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22. 初めての恋心

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  (え、えぇぇえぇーー!?)

  全てがあまりにも突然過ぎて何の反応も出来なかった。
  階段下までゴロゴロと転がり落ちて来たその令嬢はそのままムクリと起き上がる。
  その起き上がった姿を見た私は目を疑った。

  ───ベリンダ・ドゥランゴ男爵令嬢!

  今、まさにシオン殿下に訊ねようと思っていた本人がなんと階段から落下して登場。
  私はその光景に唖然とした。
  チラリと横のシオン殿下を見ると彼も言葉を失っているようだった。

「いったーーい!  ひどいわーー」
  
  ベリンダ嬢はそう言いながら顔を上げる。
  すると、私の横にいるシオン殿下をじっと見つめると微笑みを浮かべた。
  
「まぁ!  シオン殿下ではありませんか!」

  チッ…… 
  そんな舌打ちが私の横から聞こえた気がする。
  チラリと私が横のシオン殿下を見ると、彼は完全に無表情だった。

  (こ、こんな顔、初めて見たわ!)

「殿下、聞いてください……私、とっても酷い目にあったんですよ」
「……」
「見知らぬ令嬢達に囲まれて“身の程を知りなさい”って突き飛ばされちゃいました……そんなに“男爵令嬢”はダメなのでしょうか……くすん」
「……」
「きっと、人の命令で行ったに違いありません……くすん」

  (……?  ベリンダ嬢の存在を妬んだ人?)

  そう言ってチラチラとシオン殿下を見つめながら、目をうるうるさせるベリンダ嬢は、いかにもか弱くて可憐な守ってあげたくなる令嬢といった様子だけれど、何だか私には彼女の全てが嘘っぽく見えた。

  (そんな事より、シオン殿下と呼んだわ。つまり二人は顔見知り……)

  聞きたかった事を訊ねる前に答えが出てしまった。
  王宮に連日通って一応お妃教育を受けているらしいベリンダ嬢だから、シオン殿下とどこかで会っていてもおかしくはないけれど……

  (なんだか胸がモヤッとする……)

  なんでこんなにモヤモヤするのだろうと考えていたら、シオン殿下がようやく口を開く。
  でも、その声は先程の無表情同様、これまで聞いた事がないくらい冷たい声だった。

「ドゥランゴ男爵令嬢。すまないが僕は急いでいかなければならない所がある」
「──え?」
「申し訳ないが、今は君の話に付き合っている暇は無くてね」

  ベリンダ嬢はそれでも必死にすがろうとする。

「えっと。で、でも、私……足が、痛くて……」
「それは───あぁ、君の悲鳴を聞いて人が集まって来た。彼らに医師の手配を頼むといい」
「え……でも!」

  確かに辺りを見回すと、なにごとだ?  と人がどんどん集まって来ていた。
  そんな中、衛兵がシオン殿下の姿を見つけて駆け寄って来た。

「シオン殿下!  これは何事ですか?」
「ああ、そこの令嬢が階段から落下してしまったようでね」

  何故かシオン殿下は、ベリンダ嬢の階段落下を“うっかり事故”と説明した。

「うっかりですか?  それはまた……」
「──え?  殿下?  待って!  うっかり?  違っ……」
「ああ。うっかりとはいえ事故は事故だから、早く医師の手配をしてあげてくれ。うっかり落ちておいて足が痛いらしい」

  シオン殿下はベリンダ嬢の言葉を遮って、これはあくまでもうっかり事故だと更に強調した。

「承知しました」
「うん、頼んだよ」
「え?  ちょっと!  うっかり……え、シオン殿下……!」

  必死で引き止めようとするベリンダ嬢を無視して、シオン殿下は私の手を取ると「フレイヤ、行くよ」とその場から急いで離れた。


 


「──殿下!」
「……」
「……──シオン殿下!」

  落下現場から離れ、ある程度距離が出来た所で私はシオン殿下に呼びかける。

「あ、ごめん。手、痛かった?」
「そ、そうではありません!  それよりも、さっきのは……」
「……」
「あの令嬢は、ベリンダ・ドゥランゴ男爵令嬢、ですよね?  彼女は誰かに突き落とされたと言っていたのにどうして──」
「嘘だからだよ」

  シオン殿下は淡々とした声で答える。でも、表情は少し怒っている。

「嘘?  ですか?」
「そう。あの階段落下は全部、自作自演…………それも、フレイヤに罪を着せるための、ね」
「え?」
 
  私は首を傾げた。
  嘘っぽいなとは感じたけれど、全て自作自演?  そして私に罪?

