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23. 腹の立つ虫(陛下)

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「えっと、フレイヤ、本当に大丈夫?」
「は、はい……そ、それよりも陛下の元に急ぎましょう!」

  色々恥ずかしくなってしまった私は、赤くなった顔を冷ましながらシオン殿下の隣を歩く。
  まだ頭の中での混乱が続いているせいか、少し早足になってしまう。

  (何でこんなタイミングで気付いちゃうの……)

  愛だの恋だのという感情はろくな結果を招かないと学んだばかりなのに───

  私はチラリと横にいるシオン殿下の顔を見る。

「ん?  フレイヤ?」
「……っ」
「また、そんな顔を……」

  そう言ったシオン殿下がそっと私の頭を撫でた。
  その優しい手付きにまた胸がキュンとしてしまう。

  こんな感情は邪魔なのにと思う一方で、一度気付いたら捨てられないものなのだと思った。


────
  

「はて?  ──シオンだけだと聞いていたのに、これはどういう?  だが、フレイヤ嬢はようやく元気になったということかな?」
「……ご無沙汰しております。そしてご心配おかけしました」

  色々言いたい事もあるし、なんなら今すぐ殴りたい気持ちでいっぱいだけど、私は静かに腰を落として挨拶をした。

「快復したなら良かった。だがな……あいにく、エイダンは視察に向かっておってな。暫くは不在なのだ」
「……存じております」
「だが、こうして姿を見せてくれたので、エイダンとの話が進められるな」

  陛下は嬉しそうに頷きながらそう言った。
  わざわざシオン殿下と共に現れたのに、私が“側妃”になる事を了承しに来たと思える神経が凄い。

「──失礼ですが、陛下。その件で大切なお話がございます」
「……なんだ?  早くエイダンに帰ってきて欲しいということか?」
「違います!  エイダン様には、ゆっくり視察を続けてもらいたいと思っておりますわ。大事な大事なお仕事ですもの」

  私はにっこり微笑んでそう口にする。もちろん本音は……

  (邪魔だから帰ってこなくて構いません!)

「そうか。側妃という身で迎えられるとなってもしっかり夫となる者の都合を考えたその発言。さすがフレイヤ嬢だな……」
「……」

  これはバカにしているのかしら?  と思えるような事で褒め出す陛下に私は心の底から軽蔑した。

「───お前の母親もその辺を弁えておればのう……なぁ、シオン?」
「……」

  陛下はチラッとシオン殿下に視線を向けるとそう口にした。

「私は忙しい身だったと言うのに、いつも、大したことない用事で私を呼び付け引き止めようと……」
「……」
「何がせめて子供の顔を見ていってあげてくださいだ!  顔など見せなくても子は育つだろう?  私が顔を見せて魔力が増えるならいくらでもそうしたが……なぁ、シオン?」

  国王陛下は明らかにアーリャ妃の事をバカにしていた。
  それも、息子であるシオン殿下の前で!
  だけど、シオン殿下はこの言葉にショックを受けている様子はない。
  つまり、陛下にこういう事を言われるのは慣れっこなんだと分かった。

「アーリャも、素直で愛らしい令嬢だと思っていたが……愛しさのあまり反対を押し切って側妃として迎えたが、やはり身分も低く教育のなっていない令嬢に地位を与えると良くないものだと痛感させられた。散々、調子に乗った挙句、ちょっと傷ついたからといって自分の殻に……」

  陛下はため息を吐きながら言う。
  …………どうしましょう。イライラが募って仕方がない。

「フレイヤ嬢。子へと受け継がれる魔力の件も含めてエイダンには、男爵令嬢のことは諦めて何度もそなたを正妃とするようにと言ったが、全く聞く耳を持たぬのだ」
「……そう、ですか」
「なので、私からも改めてお願いする。正妃となるべく育てられたフレイヤ嬢には屈辱だと分かっているが、エイダンの正妃は諦めて側妃としてエイダンと男爵令嬢を後ろから支えてやって欲しい」
「……」
「婚約破棄の件はエイダンが謝罪したはずだ。あれで許してやってくれ……!」
「誠心誠意の謝罪……ですか?」
「そうだ!」

  ───はい?
  あのとんでもなく上から目線の手紙が?  誠心誠意の謝罪……?
  陛下はエイダン様が私にどんな手紙を送ってきたかご存知……ない?

「世継ぎのことも心配は要らぬ。男爵令嬢から生まれる子供ではそこのシオンのようになりかねんから、そなたの産んだ子にも王位継承を与えられるようにするつもりだ。エイダンとフレイヤ嬢の子供なら魔力は強いに違いな……」

  “そこのシオン”
  その言葉に私の苛立ちがピークに達した。

  (どこまでシオン殿下をバカにするのよーーーー!)

  ────バキッ!

  苛立ちがピークに達した私の右手が床にめりこんでいた。
  陛下に今すぐ殴り掛かりたいのをどうにか我慢して抑えた込んだ結果、私の拳は床に向かった。

  (思っていたより床は脆かったわね…………さすがに少し痛いけれど)

「……フ、フレイヤ嬢……な、なにを?」
「──フレイヤ!  手!  手は大丈夫!?  見せて!」

  私の目の前で顔をピクピクと引き攣らせる陛下と、慌てた様子で私の手の心配をするシオン殿下。
  シオン殿下の手に包まれたら、右手の痛みがすっと引いていく気がした。
  
「大丈夫ですわ、ちょっと目の前にあまりにも腹の立つ虫がいたものですから、つい……ふふ」

  私はにっこり笑顔を陛下に向ける。

「は、腹の立つ虫……だと?」

  陛下は私の笑顔を見てさらに顔を引き攣らせる。

「そ……そ、そういえば……フレイヤ嬢の魔力は“強化させる”事に特化しておった……な」
「ええ!  腹の立つ虫を確実に仕留めるためにもこの力は必須ですわ」
「……そ、そう、か」

  陛下の顔色が明らかに悪くなっていく。
  これは話を変えようとしたけれど、ご自分が殴られる想像でもしたのかしら、ね?

  (そんなにお望みなら今すぐ……)

  そんな物騒な考えを持った私にシオン殿下が心配そうに声をかけてくれた。
  
「えっと?  フレイヤ……本当に手、大丈夫……なのか?」
「シオン殿下?  ありがとうございます。大丈夫です……ん?」

  (と、いうよりも……痛み、完全に引いているのだけど?  まさか……)

  私は慌てて顔をあげてシオン殿下の顔を見る。
  目が合った殿下はきょとんとしている。

  (え?  もしかしてシオン殿下、自分で分かっていない!?)

「どうしたの?  フレイヤ、手、痛む?」
「いえ!  そうではなく……シオン殿下、あなた、あなたの魔力って……もしかして」
「僕の魔力?」

  私がそう言いかけた所に、陛下が間に入って邪魔をする。
  顔色も戻って来ているので気持ちは立て直したみたい。虫のくせに!

「───それで、シオンの話とはなんだ?  まさか……また世迷いごとを言いに来たのか?」
「父上……」
「何度、話を求められても私の答えは変わらぬ」
「……」
「エイダンは確かに話は聞かないくせに頑固な上に諸々頼りないが、その頼りない部分はフレイヤ嬢がいてくれれば全て問題なしだ!  だから、お前がいくら魔力以外が優秀だったとしてもわざわざ代わりになる必要は──」
「───ふざけるな!」

  今度はシオン殿下がキレる番だった。
  
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