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14. 単純な王子

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◆◆◆


  (どうしてこうなった!  何で私があんなコケにされて追い出されなくてはならなかった!?)

  つまみ出されるかのようにリュドヴィク公爵家を追い出されたエイダンは、城に到着しても納得がいっていなかった。

  (しかも、フレイヤは何処に行きやがった?  わざわざ悪評まで広げたのにフレイヤに求婚者だと?  有り得ない!)

「───で、殿下?  フレイヤ様を連れて帰って来るはずでは?  何故……お一人……」
「うるさい!  私に今、話しかけるな!」
「も、申し訳ございません」

  部屋に戻ったエイダンが一人だったので側近がおそるおそる声をかけたけれど、怒鳴られて一蹴されてしまう。
  あんなに意気込んで公爵家に向かったのになぁ……と怒鳴られた側近がため息を吐いた時、部屋の扉がノックされた。

「でーんか!  おはようございます。今日は朝から勉強の日なので先に会いに来ちゃいました!」
「───ベリンダ!」

  愛しのベリンダの登場に荒んでいたエイダンの表情がみるみるうちに明るくなる。

「あら?  もしかして何か落ち込んでますか?」
「わ、分かるのか?」 
「当然ですよ!  エイダン殿下の事ですから!」
「ベリンダ……」

  愛しいベリンダに泣きつくのは、情けなくてかっこ悪いことだと頭では分かっていながらも、エイダンは愚痴を言わずにはいられなかった。


───


「───そうだったんですねぇ」
「ああ!  私は許せない!  あのポヤン公爵は王太子である私を何だと思っているのか!」

  憤慨するエイダンをよしよしと慰めながら、ベリンダはこてんと首を傾げて訊ねる。

「でも~、フレイヤ様に求婚者というのは本当の話なのでしょうか?」
「ん?」
「ほら、公爵様の嘘話って可能性は無いんですかぁ?  殿下にはそう言っておいて実はこっそり領地で匿っている可能性もありますよね?」

  ベリンダのその言葉を聞いてエイダンは表情をパッと明るくする。

「──ベリンダもやはりそう思うか!」
「は、はい!  だって悪評もあって公の場で殿下に婚約破棄された令嬢に求婚するなんて……」
「そうさ!  やはり……間違いない。あれは公爵の嘘だ!」

  (フレイヤなんかに求婚者……おかしいと思ったのだ!)

「つまり今頃、公爵は私を上手く騙せたとほくそ笑んでいる……という事だな!?」
「酷いですねぇ……」
「……早速、リュドヴィク公爵領に向かう時間を調整するぞ!  ───おい!  この先の私のスケジュールはどうなっている?  早く教えろ!」

  エイダンは部屋の隅で二人の会話を聞きながら呆れていた側近に向かって声をかける。
  側近はこんなのが将来の王で本当にこの国は大丈夫なのだろうか……と思いながらエイダンのスケジュールを確認した。

「──よし、明後日からならリュドヴィク公爵領に向かえそうだな。ははは!  待っていろ、フレイヤ!  今度こそ貴様を捕まえてやる!」
「ふふふ、良かったですね、エイダン殿下」
「ハッ……ベリンダ……!」

  エイダンはベリンダを放ってしまっていたことに気付き慌ててベリンダの元に駆け寄る。

「すまない。君を放置していた」
「いいえ、フレイヤ様をお迎えする事はとっても大事なことですもの。仕方ないですよ」
「そ、そう言ってくれるのか!」

  エイダンはベリンダの健気さに思わず涙ぐむ。
  側妃なんて存在、普通は厄介に思ってもおかしくないはずなのに。
  母上やフレイヤみたいに、わけではない令嬢がそんな風に言ってくれるとは!

  (あぁ、なんて得難い存在なんだ……!)

「そんなの当然です!  フレイヤ様は絶対に絶対に…………必要な方、なのですから」

  ベリンダは満面の笑みでそう言ってくれた。
  その笑顔に感動し感極まったエイダンはベリンダを抱きしめる。

「ベリンダ!  さすが私の唯一の人!」
「殿下…………あ、ダメですよ。ほら私、これから勉……あっ」

  エイダンは、やんわりと拒否するベリンダの口を無理やり塞ぐ。

  (よし!  このまま押せばいける!)