「今日も僕の姿が見えたから、転がり落ちてきたんだと思う……もう何度目かなぁ」
「何度目!?」
「あの女狐は、初めて会った時も転がり落ちて来たんだよ」
「え!」

  シオン殿下はやれやれと肩を竦めてそう言った。
 
「言っていただろう?  身の程を知りなさいとか、自分の存在を妬んだ人が……と」
「はい……」
「あれは暗にフレイヤの事を指している」
「……私の悪評を流すために、自ら体を張ってそんな事をしているのですか?」

  シオン殿下は頷いた。

「でも、あの女狐は姑息だからはっきり“フレイヤ”の名を出したことは無い。黒幕がフレイヤだと周囲に匂わせるだけなんだ」
「えー……」

  なんでそんな手の込んだ事を……と思ったけれど思い当たることは一つしかない。

「私がエイダン様に、側妃になるよう求められているから……」
「エイダンや他の者達の前では“フレイヤ様が側妃になってくれるのは心強いわ”と言っているらしいけど、フレイヤの人気の方が圧倒的に高いのは面白くない。だから、少しだけでも評判を落としておきたい……そんな所だろう」

  (ベリンダ嬢……エイダン様があれだけ惚れ込むのだから、どんな人なのかと思ったら……)

  シオン殿下が“女狐”と呼ぶ理由が分かった気がした。

「エイダンはそんな本性に全く気付いていないようだけどね」
「エイダン様……」

  エイダン様はきっとあの見た目や雰囲気にコロっと騙され盲目になっているんだわ。

「……情けないですね」
「あぁ、本当に」
「!」
  
  そう言ってシオン殿下の手がそっと、私の頬に触れた。

  (な、何を!?)

  そして、殿下はじっと私の目を見つめながら、頬をそっと撫でた。
  その仕草に私の胸がドキッと大きく跳ねた。

「エイダンは本当に阿呆だと思うよ。あんな女狐よりフレイヤの方がこんなにも綺麗で可愛いのに……」
「~~~っっ!」
「まぁ、一生気付かなくていいんだけどね」
「シ、シオン殿下……」
「フレイヤ──」

  (気、気の所為?  シオン殿下の私を見る目に熱がこもっているような……)

  私はシオン殿下と婚約して、ゆくゆくはこの方の妃になるという決心はしたけれど、それは愛だの恋だのという感情とは別物のはずなのに───

  ベリンダ嬢がシオン殿下と知り合いだった事にモヤッとして、でも、殿下がベリンダ嬢に嫌悪感を抱いていることに安心して、こうして触れられると胸がドキドキして……
  全部、エイダン様に感じていたのとは違う感情……

  (やだ……)

  まるでこんなの私、私がシオン殿下に恋心を抱いているみたい─────

「……フレイヤ?」
「……っ!」

  な、名前を呼ばれただけなのに、む、胸が!
  キュンって!  キュンッてなった!

  (し、しっかりしなくちゃ……! これから私は陛下をボコボコにしに……ち、違う!  ……えっと……)

  私の脳内が大混乱に陥る。目にはじんわり涙まで浮かんで来た。
  そんな挙動不審となった私の様子を見たシオン殿下もギョッと驚いた顔をした。

「え!?  フ、フレイヤ……何で急にそんなにめちゃくちゃ可愛い顔になってる?」
「かっ……こっ……これは別に!  何でもない、でふ!」

  (か、噛んだーーー!)


  ────この日、私は生まれて初めての“恋心”というものを自覚した。
 
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