下は優しく擦りながらそう言った。
陛下との拝謁でとりあえず本日の第一の目的だったシオン殿下との婚約の許可を無事(?)にもぎ取ったので、私達は帰宅する事にした。
(陛下、最後はブルブル震えて真っ青だったわ……)
エイダン様の書いた謝罪にもならないあの手紙は相当ショックだったらしい。
こんなものではまだまだ足りないけれど、陛下も少しは思い知った……はず。
(まぁ、本当に痛い目を見るのはこれからですけどね!)
「私はただの公爵令嬢ですよ?」
「ただのって……」
「?」
シオン殿下が信じられない……という目で私を見る。
もう! これから、陛下を追い出して王様になろうとしている人がなんて情けない顔をしているの!
私よりもあなたが最強でないとダメでしょう?
そう思った私は喝を入れる。
「シオン殿下! どうにか陛下に私達の婚約は認めさせましたが、まだまだです。これから陛下を玉座から引きずり下ろすという大きな仕事が待っていますわ!」
「もちろん、分かっている」
「それに、エイダン様も戻って来たら私達の婚約の件……間違いなく騒ぐでしょう。それにベリンダ嬢も……」
また、階段から転がり落ちてくるかもしれないわ。
(何となくあの令嬢……あれだけでは終わらない気がするのよね。すごーく執念深そう……)
だからといって何を仕掛けてきても負けたりしないけれど!
私は悪評なんかに負けないもの!
「陛下を玉座から引きずり下ろす為には、今度行われる会議に乗り込むのですか?」
「そうなるね。その場が一番手っ取り早いと思う。だからその日までにどれだけの人達をこっちに集められるかが重要だね」
陛下を退位させるには多くの味方が必要だ。
各国の承認はすでにシオン殿下が手を打ったので、後は国内。
「まずは婚約発表からですね」
エイダン様が戻ってくる前にまずは私との婚約発表までは済ませておかないといけない。
お父様がすでにシオン殿下側につく事は表明しているけれど、婚約を発表する事で状況を察してエイダン様派から寝返る人も出てくるはず。
(───そして、最終的に絶対に味方につけておきたいのが……王妃様、なのよね)
だけど、王妃様が一番分からない。謁見を希望したけれど断られてしまった。
いったい彼女は誰の味方なの───?
「──何だかフレイヤが隣にいてくれるだけで、僕は何でも出来そうな気がしてくる」
「は、い?」
シオン殿下が私を見つめながらそんな事を口にした。
その視線に胸がドキッと大きく跳ねてしまう。
もう! 人の気も知らないでなんて事を言うの!
「フレイヤはかっこいいよ。可愛いのにこんなにかっこよくてさ……こんなの……ほ」
「……ほ?」
「…………っ! い、いや、何でもない……」
「え? 殿下?」
(な、なに? どうしてしまったの?)
シオン殿下の顔は何故か真っ赤になっていて、プイッと私から顔を逸らしてしまう。
でも、どんなにお願いしてもその続きを口にはしてくれなかった。
その代わり、「フレイヤは強くてかっこいいけど、手! 手は大事にして!」と、魔力で強化してもむやみやたらと物も人も殴らない事を約束させられた。
◆◆◆
「────は? フレイヤ……が婚約?」
リュドヴィク公爵領で、公爵令息によるフレイヤ愛の重さにたじたじになっていたエイダンは、本来の目的である視察──それっぽい仕事をこなしながらも、肝心のフレイヤ回収に踏み出せずにいた。
そんな中、届いた手紙に記載されていたのが───
「ど、ど、どういう事だぁぁぁ!」
「エ、エイダン様! お、落ち着いてください!」
暴れるエイダンを側近が何とか宥めにかかるもエイダンは荒れるに荒れた。
「これが落ち着けるか! フレイヤが、こ、こ、こ、婚約だぞ! これはどういう事だ! しかも相手が……」
シオン・デートルド。
どこから読んでも何度読んでも手紙にはその名が書かれている。
これまであまり関わらずにいた側妃の子供で魔力の弱い異母兄────
(なぜだ! なぜ、私の側妃になるはずのフレイヤが! シオンの婚約者に!?)
エイダンは頭を抱える。
いったいフレイヤは、シオンとどこで交流を持ったのだ?
そもそもあの王子はあまり国にいなかったはずだ。私の知る限り昔からシオンとフレイヤの二人に接点など無かった……
なのに婚約!
フレイヤは私の側妃になるはずなのに!
「こ、これでは誰がベリンダの王妃業務を代わりにやってくれるのだ!」
「……」
(───いや、王妃になるならベリンダ様が自分でやれよ!)
「これでは、ベリンダが気の毒ではないか……」
「……」
(───フレイヤ様は気の毒ではないのかよ!)
「それより、わ、私の王位継承は大丈夫……なのだよな? 側妃の子供には継承権はない……はずだ」
「……」
(───我々としてはもうシオン殿下に継いでもらいたい気持ちだよ!)
エイダンの側近や付き人たちの心の声が一つになった瞬間だった。
そんなエイダンは、しばらくの間、手紙を見てずっとうんうんと唸っていたが、ハッと何かを思ったのか側近たちに声をかける。
「そうだ……これは何がなんでもフレイヤに会わなくてはならん! もう一度、公爵家に向かうぞ!」
「え! 殿下……今何時だと……それに連絡だってしていません……し」
「いいから、行くぞ!」
時刻は夜。
側近たちの静止も聞かずにエイダンは飛び出した。
─────
「───これはこれはエイダン殿下。こんなにも非常識な時間に連絡も寄越さずに、ようこそいらっしゃいました」
「う、うるさい! いいからフレイヤを出せ! 今すぐ会わせろ! 至急、問いただせねばならぬことがある!」
笑顔で出迎えたギャレットにイラッとしながらもエイダンは上から目線で言いつけた。
「あぁ、そのご様子、殿下の元にも連絡が入りましたか? 可愛い可愛いフレイヤの婚約が発表されましたね」
「チッ……私はそんな話、納得しておらん! これは嘘なのだろう?」
ここに来てまだそんな事を言い続けるエイダンに、ギャレットは心底呆れる。
(本当に人の話を聞かない殿下だ……見限って正解ですよ、父上)
「──いいえ、殿下。そもそも我が父が最初に申し上げたはずですよ?」
「ぬ?」
「フレイヤは新しい婚約者の元にいる、と。ですから殿下? 何度訪ねられてもフレイヤはここにはいません。あなたはずっとずっと見当違いの行動をしていたのです」
「は? ……な、んだと!」
エイダンが(今更)衝撃を受ける。
「そして、もちろん我が最愛の妹、フレイヤと第一王子、シオン・デートルド殿下との婚約は嘘ではなく本当の話です。陛下の許可も降りています」
「ほ、本当……の話? ち、父上が許可……」
エイダンが再び衝撃を受ける。
「殿下、あなたの望んだ……ド……ドロンコ男爵令嬢(だっけ?)を正妃にし、フレイヤを側妃とする……これはもう叶わない話。いい加減に現実を見てください! あなたはフレイヤに振られました!!」
「ふ、振られた、だと!? こ、この私が!」
ギャレットは、肝心の男爵令嬢の名が父親並みにうろ覚えのままだったが、エイダンにキッパリと言い切った。
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