「いいだろう?  少しくらい……私がリュドヴィク公爵領に向かえば暫く会えなくなるんだ」
「それは……そうですけどぉ」
「寂しく思わないでくれ。フレイヤを見つけたら、すぐにベリンダの元に戻って来るさ!」
「ええ、待ってます、殿下……」


  ───こうして、裏をかいたつもりのエイダンは、どう頑張ってもフレイヤとは絶対に会うことの出来ない旅に時間をかけて出かける事になった。
  (つまり二度目の無駄足)



◆◇◆



  その日のお昼頃、シオン殿下が私の部屋を訪ねて来て教えてくれた。

「───エイダン様が公爵家を訪ねて来た、ですか!?」
「そうなんだ。今、連絡が届いた。すごく、非常識な朝早い時間にやって来たらしい」
「そ、れは……」
「ああ……」

  私とシオン殿下は目を合わせる。互いに思った事は一つ。
  ギリギリだった……だ。

「お父様や使用人は……無事だったのでしょうか?」

  私がいない事を知って激怒したエイダン様がおかしな事をしていないかと心配になった。

「それは大丈夫みたいだ。リュドヴィク公爵が追い払ったようだよ」
「お父様が?」
「うん。それにどうも……開眼していた、とか……」
「───お、お父様の目が!?」

  私は信じられないという表情でシオン殿下を見る。
  だけど、シオン殿下の様子からいってそれは嘘では無い。私は大きく動揺した。

「お父様の目……め、滅多に開くことが無い、のに……」
「そうだね。あの瞳の奥は闇が凄いからね。さすが闇属性の強力な魔力の持ち主だよ。一度見たら──」
「──え?」
「うん?  どうしたの?  フレイヤ」

  相槌を打ってくれたシオン殿下の言葉に違和感を覚えた。

「…………シオン殿下もお父様の瞳の奥を見たことがあるのですか?」
「えっ?」
「お父様が闇属性魔力の持ち主なのは誰もが知っている事ですが、瞳の奥のことまでは見た事がある人しか……」
「……」

  シオン殿下がスッと気まずそうに目を逸らす。

「……殿下?」
「……」

  私は顔の向きを変えてシオン殿下の目を追いかける。
  でも、殿下はやっぱり目を逸らしてしまう。

「……シオン殿下?」
「……っ」
「───~~~!  もう!  何で目を逸らすのですか!」
  
  私は両手でシオン殿下の頬を掴むとグイッと自分の方へと顔を向かせた。

「フフフフフレイヤ!  ちちちち近い!」

  シオン殿下が、顔を赤くして訴えてくるけれどそれどころではない!
  何故、殿下がお父様の目の奥を知っているのか、の方が今は大事だった。
  なので私はグイグイ迫る。

「───シオン殿下、いつ見たのです!?」
「ち……近っ!  うっ…………で、ではなくて……コホッ」
「……殿下!」
「き、昨日、フレイヤが部屋で荷造りしている、時だ……よ」
「え?」

  あの二人で深刻そうな表情で語り合っていた時?
  まさか!  あの時、お父様目を開けていたの?
  その事に驚いた。でも……

「なるほど。それだけ真剣な話をされていたと──」
「せ……正式に結婚するまでフレイヤに手を出したら許さん!  と、脅されて……た」
「──は、い……?」

  私が聞き返すと、シオン殿下は頬をほんのり赤く染めたまま続ける。

「あくまでも今はまだ婚約者候補……なのですから、阿呆王子から逃すために娘の身は預けます……が!  くれぐれも節度を持った清く正しい関係を……と」
「……」
「そ、その時に公爵の目が……こう……」

  殿下が目を見開く真似をする。

  (おーとーうーさーまー!?)

「あれは、エイダン様を蹴落としてこ、これからの国の未来についてを熱く語っていたのではなかったのですか!」
「え?  国の未来?  そんな深い話は……」
「で、ではあんな深刻そうにいったい他にも何を長々と!」

  私は更にグイグイ近付く。

「え、いや、フ、フレイヤがいかに可愛い娘なのかを延々と語られていた……のだけど?」

  まさかの娘の惚気!  殿下はそんなものをずっと聞かされていた!?
  私はがっくりと力が抜けてしまった。

「フレイヤ!?」

  力が抜けて倒れ込みそうになった私をシオン殿下が慌てて抱きとめてくれる。

「大丈夫!?」
「……大丈夫、です……そして、すみません……でした」

  私が謝るとシオン殿下はおかしそうに笑った。

「いや、何でフレイヤが謝るの?」
「うっ……何ででしょう……」
「ははは!  それだけフレイヤは公爵に愛されているんだね」
「あ、愛!  ……は、恥ずかしい、です」

  そう言って顔を赤くする私を見て殿下は静かに微笑んだ。
  
「いい事だと思うよ?  それに……本音を言うとちょっと羨ましい、かな」
「……殿下?」

  そう口にした殿下のその微笑みは、どこか寂しそうにも見えた。
  
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